五十二枚目 勇者と魔王の世界/神の世界
それぞれの地平に見えるもの。
『じゃあ、話そっか。勇者と魔王と、冥府の獣たちと、異界の符術士の話を』
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そこは、昼と夜が混ざり合う空の空間だった。
そのただ中を俺とリンクスが立って、いや、浮いていた。
「まったく、アケノの秘策ってこの空間?」
「らしいな。たぶんだけど、このもう一枚の符を使うことになるんだろうな」
見せられた符には、よくわからない言葉が書かれている。
「で、アケノは何をして来いって言ってたにゃ?」
「お互いの力の源を見つけて来いって」
つまり、勇者と魔王の力の源を見つけて来いってことだろうか?
「しかし、こんな浮いた状態でどうやって?」
とりあえず前へ進むように体を動かそうとすると、体が滑るように進む。
「どうやら考えた方向に進むようだにゃ」
なるほど、こうやって動いて探すのか。
「でも、そんな風に探し回る必要もないかもにゃ」
その言葉に少しいぶかしんだが、リンクスの指差す方向を見ると、白い光と黒い光が混ざり合った球体が浮かんでいる。
「たぶん、あれだにゃ」
「というかあれだろ」
近くまで行くと、白い光が黒い光を徐々に消していっているのがよくわかる。
つまり、この黒い光が、よどみと魔王の力、白い光が勇者の力ということになるんだろう。
「これに、これを貼り付ければいいかにゃ?」
「だろうよ」
もらった符を貼りつける。
『あー、あー、テステス。聞こえているかな二人とも? まずこのメッセージは符にあらかじめ込めておいたものだ』
符から聞こえるのはアケノの声。
『この符を勇者と魔王の力の源へ貼った際に流れるようになっている。しっかりやってくれたようで何よりだ、勇者様』
なんか腹立つが、少し黙っていよう。
『さてさて、ここからこの符でやることは単純だ、君たちから勇者と魔王の力をそれぞれ切り離す。
たぶんだけど、このまま何もせずいるとさ、君たち死ぬからさ。そうならないようにしてあげるよ』
「気持ちはありがたいんだけどにゃ……私は魔王の力と切り離されたら……」
『死ぬんでしょ? 大丈夫。そのために用意した符だからさ。簡単に言うと、リンクスの魂にへばりついている魔王の力、これを引き剥がすのは難しいから、
まずこれを『切断』で切り落とす。そして足りない部分をそこの勇者の魂で賄う。つまり、魂融合させちゃうわ』
何ですと?
『いやだから、魔王の力がへばりついてるせいで魂の三分の一近く切除しなくちゃいけないんだけど、そんなに切ったら死んじゃうからさ。
勇者側は力を融合させずに上乗せしてるだけだから、その部分から勇者の力を取り払って、そこにリンクスの魂をくっつける』
「いや、言ってる理屈は理解できるんだけどにゃ!? いきなり心の準備が!?」
俺もだ。こんな奇想天外な方法を取るとは。
『どーするの? 時間ないよ?』
「こいつ本当は今この場で話してるんじゃないだよにゃ……!」
ああ、まったくもって、この展開を完全に予測してたんだろうさ。
「リンクス。諦めろ。こいつはこういう奴だよ」
だから俺も、覚悟を決めた。
「つーことでよ、帰ったら田舎帰って結婚しよう」
「はい?」
リンクスの動きが止まる。そのまま数秒何か咀嚼するようにして、そのまま顔が真っ赤になる。
「ななななな!? いきなりにゃにお!? 死ぬの!? 死んじゃうの!?」
「落ち着け。このままだと死ぬのはお前だ。そしてこれは俺なりのケジメだ。どうせ勇者辞めた後に普通の生活とか冒険者として生計立てるなんて無理だろ」
主に有名になりすぎてるという意味で。
『ま、覚悟が決まったら符に触れて頂戴な』
それから、アケノの声は聞こえなくなった。
「で、お前は俺の告白に対して返事はなしか?」
相変わらず真っ赤で、何か考えるようにアウアウ言っているリンクス。
「あ、あう、あうあうあうあうあ」
仕方がない。
「答えは、後で聞くから勘弁な!」
「にゃっ!」
手を掴み、無理やり符に触らせる。
『了解、それじゃあ二人とも、しっかり生きるんだよ。それじゃね!』
符が光を放つ。それと同時に、目の前の球体の黒い光が剥がれ、白い光の大部分とともに天へと昇ってゆく。
残った光のうち、七割は俺に、三割はリンクスに降り注ぐ。きっとこの光が魂なんだろう。
「で、俺たちはここからどうやって抜ければいい?」
「さあ、わからないにゃ」
『あ、帰りは二人で抱き合いでもすれば勝手に戻れるから。ま、ここでしっぽりやることやってから帰宅でもいいしね』
今度こそさよならー、という間延びした声を上げて、アケノの声も消える。
「まったく、あいつは最後の最後までなぁ……」
しょうがない、帰還もあるけど、俺がしたかったことをしておこう。
詳細は省くが、この後の俺のしたいことをたっぷりしてから一時間後、俺たちはこの世界から現実へと帰っていった。
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この時を幾星霜、待っていた。
忘れもしない、あの時の地獄。
『頼んだよ、ココノエ。ちょっとだけ、世界を救ってくるからさ』
ココノエと呼ばれたのはもうどれくらい前かも思い出せない。
それでも頼まれた、託されたものの重さは忘れない。
かつての魔王と勇者に育てられ、その力を一心に浴びていた私。世界を救ってくると言って二人で光の柱と消えたあの時。
地を埋め尽くす黒く、そして灰へ変わっていった魔物たち。全部あの時と同じ光景だ。
世界を旅し、知識を蓄え、私はこの託された世界を守ろうと必死だった。魂の管理者として冥府の門番へと成ったその時までは。
知るべきではなかったといえば嘘になる。だけど、世界の運航のためだけにあの二人は犠牲になったのか?
湧き上がったのは怒りだった。
そして誓った、必ずやこのシステムを破壊してみせる、と。
そこから私は戦った。最初は正面から真向に戦った。
結果は惨敗だった。
次に新たなシステム構築に力を注いでみたが、それも失敗に終わった。
もっと自分に力があればとも思った。
それ以降は役目をこなしつつ、ひたすらチャンスをうかがった。約束を果たすため、勇者に力を貸しつつ、力を蓄えた。
並行して、今回の計画のための下準備をひたすら行ってきた。チャンスが巡って来た時に動けるように。
そして、予期せぬ遭遇戦。いや、奴のことだからこっちの下準備が終わったタイミングで仕掛ける予定だったのだろう。
徹底的な防戦を行うことで何とか逃げ延びることはできたが、こちらもむこう百年は行動できないレベルにまで弱体化させられた。
そんな時だった。私にとってのチャンスと、アケノと出会ったのは。
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北の森に光の柱が立ったとき、第三層の外壁の上で、小さな光が点に昇っていった。
同時に、レマの街を中心に巨大な魔法陣が描かれていく。
誰もが理解をする前に、あたりが暗くなった。
見上げる。その視線の先には、レマの街を飲み込むほど巨大な門。
「冥府の、門?」
誰かが呟いた。
白く輝く門の側に、三匹の獣が浮いている。
一匹は鼠。翠の毛皮に、赤いラインの入った姿。それが見る間に増えてゆく。瞬きを重ねるごとに、その数は倍となる。
一匹は犬。蒼い毛皮に包まれた獰猛な巨大な犬。
一匹は巨大な烏。黒い三本足の烏が火の粉を纏って飛んでいる。
それに、一匹の狐が合流する。
「冥府の四匹の獣……」
烏が光の柱に向かって羽ばたく。
そして一鳴きすると同時に、天に昇っていく柱が曲がり、こちらへとむかってくるように動き始める。
その光の柱に向かって鼠が目線を向ける。その先にある光のごく一部に、赤い色が混ざる。
それと同時に犬が吠えると、赤い光がかき消える。
そして、レマの街上空まで光が到達したとき、狐が前足を上げる。
同時に開き始める門。そしてそれに吸い込まれる光。
ならば、あの光は、死んだ者たちの魂ということになるだろう。
誰が最初に呟いたかはわからない。戦いが終わった、勝った、とみんなが歓声を上げるのだった。
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目の前の光が消え、、真っ白な空間に出る。
「先輩、ここ、見覚えがあります」
「うん、酒飲んで酔っ払って寝て、目が覚めたらここにいたよね」
今の今までここがどんな場所かを考えもしなかったけど、今ならわかる。
「ここは、この世界の神ともいうべき存在の住処、ってことですね」
チカの言葉に頷く。
「ここが、神の……」
あれ?
「殺風景ですね、これなら私の部屋の方がまだものがありそうですね」
『ふん、狐が負けた輩の住処か』
えっと?
「目が痛くなるほどの白ね」
うん、そろそろ頭が現実に追いついてきた。
「なんで皆ここにいるの?」
そこには、リリ、フィアナ、ピア、クロックがいた。なお、トライも同行している。
「いやー、なんでだろ?」
そのリリの懐から落ちるのは、私が書いた『サポーティア一行』と書かれた、一種の身分証明用に作った符が。
「まさか、何の効果もないように書いた符がみんなと私たちのつながりとして機能して……」
『結果一緒にこの場所まではじき飛ばされたんだろう』
なんてこった。静かに帰還する予定だったのが、なんでかこうなってしまった。
危ない橋を渡るのは帰還をする私たちだけでよかったのに。
『ふん、貴様らのことだ。どうせここで危険な橋を渡る予定だったのだろうがな』
「残念ながら、私たちクランなので、クラン員の危険には全員で立ち向かわなければいけないんです」
「そういうことです。まあ、アケノもチカも大切な仲間なので」
「クランの長として、最後まで着き合わせてもらうよ」
ピアも、胸の前で手をグーにしながら意気込んでいる。
本当にもう、この人たちは。
「それじゃあ、少しだけ付き合ってもらおうかな」
「よろしくお願いします、先輩方!」
―――お話はそこまででよろしいでしょうか?
聞こえた声、全員がに身構える。
私にとっては聞き慣れた声。そう、この世界に来てから今の今まで世話になって来た謎ボイス。
「どうも、空川明乃です。神様、と呼んだ方がいいでしょうか?」
私はそこで言葉を区切る。神からの返事はない。
告げる。
「世界を超えた大規模な誘拐犯に対して、喧嘩売りに来ました」
こうして勇者と魔王は舞台を下り、符術士は舞台に上がる。




