表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
KARASU  作者: 猫又


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/14

代償

 施術場へ通されたみやこは不安そうな顔だった。

 古めかしいが整理整頓された部屋だった。

 壁一面にいろんな人間の刺青を施した部位の写真が貼ってある。

「見たい人間の顔を思い浮かべてな、しばらく眠ってるうちに終わるから」

「は、はい」

 全身刺青が入っていてもの凄く凶悪そうだが、優しい物言いにみやこはほっとした。

 不思議な小鬼達に連れられてやってきた不思議な彫り物師の一室。

 小鬼達は見てるだけでいいなら、好きなだけ藤田の姿を見ていられる、と言った。

 そんな話が本当かどうか、怪しい話だと考える力もみやこには残っていなかった。

 それが嘘で結果、自分が死んでしまうならそれも良かった。

 

 仰向けに寝たみやこの頭元に鴉が小さい香炉を置いた。

 途端に流れてくる甘い甘い香り。

 目を閉じて、藤田の笑顔を思い浮かべた。

 今までも会話を心の中で反芻する。

 やがてみやこの意識は真っ黒な世界に沈みこんで行った。

 

 薄いビニール手袋をした鴉が都の左瞼を指で押し上げて開いた。

 黒目と白目が小刻みに揺れている。

 鴉は指先でみやこの眼球をそっと触って黒目の部分を移動させた。

 白目の部分が大きく露出し、鴉は細い長い針をみやこの白目に刺した。

 細い長い針は注射針である。その中に満たされているのは、液化した末っ子目玉だ。 

 少しずつ少しずつ、鴉は末っ子目玉の身体をみやこの白目の部分に注入する。

 注射器の中の液体が全て無くなったころ、みやこの白目部分に小さな目玉が彫り込まれた。

「末っ子、大丈夫か?」

 と鴉が聞くと、白目の中で末っ子目玉がぴょんぴょんと飛び跳ねた。

「ええやろ」

 鴉が注射針を置くと、ほっとしたような息があちこちから漏れた。

 颯鬼を始めとした部屋中の妖がじっと施術を見つめていたのだ。

「末っ子、ええな。物事には限度ってもんがある。そこらへんを見極めてから仕事するんやで?」

 と鴉が言い、みやこの目の中の末っ子がまたぴょんと飛び跳ねた。


 みやこの眼球刺青は珍しがられたが、カフェはすぐにクビになった。

 接客業では仕方のない事かもしれない。

 みやこももうカフェで働く気力もなかった。

 藤田の所へ謝りに行く勇気がなかった。

 みやこはただ一日中、部屋で寝転んで、笑っているだけになった。

 みやこの左目にはいつも藤田が映っているのだ。

 みやこは一日中、藤田の姿を見て過ごした。

 藤田は斉藤に受けた暴力の傷が癒えた後は、変わらず学生生活を送っている。

 友人達と他のカフェで語らったり、自分の部屋で勉強したり、飼い犬と遊んだり、たまには女の子とデートしたりした。

 普通の大学生らしい暮らしにみやこはまるで青春映画でも見ている気分だった。

 自分は経験のない暮らしだった。 

 裕福そうで優しそうな両親に、立派な家。お洒落で可愛い妹に、賢そうな飼い犬。

 生まれ変わるなら飼い犬でもいいから藤田の側で暮らしてみたい。

 そんな事を考えながらみやこは毎日ずっと藤田を見つめていた。

 斉藤はそんなみやこに対して殴ったり蹴ったり、脅したりの暴力を加えたがみやこはもう泣いたり謝ったりしなかった。目を瞑ってじっとしているだけだ。

 瞑った目の中には藤田が微笑んでいるのだから。

 みやこにはもうそれだけでよかった。


 だが終焉は必ず来る。

 藤田の様子がおかしくなった。

 だんだん痩せていき、歩いていると足がもつれて転んだりするようになった。

 何かにつかまらないと立ち上がれないほど力がなくなり、生き苦しそうに胸を押さえる。

 やがて病院へ運ばれる。


「藤田君……どうしたんだろう?」

 みやこのつぶやきに末っ子がこれが限度だ、と考えた。

 引き際が肝心だと鴉にも言われている。

 そこを逃すと、藤田もみやこも不幸のまま終わる。

(ふじたはしぬ)

 と末っ子はみやこに言った。

 みやこの体内にいる末っ子はみやことの意志の疎通が可能だった。

「え? どうして藤田君は死ぬの?!!」 

(みやこがみつめているから)

「あたしのせい?!」

(そう)

「ど、どうして?」

(みやこがふじたをみつめる、ふじたはせいきをうばわれる、そしてしぬ)

「嘘……じゃ、じゃあ、見ない! もう藤田君の事、見ないから!」

(ぼくはみつめるのがおやくめ、ふじたをみないのはできない)

「駄目! そんなの駄目! お願い! 藤田君、死ぬなんて嫌! お願い! 助けて!」

 みやこはかがみの中の自分の左目を見た。

 黒目の横に小さな目玉が一つ。

「お願い、藤田君が死ぬなんて嫌だ!」

(……)

「お願い、お願いします……何でもする。あたしに出来る事なら何でもするから!」

 みやこは真っ暗な部屋で手鏡を握ったまま土下座をした。

 土下座したみやこの小さい身体はふるふると震えている。

(……もういちどあにさんのところへいってそうだんしてみればいい)

「あの彫り師さんの?」

(ふじたのいのちがみやこのいのちとこうかんになってもいいなら)

「あたしの命と?」

(そう、みやこがかわりにしぬなら)

 みやこは手鏡の中の末っ子に、にっこりと微笑んだ。

 一瞬の躊躇もしなかった。

「ありがとう! 藤田君の代わりになれるならそうする! あたし、今まで生きてて楽しいと思った事もなくて。バカだからさ、毎日つまんなくてもどうしていいか分からなくて。でも最後に凄く楽しかった! ありがとう!」

 

 

「あの女を風俗に売り飛ばしたら車でも買うか」

 ふらふらと酔っぱらった斉藤が夜の道を歩いている。  

 部屋に戻ってもみやこが寝転んでいるだけの毎日にいい加減腹が立っていた。

 殴って蹴っても泣きも謝りもせず、にたにたと笑っているだけだ。

 斉藤はみやこを風俗に入れて、その金は自分の懐に入れる算段をしていた。 

 頭は悪いが若くて綺麗だから売れっ子になるに違いない。

 そんな事を考えながら斉藤は歩いていた。

「?」

 急に頬に痛みが走った。

「ん? 虫にでも刺されたか?」

 と自分の頬を触る。

「ぎゃあああああああああああ!」

 触った瞬間に右手の指にもの凄い痛みがあった。

 慌てて手を見ると、右手の指が三本千切れていた。

「……え」

 血が吹き出る。

「痛!!」

 今度は左足太腿だ。バランスを崩して斉藤はその場に転んだ。

 見ると太腿が何かに食いちぎられたようにえぐれている。

「い、いてぇ、いて、」

 背中、腹、足の先、左手首、後頭部、だんだんと斉藤の身体が欠損していく。

 大量に血が流れ、むき出しになった肉、白い骨。

 その傷の間に見える無数の目玉。

 目玉は斉藤の体中に広がって、斉藤の身体を食い荒らした。

 目玉がぶわっと膨れた瞬間にその奥から出現するギザギザの牙。

 それは人間の骨など一噛みで粉砕してしまう程の力。

 どうして自分が死ぬのかさえ理解しないまま、斉藤は死んだ。

 言葉で説明しても、斉藤にはみやこの想いなど通じないだろう。

 斉藤は目々連によって、爪のかけらさえ残されずに死んだ。

 存在さえ無かったように消えた。



「ありがとうございました~~」

 と花屋の店先で客に花束を渡しているみやこがいる。

 左目には白い眼帯をしている。

 その眼帯の奥には左目の眼球はない。

 刺青の中断による代償として鴉に奪われた。

 一度受けた彫りは何があっても簡単に解除したり、ターゲットを変更したりしない。

 それが鴉の厳しい掟だ。

 本来ならばみやこの命であがなうのが筋だが、今回は目々連に問題もあるので片眼失明だけで許した。

 みやこは片眼になったが少しずつ元気を取り戻した。

 みやこを縛っていた斉藤はどこかへ消えてしまい、みやこはひとりぼっちになったが、それでももう寂しさを理由に誰かに依存するのをやめる決心をした。

 自分の責任できちんと生きていこう、とみやこは決心した。

   


「小鬼はしばらく外出禁止」

 と鴉に言いつけられた小鬼達と末っ子目玉がガーンとショックを受けている。

「ひどいよー」

「あんまりだー」

「横暴だよー」

 ぴょんぴょんと床で地団駄を踏んでいる。 

「横暴? お前ら、金にもならん客を引っ張ってきやがって! どうせやったら、たんまり財布が膨らんどる奴を探してこいや! ボケナス!」

「金だってさ」

「はいはい、金が大事なんだよ」

「あーあ、世知辛い世の中だ」

 と小鬼達が呟いたので、側で聞いていた浅田がぷっと笑った。

 外出禁止が解けるまで、末っ子目玉と仲良く遊ぶ小鬼達の姿が見られるようになった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ