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懺悔

 あーあ。まいったね、こりゃ……。


 すべてが決した後ってのは、そんなため息しかでないもんだ。

 鬼のような形相のレナドたちに囲まれて、神にでもお祈りしたい気分だ。


 これはあの怪鳥さんに捕まった時のようにはいかないだろうな。

 一人か二人ばかし噛み付いたところで、向こうは屁でもないだろうし。

 そもそも、噛み付こうにもレナドたちは鎧を着てんだもんな。


 お手上げ。もうこれ以上どうしようもない。


「スピカ! スピカ!」


 お姉さんが扉をドンドン叩いてる。

 やれやれ。お姉さんともこれで最後か……。

 こんなことになるんなら、神殿の外でお昼を取ろうなんて考えなきゃ良かったよ……。


「ここを開けろ」


 レナドが無慈悲な視線でボクを見下ろす。

 悪いけど、それはできないよ。

 ボクは首を横に振る。


 殴られた。


 脳みそが吹っ飛んだような衝撃の後、遅れて焼けるような痛みが顔中に広がった。

 視界がぐわんぐわんと揺れる。

 うげっ……、吐きそう……。


「もう一度言う。ここを開けろ」


 繰り返し。

 首を振って、殴られた。

 扉に背中をぶつけて、そのままズルズルと地面にお尻を着けた。


「スピカ、開けて! なんで入らなかったのよ!?」


 お姉さんがドンドンと扉を叩く衝撃が背中に伝わる。


 仕方ないじゃないか。だって、間に合わなかったんだから。

 こりゃ騎士様たちの意地の勝利ってやつだ。

 あとちょっとってところで捕まっちゃったんだ。


 だから、お姉さんを中へ突き飛ばすだけで精一杯だったんだよ。


「……わからんな」


 レナドは正面を向いて、扉の先へ視線を送るように。


「貴様があの女を庇う理由はなんだ? それとも、絶対に我々を中へ入れてはならない決まりでもあるのか?」

「……」


 なんだろう?

 ちょっと考えてみたけど、答えはどっちも「ない」かな。


「……まあ、流れで、みたいな?」


 また殴られると思ったけど、レナドは蔑んだ目だけをボクに向けた。


「下らん問答はいい! 早くこの小僧に扉を開けさせろ!」


 太っちょの王様が、痩せた枯れ木のような男に肩を借りながらこちらへ歩いてくる。

 その表情は憤怒。だけど、笑っちゃうぐらいその容姿にその表情が合ってる。

 軽く吹き出すと、王様の靴がボクのお腹に飛んできた。


 ボクは盛大に咳き込んだ。


 まったく……。寄ってたかって、子供に容赦のない大人たちだ。


 それから、レナドがボクの襟首を掴んで立ち上がらせ、剣の切っ先をボクの左肩に突き付けた。

 そして、銀光放つその鋼鉄を、ゆっくりと肉に刺し込んでいった。


 ボクは堪らず声を上げた。


「スピカ!」

「聴こえるか、スピネル! この扉を開けろ! さもないと、このガキが少しずつ切り刻まれていくぞ!」

「さっきからやってる! でも開かないの! スピカ、どうすればいいの!? ねえ!」

「中から開けられないのか?」


 とレナドがボクに。


「だから……、時間軸の違う人は干渉できないんだってば……」

「その割に、貴様に対しては干渉できているではないか」

「生き物はそこらへん複雑なんだよ……。ボクだって、こんな痛い思いなんてしたくないし」

「だったら、素直にここを開ければいいだろう? それで貴様は救われる」

「そうしたら、お兄さんたち、あのお姉さんを殺すじゃん」

「それが貴様の何の不利益になる?」


 ボクはため息。


「……ねえ、お兄さん」


 痛みに全身から嫌な汗が噴き出す。


 ボクは何だかいろんなものを憐れに思った。


「お兄さんは何を恨んでるの? 誰と闘ってるのさ?」


 レナドの目が細くなる。剣がまた数ミリ進んで、我慢しても身体が勝手に暴れ出す。


「ボク……、最初はお兄さんのこと大っ嫌いだったんだけど、今は意外なことにそれほどでもなくなってるんだ」

「黙れ。余計なことはしゃべるな」


「……わかるんだよ。ボクだって大概なんだ。昔……って言っても、ボクみたいな姿からじゃ違和感あるだろうけど、お兄さんたちからしたらうんと昔、ひどいことをたくさんしたんだ。大切な人にちょっとでも多く食べ物を食べてもらいたくて、他の人にたくさんひどいことをした。……なんかね、あくまで想像だけど、お兄さんもどこかボクと似たことがあったんじゃないかって思うんだ」


「……」


 話すうちにどんどん意識が霞んでくる。

 それでもぐっと我慢して、ボクは続ける。


「文明が滅んだ後ってのは、すごく悲惨な世界なんだ。それまで確かに知性があって理性があった人たちが、まるでただの獣に戻っちゃったみたいに凶暴になるんだ。自分が生きるためなら、どんなことだってやる。助け合おうなんて気はこれっぽっちもない。弱い者たちからどんどん犠牲になって死んでいくんだ」


「……」


「ボクは六歳だった。お姉さんは七歳だったのかな? お兄さんは、何歳だったの? ……わからないけど、それぐらいの頃だったはず。その当時、ボクらに何ができた? 大切な人を守りたくて、失いたくなくて、ただそれだけだったんじゃない? お兄さんだって、もうわかってるはずだよ。お姉さんを殺したって、お兄さんの復讐は果たせない。だって、お兄さんが本当に恨んでるのは、そんなことじゃないんだから。ボクやお姉さんと同じ、もっと根本的なものに対して……でしょ?」


「……オーガン団長は俺にとって希望だった」

「クラナガ博士はお姉さんにとって希望だったし、ボクにだってそういう人がいた」

「だから、俺にスピネルを殺すことを諦めろと?」

「そんなことは言わないよ。お兄さんがそうしないと気が済まないってんなら、そうすればいい。……もちろん、ボクが邪魔するけど」


 ボクは大きくため息をついた。

 肩から先の左腕が動かない。だけど、意識が落ちてきたせいか、痛みはぼんやりしてる。


 まったく、どの世界もいいことなんてない……。


 みんな、いいことない。


「ただ、話したかったんだ。お兄さんと。説教するつもりなんてないし、説得するつもりもない。──これはボクの懺悔だよ。それと、わずかながらの罪滅ぼしでもある、かな?」

「……」


 背中に今なお、お姉さんの扉を叩く振動と叫ぶ声が伝わる。

 泣いてるのかな? 声の響きにそんな印象を覚えた。


「何をやっているか、レナド! さっさとここを開けさせろ!」


 王様の言葉に、レナドが横目に視線を向ける。

 六人の部下たちは黙って状況を見守っている。

 レナドが視線をボクに戻すと、ボクはやっぱりお兄さんのことが嫌いになれないことを悟った。


「──最後の通告だ。ここを開けろ」


 仕方ないな……。ボクはレナドに頷いて見せた。


 それから、扉の方を振り返る。


「ねえ、お姉さん……」

「スピカ!」

「お姉さんの名前、なんて言うの?」


「……何を言ってる?」


 とレナド。

 それをボクは無視。


「スピネルって、こいつらが付けた名前でしょ? そうじゃなくて、元々の、本当のお姉さんの名前」


 少しの沈黙の後、


「……名前なんてないよ。捨てた。だって、私に名乗る資格なんてないもの」


 お姉さんが言った。

 ボクは自然と微笑んだ。


「じゃあ、ボクがあげる」


「貴様、いい加減にしろ!」


 レナドがボクを貫く刃に力を入れた。

 だけど、残念。ボクにもう痛がるだけの意識はない。神経も麻痺してる。


「お姉さん、よく聴いて……。振り返ると、そこにでっかい機械があるでしょ?」

「……暗くてよくわからない」

「うん。でも、何か大きな物があるってのはわかる?」

「それは……。うん……」


「それが〝世界時計〟だ」


 ボクは目を閉じ、しばし。


 それから、ゆっくりと目を開けて言葉を紡いだ。


「今からそれを、お姉さんのアーカイブでぶっ壊しちゃおう」

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