4.螺旋階段
ぺたり。目の前にある、螺旋階段に触れてみる。大理石で作られたそれは、驚く程冷たかった。けれどその冷たさが、俺にはひどく心地良い。
この階段が、空の彼方へと続いている。これを上った先に、光の祭壇がある。そう、『オリジン』隣接する光界『ウラノス』の創造主、光の精霊神と謳われしウィスプと接触できる場所。そこへ足を踏み入れ、俺は、力のカケラを譲り受ける。
それが、成すべき事。そうして、世界を救うこと。何故俺が、とは思わない。否、思うことすら許されない。そうして、その為だけに生まれて、その為だけに生きてきた。勇者となるべく、救済者となるべく、育てられてきた。
俺は、他の生き方を、知らない。
偽らざる己の真実の姿。それを晒す相手に傍らの邪神を求めた。邪神ならば、少しは平然としているだろうと。精霊達などを相手にしては、本性などさらせない。既に外すことさえ忘れた仮面が、俺の顔には張り付いている。
なんだ、この苛立ちは。自分という存在への憤りか。それとも、俺を俺という形に押し込める世界への怒りか。はたまた、何も変わらぬ運命と呼ぶモノへの、嘆きなのか。胸の奥に渦巻く、この感情を俺は知らない。
「何をやっている、フーア。」
「あ?冷たくて気持ちいいから、さわってる。」
「登るのは明日にしろ。もう間もなく、陽が暮れる。」
「邪神のお前でもそんなことを気にするのか?」
「光の神に会いに行くのに、わざわざ夜を選ぶ馬鹿がいるか。」
至極尤もな発言だった。そう、こいつは、随分と変わった邪神なのだ。俺と話す言葉の数々は、常識的すぎる。これが、冷酷非情と恐れられる邪神なのか。しかもアズルといえばその中でも最強と呼ばれる存在だというのに。
あぁ、けれど。この、何処か異質な邪神が、俺は結構気に入っている。俺自身が勇者としては異端であるからなのか。それとも、平然と俺を見ているからか。どちらでも、別に構わないけれど。
世界を、救うこと。そんな壮大なことを、夢物語で終わらせない。そういう、厄介な宿業が俺にはある。やりたくてやっているわけではないけれど、そこにしか意味がない。俺が生きている意味は、それにしかないのだ。
オイ、アズル。お前なら、ひょっとして、理解してくれるのか?何処か異質で異端な、歪んだ俺という存在を。勇者に相応しくない本性を抱え続ける、救済者の名を与えられた俺という存在を。受け入れて、くれるのだろうか。
……くだらない。そんな、くだらない感傷に支配されてどうするのか。邪神を信じてどうする。こいつは、俺の下僕でしかない。そう、それだけだ。
そう理解していながら、傍らの気配に安堵する、そんな自分が俺は、ひどく滑稽に思えた…………。




