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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

うたかた

作者: park_1254

 夜空に桜の花びらが一枚、星の合間に現れた。

 桃色のそれは水のなかのようにゆっくりと舞い降り、寝そべる私の鼻先を優雅に横切って、すぐそばの水面にはたりと着いた。

 舟のへりに頭を預けた私は、少しずつ離れていくかたわらの花びらを、何とはなしに眺めていた。

 不思議な充足感に満ちている。まるで小さいころ、目いっぱい遊び回った日の布団の中のような。

 少しだけ深く息を吸う。なつかしい草花の香りが、私のなかを通り抜けた。

(あ…起こさないようにしなきゃ……)

 胸の上の女性を思い出す。私に重なるように横たわる巫女服のひとは、幸いなにも気づかないようだった。

 胸元に耳を当てるこのひとは、私の鼓動を聞いているのだろうか。あでやかな黒髪が私の上に流れていて、閉じられた目には満ち足りた笑みをたたえている。

 …ああ、頬に触れたいな。

 透けるような白い肌に。薄く紅をひいた唇に。そう思った私は、しかしこのひとを眺めるだけにした。

 私の手は、眠るこのひとの細い手に包まれていたから。

 湧き上がる愛おしさにいっぱいになって、舟の情景に目をやった。

 遠目に続くぼんぼりの橙と、浮かんだ桜の桃金色。

 鏡のように凪いだ水面に、桜並木とかすかな星空が映る。

 …ここは、川なのかな。湖かな…。

 ぼんやり巡る頭の中に、白く霞がたちこめる。

「ん…」

 ……ああ、このひとが起きてしまう。もう少しだけこうしていたいのに。

 このとろりとした幸せなひとときを、貴女と一緒にいたいのに…。

「……食べ過ぎた……」

「………ハイ?」

 意識が昇る。上へ、上へ…。



「………はかっ」

 突っ伏した場所からびくりと顔を上げる。…ああ!なんてことでしょうおでこにハンドルの跡が…。

 涎をぬぐって周りを見た。だいぶ深く寝てたみたいでなんだっけ。どうだっけ。

 ああそうだ神社の近くの空きスペース…。軽自動車の運転席。

 思い出してきた…。アパートを引き払って、実家の部屋を掃除して、保険証が新しくなって…。

 落ち着いてきたから、約束を持ってきたんだった。助手席の白い紙箱、甘いやついっぱい。

「…ん?」

 食べ過ぎたとか言ってなかったっけあいつ。

 開いたケーキ箱の中には…。

「あー!!」

 無い。きれいに無い。妙にテンションが上がってあれこれ買ったショートケーキやタルト、全6個のうち5個がない。ていうか最後に残った私のチーズケーキにさえむしった跡がある。

「あいっつ…!」

 言いながら笑ってしまった。まあ最初からあげるつもりで買ってたし、どう渡すのか考えてなくて困ってたぐらいだし。それで悩んでるうちに寝ちゃったんだ。

「…はーぁ」

 それにしても。なんかずいぶんいい夢見たなぁ。居心地よかった。

 ……ていうか、あんな感じのあいつ見たことあったっけ?…いや、無い。

 あの夢の中の感じ、あの雰囲気は間違いなく神社にいるあいつのものだ。

 いつも気がつくと連れ出されてて、さんざん遊びまわってどっか行くあのちびに違いない。なのに、なのに…。

 ああ思い出したらどきどきしてきた。

 いつものかっこはどうしたの。あの白浴衣。ばさばさ髪した、あのちんちくりんはどこいったの。

 なにあの巫女服。つやっつやの髪。すべすべお肌。あんな、あんな綺麗で…、こ、好みのおねえさんになれるとか知らないよ私。

 気を落ち着かせるためにチーズケーキをパクついた私は、とりあえず挨拶のために車を降りた。


 がらんがらん。会釈のあとに二礼二拍手。

 まあ、お供え気に入ってくれてよかった。でもそれで太ったってしらないからね。

 あとあの格好びっくりした。調子狂うから、次会うときはいつものにしてよ。

 だいたい何年越しの付き合いだと思ってるの。いまさら姿変えて化かそうとしたって、私にはあんただって分かっちゃうんだからね。どっちがほんとの姿かしらないけど!

 だから今度会うときには!絶対!あの浴衣着姿で…

 ――ふふふっ。

「!」

 おかしそうに笑う気配がした。可愛らしい子供を見やるような、手のひらの宝物を愛でるような。

 いまだ静まりきらない私の心臓を見透かしたような笑い声。

「ほんとだからねっ!」

 心のこもっていない形だけの礼をして、足早に境内を後にする。

 色褪せた鳥居をくぐり抜けたとき、そういえばこの神社どのくらい前からあるんだろうなんて思った。

 あとは、まぁ、またこのへんに住むわけだし、週一くらいでおじゃましてもいいかなって。

 ほら!お世話になったからね!!

今回の着想を得た曲は平原綾香/蘇州夜曲です。

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