宝石
朝日を迎えるまでに、短い夢を何度も見た。
魔法の効力が消えて地面に降り立った時、空は既に白み始めていた。
降りる手前で森を避け、草原に足を着けた私たちは、そこで身を置けそうな大きな木に登って浅い眠りを繰り返しながら夜を過ごした。
夢の内容は覚えていない。
なんとなく、楽しそうなものだったかな? という朧げな印象だけ。
まあだけど、夢の中でまで不幸な目には遭いたくないから、それで充分だ。
スピカと二人、今は明るい空の下を歩いている。
鮮やかな緑が広がる大地。少し遠くに鬱蒼とした森も見える。
目的地である岩山は、今のペースなら明日の昼には着くだろうってぐらい。いい天気だから、岩山のてっぺんの輪郭もくっきり見える。
神殿は見えないけど。
「おーなっか空ーいたー♪ おなーか空いたー♪」
耳に届く音と言う音は、風やたまに聴こえる動物の鳴き声の他は、このスピカのよくわからない歌ぐらい。もうかれこれ一時間ぐらいは歩き通しだけど、飽きもせずにずっと適当な歌を口ずさんでいる。
どこで拾ったのか長い木の枝を手にして、それで草を払いながら。
そんなことをしてたら、余計にお腹空きそうだけど。
私は思うけど、口には出さない。だって、スピカと絡むとお腹空くから。
だけど、スピカはそんなのお構いなしのご様子で、強く振るった枝が根強い草に絡め取られてボキリと中折れすると、それを放り捨てて私を振り返った。
「おなか空いた」
と私に訴える。
私は無言。そんなことを言われても。
それから急に、スピカがフヘヘと笑った。
「なに?」
小馬鹿にしたようなその笑いに、私はつい反応してしまう。
「ううん。べっつにー」
そう言って、スピカは新たな枝を拾って再び草を払い始めた。
まあ、スピカの言いたいことはわかっている。
朝になって、私の目を見て驚いていたから。
魔法を使ったから、目の色が変わったのだ。
ただ、問題は、何色に変わったのか?
そればっかりは鏡もない今は、自分では確かめようがない。
しばらく黙って歩いていると、いつの間にかまたスピカがこちらを見ていた。
だから、
「何色になってる?」
と少しまばたきを我慢して訊いてみた。
するとスピカは、フムと唸ってから、枝をこちらに向けてちらちらと振ってみせた。
「その問いに答えることは容易い。けど、それをするにはあまりにボクはおなかが空き過ぎている」
うわ、ムカつく。
一晩明けてもやっぱりこいつはいちいち面倒くさい奴だ。
「わかった。じゃあ、何か食べられるもの探そ」
「食べ物もそうだけど、まずは飲み物だね。お茶か紅茶か。できれば温かいミルクティーなんてあるといいけど」
「バーカ」
私はスピカを一蹴して、辺りを見回した。
森に入れば食べられそうな木の実でもあるだろうか?
森とは反対の方へ向かえば、確か川が流れているはずだ。ルコル王国を横切るあの太い川は、しばらくはずっと私たちと同じ方向へ向かっていたはず。
飲み水を求めるならそっちだ。しかし、レナドたちのこともある。
当然私たちのことを追ってきているだろうから、あまり川のそばにいると見つかりやすくなるのではないか? 向こうだって、こちらが川で飲み水を求めることぐらいは想像するだろうし。
そんなことを考えていると、スピカが声を上げた。
「ウサギだ!」
ピッと枝で指す。その先に、確かに茶色い野ウサギの姿が見えた。
「狩ろう」
私は即座に禁書を開いた。
「マジで!?」
驚くスピカを余所に、私は身を低くしてわずかに距離を詰める。
「チャプター32、『町を渡る一陣の風』、解凍!」
圧縮魔法書が光を放つ。
次の瞬間、急な突風がウサギの方へと伸び、ウサギは弾き飛ばされたように宙を舞った。
「当たった!」
綺麗に決まり、私は嬉しくなって思わず声を出してしまった。
恥ずかしさを誤魔化すため、小走りで回収に向かう。
「おう、クレイジー……」
スピカもその後を付いてくる。
ウサギは刃物で切られたように喉が裂け、血を流して倒れていた。
私は禁書をスピカに預ける。ウサギの血を全部抜いて、手頃な石を砕いて刃物を作り、皮を剥いで、内臓を取り出すと、今度は木の枝や枯葉を拾って火を起こし、肉を焼いた。
その一連の作業を、スピカは口をぽかんと開けて見ていた。
「いやぁ、お姉さんって見かけによらずサバイバーだね」
最後にぽつりと、そんなことを口にした。
「サバイバー?」
スピカはちょくちょく、よくわからない言葉を使う。
「こういうのって、小さい頃に親から教わらない?」
「えー、教わらないよー」
「あっそう……」
もっとも、私も二回ぐらいしか教わったことはないけど。
肉がいい感じに焼けた頃になって、私はこの血まみれの手を洗う水がないことに気が付いた。
仕方ないので、土や葉っぱで適当に拭う。この後はいずれにせよ川へ行かないとな、と思う。
その様子をも、スピカは口を開けて見ていた。
肉はスピカが半分以上を食べた。
焼きたての柔らかいその肉を、何度も美味い美味いと言いながら。
……まあ、それはいいとして。
禁書を使ったから、また目の色が変化したはずだ。
少し気になって、犬のように骨をしゃぶっているスピカに訊いてみた。
するとスピカは、目をキラキラとさせて一言、
「おもしろい!」
と言った。
いや、何色かを答えてよ。
さっきの色も、今回の色も、私は永遠に知ることはなかった。
川までは、体感で一時間程度でたどり着いた。
手を洗い、たらふくお腹に入れて、また川から距離を取る。
そうして岩山への進路に戻ると、そこでスピカが話し掛けてきた。
「あのレナドの野郎が、どうしてお姉さんの目がどうのこうのって言ってたのか、わかったよ」
なんだ、その話。
貧民街のあの小屋であったレナドとのやり取りを聴いていたのだ。
「あと、どうしてお姉さんが呪いの目だって言ったのか」
「そう。それは良かったね」
無愛想に応える。
しかし、もちろんこれで遠慮するようなスピカではない。
「何回か使ってたら、いずれ元の色に戻るってことはないの?」
そんなことを継ぐ。
私は不覚にも少し吹いてしまった。
「それで、使ってないって言い逃れしようっての?」
「そうそう」
「さあ……。そんなにたくさん使ったことないから」
「でもさ、ボク、前文明を滅ぼしたなんて言うから、もっとクッソ恐ろしいものだって思ってたよ。ひとたび使ったら、あの岩山をも根こそぎ消し去っちゃうぐらい」
「ああ、それはね、この禁書は〝改造されている〟からよ」
「改造?」
スピカの目がキラリと光った。
「魔法って言うのは昨日も説明したとおり、精霊にお願いして出してもらうものなの。……だけど、じゃあ、精霊がそんな文明を滅ぼしちゃうような大きな力を、わざわざ人間に貸してくれると思う?」
「思わない」
「うん。精霊が貸してくれるのは、せいぜいが焚き火をするための小さな火種とか、手の届かない高さになってる木の実を落とすための風とか、その程度の力だけ」
スピカは目を空へ向けて考えた様子を見せる。
「それじゃあ、どうやって大きな力を生み出してるの? 昨日、ボクらがここまで飛んできたのだって、今の話に比べたら相当大きな力だったと思うけど」
私は笑みを作って頷く。
「それはね、小さな力をたくさん組み合わせて、その連鎖によって大きなものに仕立て上げてるの」
「ほほう」
「例えば、火の玉を作って相手に飛ばしたかったら、酸素を集める力、火種を作る力、さらに酸素を集める力、その状態を維持する力、これを何度か繰り返して、火種を大きくする。その後で、それを維持しつつ、風で前方へと押し出す。押し出す風も、事前に何度も重ね合わせておけば、一気に強力な風が起こせる。──わかりやすく言えば、こんな感じ」
「うわ、めんどくさい!」
「魔法を使える人を、魔法文明では〝魔法使い〟と呼んでいた。中でも、その面倒で大変な作業をこなせる人を、一つ上の存在として〝大魔法使い〟と呼んでいたの。魔法使いに比べて大魔法使いはなれる人が少なくて、当時かなり重宝されていたみたい」
「なるほど。いわゆる、高給取りってやつだね」
「高級鳥? ……へぇ。よくわからないけど、そう呼ぶんだ」
私は感心して何度か頷く。
「まあだけど、その高級鳥も、この圧縮魔法書が開発されたことで立場が危うくなってしまったの」
私は禁書を取り出す。
「〝大魔法〟は、それまでは実際にその場でさっき話したみたいなことをしなくちゃならなかったの。何度も精霊にお願いする言葉を言って、目的とする形になるまで頑張らなくちゃならなかった。だから一回一回がとても大変だし、失敗することも多いし、いちいち本人が現場まで赴かなきゃならなかったから、そもそもなり手も少なかった」
「そうか。なんとなくわかった。それがこのアーカイブを使うと、その超大変な作業を本番一発勝負でしなくてよくなったんだ!」
三回目でようやく圧縮魔法書を覚えてくれた。
「そのとおり」
私は笑顔で頷いた。
「圧縮魔法書は、精霊にお願いする言葉とその効果までを文字記号にして、本に書き記すことのできる技術。だから、スピカの言うとおり、これでその〝連鎖〟を本に記してしまえば、ただの魔法使いでも大魔法が使えるし、保存と携帯が可能だから、使う際も本人が現場に赴く必要がない。おまけに、言葉を噛んだりして失敗することもない」
「夢の発明だ」
「そう。夢の発明。……それができた当初はね」
私が声のトーンを落とすと、スピカも何かを察したように神妙な面持ちになる。
「うーん、そうか……。だんだんと想像できてきたぞ。なんで前文明が滅んだのか」
「この圧縮魔法書ができたことで、大魔法使いたちは立場を追われた。でも、それまでいい思いをしていた記憶とプライドがあるから、別な手立てを考えた。大魔法のノウハウは誰よりもあるから、もっと強力な圧縮魔法書を作ることで他との差別化を図り、再び権威を手にした」
「軍事兵器だね?」
「そう。大魔法はそれまでも戦争の道具に使われていたんだけど、それが圧縮魔法書の登場で一気に加速したの。軍事兵器となると、大きなお金が動く。大魔法使いたちは、さらには普通の魔法使いまでもが、私利私欲のために圧縮魔法書を作りまくった。もっと強力で、様々な種類のものを、大量に。……あとは説明するまでもないと思うけど」
「……どの時代も人間がやることは一つだね」
スピカが重たいため息をついた。
あたかも他の時代のことを知ったように言う。
でも、この時、このスピカの言葉を、私は特に気にしなかった。深く考えなかった。
「同感」
とだけ応えるに留まった。
「──で、改造の話は?」
「そうだった」
私は苦笑した。どうも話が長くなってしまう。誰かとこんなに話をするなんてあの日以来なかったから、嬉しいのかな……。
「つまり、この圧縮魔法書は小さい魔法の羅列でできてるの」
「ははぁ」
「だから、これを切り貼りして並べ替えたりすれば、違う魔法になるし、いくつかの中ぐらいの魔法に分割することもできる。でしょ?」
「……」
スピカが禁書に手を伸ばした。中が見たいようだったので、渡す。
「……これを切り貼りして並べ替えたの? ちゃんと意味がとおるように? お姉さんが?」
中の複雑な文字記号の羅列を見て、呆れ返った表情でスピカが言った。
「そうだけど……」
「天才か!」
私は複雑な気持ちになった。そう言われると、確かにそうとも言えることをしたのかもしれないと思える。
それに、そのことを思い出して、私は暗い気持ちになった。
「……私も、過去の人を馬鹿にできない」
「?」
スピカが首を傾げる。
「なんで?」
「だって、私が圧縮魔法書を改造なんてしちゃったから、クラナガ博士や研究所のみんなは……」
スピカはしばらく無言を返した。話を続けるか否か。それぐらいの気を遣うことを、ここではしてくれたようだ。
しかし、ここまできたらすべて聞き出してしまおう。そう思ったのか、スピカは意図して明るい表情を見せて言葉を紡いだ。
「そうだそうだ。あと、何でお姉さんが生かされてるのかって疑問がまだ解決してなかった」
右手の人差し指を立てて、それを何度か前後に振る。
「ボクが想像するに、アーカイブを改造するなんてこと、たぶんお姉さんぐらいにしかできないんじゃないかな?」
本当に、スピカは見た目よりもはるかに頭が回る。
「だとすると、お姉さんには利用価値があるもんね。その……、博士が死んじゃったのなら、なおさらにアーカイブに詳しい人は国にとって重要だから。おまけに改造できて利便性の追求ができるとなると、おいそれと殺せない」
歌うように憶測を口にするスピカに、私は呆れ半分に感心した。
だけど私は、そこで首を横に振った。
「改造できるっては、たぶん今となっては私以外に誰も知らない。そもそも改造するなんて発想自体、他の人にはないと思う」
「そうなの?」
スピカは意外な顔をした。
「研究者は、お金でいつでも他から引っ張ってこれる。……と言うより、もう九年も経ってるんだもん、城にはとっくに新しい研究者たちがいるはず」
「じゃあ、どうしてお姉さんは生かされてるの?」
「それは、あんたも言ったとおり、私には利用価値があるから」
それから私は、そっと空を見上げた。
「──だけど、その利用価値って言うのは、私を捨て駒として利用できるって意味」
スピカが嫌な予感を顔に浮かべた。
「国はすでに、私を殺している。でもそれは、世界各国に対してのただのアピール。禁書を使った重罪人は殺しましたよっていう……」
私はスピカを見る。
「あのね、実は私、もう人間じゃないの。スピネルって言う、一粒の宝石なの」
私が言うと、スピカはまたひとつ顔を歪めた。
「私は九年前に処刑された。名前も記録もすべて消されて、私という人間はこの世界からいなくなったの。あとに残ったのは、ただの宝石。禁書を使える、死んでもどこからも何の損失も生まない、おかしな目の色をした、人間の形をした、──ただの宝石。宝石だから、禁書を使っても問題ない。だって、そんな決まりはどの国にもないから」
「いやいや……。そんな方便……」
「通るわけないと思う。だけど、あの国の王はそれが通ると信じてる。だって、馬鹿だから。救いようのないぐらい」
スピカは複雑な表情で頷いた。
「だから、いずれあの馬鹿の強欲がこの国に収まらなくなったら、隣国にでも戦争を仕掛けると思う。その時に、私を使おうって魂胆なんだよ」
スピカは口をあんぐりと開けて動きを止めた。
たぶん、今考えていることは私と一緒だろう。
「……レナドのやつも、それを?」
「もちろん。だって、あいつは直接、王の命令で動いてるんだもん。想像するまでもなくわかるって」
「そっか、だから……」
「ついでに言うと、レナドが私に禁書を使え使え言ってたのは、たぶん禁書をもう一回使ったら、その時は私を本当に殺していいって約束でもしてたんだと思う」
「レナドの野郎が、どうしてそんな約束を?」
「私があいつの仇だから。九年前、私は自分の父親や研究所のみんなと一緒に、あいつの仲間を殺しちゃったの」
私はなんとなく後ろを振り返る。
「……でも、私にその利用価値がある以上、よっぽどのことがなければ私を殺すことは許さないだろうね。あのクズ王は」
スピカはしばらくの間、誰かを同情するような顔で沈黙を返した。
「……最後にもうひとついいかな?」
「どうぞ」
私は頷く。
「お姉さん、九年間、レナドたちの隙を見てはあの小屋に通ってたんでしょ? それで、それともう一冊のアーカイブを改造していた」
私は肯定も否定もしない。だけどスピカは、それを肯定と受け取ったようだ。
「どうして?」
スピカの顔は、わずかな希望を探すように。
「さあ、どうしてかな……」
だけど私は、やはり首を横に振った。
「もう忘れちゃった」
日が落ちる前に、私とスピカはこの日の寝場所探しをした。
また木の上だ。
焚き火をするとレナドたちに見つかる恐れがあるから、それ以外に手はない。
動物が襲ってきてもいいよう、気休め程度の武器になりそうな木の枝や石を持って、大きな木に登る。
禁書が使えれば動物なんて屁でもないけど、夜になって字が読めなければ当然使うことはできない。
太い蔦で自分たちを幹に縛って、なるべく丈夫そうな枝の上にお尻を着ける。
これで熟睡さえしなければ、朝まで休むことができるだろう。
日が沈むにつれ、段々とスピカの顔も見えなくなっていく。
スピカは食べられそうな木の実を拾ってそれに挑戦していたけど、どうにもお気に召さなかったのか、それをポイっと投げ捨てた。
それから、
「ん……。何やらお姉さんの熱い視線を感じる」
と言ってこちらを振り返った。
しばらくの間、考えるようにして私の顔を窺う。
「……わかった! お姉さん、ボクに添い寝して欲しいんでしょ?」
私は無言。
「そうか、仕方ないな……。夜は寒いし、ちょうどボクも温かいものが欲しいと思ってたところなんだ」
自分の蔦を外し、私の近くに移動して結び直す。
スピカが私に背を預ける。私はその身体を両手を回して抱き締めた。
「……私、臭くない?」
思わずそんなことを訊いた。
「……うん。確かにちょっと洗ってない感じの匂いがするけど、別に気にならないよ。ほんのりと女の子らしい甘い匂いもするし、問題なく眠ることができるよ。──それよりボクは、こうして密着してるにも関わらず、ボクの背中に一向に当たってこないお姉さんの胸の方が気になってる」
「そう、わかった。ありがとう。──じゃあもう黙って」
「お、おう……」
「おやすみ」
「……」
「お・や・す・み」
「いや、お姉さんが黙れって……。あ、いや、うん……。おやすみ」
スピカの濃いオリーブ色をした目がゆっくりと閉じられる。
それを確認して、私も幹に体重を預けて目を閉じた。
熟睡したくても、絶対にそうなることはないだろう。この九年間、そんな眠りに就けた記憶は一度としてない。
鼻で大きく息をひとつ。
スピカの体温がお腹を中心にゆっくりと広がっていく。
すると、気がつくと私の目から涙が流れていた。
音を立てず、静かにこぼれ落ちる涙。
それをどこか他人事のように感じながら、私は腕の中のスピカの存在だけを意識していた。
──圧縮魔法書が改造できることを知ったのはまったくの偶然だった。
幼い頃の私にとって、研究所は遊び場だった。
来る日も来る日も研究所に顔を出しては、父たちの研究を眺めていた。
それが不思議と面白かったのだ。
ある日、圧縮魔法書をペラペラ捲って読んでいると、そこで頭に閃くものが生じた。
父たちに隠れて、こっそりとページを切って、貼って、文字記号を並べ替えてみた。
その時は、すぐにバレて取り上げられてしまった。そしてひどく怒られた。ただそれだけ。
だけど、私が取り返しのつかないことをしたってことに気付いたのは、その後だった。
翌日、研究所に行くとやけに慌ただしいみんなの様子が見て取れた。
父が寄ってきて、問い質された。
これをわかってやったのか? と。
父のブラウンの瞳が畏怖と驚きに揺れていたのが、この時やけに印象的だった。
私は父の言葉の意味がわからなかった。とりあえず、うんと頷いた。
その時のひどく驚愕したみんなの顔もよく覚えている。
それから、みんなが口々に言っていたのは、「これが国に知れたら大変なことになる」という言葉。
何がそんなに大変なのかわからない。
けど、九年経った今ならわかる。
圧縮魔法書がその内容を組み替えられると知れば、ルコル国の王や世の権力者たちが考えることはひとつだ。
それは決して、ひとつの大魔法を複数の中魔法以下に分けることではない。
その逆で、一冊一冊が大したことのない圧縮魔法書を集めて、一冊の強力な圧縮魔法書にすること。
あるいは、元々強力な圧縮魔法書をさらに……。
すぐに私が手を入れた三冊の圧縮魔法書を隠す話がされた。
それから、私にも改造できることを隠すことを約束させた。
私は怖かった。
この時から、既に何もかもがおかしくなっていたように思う。
事故が起きたのは、それから半月も経たないある日のことだった。
研究者にとって圧縮魔法書の改造は、決して無視のできない強い好奇心の種だったようだ。
研究所の一人が父に隠れて改造を試みたのだ。
結果は、大失敗。
その人の中では、ごく小さい魔法を作ったつもりらしかった。
ごく小さい魔法であれば、使ってもバレることもなければ、もしかしたら目の色も変わらずに済むかもしれない。もし変わったとしても、その人は元からメガネをしていた。だから、レンズの色を濃くして、なるべく人に会わないようにすればきっとわからないだろう。
そんな腹づもりらしかった。
内容を見ていないから、私にはそれがどうなっていたかはわからない。
だけど、結果として起こったことは、この国に大きな湖を作り出したことだった。
それからはあっという間だった。
近衛騎士団が飛んでやって来て、事情を訊かれた。
当然、父たちは何も話すことはできない。
みんなはすべて隠し通すことに決めていたから。
となると、当然研究所の代表である父は連れて行かれることになるだろう。
そして、そうなれば二度と戻ってくることはなくなる。
それもみんなわかっていた。
だから私は、近衛騎士団が来るより前に、三冊の圧縮魔法書を隠した小屋に走った。
だって父は、この世界でたった一人の家族だったから。
絶対に連れて行かれて欲しくなかった。
小屋から一冊を持って再び走った。
研究所に着くと、ちょうど父が連れて行かれようとしているところだった。
その時、自分が何を考えていたのか、今もわからない。
圧縮魔法書を持ち出して何をしようとしていたのかなんて。
だけど、もちろん殺すつもりなんてなかった。ただの脅しのつもりだった。
でも、私が使った一冊も、改造は失敗していた。
と言うより、私のは何か目的があって弄ったものではなかったのだ。
使うと同時、天から一瞬の太い光が伸びて……
後には何もなくなっていた。




