2.風の行き先
流れ行く風の行く末を答えよ。そんなことを言ったところで誰が答えられるだろうか。そう、思うのだ。だがしかし、そうでもしなければやってられない。現実逃避でもしないことには、俺の状況は哀れだろう。
ちらり。傍らで、木の根本に丸まって眠る人間の少年。そうしていれば、年相応に見えなくもない、幼い勇者。眠る姿はまるで人形のように愛らしいというのに、その性格の悪さ、屈折ぶりは、その愛らしさをことごとく覆す。おまけにこいつは要領が良いらしく、特大の化け猫を背後に飼っていた。
つまり、猫かぶりが上手いのだ。俺以外の相手の前で、傍若無人な姿を晒すことはない。それこそ、天才だの英雄だのと崇められるに相応しい、心優しく温厚で、誰もが憧れる勇者を演じている。本性を晒されればそれはそれで迷惑なのだが、猫を被り続ける姿を見るのは、それはそれで腹が立った。
「……何故、俺がこんな目に……。」
そもそも、封印されていたのだ。ならばそれだけでそっとしておいてくれればいいものを。わざわざ叩き起こして、旅の同行者に選ぶか、普通?しかも、何故俺を選ぶのだ、この小僧は。
その理由については、一応聞いた。精霊達を連れ歩くのは、肩が凝って嫌なのだとか。ついでに、人間は足手纏いになるから嫌だと。天使やエルフ、精霊族、その他諸々力在る種族は、生真面目な性格と精霊に近いから疲れる、と。だったら悪魔あたりを連れ歩けと告げた俺に対して、奴はそれこそ天真爛漫な笑顔で言いはなった。
——あんなムカツク奴らが傍にいたら、速攻ぶち殺しちまうよv
…………笑顔で言うことか?いや、邪神の俺がそう言うことを言うのはどうかと思うのだが。だがしかし、奴は一応勇者なのだ。そう、何があろうが、奴は勇者だ。勇者でしかない上に、しかも天才で、英雄とまできている。それなのに何故、あそこまでムチャクチャなのだ??
………………止めよう。考えるだけ疲れる。だいたい、邪神に睡眠が必要ないからといって、平然と見張り役を委ね、尚かつ笑顔で釘を刺すか?
そう、フーアはこう言ったのだ。眠る前、寝袋にくるまりながら、俺に向けて。それこそ天使のようなといわれるような晴れやかな笑顔を向けて。どうでも良いが、奴は黙っていれば人形のような美少年だ。その笑顔が見るモノに与える影響は、推して知るべし。とはいえ、中身はアレなので、仕方ないが。
——俺の安眠妨害しやがったら、お前の魔力根こそぎ奪い取って瀕死にしてやるからなv
邪神にとって、魔力は生命の糧。食事も睡眠も必要ない俺達は、世界から魔力を取り入れる。只でさえ世界が崩壊し始めている所為で魔力が少ないというのに、この上他人に奪われてたまるかというモノだ。従って、俺は大人しく奴の安眠を護っている。
まぁ、邪神である俺がいる傍に、そうそう寄ってくる奴はいないが。精霊も、邪神も、獣も、その他の種族も。俺という存在を恐れて、近寄ってこないので、別に良いのだが。というか、他の何より、傍らの勇者が危険物体だと思う。
「…………黙って眠っていれば、愛らしいというのに……。」
ぼそりと呟いた自分の声がやけに大きく響き、俺は何故か、無性に哀しくなったのだった…………。