39.星月夜
「綺麗な星空だな。」
「……あぁ。」
「腕輪も預かってきたし、もうじき地界と接触できる。」
「…………。」
もうすぐだ。そう呟いたフーアの表情は、星の晄の中ですら陰っていた。まただ、とアズルは思う。時が少しずつ動くに連れて、世界が崩壊へと進に連れて、彼等が救済へと一歩一歩近づくに連れて、フーアは陰りを強くする。
「……アズル。」
「何だ?」
「…………俺が、俺という存在が……。」
言い掛けた言葉を、フーアは呑み込んだ。頭を振り、自嘲めいた笑みを浮かべる。星空を見上げる瞳は静かだった。だが、だからこそ哀しみがそこにあるように見える。そう、アズルは思った。
アズルを振り返った時、フーアは笑っていた。穏やかな微笑みだ。仮面の笑みとはまた違う、けれどひどく儚い笑みだった。常の強気な少年勇者の笑みではない。大気に溶け込み、風に攫われて消えてしまいそうな笑みだった。
「悪い。何でもない。」
「言い掛けて止めるな、気になる。」
「何でもない。……気にするな、本当に、どうでも良い事だ。」
「お前は、何を、抱えている?」
「そっくりそのまま、お前に返す。悩んでるだろ、最近。」
クスリと、フーアが笑った。驚いた顔をするアズルを見て、彼は楽しそうに笑った。それは無邪気な少年の笑みだった。そうであると認識して、アズルはほっとした。フーアだと、そう思ったのだ。
「悩んでいるわけではない。ただ、気になっている。邪神になる前の俺は、いったい何者であったのだろうか、と。」
「別に、何でも良いんじゃないか?お前は今、ここにいるんだ。」
「……かもしれん。」
邪神になる前。それがなんであったとしても、アズルは今ここにいる。フーアの言葉は尤もな事だと思った。だが、アズルは同時に思うのだ。過去の己について知っておかねば、何かが起こる。取り返しのつかない過ちを犯すのではないかという不安が、日々彼の精神を苛んでいた。
怯えているのだと、アズルは気付いた。彼自身が知らない事実を、精霊神達が知っている。彼等に真実を告げられるよりも先に、思いだしておきたかった。それがたとえどれほどの痛みを伴う記憶であったとしても。
「なぁ、アズル。」
「ん?」
「星は、どの世界でも同じように輝いているのか?」
「多少形は異なるかもしれんが、夜空に星は輝く。そう、聞いている。」
「そうか……。なら、何処にいってもこの空は、あるんだな。」
「…………?」
遠い目をして、フーアは呟いた。何処へいくつもりだ。喉元まで出かかった言葉を、アズルは封印した。それはきっと、触れてはいけない禁断の果実だ。そう彼は本能で悟った。だから何も言わず、フーアに倣うようにして空を見上げた。
零れそうな星空が、二人をただ見下ろしていた…………。




