41.金剛石の腕輪
その場所は地界と繋がる地の祭壇。4つ目の力のカケラを得る為に、フーアとアズルはそこにいた。ここに来るまでに祭壇の守護者から金剛石の腕輪を、フーアは受け取っていた。他と異なり地の精霊神は強力な影響を世界に及ぼす。悪用される事を防ぐ為、鍵無くしては祭壇は何者も受け入れない。
強い結界の力を感じて、フーアは笑う。腕にはめていた金剛石の腕輪を外し、結界に触れさせる。その瞬間結界は人一人を通らせる程の空間を空ける。当然のように歩いていくフーアに続き、アズルも結界の中へと足を踏み入れた。
そして、フーアは祭壇の前で呪文を唱え始める。天空へと伸ばされたその指が魔法陣を描くたび、界と界を繋ぐ時空縫合が成されていく。相変わらず見事な事だと、アズルは思った。どれほど強い力の持ち主でも、この少年程にはできないだろう。彼は、そんな事を思ったのだ。
「我が名を解放の力の礎と成せ。今、我は請う。隔たりを持ちし地界との境をしばしの間取り除き、我が前に彼の地の精霊神の御姿を遣わし給え。」
光が弾けた。二つの世界を繋ぐ空間の道から、ゆっくりと姿を現す影がある。地界『ヴィーナス』の神である地の精霊神ノームだ。深い黄土色の瞳に白の混ざった濃い茶色の髪をした、穏やかな笑みが似合いそうな好々爺がそこにいた。
小柄な老爺はふわりと空中に浮かんだ体勢であぐらをかき、顎の下の長く豊かな白いひげを指先で弄ぶ。そうしながら、小首を傾げるように二人を見ていた。ニコニコと笑いながら、ノームは二人を見ていた。ごく有り触れた老人のような笑みには、永い時を生きた精霊神だから持ち得るだけの慈愛が溢れていた。
「この爺に用があるのは、お前さん達かの?」
「その通りです、地の精霊神。私は救済の使命をおびし勇者フーア。彼は私の同行者である邪神・アズルといいます。既にお解りの事であると思いますが、この世界を救う為に、御身の御力をお貸し頂きたいと思います。」
「ほっほっほ。儂の力で良ければ喜んで貸してやろうぞ。ほれほれ、気にせず手を貸しなされ、幼い勇者よ。」
楽しそうに笑うノームに掌を差し出したフーアは、重なった掌から力を感じた。それが離れる頃には淡い輝きを放つ力のカケラが残されている。トパーズにも似た黄色のようなオレンジのような輝きを放つ石。それを握りしめて存在を確かめ、フーアは微笑んだ。
「ありがとうございます、地の精霊神。」
「何の何の。我等が祖、全ての始まりの神・オリジンが、この世界を去る我等に向けた預言があったのでな。」
『…………預言?』
「『いずれこの世界は崩壊へと向かうだろう。そしてそれを止めるのは、神でも魔でもなく、ヒトの子供だ。』と、そのように言われても、当時は誰も信じてはおらなんだよ。だがしかし、オリジンは眠りについた。世界を少しでも長らえさす為に眠ったという。」
「…………オリジンの、預言……。……生まれる子供が一人いる。終末の時に生まれる。望まれて、願われて、けれど全ての業を背負って生まれる。救済の果てに子供は…………。……っぁ!」
ブツブツと言葉を呟いていたアズルが、頭を押さえる。心配げに覗き込むノームと、慌ててその身体を支えるフーア。だがしかし、ノームはアズルの言葉を反芻して、弾かれたように最強の邪神を見詰めた。黄土色の双眸が、鋭い輝きを宿していた。
「お主、ただの邪神ではないのだな……。」
「……違う、俺は、邪神だ。それ以外の、何者でも……。」
「オリジンの預言を知っているのならば、お主はただの邪神ではない。知るのは、我等精霊神とオリジン以外には、おらぬはずじゃ。何故そなたが知っておるのじゃ。子供は終末の時に生まれる、と。」
「し、らん……。頭に浮かんだ、だけだ……!」
「大丈夫か、アズル?無理に思い出すな。倒れるぞ。」
無理に思い出すな。フーアのその言葉に、アズルは小さく笑った。そうだなと、邪神は掠れた声で答えた。無理に思い出す事をせず、あるがままを受け入れる。そうする事が何より楽なのだと、彼は知っていた。けれど同時に、知りたいと願う欲求もあったのだ。
「そうか……。お主、あやつであったのか……。やれやれ……。片眼になり、瞳の色も異なる……。儂が気付かぬのも道理であろうよ。他は気付いたのかの?」
「……炎と、水は、知っているようだったが、な……。悪いが俺は、お前達など、知らぬ……。」
「思いだしておく事がお主の為であるのだぞ、邪神よ。真実の名も、真実の姿も。そうでなければお主は、また同じ哀しみを繰り返すだけになるのだからの……。」
『…………?』
疑問符を浮かべる二人を見ても、ノームはそれ以上何も言わなかった。『オリジン』を頼むと、言い残し、自らの世界へと戻っていく。その姿を見送った後に、フーアも身体のバランスを崩して膝をつく。その傍らでは、未だに苦しそうなアズルがいた。
真実が晒される時は、刻一刻と迫っている…………。




