赤目の少女、白い角のお面
第三話です。よろしくです。
一人の少女が歩いていた。暗い夜の、森の中にだ。
夜の森と言うのが、唯一の明かりが月くらいなものなのだが、今夜はどうもその月明かりが雲に隠れていて心許ない。
また、夜の森と言うのは、周りがほとんど何も見えなくなり身動きが取りにくくなる。これがまた獣の標的になりやすい、少女は夜行性の獣たちの恰好の餌食になってしまっていた。
しばらくトボトボと歩き、少女は森の少し開けたところに立ち止まる。そこは月明かりで少しばかり明るかった。明かりが灯ったことで獣の招待がわかる、少女よりも大きい、狼だった。そういえばと思い、数日前に仲間と立ち寄った村に聞いたこの森の事を思い出してみる。この森は大型の狼たちが巣食っており、夜に出歩くのは危険ということだった。
狼たちがこぞって、立ち止まった少女に群がっていく。狼たちにしてみれば、カモ同然のことだろう。まるで余裕というふうに遠吠えをする。
だが、ひとつ誤算があることを狼達は気づいていなかった。そして、この小さな少女を、襲おうとしてはならなかった。
「あーもう、なんでこんなに群がって来るのよ」
ひとつため息をついたその少女は、夜空に向けて右手をかざした。
少し遅れて、雲に隠れていた月が顔を出し、少女も含めて全体を照らし出した。
肩まで伸びている金髪に赤い目、華奢な体に纏っている黒を基調とした赤いラインが入っている軽服、腹部が丸出しになっている。
と、掲げていた手に黒い靄があらわれ、やがて鎌のような形になって少女の手に納まった。
それはとても大きく、そして禍々しく、月の下で鈍く輝いていた。
「ごめん、手加減する気はないの。面倒だけど」
……。
………。
……そこには少女が一人、静かに立っているだけだった。
先程述べたことを繰り返す。狼たちは、この小さな少女を、襲ってはならなかった。
狼たちはもういない。月はただ少女だけを、照らしていた。
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少し前に時間は遡る
グオネスの提案に乗り、しばらくは行動をともにすると言ったあと、森の奥深くで狼の遠吠えが聞こえた。
同時に、グオネスとエスカの顔が引き締まり、二人共武器を手にする。
「ロサだ。先に行くよ、エスカ!」
言い終えるよりも先に剣を手に取り、森へ駆け出していった。
「グオネス!…ったくあいつは、ロサのことになるといつもいつも」
エスカは立ち上がると自らの武器、緑の装飾を施された弓矢と矢の入った大筒を背負った。
「ねぇ、ロサって誰?」
立ち上がり、シーニィが問う。
「すまん、言い忘れてたな。ロサは俺達の仲間だ、三人とも同じ村の出身でな。ここに来る前にはぐれてるんだ。まぁ心配ない、そう簡単に死んだりはしないからな。むしろ俺はロサを狙ってしまった獣に同情するね」
そんなことを真顔で言うのだから相当強いのだろう。
「その人、名前からして女の人なんだろうけど、そんなに強いの?だって女の人でしょ?」
「確かにロサは女性だ、それにあの強さには時々背筋がゾッとするようなものがある。けどなシーニィ、それを狼に素手で
挑んで殴り飛ばしたお前が言うのか?」
呆れた顔でエスカが言うので、こちらも苦笑いで返しておこう。何せ正論すぎるし。
「グオネスを追いかける前に、お前の服、よければ俺の羽織を貸してやろうか?」
と、言われるなり自分の格好を見てみる。そういえば、自称神のところからこっち服はもともとボロボロだったのを長らく忘れていた。不思議なのは傷が痕も残らないほどスッキリと治っていることだ。
たが、今気にすることではない
「いえ、いいわ、こっちのほうが動きやすいし、あっとそれと」
さっき夢で言われたプレゼントの事を思い出す。前半がくだらなさ過ぎて忘れていた。
さっきまで座っていたそばに、白いお面が落ちていた。額からは小さな角が二本、まるで鬼のような風貌だった。
それをさっと拾い上げると、エスカのところへ戻る。
「そんなもの持ってたか?」
「まぁ、今からあたしのものかな」
エスカの問にどう答えていいかわからなかったので曖昧に答えておく。
「まぁいいか、行くぞ」
無言で頷き、森に足を進めるのだった。
で、今に至る。
雲に隠れていた月が、先程顔を出した。
目の前には鬱蒼と茂る林の少し開けた場所。そこには一人のちいさな少女が立っている。肩まで伸びている金髪に赤い目、華奢な体に纏っている黒を基調とした赤いラインが入っている軽服、腹部が丸出しになっている。右手にはその華奢な体には似合わないくらいの大きく黒い鎌。
その少女の傍らに先に付いていたのであろう、グオネスがこちらに手を降っているのが見えた。
「エスカ、シーニィ、こっちだよ!」
呼ばれたので二人のそばまで駆け寄る。
「やぁエスカ、遅い到着だね」
「グオネス、獣達は?」
ロサと言う少女のが口を開いた。近くで見るとより一層を増して人形のように思えてくる。
「あの子達なら追い払った」
静かに夜闇に響いた声は、可愛らしくも芯の通ったものだった。
ロサと目が合う。赤色の瞳が真剣な表情でこちらを見ていた。
「この人、また困ってたところをグオネスがほっとけないから助けたって感じでしょ」
その質問に対し、グオネスが笑いながら話す。
「ははっ、ごめんね。どうしても体が勝手に動いちゃうんだ。彼女の名前はシーニィ、彼女は…………」
グオネスがこれまでの経緯を簡単に話した。
「へ〜、そういう事か。つまりシーニィは自分の村に帰りたいけど、肝心の村がどこにあるかわからなくなって困ってるから、記憶がない間は私達と一緒にいるってわけね」
聞いている度に、少々の嘘が混じっていることに気が付き少し罪悪感を覚える。
「ごめんなさい、あなた達の度に急に同行することになって」
本当にごめん、違う意味も含めて。
「別にいいわ、聞いてる限りじゃ戦闘も無理ってわけじゃ無さそうだし。足手まといにはならなさそうだし、いざというときには逃げちゃっていいからね。それよりもそのお面…」
右手に持っていたお面を見つけ、気にかける。
流石に自称神様から貰ったプレゼント、なんて突拍子の無いことは言うつもりはないので、自分が元から持っているものとして説明した。
「へぇ、ちょっと待って見せてもらっていい?」
「ええ、いいわよ」
特に人に預けないでとかは言われていないし大丈夫だろう。
「へぇ、そんなもの持ってたんだね。運んでるときは気づかなかったよ」
一番の懸念だったグオネスも、そこは指して気にならない様子に、少しばかり安堵した。
「ねぇ、シーニィ」
ロサに呼ばれて、グオネスからロサの方に振り返ったとき、一瞬ロサのイタズラっ子のような笑顔を向けてきた。
「よっと」
不覚、油断した。ロサが勢い良くお面を被せてきた。
シーニィ・ブランシュの記憶はそこで一旦途切れる。
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