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KARASU  作者: 猫又
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刺青師 鴉

昔ながらのアーケード街をずっと奥の方へ歩いて行く。昔は賑わっていただろう商店街も今はシャッターが閉まった店ばかりで、通路の中の照明も落とされて薄暗い。何軒かに一軒だけ細々と開いている昔からの店がある。ほぼ一日中、年寄りが店番に退屈そうに座っている。

 奥の方へいくほどにだんだん薄暗くなり、そして途中から二股に分かれている。

 一つの道はそれなりに明るく、まだ何軒かの店が開いているが、分かれたもう片方の道はますます薄暗くなっている。シャッターは全て閉まりその前に廃棄物が積み上げられた様は薄汚れた廃墟の通路のようになっている。奥まで行けば何年か前に建ったビルにふさがれて、細い路地があるだけだった。

 その行き止まり付近に一軒だけ開いた店がある。

 入り口の木のドアに「刺青 鴉」と書き殴った木片がかけてある。

 しんとして、人の出入りもあまり見ないので、刺青をいれたいと望む者でもなかなか訪ねて行くのに躊躇するような雰囲気だ。 

 

 その扉が開いてもいないのに、きゃっきゃと笑い声が通り過ぎる事がある。

 ぽつぽつと外の世界にネオンが点り始める夕刻時に扉から出て行く小さい影がある。


「美味しい物を探しに行こうよ」

 と言う囁き声にうんうん、と応える小さい声があがる。

「今日はどこへ行く?」

 その小さい者達は四、五匹の集まりだった。

 よくよく見れば五センチほどの小さい者だ。

 衣服の代わりに布きれを身体に巻いて、小さい小さい足は裸足。もじゃもじゃした毛糸の塊のような髪の毛から小さい角が生えている。一本角の者も二本の者もいる。

 彼らはそう臆する事も無く商店街を歩く。薄暗く寂れたとは言っても、人は歩いているし、商店街を抜ければ駅でざわめく人間のきらびやかな世界が広がっている。

 それでも隠れるでもなく、堂々と人間の足下をするすると小走りで駆けて行く。

 人間にはどうせ見えやしないと高をくくった小鬼達は我先にと商店街を駆けていく。

 おいしいものは早い者勝ちだからだ。

 

「あれあれ小鬼達が駆けて行きよる。今日もごちそうを探しに行くんかえ」

 と呟く声がした。

「小鬼達? 兄さんとこの?」

 と目を細めて通路を見ながら答えたのは黒い細身のスーツに茶髪、先の尖った靴を履いた姿は繁華街の入り口で客引きをしているホストのような男だった。

 その背中に寄り添うように立つのはやけに派手な川蝉色の着物に蒲公英色の帯、手には小槌のような物を持った若い美しい娘だ。

「正確には小鬼達はあにさんの刺青の柄とは違う奴らなんや。あいつらは蔵ぼっこっていう家につく小鬼やからな」

 と着物姿の娘が言った。  

「家につく小鬼達か。座敷童みたいな?」

「ちゃうがな! 座敷童は神様の領域やろ。ほんまに浅田は物を知らん」

 派手な美しい娘だが、しわがれた声とその口調はまるで老婆のようだった。

 浅田と呼ばれた男は肩をすくめて「はいはい」と答えてから、小鬼達が出て行ったドアから中へ入って行った。

 

「ちわっす」

 扉から中に入ると待合室のような部屋になっている。

 固そうなソファと椅子がいくつか並んでいる。

 浅田が部屋に入った瞬間にざわわっと何かが走り抜けた。

(青女房……)

「餓鬼かえ、抜け出してうろちょろしとったらあにさんに怒られるでぇ」

 と青女房が言った。

 浅田の足下にちょろちょろと餓鬼の小鬼達がペットボトルのキャップを囓っている。

「餓鬼、そんなもん食うたら腹を壊すでぇ」

(ひもじい、ひもじい)

 頭と腹だけがぷくっと膨れ、手足は細く枯れ木のようだ。

 いつも腹を空かしている餓鬼は何でも喰らうので、自分の持ち物でもうかつに目を離せない。浅田のブランド物のバッグも財布も靴も、ここへ来るとかじられて使い物にならなくなる。さあっと集まってきてはあっという間に金具だけにされてしまう。

「これでも食っとけ」

 先制攻撃で浅田は大きな長いフランスパンを餓鬼の一匹に渡してやった。

 だから浅田の物は囓らないという約束だ。

(ぱん、ぱん)

 ざわざわっと部屋のあちこちから餓鬼が集まって来て、フランスパンに集った。

(うまい、うまい)

 とパンに集っている餓鬼たちをまたいで、浅田は次の部屋に入った。


(おや、お二人さん、いらっしゃい)

 次の部屋には赤ん坊を抱いた女が立っていた。

 赤青緑とカラフルな着物を襟ぐりを大きく広げた姿は非常に色っぽく、長い裾が広がりちらりと見える足は白くなまめかしい。

「鬼子母神の姐さん、鴉の兄さんは?」

(今、施術中やで。もう終わるやろ)

 と鬼子母神が返事をする。腕に抱いた赤ん坊は赤い前掛けをしている。

 その赤ん坊は浅田を見てケケケケと笑った。笑ったその口元からはするどいギザギザの歯が覗いている。

「そうか、姐さん、今回出番はないの?」

 テーブルセットのソファに座りながら浅田が聞くと鬼子母神は、

(そうなんや……最近呼ばれへんのや……)

 とつまらなそうに呟いた。

 浅田は壁一面に貼ってある、写真を見上げた。

 いずれも腕や背中、胸に入れた刺青の柄を写真で撮ってある。

 昔ながらの和の彫り物が多いが中にはトライバルのような文字や、アメリカンタトゥーのようなアニメの図柄などもある。

 鴉は刺青の彫り物師であり、これらはすべて鴉が一般客に施術した成果である。

 しかし鴉の刺青術はもう一つある。

 浅田の目の前に存在するこの鬼子母神や足下でパンを喰らう餓鬼達。

 これらは鴉の肌に生息する刺青の図柄である。

 鴉の妖力により存在を維持する、生きた図柄達。

 この二柄だけではない。

 鴉の全身に彫り込まれた多数の生きた図柄は今日も鴉に呼ばれて用事を言いつけられるのを待っている。

 依頼人の肌に彫り込まれ、その憎しみと執念が図柄達に届いたとき、彼らはその身を離れて復讐に乗り出すのだ。

 鴉の刺青術は復讐の一刺し。

 


「お、お世話になりました」

 と言って次の部屋から男が出てきた。

 サラリーマン風の中年男だ。

 刺青が終わったらしく、そしてその痛みに耐えながらぎくしゃくした動きで浅田達の前を通って行った。

「ちゃんと代金、振り込んでや」

 続いてくわえ煙草に火をつけながら鴉が出てきた。


 浅田は一瞬身体を固くした。いつもそうだ。

 鴉の前に出る時にはその圧倒的な雰囲気に潰されるような気になる。

 身体に力を蓄えて話かけないと、吹っ飛ばされる様な気がするのだ。

「は、はい」

 中年男はぺこぺこと頭を下げて、鞄をぎゅっと抱え込んでから事務所を出て行った。(あにさん、お疲れさんやでえ)

 と鬼子母神が言った。

「おう」

 鴉はパソコンデスクの前の椅子にどかっと座った。

 黒髪に切れ長の黒い双眸。時折、その目が赤く光って見える時もある。

 長身でよい体格をしているが、マッチョというほどでもない。

 すらっと手足の長い存在感のある男だが、少しばかり冷たそうな表情をしている。

 顔以外は全て彫り物が入っている。

 首、肩、胸、腹、足、手のひらや指の先まで様々な彫り物で埋め尽くされている。

 鬼子母神も餓鬼達もその中に存在し、時折ふらっと抜け出て息抜きは可能だが、鴉から遠く離れてしまえばその存在は消滅してしまう。

 遠くへ出かけられるのは、復讐の一刺しの図柄に選ばれた時だけだ。

 図柄達はそれを楽しみにずっと大人しく待っているのだ。

   


「今のお客さんにくっついて誰が仕事に出かけたんすか?」

 と浅田が聞くと、鴉は浅田をちらっと見てから、

「疫病神」

 と答えた。

「疫病神……それはまた今度の相手も惨い目に遭わされるでしょうね」

「さあなぁ。あの客がどんだけ耐えられるかや」

 と鴉はそっけなく言った。

(疫病神はえげつない病を持ってるからなぁ)

 と鴉の側で鬼子母神が言った。

「えげつない病?」

(そうや……まあ、それに耐えられたら満願成就や。せいぜい気張ってもらわんとな、あにさん、うちにも機会をくださいなぁ。役に立ってみせますえ)

 と鬼子母神が甘えるように鴉にしな垂れかかると、

(鬼子母神、抜け駆けはゆるさんぞ!)

(妙な色気だして、あにさんに甘えんな、ババァ)

 とどこからともなく抗議の声が上がる。

 浅田の目の前でふわりふわりと妖の影が増えていく。

 全て鴉の肌に棲み着いている図柄達だ。

 我こそはと名乗りを上げる。

 暇潰しに全ての人間どもを殺してやると呟いている。

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