白き鬼のお面、吟醸
第四部です
ロサに不意を突かれお面を被せられたところまでは覚えている。しかしそのあとのことがまるで思い出せない。
確かシーニィハは森の中にいた。はずだった。しかし、シーニィが居るところはあたり一面焦土と化した焼け野原だった。周りには人間とは思えない巨躯の体倒れていて炎に飲み込まれていた。今となっては焼け焦げてその姿すら確認できない。焼けた体からは焦げ臭いにおいと何か生ものがはなつ腐臭と混ざり合い匂いがきつく言葉も出ないくらいの異臭を放っていた。慌てて鼻に手を当てようとする。
…腕が言う事を効かない。動かそうとしても動こうとしない。さらに言うと足が、頭が、自分のものではないかのようにピクリとも動かない。目線すらも逸らせなかった。
最悪だった。目の前にあるのは『燃えていてはいけないもの』だ。それをまじかで直視し、なおかつその異臭が鼻の奥を嫌というほど刺激してくる。
必然的に胃から込み上げてくるであろう物にかたく目を瞑った。瞑ろうとした。だが瞼が言う事を効かない。
それどころかこの体は、勝手に踵を返し、燃えているものに背を向けて歩き出したのだ。
『え、ちょっと?!なんで勝手に動いてるのよ?!』
だがその声は発せられずただ黙々と歩く足音だけが聞こえてくる。ますますわけのわからない状況になり、苛立ちが募る一方で底知れぬ不安も同時に抱いていた。
首を振れないので周りの光景はわからない。だが歩いても歩いても何かしらの鉄屑と燃えている何かが一面に広がっている。
地獄と言っても差し支えないだろう。今にでも亡者に襲われそうな気がしてならない。
ボゴッと目の前の地面が膨れ上がる中から出てきたのは身長190㎝は優にある男だった。ビリビリに破れた軍服に身を包み全身に大火傷を負っている。ふらふらになりながらも懸命にこちらに拳銃の銃口をこちらに向けてくる。だがまったく狙いが定まっていない。両腕で銃を支えれば事足りるのだろうが。
……彼からは腕が一本、肩から先がなくなっていた。男が必死の形相でこちらに殺意を向けてくる。
「貴様らの……せいで!ゴファッ……んあ…なんで、俺たちがぁ!!」
気づけば自分の意志では動かなかった体がその歩みを止めていた。
男は話すごとに、その残り少ないであろう血を吐き出していた。
「なんでだ……なん…で……だ…………」
ズシンと言う音とともに男が倒れた。手に持っていた拳銃は、最後まで引き金が引かれることはなかった。
視界が白くなる、次第に意識が遠のいていく。
+++++
ロサは心底自分がしてしまったことを後悔した。
迂闊だった。まさかあのお面が呪いの類だったとは。だが質の悪い魔力は感じなかった。これは一体どういうことだ。
被せた後に動かなくなたので声をかけようとしたとき、いきなり姿勢を低くし、グオネスとエスカを林の中に吹っ飛ばした。どうやって吹っ飛ばされたのかは速すぎてわからなかった。ロサが危機感を感じ瞬時にそこから飛び去ろうとしたとき、シーニィの右手に青く透き通った刀が握られており、なおかつそれを横に薙ぎ払おうとしていた。
その一撃を寸前のところで鎌でそらす。その一撃はシーニィのその細身の体からは想像できないほど重く、結局威力は流しきれず後ろに飛ぶ形になった。
まさか自分の思い付きでした行動がこんな大事になるとは。
「あ~もう。二人共生きてるの?」
「ああ、なんとかね」
グオネスが草むらから出てきた。先程蹴りをいれられて吹っ飛ばされた方角からだ。
「どこまで飛んでったの」
「さあね。取り敢えず、飛んできた方角を見たらロサがかすかにみえるくらいだったってことしか言えないかな」
「いやもうそれ並の飛ばされ方じゃないと思うんだけど」
さて、エスカはと言えば。
と、風を切る音とともに矢がシーニィに向かって飛んでいく。どうやら返事の代わりらしい。
だが放った矢はくしくも、シーニィが握っている青く透き通った刀により矢先から真っ二つに割られた。
非常にまずい状況になった。どうにもこうにもこの状況を作り出したのはロサのおふざけによるものだ。
「絶対私のせいだよねあれ、私がお面被せちゃったからだよね」
「まあ、元をたどればあのお面が原因なんだけどね。大丈夫さ、ロサは悪くないよ、それに要はあの白いお面を外しちゃえばいいのさ」
「まあ、そういう方法しかなさそうだものね。面倒だけど」
二人とも短い言葉を交わすとお互いの武器を構える。後ろにいるであろうエスカは弓に矢をつがえて見えないところでシーニィを狙っているだろう。
「さて、合わせていくよロサ」
「ええ」
二人同時に足並みをそろえて行動を開始する。シーニィの正面からグオネスが突っ込んでいく。突進からの抜刀と見せかけてお面に蹴りを入れようとする。それをシーニィはいとも簡単に受け止める。
そんなことは実際に獣と戦っていた時のシーニィを見ていたら予想がつく。これはもちろん囮だ。
本命は…。
「こっちよシーニィ!」
ロサの頭上からの奇襲だ。シーニィは予想していなかったのか、慌てて刀を振りぬこうとするが、その行動は起こせなかった。エスカの矢がシーニィの刀にあたりバランスを崩す。
その拍子にロサがお面をはがした。
シーニィはその場に倒れこむ。すかさずグオネスがキャッチ。
「とった!」
「驚いたぜ鎌の嬢ちゃん達。不意を突かれちまったとは言えまさかわしが一本取られるとわな!」
「まあ、それなりに修羅場くぐってきてるもの…………………ん?」
まさかと思いロサは恐る恐る自分の手元にある白いお面を見る。
「いや~まいったまいった、がっはっはっは! こいつらにならお嬢を任せても問題ねえわなぁ!」
…………………。状況を飲み込むためにしばし時間を費やすことしばらく。一番先に口を開いたのはグオネスだった。
「いやっえっその………なんでお面がしゃべってるのさ?!」
「すまねえな赤い兄ちゃん、そいつは喋っちゃいけねえこと何でなぁ。まぁ言えることがあるとすれば、わしはおめえらの敵じゃあねぇ、ただし味方でもねぇ。俺はな、赤い兄ちゃん。おめえさんが抱きかかえてるお嬢の味方だ」
え、お嬢?え?え?
「…んっ…ここは?」
グオネスが文字通り『開いた口がふさがらない』状態になっているとシーニィがゆっくりと起き上がってきた。
周りを見渡す。自分の手に握られている刀を見てからロサの手にある白い鬼のお面を見つけ一つため息をついてから妙に納得した表情になった。
「ああ、そっか。そういう事ね………思い出したわ。……吟醸、あんたの仕業でしょ。何やったのよ」
「おお!お嬢、目ぇ覚めたか!いやぁ~よかったぜ、わしがやっといてなんだが心配したもんだぜ!…………………んで、どこまで思い出した」
「あんたとの腐れ縁と、戦い方ぐらい」
「そうだろうなぁ」
「そのことは後で説明して、今は…」
「私たちに説明、ないとは言わないよね」
これまでずっと蚊帳の外だったロサが真剣な趣きで訊ねてくる。グオネスもこちらをジッと見つめる。そこにはいつの間にか合流したエスカも加わっていた。
「俺はさっきここについたんだが、今からでもわかる説明があると助かる」
「大丈夫よエスカ。あたしも今から話すとこだから」
ロサが訪ねてくる。
「納得できるんでしょうね」
「ごめんなさい、伝わるようにしようとはするけど、信じる信じないは貴方達が決める事よ」
「それもそうか、とりあえずこれは返すわ」
そういって吟醸をこちらに放り投げてきた。吟醸が何か文句でも言ってたような気はするが大したことじゃないので無視する。
「じゃあ、話すわね。今覚えてる限りのことを」
そういって洗いざらい話した。自称神様のこと、自分がこの世界の人間じゃないこと、前の世界ではどういう事かは知らないが自分が戦ってたこと。
+++++
「これが、今あたしがみてきたすべてよ。正直、前の世界の記憶が戦ってる時のしかないから何とも言えないけどね」
最初に口を開いたのはロサだった。
「わかった、にわかには信じがたいんだけどね。ひとつ聞くわ、これからどうする気?」
「当面は食事と寝床の心配ね。あんな話までしたからもう旅に同行させてなんて言えないことだし、近くの村まで自力でいくわ」
当然だろう、別の世界からきてしかも前の世界の記憶がありませんなんて言われたらとりあえず距離を置くだろう。
「ねえシーニィ、私たちの仲間にならない?」
帰ってきたのは驚くべき言葉だった。
「実はね、私たちには目的があって旅してるの。今確信した、シーニィは私たちが求めてたものを持ってる。もちろんただなんて言わない、各町にある獣討伐依頼の報酬は山分け、シーニィの記憶探しも手伝ってあげる。どう?」
正直に言うと戸惑っていた。この三人は悪い奴じゃない。むしろいい人すぎて困るくらいだ、出来る事なら一緒にいたい。だが巻き込みたくはない。自分の旅がどうなるのかも分からない下手をしたら死ぬかもしれない。
はっきり言って危険だった。
「さっきだってあなたたちをわざとじゃないけど襲ったのよ?」
そうだ自分のしたことが許されることじゃない。
「ああ、それなら心配いらねえぜお嬢、ありゃお嬢がわしを付けた時気を失っちまったからなぁ、仕方なくわしが体を動かしてたんだ。そしたらお嬢が知らねえ奴らに囲まれてたんでとっさの自衛行動だったってわけだ」
……………。
今までの罪悪感が相当軽くなった気がする。
「って言ってるけどどうする?一緒に来るでしょ?」
と、ロサ。
「シーニィ、ロサが本気になっちゃったからね、もう逃げられないよ」
と、グオネス。
「まあ、いろいろと問題が残ってるが後で解決していけばいい」
と、エスカ。
「待ったく、これじゃあただのお人よしの集まりじゃない。考えてたこっちがバカみたい」
とはいっても、そのお人よし三人のおかげで救われた。それも二度も。
まだ記憶はほとんどないし自称神様も行方知れず。そんな中で唯一、何かうれしいことと言えばこの三人にあったことか。
「私たちは貴方を歓迎する、シー二ィ・ブランシュ。それと吟醸」
ロサが笑顔でこちらに手を伸ばしてくる。その手は握ると温かった
「ええ、よろしく。いろいろと厄介になるわ」
「旅は道連れってな!」
シーニィはこの夜かけがえのない仲間が三人で来た。
こうして、三人と一個のお面の旅は始まった。
次はいよいよ集落編です




