最後の一枚 旅の果てに
そうして、冒険と戦いの日々は終わりを告げる。
人生二度目の臨死体験、とでも言うべきか。私への攻撃を皮切りに、蹂躙が始まった。
最初にターゲットにされたのは、千果だ。すでに気絶しているところに、精神に作用する攻撃をされたのだろう。
目を開くや否や、絶叫を上げてその場にうずくまっている。私が持たせていた防御系の符を貫通してのものだ。
その絶叫に気を取られているうちに、数千単位で放たれる雷撃に、リリが打ち抜かれた。
何とかレジストはできたが、リリーズはすべて撤退、リリ自身もあちこちが炭化している。
ピアとフィアナは光でできている鎖で縛られている。定期的に叫び声を上げていることから、死なない程度に電撃でも流されているのだろう。
クロックは、どこからあら遭われたかわからない水の球体に閉じ込められている。懸命に拳を打ち込んでいるけど、一瞬だけ膜が吹き飛び、次の瞬間に再生する。
隣に誰かいれば、何か手を打てたかもしれないが、クロックだけでは対応ができない状態。
―――つまりは、
「チェックメイト、です。あなた方の世界で言うところの」
神が、私の目の前に立つ。
「残念ですが、私が与えた力、そして私の手の内に存在する力を用いても、倒せるはずがありません」
さぞかし楽しい喜劇を見た後のように、その声には喜の感情が乗っていた。
本当に、性格が悪い。やっていることはただの弱いものいじめ。こんな存在に良いようにされるのは癪に障る。
「それでも、貴方は良いようにされてしまうのです。ああ、残念です。面白いおもちゃが一つ減ってしまいます」
ま、そんなところだろう。こっちは人間、相手は神。
残念ながら、相手はマジモノのGODだったってわけだ。
「それでは、いい加減、胸の風穴が寒くなって来たでしょう。楽にして差し上げましょう」
「その必要はないよ」
全力で魔力を込めた『馬鹿な、致命傷のはず!』の符の効果で、傷を塞ぐ。しかし、魔力はなく、立っているのもやっとというレベルだ。
血を流しすぎたのが痛い。全身から熱を奪われたといった感じだ。
「最初から、勝てるという算段は立てていなかったよ」
「ほう?」
そう、封印も出来ればいいな、程度。勝つことは天地がひっくり返るレベルで有り得ないと思っていた。
これはフェネ君と同意見。フェネ君も同じように勝てないとわかっていた。
「だから、私は最初から、貴方に勝とうとは思っていない。封印も時間稼ぎ」
―――そう、すべては。
「私が、この場所に来た時点で、私の勝利は、揺るがない」
「勝利? いまそうやって虚勢を張ることですか?」
「気づけない時点で、貴方の負けです、カミサマ」
星空が、一瞬で砕ける。
「なっ!?」
「この場での戦闘結果が問題じゃない。大事なのは、知ってもらうこと。小学生を高校生がいじめているのであれば、誰かが大人を呼べばいい」
世界が、軋む。本来はあり得ない事態だが、相手は世界そのもの。
その世界を相手にするのであれば、やはり世界を、持ってこなくては。
「至極シンプルです、私の世界の神様に頼むだけです。大人気のない子供のしつけを」
暗黒の広がっていた世界に見えるのは、多量なまでの、銀河。
「こんな、こんな!?」
「うん、意識ももうそろそろ限界です。この場にいる全員、死ぬことはないでしょうが五体満足だといいですね」
二度と会いたくはないけど。
「では、おイタをした子供は、大人にしっかりと叱られてくださいな」
そこまで言って、私の意識は暗転した。
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水の中を浮かんでいるような気分だ。何もかも、すべての力を抜いて浮かんでいる。
ひょっとすると沈んでいっているのかもしれないし、浮かんで行っているのかもしれない。
伝わるのは、言語ではなく、ただの意志となっている概念。
―――あの愚か者とこの世界を切り離した。
それはよかった。これで安心して眠ることができる。
意識を閉じようとする。無茶させた体が眠りを要求している。
―――ただの箱庭の住民が神の前までこれたのであれば、それ相応の褒美を出そう。喜べ、貴様の苦難は続く。
暗に、生きろと言ってくれているのだろうか。だとすれば、その期待にはしっかりと応えよう。
―――目覚めよ、神を騙し、調伏せし者よ。
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「目が覚めた?」
「うん」
見覚えのある壁。聞き覚えのある声。そう、レマクラフトの中で、隣にいるのはリリだ。
「どれくらい経った?」
「ざっと一か月」
その割には体がすんなり動く。
「あの神との戦いの後、私たち全員が光に包まれて、気が付いたら黒の森近くの聖域の中に五体満足で倒れてたって」
まったく、お人よしの神様だ。
「ね、フェネ君」
横で丸まっていたフェネ君を撫でる。
「で、そろそろ種明かししてよ」
「単純だよ、フェネ君はメッセンジャーになってもらってた」
昔から上司が暴走するのならそのさらに上に相談しろって。
私というガイドビーコンを出し、フェネ君という救難信号を送った。
動く可能性は五分五分だったけど、フェネ君の協力を持って、この世界にかすめ取られていた人数の記録を引き渡したことで動いてくれたのだろう。
なまじ肥大化した世界だから、末端の損失と混同されていたのだろう。
「さて、どうしようかな」
手には、いつの間にか握られていた符。
その手には『渡航チケット』と書かれたもの。
なるほど、これでいつでも帰れるわけだ。裏返すと、『いつ使っても問題ない』とも記載。
「リリ、ちょっと里帰りしてくるわ」
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「で、そうやってチカとアケノが行ってから早一週間か」
北方要塞第一層中間地点に構えられた食事酒場のオーナー、ロイヤードが煮物を持ってくる。
アケノから仕込まれた、鳥の骨を煮込んだスープで作った煮物。これがこの店の名物として早くも看板メニューになっている。
「おかげでこっちはこっちのことに集中できていいんだけどね」
「それで、相変わらずギルド籠りかにゃ?」
そうそう、出来る女はつらいよ。とウェイトレスしているリンクスにチップを渡す。
「ここに出てくるだけの余裕はあるけどね」
それに、仕事でもある。
「司令官、異常なしです」
「ご苦労さま、はい飴」
飴を舐めながら私の陰に飛び込んでいくリリーズ、そして交代要員のリリーズが飛び出して外に向かう。
「ああ、あそこの入り口の係員だったな」
「そゆこと」
現在この先の第一層内はダンジョンになっている。それもこれもアケノが考案したモンスター誘引のトラップ地帯として利用した影響だ。
どうやら内部で世代交代が発生した結果、あの時のように白い灰にならずに生き延び続けたのだろう。
おかげで北方都市レマは唯一ダンジョンを抱える魔物との戦いの最前線都市として今後冒険者に売り出すことが決定された。
その一環として、現在は炎の巨人と暁の剣士団がアケノが危険地帯にした場所以外を探索中だ。
これまで数度ほど調査隊が派遣されたが、なんでか宝箱が設置されていたり、内部構造が大分歪んでおり、設計段階の地図が役立たなかったりとさんざんだった。
「いったい誰が宝箱設置してるんだろうにゃ?」
実は、フェネ君の仕業である。
少量のよどみを魔物に渡し、それを倒した時に還元される力で物品を作る。それが宝箱という形状で現れるようにした。
つまり、このダンジョンが廃れなければよどみの問題は解決するという話だ。
「ま、さすがにこれ一つじゃ賄え切れないから何個かつくる予定なんですけどね」
「おい今さらっとすごい事言わなかったか?」
私にも鳥ガラスープの煮物を、と隣に座るのはクロックだ。
「まあ、ともかくここの冒険者誘致が成功すれば超が付くほどの一等地にあるこの酒場も儲かりますよ」
「そいつは良い話だな」
そっちは今、ギルドと王都側と交渉中。今は区画割り振り含めた準備段階だ。
「やはりこちらでしたか、リリ様」
「ま、リリーズの交代ついでに」
フィアナとピアがさらに席に着く。ついでに腸詰の盛り合わせを注文している。
「報告ですが、王都側は宮廷術士と近衛騎士団の混成チームで調査に来るとのことです」
なるほど、前に提出したダンジョンのアイテムが貴族の眼に入ったと見た。
クラップ辺りは純粋に興味だけで来そうな感じだが。
「じゃ、そろそろここだけの話をしてもいいかな」
今は事情を知るメンツしかいない。場所が場所だけに客私たちしかいないし。
「とりあえず内定したので報告。私北方都市と聖域の鍛冶場一帯を取りまとめる貴族となることになりました」
全員から拍手が巻き起こる。
「ぶっちゃけオリハルコンの金額が高すぎて領地与えるくらいしか支払い手段がなかったってことね」
受け取りは代表して元貴族の私。
「サポートクランサポーティアは伯爵の位を持つクランとなります」
爵位はクラン全体に振られることになった。代表私だけど。
「ま、何にせよよかったよかった」
「うんうん、よかったです、リリ先輩!」
はい?
「あ、ただいま、これお土産」
よくわからない文字で書かれた紙箱を渡してくる、
「アケノ!? チカ!?」
「ただいまー、皆!」
何の前触れもなく、ごく自然に、二人が横の席で私たちが頼んでいた腸詰を頬張っていた。
はずだったんだけどなぁ。




