七枚目 洞窟内の美女と野獣軍団
ナイスミドルなオッサンと強面のオッサンに囲まれたとき、物語は加速する。
訓練場でいろいろ試してから二日が経過。今私は町の入口に来ている。昨日は一日札を書きながら魔力回復に努めた。
まだ魔力回復用の札は作れていないため、『自然治癒+魔力も』と書き足した札で回復を図っているのだが、せいぜい体感速度で二十五パーセントほど回復速度上昇程度の効果しか発揮できていない。
『アロマの香り』はどうしたって?
回復速度に影響しないことが判ってから宿屋の隅に設置した。今もいい香りを放っているだろう。
『エーテル』や『魔法の聖水』という札を使っての即時回復も試したが、こっちは一時的に回復するカンフル剤。外国製のFPSにおける鎮痛剤のような効果しかない。
つまり。、魔力は寝て回復しろ、どうしても必要な時は何らかの手段で補給しろというのが魔法使いの常識とのこと。
というわけで、今私の手元にはギルドショップで調達したスキットルと、中身には少々のワインが詰められている。
「いや、なにこれからって時にお酒なんか」
スキットルを取り上げようとするリリにわかりやすく札を見せる。『マジニウム配合』の札を。
「これを貼ればあら不思議。中身が魔力の籠った飲物に早変わり! これで万が一の事態でもこれを呑めば魔力回復間違いなし!」
「それ中身が水でも問題ないよね」
スキットルごと没収された。符の方はそのままリリの水筒に貼られた。お酒の方が効きそうなのに。
「馬鹿やってないで、ほら先方も来たから挨拶するよ」
町の方を見ると、馬車が一台やってくる。引っ張っているのは大型のウサギのような生き物だ。
「やあ、君たちがサポーティアの二人だね?」
年齢としては大体十八くらいの若い男が二人、馬車から降りてくる。
片方は腰に剣を携え、もう片方は杖とバインダーに止めた本。
「ええ、クラン・サポーティアのクラン長、リリとクラン員のアケノです」
「アケノです。よろしくお願いします」
「初めまして、私は『暁の剣士団』団長のマイスだ。奥の馬車にいるのは団員たちだ」
馬車から顔を覗かせる強面のおっさん達。いや、マジ怖い。
「顔は怖いが気のいい奴らだ。それでこっちのが」
「こっちの扱いするな、マイス」
もう一人の男の人が杖を振りながらマイスさんに食って掛かる。
「まあいい。クラン『炎の巨人』のヒースだ。こっちの団員は歳がオッサンなやつらばっかりだからよろしく」
「よろしくお願いします」
見ると、さっきの強面の中に渋いヒゲダンディが数名混ざっている。
「しかし、符術士か。討伐依頼に参加するっていうのは珍しいな」
「大抵は町に引きこもりですからね」
奇異なものを見る目を向けるヒースさんに、愛想笑いで返す。くらえ日本人伝統の愛想笑いで押し切れ攻撃。
「まあ、前線は俺たちに任せて後衛サポートを頼むよ」
「足を引っ張らないようにな」
「微力を尽くします」
さ、乗ったと言わんばかりに促され、馬車に乗り込む。中には強面とオッサンが所狭しと並んでおり、比率はオッサン三割の強面七割。それに花が二輪。
「むさくるしい馬車へようこそ、お嬢さん方」
「どーも、よろしく」
濃ゆい旅になりそうだ。
○ - - - - - - - ○ - - - - - - ○ - - - - - - ○ - - - - - - ○
さて、馬車と言えば、現代っ子で思いつくのは名作劇場で出てきそうな馬車だろうか?
それとも観光地で乗るようなものだろうか?
私は後者をイメージしていた。現実は当然ながら前者なのだが。
「うう、尻が痛い……」
「情けないわね……」
リリが平然とした顔で座っているのに対し、私は馬車の振動で尻を痛くしていた。このままではサルの尻のように真っ赤になってしまう。
「……よし」
こうなったら符で解決しようと思い立ったのは五分前。そのためのイメージを今固めているのだけど……
「ねえ、リリ、クッションとソファだったらどっちがいいかな?」
「いやアンタ何言ってるの?」
無論、尻の痛み軽減対策である。
「クッションだったら範囲が小さくて済むけど、ソファだったら馬車全体に効果及ぼせるんだよね」
イメージは固まったので後は書くだけなのだが、これを決めずして書くことはできない。
「じゃあソファで。そんな箱馬車じゃないんだから我慢しなさいっての」
「それじゃソファと」
筆に墨をつけて、『ソファ』と符に書き込んで貼る。
馬車全体に魔力が奔り、あっという間に馬車の床面が柔らかい感触へと変わる。ついでに振動も吸収され、私のお尻から痛みが引く。
「あー、やわらか」
「なんという符の無駄遣い……!」
何か横で拳をわなわなさせているリリ。カルシウム不足?
「いいじゃん、消費魔力はそんなでもなくてみんなの尻を守れるなら」
何でかどつかれた。解せぬ。
「まあこれもサポートってことで」
どつかれた頭をさすりながら男どもサイドを見る。
「おお、これはずいぶん楽だな!」
「ちげぇねぇ! ははは!」
強面のオッサンどもが笑い、
「ふむ、符術とはこういったことも可能なのか?」
「いや、文献を読んだ限りでは……」
ナイスミドルなヒゲダンディどもは床を触り、符を見ながらしきりに考察をしている。
「まあ、快適な移動もサポートの内だけどさ、次やるときは相談すること」
「りょうかーい」
馬車は進む。ミリタリーラットの支配する洞窟へと。
○ - - - - - - - ○ - - - - - - ○ - - - - - - ○ - - - - - - ○
「詠唱完了までの時間は!?」
「後三十秒待て!」
押し寄せる小型犬サイズのネズミ、迎え撃つは八人の剣士と四人の魔法使い。さらにその後ろでは、
「がんばれー、みなさん!」
側面を回って背後を突こうとするソルジャーラットを狐火で焼き払う私と、
「穿て、炎の矢よ!」
同じくラットを炎の矢で焼き払っているリリの姿だ。
「よし、下がれ!」
「多重詠唱、ブラストボンバー!」
四人がかりで詠唱される爆発を伴う範囲魔法。周囲にいた推定三十匹近いラットを全部焼き払う。
「なるほど、魔法を重ねてさらに効果範囲を広くしてるのか。同じことできないかな?」
「考察してないで手を動かす! 炎の矢!」
いやいや、ちゃんと動かしてますよ? しっかりと狐火で魂までこんがりです。油の焼ける匂いがするが、ネズミのローストは少々遠慮したいです。
「さて、これで中層まで制圧か。今日はこのあたりにして、ここをキャンプ地としようかすまないが頼む」
「任されました!」
現在の場所は一本道の通路にある広間。奥へはこの先の通路からしか進めず、ここを抑えればひとまず敵は侵攻できない場所。
言うなれば中ボスの間で、今からやるのはセーブポイント設営である。
奥への入口近くを警戒してもらいながら、『立入禁止』の札を貼る。
「やはり見たことのない文字符だな」
「ちょっと特殊ですから」
魔法も符も要はイメージであるが、符術の秘儀みたいな感じで誤魔化す。
外へのルートと奥へのルートをしっかりとふさぐように札を配置。外側はあらかじめ使用方法を説明したリリが作業中。
出入り口は贅沢に符を五枚使用し、辺りの壁にも貼る。
「それじゃ、結ぶよ」
星を描くように配置された符に魔力を通し、一種の聖域を作り出す。魔物は入口の結界で弾かれ、これ以上奥から魔物が出てくることもないだろう。
ただ、残念なのは効果が持って三日程度なので永久に封印は難しい。
それでも安全に過ごせる場所ができるのはうれしい限りだ。
「はい、これで安全確保できました」
その言葉に、今まで気を張っていたおっさんたちが一斉に力を抜く。私も少しだけ息をついた後、リュックサックの中を広げる。
中身は大き目の鉄板と鍋、それと入口あたりで少し集めておいた薪。
「で、今日は何を作るの?」
私料理はダメ系と配膳程度しか手伝わないリリに、洞窟内で仕留めておいたものを見せる。
「ビッグダック? 食べられるの?」
途中で出会ったモンスターだが、全長二メートルクラスのアヒルだ。結構獰猛だったので倒すのが大変だった。主に暁の剣士団のみなさんが頑張ってくれました。
「鑑定で食用に問題ないって出たからたぶん大丈夫」
毒の存在とか教えてくれるという本当にありがたい魔法です。
とにかく火起こしを任せ、私は羽をひたすら毟る。あの森林での一週間は無駄ではない。
毟った羽をリュックにしまい、内臓を処理する。醤油があれば煮込むが、処理が面倒なのでレバー以外は埋めてしまう。
骨は鍋で煮込んで出汁にする。灰汁取りは面倒だが少しでもうまいものを食べたいので我慢。
「リリ、鉄板は?」
「もう大丈夫だと思う」
串に肉を刺し、鉄板で焼き上げる。味付けは塩と洞窟に入る前に引っこ抜いてきたハーブ類だが、油が非常にいい匂いを立てる。
「焼いてる本人が辛抱堪らんのですが」
お酒がほしい。
「我慢しなさい、剣士団の皆さんが目を血走らせてるから」
自らナイフフォークと皿を取り出してこちらを見るおっさんと強面達。目線は焼いている肉にのみ注がれている。
「じゃあ、味見でも」
言った瞬間、突き出される皿。総計十三枚。なお、マイスさんとヒースさん、リリも含む。
「全員おとなしく並べ!」
並び順で揉めているうちに全員分の肉を焼き上げる。みなさん、もう少し仲良くしましょう。
「それじゃあ、全員に渡ったな? じゃあ食うぞ!」
付け合わせの黒パンに野草をぶち込んだ鶏がらスープ、それとチキンステーキ。
マイスさんの号令の元、思い思いに肉をくらい、パンをかじる一同。
「おいしいけど野菜が欲しいわ」
あとお酒。ビール、チューハイなどの炭酸が好ましい。
どうも私がお酒を頼もうとすると周りが一斉に止める。年齢を説明しようとしても止められる。なぜだ。
「フェネ君の気配察知をもってすれば、ね?」
手にはスキットル。行きの馬車で没収されたけどさっきこっそり回収しておいた。
いろいろ違う気もするが、気配察知としなやかな動作があれば鞄からばれずに抜き出すのたやすい。
持ち込んだスキットルの中身を呑む。安い赤ワインのようなお酒だけど、これはこれで未熟性の尖った感じが良い。
時間とお金に余裕が出来たら何か果実酒でも漬けてみよう。
「ちょっとアケノ! あんた何呑んでるのよ!」
「ブドウのちょっと発酵した汁」
「世間一般で酒って言うのよ!」
まったく、と言いながらスキットルを没収するリリ。そしてそのまま口をつける。
渋い顔をして、私にスキットルを渡してくる。
「こんなののどこが美味しいのさ」
「尖った感じがたまに飲むにはいいの」
常飲するには向いていないけど、それでもたまにはいい。
「まったく、お酒はやっぱダメだわ」
その横顔は、少なくともこの場を向いていなかった。
「何かあったの?」
「別に」
こういう言動をする時、人は大抵何かを抱えている。少なくともこの子よりも長く生きている勘が教えてくれる。
「ま、いいけどね」
触れない優しさもある。きっと今は踏み込んでも何も教えてくれない。
おっさんと強面たちが向こうで酒盛りを始めている。一種のお祭り騒ぎみたいなものだろう。これからの戦いのための前祝い。
一部の人は食事をしながら念のため出入り口を見張っている。
「人生ってさ、ままならないね、アケノ」
「ままなる人生は物語だけだと思うよ」
私は酒を呑み、一枚のカードを取り出す。『爆睡快眠』と書いたそれは、七時間気持ちよく眠り目覚めさわやかなものにしてくれる効力がある。
「昨日もあまり眠れてないでしょ? 明日はボスと戦うことになるから、ね」
夜中、何度かうなされていたのは知っている。一過性の物なのか、それともずっと抱えているものなのかはわからない。
「……ありがと」
「じゃあ、後で百クレジね。身内価格で安くしておくから」
その言葉に、少しだけ笑みを浮かべたリリはそのまま毛布を被った。
淡い光を発した数秒後には寝息を立てていた。
「よかった、即席の札だからうまくいくか不安だったけど、成功ってことで」
星の見えない洞窟の中、見上げる天井は炎の赤色が岩を染めていた。
攻略済みで地図があるダンジョンは基本楽。




