表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
KARASU  作者: 猫又


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

17/21

颯鬼と磯女

 「魚料理 イソメ」 と書いてある暖簾をくぐると、ほっそりとした美人女将が「いらっしゃい」と色っぽい声で迎えてくれる。

 外見は普通の普通の一軒家のようだ。

 繁華街の外れにある民家で女将が細々と料理屋を営んでいるのだが、その実、中に入ると大きな生け簀には魚がわんさかと泳いでいて、その中に細い腕を突っ込んだ女将が素手で魚を掴み取るのがちょっとした名物にもなっている。

 女将に手伝いの者が二、三人いるが、美人で色っぽい女将、そして新鮮で美味い魚料理と酒を目当ての客で隠れた名店として噂が広がっている。

 何よりも魚を切らした事がないのが自慢の店だった。

 閉店間際に駆け込んでも魚料理に品欠けがない。

 どんなに混んだ週末の夜でも生け簀の中は魚が満杯で、不思議な事に女将が何匹素手で生け捕っても、生け簀の中は少しも減らないように見える。

 

「あらぁ、いらっしゃいませぇ」

 その夜、一際色っぽい声で女将が客を出迎えたので、カウンター席で女将をかぶりつきで眺めていた客が一斉に入り口の方へ振り返った。が、何人かはすぐにさっと元の姿勢に戻って下を向いた。

「颯鬼のだんなぁ、来てくれて嬉しいわぁ」

 と女将の磯女が嬉しそうに言った。


 銀と黒の混じったような髪の毛に、すうっと整った顔立ち、長身で逞しい体躯。

 素晴らしくいい男だが、分かる人間には分かる。

 鬼の発する禍々しさ。

 颯鬼の姿を見て下を向いた人間は早速鬼の気にやられ、早々に席を立つ。

 気分が悪くなり、暖かいはずの店内で全身に鳥肌が立つのだ。

「お勘定してくれる」

「あらぁ。もうお帰り?」

 という磯女に未練がましい顔を見せながら、客は「また来るよ」と言いながら帰っていった。

 磯女は空いた席を片付け、颯鬼はそこへ座った。

 颯鬼が席につき、三十分以内には周囲には人間はいなくなる。

 敏感な人間はすぐに、そうでない人間も徐々に颯鬼の気を避けるように帰ってしまうのだ。

 それでも磯女にたいした問題はない。人間の客が帰っても、店にはまだ人間でない客がたくさんいたからだ。


「颯鬼のだんな、今日は鴉のあにさんは?」

 と磯女が颯鬼に酒とつまみを出しながら言った。

「勤勉だから、まだ働いてるんじゃないか」

 と颯鬼は出された一升瓶をどんぶりのような形の巨大な杯に注いで飲んだ。

 それでもう一升瓶の半分は減っている。

「あらあら、真面目ですねぇ」

「そういうお前も毎晩毎晩、人間相手にご苦労だな」

 磯女はケラケラケラと笑った。

「あらぁ。だって、人間はお金を持ってるんですもの。お金がないと人間界で生き抜くのは難しいでしょう? あたしは人間の気だけ細々と喰ってるような惨めな暮らしはしたくないわぁ。お金があれば何でも買えるし、欲しい物がいっぱいあるんですもの。住む場所も食べる物も、あたし達だって進化しなきゃ。あの汚らしい鬼熊みたいに人間と一緒に公園や駅のホームで寝泊まりして、仲間の間を彷徨って食い物を恵んでもらうなんて、ぞっとするわ。ここにだって毎週のように来てはただ酒を喰らって帰るんですよ。相手にしなきゃ表で暴れるし」

 と磯女が眉をひそめた。

「でも颯鬼のだんなが来てくれたら、鬼熊が怖がって近寄らないから嬉しい」

 磯女は嬉々として颯鬼にせっせと酒や新鮮な魚料理を振る舞った。

 その合間にも客が来て、注文が入る。

 磯女はくるくると働く。

「繁盛して結構なこったな」

 と颯鬼が言うと、

「最近はそうでもないんですよ、問題ありなお客さんがいましてね。物騒なもんを連れてくるから敏感な人間は来なくなるし、お仲間の妖も嫌がってるし」

と磯女が言った。

「問題ありの客? 迷惑なら追い返せばいいだろう」

「それがねぇ……あ、ほら」

 と磯女が入り口の方を見た。

 すぐに扉が開いて、さあっと初冬の冷たい風が店内に入ってきた。

 同時に若い女が入ってきた。

 すぐにコートを脱いだその下は紺色の事務服を着ていた。

 会社帰りのOLだろうと察しがつく。

「いらっしゃい、どうぞ」

 と磯女が愛想良く声をかけ、女にカウンターの席を勧めた。

 颯鬼が来るまでは鈴なりだったカウンター席はすでに人間の姿はなく、颯鬼を恐れる妖も近寄りもしない。

「はい」

 と言ってから女はカウンターの席に座ろうとしてから、はっとしたような顔で颯鬼を見た。

「あ、あ、あ、」

 と苦しそうな声を出して胸を押さえ、それから苦しげに、

「す、すみません……今日は帰ります」

「そう……じゃ、ちょっと、待って」

 磯女は手早くタッパーに作り置きの総菜をいくつか詰めて、

「これ、おうちでおあがんなさい」

 とハンカチに包んで持たせて持たせてやった。

「すみません、おいくらで……」

「いいの、いいの。気をつけて帰りなさいよ」

 と、磯女は顔色が真っ青な女を半ば追い出すにして店の外に押し出した。


「なるほど、物騒な客だな。悪霊つきか」 

 と入り口の扉を閉めてカウンター内へ戻った磯女に颯鬼が言った。

「でしょう」

 磯女がため息をついた。

「さすがに敵も颯鬼のだんなを見て警戒したようで、さっさと帰ってしまいましたね。もう来なくなるかも」

「悪霊つきの客なんぞ来なくていいだろう?」

「そうなんですけど……あの子が可哀想で」

 磯女は憂鬱な表情で自分でも器を出して酒を注いだ。

 ぐいっと冷酒で喉を潤してから、話し出した。

「あの子についてた悪霊、みたでしょう?」

「自殺者か」

颯鬼の目には若い娘のすぐ横に全身から血を流している若い男がよりそうように立っているのが見えていた。

 

「そうなんですよ。同じ会社の人間だったらしいんですけどね。何て言うんですか? 人間で言うストーカーなんですよ。あの子に惚れてつきまとって、会社や警察やなんかにも相談して、厳重注意してもらっても止めなくて。嫌いだって、迷惑だって、何度使えても伝わらないんですよ。それでつい死んでくれって言ってしまったそうなんです。そうしたら、君の願いを叶えるのが幸せだって遺書を残して……さらに死んでもああやってつきまとうんですよ。余計に質が悪いでしょ? あの子に関わる人間をもう何人も怪我させて、お祓いや除霊なんかも行ったらしいですけど、執着が凄すぎて駄目みたいなんですよ」

「なるほど」

「月ちゃん……あ、あの子、月子って言うんですけどね。そんなこんなでご飯を一緒に食べる人間もいなくて……家族すら気味悪がって、月ちゃんを避けてるんですって」

 磯女はため息をついた。

「月子というのか」

 と颯鬼が名前に反応したので、磯女が首をかしげた。

「ええ、そうなんです。ちょくちょくここへ来てて姿を見かけなくなったなと思ってたらあんな姿になってしまっててねぇ。ついつい見かけて呼び込んだら、あんな事情を抱えてて、店の売り上げにも影響はあるんですけど来るなとも言えなくてねぇ」

 磯女はふふふっと笑った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ