五十一枚目 最後に残るもの
先に出るのは絶望。
『たすけて』
―――ある符術士が戦場で聞いた声。
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第二層が突破された。重装騎士団はよく耐え抜き、半日以上の時間を稼いだ。
後は、私の仕事だ。
「それで、こっちは第三層に立てこもってるけど、何か策はあるのか?」
「なければこんな後のない籠城なんてしないよ」
総兵力はすでに半分を割ろうとしている。いろんな人が死に、魔王の傘は相変わらず上空にある。
「予定通り。傘のよどみも少し薄くなった」
今この戦場は、様々な魂に溢れている。よどみを抱えた物、抱えていない物、全も悪もすべてを飲み込んだ混沌。
この状況を待っていた。この世に冥府を呼び出そう。
「本当、この盤面をひっくり返すにはそれしかないっていうのがなぁ」
ねえ、フェネ君と呼びかけると、フェネ君が外に飛び出してくる。軽く頭を撫でてやり、正面を見据える。
「門を閉じている『装甲シャッター』の効果も十分。後はロイヤードがうまくやってくれるのを祈るだけかな」
町へと通じる大扉は、『装甲シャッター』と人力魔力問わず、様々な力によって封鎖している。
後は、時間との戦いだ。
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まったく、忌々しい泥と光の剣の応酬。時間的感覚で言うと、すでに五時間以上は打ち合っている。
「お前なぁ! お前動かないからいいけど俺動き回ってるんだぞ! 少しはなんか喋れよ!」
向かってきた泥をさらに切り落として、剣を大きく振って光の刃だけを飛ばすが、相変わらず泥が盾になる。
「つーかいなくなる前にお前の荷物入れに封印してある酒瓶の封解いてけよ! おかげで俺今の今まで禁酒生活だぞ!」
一瞬だけ、リンクスの目元が動く。
「お前昔っからそうだよな! 俺が酒場に繰り出そうとしたら財布スリ取ってそのまま自分だけ高い酒飲みやがって!」
泥が鞭じゃなくて槍になった。攻撃の鋭さもなんか跳ね上がってる。
「俺が高い酒買ったときだけ集りやがって! たまには奢れよ!」
「ふざけんにゃ! あんたこそ私が貯金してたお金で豪遊して! 金返すにゃこのグータラ勇者!」
やっと喋った。そのことにリンクスが気付き、口を押える。
「よう、やっとだんまりを辞めたか?」
「……あーもう!」
頭を掻きむしり、泥の槍があいつの近くに戻っていく。
「せっかく魔王らしい振る舞いしようとして準備しようとしたらあんにゃもので飛んできて! アケノか!? アケノの仕業かにゃ!?
」
それ正解。
「まあ、あんな方法使いそうにゃのアケノくらいしかいにゃいだろうけどにゃ」
「まったくもってその通りなのがなぁ……」
お互いにため息を付く。
「で、ここまで来たからには、わかってるかにゃ?」
「一応、勇者と魔王の関係も知った。魂の循環のことも知ってる」
だから、勇者は魔王を倒さないといけない。しかも、できる限り視力を尽くしてよどみを浄化しないといけない。
「まったく、やりにくい話だ」
光の剣を纏わせて、軽く振る。全身から余剰魔力が一気にあふれる。
「まったくにゃ」
泥の鞭を多量に呼び出す。多量のよどみが周囲に吹き出す。
「遠慮するなよこの酒飲み猫!」
「そっちこそ、大切な部分見失ったらマジ張っ倒すにゃ!」
全力でぶつかり合う光と闇。神話にあるような戦いの始まり。今までの数倍の泥の鞭と、それに対応するように光の剣もその光を強く
する。
俺が力を上げれば、それに呼応して闇の力が上がり、闇の力が強くなれば、俺の内側から力があふれる。
お互いの持つ魂とよどみの力が上がっていく。すでに当初の全力を超えて、体から吹き上げる力。
体中が痛い、人間の肉体には耐えられるようなものではない。でも、まだまだよどみが残っている。
そうでなければ俺に湧き上がる力が止まらないわけがない。
もっと、力を、最後の一瞬まで力を振り絞れ。
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誰かが言った。空を見ろ、闇が引いていく、と。
誰かが叫んだ。魔物たちの動きが止まった、と。
そして誰かが呟く。魔物たちが灰になっていく、と。
そして、私は聞いた。
誰かが『たすけて』とつぶやいたのを。
「もうそろそろ、終わる。魔王と勇者の戦いが」
『そうか、終わるか』
フェネ君が肩から降りる。そして、その体を震わせると、大きな狐へと姿を変える。
「うん、今までありがと」
私は符を構える。
「先輩、やるんですね?」
「うん、これは、絶対にやらないとね」
リリに聞いた限りではあるが、勇者が魔王との決戦後生きていたという話を聞いたことが無い。
なので、調べてみたところ、伝承に残っている限りの勇者は魔王との決戦の後、一週間以内に死んでいるとある。
事実以外の部分を省いても残っている結果は勇者の死。全滅である。
「このままいくと、たぶんよどみが消滅すると同時に体が魂の流れに耐えられずに崩壊する」
ロイヤードの体が、である。
同時によどみの消滅時にリンクスも消滅する。
「あの二人を助けるついでに、私たちも動くから」
「そうですか……」
最後の景色が、雪のように風に乗って舞う白い灰と、闇から青に代わっていく空。
天に向かって降る雪、この風景を私は忘れない。
「行くんだね? アケノ」
隣には、リリたちが揃っていた。
「ま、どうなるかはわからないけどね。私としてもうまくいくかわからない賭けだし」
でも、自分的には十分に勝算のある賭けだ。
「ま、ま、うまくいかなかったらこっちでしばらくご厄介になるけどさ」
「楽しかったです!」
リリと握手を交わす。千果は千果でフィアナとピア達と抱き付いていた。私もリリを抱きしめた後に、クロックを抱きしめる。
「じゃあ、元気で」
遠くで、光の柱が立つ。同時に私の視界が白一色に包まれた。
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これから放つのはお互い乾坤一擲の一撃。オリハルコンの刃にあらん限りの魔力を込める。
透き通るような光ではなく、すべてを塗り尽す白。
対するのは深く暗い深淵の黒。それがリンクスの手元に、極小の球体を作る。
手のひらごと俺の方に向けると、その周囲に大量の魔法陣が現れる。
「吹っ飛べ!」
「本当に殺す気か!?」
放たれる膨大なまでの魔力の奔流。それに対して俺は鎧に込められた魔法を起動する。
「あーもう、ぶっとべ俺!」
魔力を吹き出して俺の体を吹っ飛ばす。鎧に込められた魔法だ。
目の前に迫る闇色の奔流に俺は剣を立てる。
「開け!」
剣に込められた光が、傘のように一気に開く。闇を防ぐ光の傘。
「届け」
鎧に込める魔力をさらに強めて、奔流に押されないように踏ん張る。
「届け届け」
少しずつ、奔流に対して前に進む。鎧が砕けそうになる。
「―――届け!」
鎧が砕ける瞬間に、搭載しておいた『反応装甲』の術式が発動し、一瞬、だけど大きく前に弾き飛ばされる。
そして、闇の奔流を抜けると同時に傘が砕ける。そこにはリンクスがいた。
「よし、殺るにゃ!」
「お前いきなりアクティブに自殺志願するなぁ!」
そのままリンクスの腹に剣が突き刺さる。
「よくやったにゃ!」
「だから、いちいち物騒に持っていくな! アケノに感謝しろよ!」
俺は、高らかに符の名前を叫ぶ。
「接続!」
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重魔力汚染の被害を受けた魔物は、その魔力の供給源が無くなった場合、その体を灰に変える。
北方魔王戦役では最終盤にこの現象、灰化現象が発生して地上が真っ白に染まったとある。
これで、魔王の軍勢が全滅し、世界は魔王の脅威を退けた。
それを象徴するかの如く、光の柱が北の大森林、残っている記録を基に位置を計算すると、ちょうど北の森の立入禁止地帯である。
これが勇者の柱と呼ばれる現象で、一説によると膨大なまでに膨れ上がった地脈が目に見えるほどの奔流を伴って地上に噴出する現象
と言われている。
ただ、最近の研究で地脈に並行して魂の道と言われる第二の力の道が通っていることが判明。
符術関連の研究によって、魂が世界を巡るための道と言われている。
この研究は魂の輪廻関連に関する大きな前進とも言われており、今後の研究次第では輪廻転生について解明されるだろう。
総評すると、序盤までの流れは上々なのだが、中盤の第二層立てこもりから第三層撤退までに関して、ここは籠城ではなく打って出る
べきだったというのが、研究家の見解である。
そして終盤の第三層籠城はただの時間稼ぎと見る人が多い。
なぜ時間稼ぎが必要だったのか? あの場を知る人間は、なぜか最後に関してだけは口を噤む。
騎士団の資料に関しても、公式書類にも関わらず、『魔物が灰となって消え、そのまま魔王は討伐された』という一文のみ。
そのうえ差し替えられている痕跡が見受けられる。
正規の書類に関して、唯一所持をしていると思われるのは、レマに本拠を構えるクロック流の師範に代々継がれているという噂がある
。
クロック流創始者のクロック・ラビィが、当時結成されたばかりのクラン、サポーティアのメンバーだったというのは有名な話だ。
だが、なぜそれが改竄された書類とかかわりがあるのか?
理由は単純だ。
魔王戦役終結後のギルドの依頼票が保存されており、その中に魔王戦役の最終報告処理決済を代行して行っていたとある。
改竄前の書類に何が記載されていたのか?
それを知る数百年前の当事者は生き残っておらず、全貌を知るクラン・サポーティアは一切を語らず。
すべての真相が語られる日が来るのか? 日の目を見ることはあるのか?
―――北方魔王戦役考察第五章『勇者の柱』より抜粋。
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『お姉さん、なかなかに熱心ですね。だったら教えてあげようか? あの時の真相っていうものを、ね?』
『お姉さんはきっとクラン・真実を知る者たちの一員でしょう? 大体この話を追いかけるのはあのクランって相場が決まってるから』
『でもさ、この数百年、私たちにたどり着くのはあなたたちだけなんだよね。だからね、たどり着けた人には話すことにしてるの』
『そう、歴史の裏舞台、サポーティアの黎明期を支えたある符術士のお話をね』
―――レマの街で出会ったハートラ家ゆかりの人物の分裂体の言葉。
そして、最後に残るのは。




