学園
「お前達は、ペナルティだ。」
軍人のような雰囲気を纏った女は、息も絶え絶えで全身を痙攣させる若者に、凍てつく声でそう言い放った。
ここは、国中から魔力の強いものが集められた学園である。表向きの名目では、その常人ではあり得ない力の制御方法を学ぶため、という理由で集められるのだが、実際のところ、この学園を卒業した生徒の殆どは、国同士の戦争や貴族同士の争いの戦力として駆り出されることになる。
その証拠として、この学園には、特別に貴族か王族という地位を確立している者ならば、魔力が無くても入学できてしまう。
つまり、これからこの国を担う王族や貴族の子供は、この学園で自らの戦力となりうる者を引き入れるのである。
魔法という、この世の理をも変えうる力が存在するこの世界では、魔力を多く持つ者は大変貴重な存在であった。
そして、俺もそんな学園に強制的に、もはや半ば拉致のような形で連れてこられた1人だ。正直、それまで自分が魔力を持っているなんてことすら知らなかったために、この学園へ連れてこられたときの絶望は凄まじかった。
俺は、争いごとは大嫌いだ。働くことも嫌いだ。王族や貴族なんて地位にも興味はない。平和を愛する男なのだ。
だからこそ、俺は誓った。
この学園では、良い意味でも、悪い意味でも、目立たないようにしようと。
特に落ちこぼれって訳でもないのに、なんか魅力に欠けるんだよな、、、、
そんな評価をつけられるような存在でいよう!と。
学園での日々は主に魔法による戦闘訓練と、体力づくりと、魔法そのものに対する知識を増やす授業の3つだった。
1日の始まりは、走り込みからだ。
「魔法使いにとって、ネックになるのが体力と、近接戦闘である!
お前達には、この学園へ入学した以上、卒業までの1年間、毎朝6時から9時までこの訓練所の外周をひたすら走ってもらう!
おい!そこ!
戦場では立ち止まることなど許されん!
止まれば死がやってくるだけだ!!走れ!!!走れーっっっ!!!!!
お前達!遅いぞ!!!
ペナルティとして、あと1時間走れ。」
朝から、教師陣によるこのような怒号が飛び交っていた。はじめは、幾人もの生徒が、この鬼のような訓練に耐え切れず、朝から胃の中のものをリバースしたり、気絶したりとばたりばたりと倒れていった。
俺とて例外ではなく、入学してから三ヶ月たった今でも、9時になるころには、脚が生まれたての子鹿のようにプルブル震え、頭が真っ白になって、すぐに気を失いそうになる。
しかし、訓練中に倒れた場合のペナルティはいつもえげつないものばかりだったので、三ヶ月もした頃には、学生達はどんなに身体が悲鳴をあげていても、本能的に意識だけは必死に繋ぎとめようとしていた。
しかし、休んでいる暇はない。
次に、行われるのが、2人一組で行う対人模擬戦闘である。
しかし、そこまで広い訓練所ではないため、一応、被害を最小にするためにも、使用できる魔法は、初級クラスの魔法のみとされていた。周りで放たれる魔法をかわしつつ行わなければならない模擬戦闘は、魔法の訓練だけでなく、近接戦闘の訓練も兼ねられていた。
朝から3時間の走り込み、その後、魔力が尽きるまで行われる模擬戦闘。
昼休憩の後、日が沈むまで叩きこまれる魔法や戦の知識。
俺は最早、悟りの境地に立っていた。
思い返せば、前世は幸せだった。
俺は今日も必死に訓練をこなしながら薄れ掛けた意識の中で自分の過去について思い返していた。
俺は赤ん坊の頃から前世の記憶があった。
さすがに産まれた瞬間の時の記憶はまったくないのだが、1歳になる頃までには完璧に前世の事を思い出していた。
前世では、何の変哲もない普通の人間だった。毎日悲しいことと楽しいことを織り交ぜたような日々で、それなりに幸せだった。
どうして死んだのか、ということは何故か思い出せないのだが、老後は近所の佐々木さんというお祖父さんと、「後は死ぬのを待つばかりですなぁ。はははははは。」なんて井戸端会議をよくしたのを覚えてるから、かなり長生きした方だと思う。
だからだろうか。俺は1歳になった頃、自分が転生していることを動揺なく受け入れることができた。
しかし、この世界に来てからというもの、前世とは比べものにならないハード過ぎる自分の人生に苦笑するしかない。
別に前世が楽だったーなんてこと、全くないのだが、やはり、前世はそれなりに平和に暮らせたという自負があるのだ。
この世界にきて、俺に最初に衝撃を与えたのが、両親だった。
両親は、いわゆる黒魔術を狂信的に推し進める過激派の一派であった。
両親から聞こえる会話の内容にはいつも耳を疑った。
「貴方。この間、魔力の強い子を10人ほどさらってきたでしょ?実験の結果はどうなったの?」
「やはり、魔力が強いだけでは耐えきれないようだな。まずは手始めに、全員に魔力を可視化できる魔眼に眼球を入れ替えてみたが、それだけで既に9人が使い物にならなくなった。」
「やはり、難しいようね。なら、その9人を私の実験に使わせて貰えないかしら。もう少しでモンスターの驚異的な身体能力なんかをいかしたまま人間とモンスターを混ぜ合わせることができそうなのよ。ね?」
俺は忘れない。
あの両親は恐ろしい怪物だった。過去にも未来にもそうそう出逢えないであろう恐怖がそこにはあった。
自分の両親ながら、彼等にいっさい心を許せるはずもなく、5歳になった頃だった。
俺はとうとう両親の実験のモルモットにされた。何度、家から逃げ出そうとしたことか。
しかし、俺の必死の逃亡は、両親の魔法の上で呆気なく終わりを告げられる。
最初は、魔眼を無理やり移植させられた。
あの時の恐怖は凄まじく、今でも思い出そうとすると、全身から血の気が引いて体の震えが止まらない。
俺は、魔眼の移植に耐え切った。
そして、本格的に実験されることになる。
国の裏の機関に送られた。
そこでは、恐ろしい実験が幾つも行われていた。両親もそこの研究者らしかった。
俺は、そこにいた8年程の間に身体改造されることとなる。
俺はその研究所でも有数の「優秀な子」となった。つまり、実験に耐え切り死ななかったということである。
皮肉なことに、俺は改造された驚くべき力で実験所を抜け出すことが出来た。
実験所を抜け出してから、話はとんとん拍子に進んだ。
とにかく大きな都市へと目指して進んで王都へ行けば、魔力の多さを見込まれこの学園へと連れてこられた。
王都お抱えの学園ともなれば、あいつらも迂闊に手を出してこれないだろうという打算もあり、俺は抵抗することなく今、ここにいるのである。
しかし、改造された身体といっても、全然使いこなせていなかったようだ、と思う。
何故なら、俺も他の生徒のように息も絶え絶えになり、死にそうなくらいにこの訓練に翻弄されているのだから。
「グレン!!おい、グレン!!!」
呼ばれていることに気づいて、はっと顔を上げる。
「っぅえ?」
間抜けな声を上げた俺に、女教官殿が鋭い視線を向けてくる。怖っ!!
「お前も早く何処かのグループに入れ!」
………やべぇ。話を全然聞いてなかったから、意味がわからない。グループ?何それ。
尚も突き刺さる女教官殿による凍えるような視線。
そんな狼に睨まれた羊状態な俺を哀れに思ったのか、誰もが俺を見捨てるなか、救いの手が差し伸べられた。
「君、良かったら僕たちのグループに入らないか?」
「ちょっと!シルヴァス様!こんな得体の知れない奴を………!!」
声のした方を見れば、輝くような銀色の長い髪を一つに緩くまとめ、中性的な美しい顔だちをした男が此方へと歩み寄ってきた。
その振る舞いは、どこかに確かな気品がある。しかし、彼の言動からは高圧的な印象は受けず、むしろ親しみやすい雰囲気がある。
「シルヴァス・グレアドールだ。シルヴァスと呼んでくれ。」
そっと差し出される綺麗な手を見つめる。
思い返せば、初めてまともに話掛けられた。
俺、どれだけぼっちを満喫してたんだよ!
心の中で苦笑しながら、おっかなびっくりな心持ちで綺麗な手をとった。
この出逢いが、俺の人生を狂わせたのだと思う。それとも、あいつの人生を狂わせるきっかけだったのか。
とにかく、俺たちはこの時のことを後によく思い出すことになる。
「俺はグレン。グレン・シリウスだ。」