信用の重み、朝の珍客
辞め時がわからず長くなってしまいました。
よかったらご一読ください
コメット村。
アンシベール大陸北東の平野にある村で、農作物などを育てている傍ら小規模ながらも商いも盛んであり、衣類などはもとい、武器や防具、簡易な食料なども、旅をする上での必需品は最低限そろう。
と言うのをシーニィはエスカから聞いた。何せこちらの世界の知識は(元居たであろう世界もだが)皆無に等しいのでそんなことを言われてもわかるはずがない。
まあ分かっていてエスカも説明してる節があるので、教えてもらったことは頭の片隅にでもおいておくとする。
そんなのどかなコメット村に着いたシーニィ一行は、夕方頃に村に到着したため、最低限必要なものを買いそろえてから適当な店で夕食を済ませてからそこそこ大きい宿屋でベッドな所。
ではなく、オンボロでベッドは木の板の上に布が敷いてあるだけと来たものだ。
さらに、男2人と女2人の計4人のシーニィ達は不機嫌そうな宿屋の主人が「ちょうどいいだろ」と言って代金の代わりによこしてきた鍵は1つ。試しに部屋に入ってみれば、そこには左右交互に置かれた4つのベッドと簡素な椅子と机が部屋の真ん中においてある、そこそこ広いだけのオンボロな4人部屋をよこしてきた。
「仕方ないだろ、金がないんだ」
部屋の入り口に突っ立っている現状を打ち破ったのは旅において仲間達一同の金銭管理を担っているエスカの悲痛な嘆きだった。
「き、気にすることはないよエスカ。いつものことさ」
グオネスがフォローに回る。
「いつものことなのね。今更だけどなんだかごめんね」
少し苦笑いする。自分が加わってさらに厳しくしてしまったことに若干の罪悪感を覚えてしまう。そういえば目が覚めてから度々申し訳ない気持ちになることがある。
「シーニィが気を使うことないわ、どうせ一人加わったところで変わんないし」
ロサが言い放ったことは言葉を向けたシーニィには向かず、その場にいる金銭担当の心にドスッと深く刺さった。
そしてその矢はパンパンに膨らんでいた風船を割ってしまうことになる。
「お前たちが……嫌、シーニィは特に問題はない、問題があるのは後の二人だ」
エスカの視線の先には苦笑いしているグオネスと、頭の後ろで手を組んで部屋の窓から外を眺めているロサが居た。
「今日の夕飯を食べた店でいくら使ったのか知ってるのか」
「えっと……4000Bぐらい?」
「残念だったな6000Bだ!何が残念がって?バクバク食い続けるお前たちに忠告をしたが結局無視されて会計の場でいい食いっぷりだったな兄ちゃん達、6000Bだぜ!」と満面の笑みを向けてくる店主にシブシブ支払う俺だよ!はぁ…はぁ…」
いつも冷静なエスカがここまで取り乱すとは……ちなみにこっちの世界の物価はまだ全然わからない。そもそもあのチャラ神に飛ばされてからまだ二日ちょっとしか経っていないので分からないことだらけだ。
「そ、そんなに怒鳴って大丈夫?」
…それはグオネスの言う事じゃないと思う。
「誰のせいだと思ってんだ他人事みたいに言うな」
不憫だ……主にエスカが。
「まぁ落ち着いてエスカ、疲れてるのよ、今日はもう寝ましょう」
「ありがとうシーニィ、俺の味方はお前だけだ」
そう言うエスカはちょっと半泣きだった。そこまで追い詰められてるのか…。
「ん?そういえばシーニィ、お前吟醸って言うお面はどこへやった、まさか落としたのか?」
「ああそれなら、今はアタシと融合状態中、普段使わないときは手に持っとくのも面倒だから」
「なるほど、ロサのものと同じか。ロサもいつもはあの鎌を自身にやどしてる」
こっちでもそんなことができるのか。と言うか吟醸は基本おしゃべりなのだが自分の話題が出てるのに音沙汰なしと言うのは完璧に寝ているな。
当のロサはずっと窓の外を見ている
「ロサ、外がどうかしたの?」
「別に、数人が私達の部屋を覗いてしたなめずりしてただけよ。フゥワ……もう夜遅いし寝ましょう。ちょっと小腹空いたけど」
と、ロサが可愛らしいあくびをするので何故だがこちらまで眠くなってしまった。エスカもグオネスもいつの間にか自分の外装を外し布団に入っていた。なんだかんだ疲かれたのだろう。特にエスカは………。
「それもそうね………………今何か重要なこと言わなかった?したなめずり?」
「小腹が空いたからって小遣いは渡さないぞ!」
エスカが自分のベッドに寝たまま言った。どこまで懐が寂しいんだ。
「分かってるって。それと、外の奴らはよそから着た奴らを中心にカモにしてる奴らよ、多分ね」
「野盗みたいな?夜のうちに襲われたりしないの?」
「夜は村の衛兵が見回ってるから手出しできないでしょ、心配ないわ」
そうか、どこの世界でもいい人と悪い人は居るんだ。わかっていたことだ、皆が皆ロサたちのような善人なわけがない。
「そう、そういうことならゆっくり寝かせてもらうわ」
わかってはいるのだが、やはりいい気分ではない。
まだほとんど記憶はない。が、戦い方なんて記憶あるのならおそらく自分は人を殺しているのだろう、それも限りなく多くの人たちを。
それなのに自分は心を痛めている。我ながら甘くて最低な奴だ。
+++++
ドタン!
「なんの音!………………これは、何?」
大きな物音とともにガバッと布団からとびだし、床に立っていたシーニィが物音の方向に目を向けた先にあったのは………。
ベッドから落ちる形で床に抱き合って倒れている二人の男女、ロサとグオネスだった。
「見ればわかるだろう」
「え、それってつまり…」
いつの間にかエスカも起きていた。見ればわかるだろうと言うことはやっぱり二人はそういう「正解は寝ぼけて布団に入ってきたグオネスをロサが嫌がって蹴飛ばしたところ、うまいぐわいに一緒になってベッドから落ちた。だ」なんだただのグオネスの片思いか。それは見ればわかるものか?
「んん……」
「んむぎゅっ…」
ロサが寝ぼけたまま自分のベッドに潜る際にグオネスの顔を踏んづけていった。ひどいな…。
グオネスもグオネスだ。寝ぼけてベッドに入るというのは無意識であっても大胆すぎるだろう。
「これからあの二人が一緒になる可能性は?」
「グオネスはともかく、ロサは俺とグオネスを家族だと思っているからな、もしそうなったら俺とお前の肩身が狭いだろうな、目の前で逢引されちゃかなわない。まぁ確率は皆無だがな」
(言い切ったわね今)
かわいそうなグオネス。ふんずけられてもなお床に寝転がっているグオネスに哀れみのまなざしをむけた。だが踏みつけられても平然と寝息を立てて熟睡しているのはどう言うことだ?
するとエスカが察してくれたのか、疑問の答えを出してくれた。
「ずっと野宿だったからな、夜は獣を警戒しなければいけないし、ずっと浅い眠りを繰り返していたんだ、ロサもな。お前はまだ寝てなくていいのか?」
「もう目が冴えちゃって寝れそうにないわ、エスカは?」
「俺も話しているうちに目が冴えた。それよりシーニィ、お前に言いたいことがある」
エスカがベッドに座ったまま、隣に立っているこちらを見上げてくる。こんな朝早くに何を改まって話すのか。
「あっごめんなさい、やっぱりあたしも昨日の晩は食べ過ぎたかも、でも安心して、今から朝ご飯を食べに行く店ではそんなに食べないようにするわ」
知らず知らずのうちにまさか食べ過ぎてしまっているとは。これからは自嘲しないといけない。
「嫌そうじゃない、それも後々譲歩するが今はそうじゃなくてだな、と言うか食べ過ぎていた自覚はあるんだな」
やはりそうか。自分の中で適量と思っていた量がまさか負担をかけてしまっていたとは。悪いことをしてしまった。
「そうじゃなかったらなんなの?」
「俺達の目的についてだ。前に話した通り、俺達の村を焼き払って村の人達の仇である竜を殺すことだ。今でもあの光景は目に焼き付いている。俺達は近くの山に遊びに行って助かったが、それでも心に傷を負った。その時一番幼かったロサは特にひどかったよ、泣き叫びすぎてどうにかなってしまいそうだった。その日からロサはひどい後遺症がいろいろ残っている」
そうだろう。これを最初に聞いた時、ふとロサの顔を見ると、その顔には憎しみ、憎悪と言ったあらゆる感情をぐちゃぐちゃに混ぜた負の感情が渦巻いて無表情になっていた。そのときは背筋が凍ったものだ。
「悪い、話を戻す。俺達は義勇兵ギルドに加入しようと思っている」
「ギルドって?」
「簡単に言うと獣や魔物討伐の仕事を依頼人から仲介してもらってその依頼をこなす傭兵のようなものと思ってもらっていい。ギルドは他にも大規模討伐依頼や、生態がよくわかっていない魔物の調査依頼を回してくれる。俺達はここで村を襲った竜の情報を集めて可能ならば仇を討つ。そこでだシーニィ、もし自分の目的が叶いそうなとき、俺達の目的が果たされていなくとも迷わずそっちを優先してほしい。正直この復讐は無謀だ、そのことはあの二人も十分に理解している。そこにこのことには無関係なシーニィを巻き込みたくない」
なるほど、自分達のやっていることは間違っているから手伝わなくていいという事か。
「つまるところ何が言いたいの?」
「お前は自分の目的を優先しろ、俺達の過去に振り回される必要はない」
あ、少しイラっと来た。どうしてやろうかこの感情、正直ぶつけてやりたいが今怒鳴ったら二人が起きてしまうな。ならどうしよう。
……………シーニィ・ブランシュは静かに怒ることにした。
「ねぇエスカ、今どういう気持ちかわかる?」
「ん?どういうことだ?………そうか朝食だな、すまない長話に付き合わせたな」
こいつあたしをなんだと思ってるのだろうか。いやだめだ静かに怒ることに決めたんだ、二人を起こさないように、それにしてもロサもグオネスも変な奴だがエスカも大概だな。
「はぁ………ねぇ、あたしを助けてくれた夜にグオネスが言った言葉を覚えてる?『誰かを助けるのに理由がいるのかい?』よ。今冷静に考えたら普通初対面の人にこんなセリフ吐かないわよ、ましてや異性にあんなこと言うなんて普通ないわ。今思うと新手のナンパなんじゃないかと思うくらいにね。そのあとロサが言ったセリフ覚えてる?人の気も知らないで『私達の仲間にならない?』よ。無意識とはいえあたしはあんたたち三人を襲った後に言われたのよ、普通悪態ついてその場からいなくなるわよね?なのに逆にあたしを仲間に引き込んだのよ?理解できる?できないわよね?あ、でも馴染みのあるあんたならわかるのか、………………もう何言ってるのか自分でもわからないわ」
自分の中で段々ヒートアップしてきたので少し落ち着くことにした。
「あ………ああ」
目の前でエスカが口を開けてぽかんとしている。頭が追い付いていないらしい。
「助けてやるとか目的のために力を貸せとか言われたのに、いざとなったらお構いなしにどこかに行ってしまえって?」
「あ、いやそんなことは言ってない!俺はただお前はお前の目的を優先しろと…」
「言ってることは同じじゃない、記憶を取り戻したら最悪あたしはあっちに帰らなきゃいけなくなるかもしれないのよ?それにその『お前』っていう言葉。あの夜以降言葉遣い変わったけどちょっと荒いんじゃないの?」
「それを言ったら『あんた』って言う言葉遣いも荒いだろう。と言うか待て、分かった。お前の…」
「ほらまた言った」
「っこいつ…。おまっ……シーニィの『今どういう気持ちか』と言う質問に対してだ。………怒ってるんだろう?」
「当り前じゃない、今の言葉のやり取りで気づかなかったら鈍感すぎるわよ。ねぇエスカ、あんたあたしの事信用しきれてないでしょ」
「…………気づいていたか」
「当り前よ、逆に疑わないあの二人の方がおかしいわ」
ロサとグオネスは少々人を信用しすぎだ。きっとエスカはその点でも苦労してきたのだろう。自分を疑うのは二人の為と言えよう。
「ああそうだ、本当にそうだ、あいつらは出会って数秒の人と意気投合してあいつはいい奴なんて平気で言う奴らだ。その時でも油断すまいと俺は気を張っていた。ましてや普通別の世界から送られてきたなんて誰が信じる。……うちのバカ二人だ……」
相当なブーメランだったらしい、手で顔を覆った。きっと投げたのが顔面にあたるほどだったのだろう。
「前から思ってたことだけど、苦労人よねエスカって…」
「ああ、そこに別の世界から来たなんて言うとんでもなく強い女が加わったんだからな、俺の疲労はもう頂点に達しようかと言うとこだ」
なんていうことをエスカは疲れた顔を向けて言ってくる。昨日も思ったが……不憫だ。原因はこちらにもあるのだが。
「その事については本当に頭が下がるわ」
「ああそう言ってくれると助かるね。後なシーニィ、俺は何もお前を信用していないわけじゃない、グオネスとロサはなんというかまあ……いい奴にしか寄り付かないんだ」
なにそれ犬か何か?
「だから俺はあいつらが信用した奴は基本信用するし、嫌な奴なら俺も極力かかわらないようにする、そうやって俺達三人は生きてきた。だが今回は違う、初めて三人がかりで挑んで負けた相手だし、別の世界から来たともなればそれはもう俺達だけじゃ荷が重すぎるんじゃないかってな」
エスカは本気で自分の事を考えてくれていた。信用してはいないと言いつつも別の世界から来たことに関してはちゃんと考えてくれていたのだ。
ただいくらなんでも今回は事が事なだけに、完全には安心しきれていなかった。
「だから気持ちの面では信用出来てても本心はそうはいかなかったわけね」
「ああ、まぁ最もあのバカ二人が信用するんだ、身構えるだけ無駄なことはわかってたんだがな」
「それで、試したのね」
「ああ、ぶしつけなことを言ったのは謝る、ただ何かせずにはいられなかった」
「まぁいいわ、あたしだって目の前に『別の世界から来ました』なんて言うやつが現れたらまず…そうね、ぶん殴るわね」
「お前はそれでいいのか…………」
「ん?いいのよ?」
エスカが可哀想なものを見る目でこっちを見ている。なぜだろう?
それからロサとグオネスを起こし、支度をして宿を出た。因みに朝の話は二人は何も言わないが聞いていたと思う。
+++++
「はぁ、人ってなんでお腹減るんだろうね」
「悪いが今日は朝から寄る所があるから昼間まで我慢だ」
ロサの遠回しの朝ご飯食べたい発言を堂々と却下し、自作した村の簡単な地図にこれから行く場所の確認を始めた。
今いるのは泊まっていた宿屋のまえだ、村の住人がせっせと今日の仕事の準備を進めている。
因みにこの世界では町の地図でも手に入れるのには多少なりともお金がかかるらしい。なら自分で作る方がいいというのがエスカの考えだ。何と言う立派な節約精神だろうか。
「シーニィ、服に違和感はない?」
ロサが昨日買った服のことを聞いてきた。
「ええ、動きやすいし戦うのにもちょうどいいわ」
「そりゃあそう言う店で買いそろえたからね」
と、グオネス。因みにそういう店と言うのは防具屋のことだ。
「でも、そんなに軽いので大丈夫かい?もっと丈夫な奴でもよかった気が」
「あたしって素早さと、一撃で仕留めることに重きを置いてるから下手に頑丈で重いと思い道理に動けないのよ」
「嫌でもさ、いくらなんでもそれは」
「そんなに変なのロサ?」
自分の服装を見ながら言う。白を基調とした背中に模様が入っている袖なしの服に紺色のショートパンツ、戦闘以外の時は少し寒いので羽織る様に買った薄手のコート。因みに靴も新調して動きやすいように紺色の革のブーツだ。最初は半信半疑だったが履いてみるとこれがまた優秀だった。
もともと店のオーナーが飾る様に店に置いていたらしく性能もそこまで高くないので格安で提供してくれた。
その時に値切りしてくれたロサに助言を頼んでみた。
「別に防御力はなさそうだけど本人が気にしてないからいいんじゃない?そこそこ似合ってるし、いい趣味してるじゃないあのオーナー」
「僕も本人がいいって言うなら何も言わないけど」
「それよりもグオネス、あんたロサの事好きなの?」
朝からの疑問をぶつけてみた。
「なっなっなに言ってるのさシーニィは!?」
すごく戸惑い始めた。案外グオネスは奥手だと分かった。
「どっち?好きなの嫌いなの?」
「いや、嫌いと言うわけでは…その…ってなんでそんなことシーニィに言わなきゃならないのさ!」
「何してんのよあんた達」
ロサがバカを見る目でこちらを見てくるがお構いなしにグオネスをからかう。それにしてもすごく楽しい。
「いや…その…なんというかその…ああ!あそこに困ってるおばあさんが、ちょっと行って来る!」
言い逃れかと思いきや行った先に荷物を抱えたおばあさんが本当にいた。
「おい、あんまりからかってやるな」
「そうねグオネスもこの関係を壊したくないだろうし」
「なあシーニィ、お前が怒ってた理由だが、そういえば教えてくれてないことに気が付いてな。なんで怒ったんだ?」
エスカが真剣な顔でこっちを見てくる。ロサは気を使ったのかグオネスとおばあさんのほうへ行った。
「決まってるじゃないそれは…」
「ねえ、そこの人!」
反射的に声の方に振り向いてみる。そこには銀髪ボブカットで服装が黒いスカートに赤い長そでのコートを羽織り、前をはだけさせ胸だけを黒い薄布で隠した大胆かつ可愛らしい小柄な少女と、長い赤い髪と同じ色の長袖のワンピースを着て茶色いブーツをはいた透き通るくらいの白い肌の綺麗な女性が立っていた。
普通急に話しかけられたらびっくりするのは当たり前だ。
「急にごめんね、あなたにちょっと聞きたいことがあるんだけどいい?」
「え、ええ」
次の瞬間、小柄な少女がはなった一言でシーニィ・ブランシュはその二人に釘付けになった。
「あなたが別の世界から来た人?」
最後まで読んでいただきありがとうございました