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聖魔の救済者  作者: 港瀬つかさ


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6.神代の光

 煌めきを支配する輝きの神。光より出でて全てを照らし、光そのものとなる精霊神・ウィスプ。光界『ウラノス』と唯一交流を持てる場所、それがこの、光の祭壇なのである。

 大理石で創られた螺旋階段を上りきり、フーアとアズルは祭壇の前に立っていた。ばさりとマントを翻して、フーアは祭壇へと歩み寄る。決して助力を希う風を見せぬ、あくまでも対等であると振る舞う姿がそこにある。剛胆なのか負けず嫌いなのか、はたまた別の何かなのか。そんな事を、アズルは思った。


「我が名を解放の力の礎と成せ。今、我は請う。隔たりを持ちし光界との境をしばしの間取り除き、我が前に彼の光の精霊神の御姿を遣わし給え。」


 朗々と響く、けれどまだ幼さを残した声。その言葉に応えるように、柔らかな光が降り注ぐ。祭壇の中央に、ふわりと浮かぶ姿があった。白に近い金の短髪に、煌めきを封じた黄金の双眸。幼い少年の姿をした光の精霊神が、優しい微笑みを称えて2人の前に降臨した。


「君が救済の勇者だね。」

「お初にお目にかかります、光の精霊神。ご迷惑とは承知の上で、『オリジン』を救う為に御力をお借りしたいと願っております。」

「迷惑ではないよ、ヒトの子。この世界は我等にとっても故郷だ。」


 優しく微笑む、その姿。外見は只の幼い少年であるというのに、その浮かべる微笑みも纏う気配も、長き年月を生きた神のもの。精霊神を目の当たりにしても怖じ気づかない2人は、ある意味この役目に誰よりも向いているのかも知れない。

 その神気に、彼等は脅かされる事がない。誰もがひれ伏したくなる程の眩い強さに、けれど彼等は自我を揺らがされることなく、平然と立っているのだ。己という存在を保ちながら。


「望みは、力のカケラだね?」

「アルファの神殿に捧げ、我等が始まりの神オリジンの糧と成す為に、あなた方精霊神の力が必要なのです。」

「遠く、離れてしまったこの世界を、我等は愛しているよ。ヒトの子、そして邪神の青年。忘れないでくれ給え。この世界を離れ、自らの世界を作り上げて尚、我々精霊神は、皆、この始まりの世界を愛している。」

「それは貴方の瞳を見れば理解できる事です、光の精霊神。」

 

 微笑むフーアの姿は、偶像めいた印象を与えた。作り物めいた、何処か無機質にも近い歪な姿。常の化け猫を背後に飼っている時と同じ、ひどくアズルの神経を逆撫でする姿だった。けれど、そう思いながらも、彼が口にしたのは別の言葉だった。


「…………ウィスプ、ここは、全ての始まりの地。故に、邪神たる我が身すら受け入れ、その優しさがあるからこそ、我が身は今ここに、貴殿の前に立っているのだ。なれば、貴殿ら精霊神達もまた同じであろうという事など、想像するに容易い事だ。」


 淡々と語るアズルの言葉に、ウィスプは笑みを浮かべた。邪神に対してさえ穏やかに笑う、光の精霊神。その掌がそっと、フーアの掌に触れる。暖かな温もりを感じたフーアが掌を開けば、そこにはウィスプの力を封じ込めた力の結晶があった。透明に澄み切ったそれは、ダイアモンドに良く似ていた。

 それをしっかりと握りしめ、フーアは口元に笑みを浮かべた。まずは、一つ目。そう呟く声が聞こえて、アズルは傍らの少年勇者を見やる。喜んでいるのかと思えば、そこにあったのは、何処か暗い炎だった。


「…………フーア?」

「礼を申し上げる、光の精霊神。これで、この世界を救えます。どうか、ご心配はなさらずに。あなた方の故郷でもあるこの世界は、必ず私がこの身命に代えても救います。」

「ありがとう。けれど救済の勇者。世界を救う事に、自らを投げ捨てないで下さい。それは、ひどく哀しい強さでしかないのですから……。」

「……えぇ、その通りです。それは、哀しい強さですね。」


 微笑み、フーアはウィスプを見る。けれどのその笑みは、ウィスプの言葉を受け入れたようには見えなかった。はぐらかすように、拒絶するように、柔らかな笑みを浮かべる。

 まだ、何も知らぬのだ。傍らの勇者の微笑の意味が解らぬままに、アズルは漠然とそんな事を思う。別に、知りたいなどと思ったつもりはなかった。けれど只、何かが心の琴線に引っかかった。


「また会う時がある事を、願わせてもらうよ、救済の勇者。」

「そのような未来があれば、世界は救われたという事です。……私も、望ませて頂きます。」


 柔らかな微笑みの残像だけを残して、光の精霊神は自らの世界へと帰っていった。時空魔法を使って強制的に時空接合を行ったフーアは、その瞬間、フラリと身体をよろめかせた。

 伸ばした腕で、アズルがその身体を受け止める。まだ幼い少年らしさの残る、細い肢体が彼の腕に預けられた。悪いと悔しそうに呟く様がひどく子供っぽくて、そんな彼の姿を見てアズルは、何処かで安堵した。

 何故ならばその時には、あの暗い炎の姿は何処にもなかったのだから。けれど、邪神は知らない。この勇者が抱えるモノも、その本心も、未来も。



 彼はまだ、何一つ、知らないままだった…………。

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