五十枚目 籠城戦
地平を埋め尽くす黒の軍勢に人は何を思うか?
『この地図のこのあたりが有名なストーンウルフの生息地です。彼らはゴーレム系の魔法生物にして、オオカミのような群れを作る習性があります。
また、一定量の魔力がある人間にはよく懐き、うまくいけば主従関係も結べます。
文献によると、最古のストーンウルフ、タロとジロも生まれた当初に巡り合った主人とともに生活をしていたとあります』
―――とあるストーンウルフ研究家の言葉。
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「よし、タロジロ、トランプにレディ! 突撃!」
主戦場を第一層入り口付近から後退、第二層入り口付近へ移行。書く出入り口部分を防壁と重装騎士団の方が固めて、後ろから矢を放って援護。
同じく第二層屋上からはあらかじめ作っておいた岩や十分に熱した油などを落として攻撃を続けている。
そんな中、速度に物を言わせる軽装の人たちは敵陣に飛び込んで攪乱を続けている。
私も今はあの子たちを前線に突撃させ、出入り口を制圧されないように戦闘中。
「ブラストフレア!」
魔法の援護により、私の周辺に爆発が巻き起こる。その間にタロを呼び戻してその背中にまたがる。
「行くよ!」
またがったままでの投擲のため、あまり威力は出ないが、注意を引くことは可能。
こうしてひたすら戦線をかき回す。
「そろそろ本格的な籠城に移行かな?」
周囲に群がる魔物を石の槍でまとめて仕留める。
第二層は構造的には非常に単純。要は分厚い石壁で、そのところどころに通行可能の門と上に上がるための階段が設置されているのみ。
要するに、城壁。
シンプルに作ったため、頑丈さは折り紙付き。問題はシンプルすぎで罠を何も仕掛けられなかったところ。
遠くからラッパの音が聞こえる。どうやら重装騎士団が少し後退、その隙に大きい魔法が叩き込む合図。
「全員撤退! 渡された符を使って!」
近場にいる人に全力で叫ぶ。合わせて口笛を吹き、四匹を自分の周囲に集める。
「離脱!」
懐から『非常口はこちら』を使う。いざというときの緊急脱出用符。ここからしばらくは軽装の人間に出番はない。
ここからは、重装騎士団がやってくれるだろうさ。
指定された場所、私の出口はここの屋上に設置しておいた。投げる岩を用意するためだ。
そして、転送の光が消え、目の前に広がるのは、黒い竜。
「……マジで?」
ドラゴンがこっちを攻撃するよりも早く、足元から石の槍を出してドラゴンの脳天を貫く。
どうやら、屋上は飛行できる魔物の狩場になりそうです。
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曰く、考えずに、感じる。
これが、アケノやチカの世界にいた武術家の言葉。また、圏境という自然と自分を一体化させる境地というのもあると聞いた。
残念ながらその自然と一体化するという部分は私にもわからないけど、ただ、強く呼吸を練る。
この呼吸を通して体から生み出される緑色の光を、アケノは『気』と呼んだ。
「自然に溶け込むように……!」
呼吸を整え、踏み込みに合わせて打ち込む拳。撃ち込まれたドラゴンが内側からはじけ飛ぶ。
「なるほど、これが気功!」
「いやなんか違うから! なんかもう一人だけ変な格闘漫画に道進んじゃってるから!」
マンガというのはわからないが、ドラゴンの後ろにいたチカが叫ぶ。
そういうチカだって石の槍を撃ちだしてガルーダやワイバーンを仕留めている。
「セイ!」
震脚、からの掌底。呼吸をしっかりと練り、『気』を全身に巡らせればドラゴンの鱗をも砕く力となる。
素手が一番だけど、長時間戦闘だし手甲つけていないと手がボロボロになりそう。
「クロックさん、なんかこう『気』でズバァ! って叩き落せませんか!? なんか寺生まれの人みたいに破ぁ! って!」
それは『気』を外に打ち出すということだろうか?
テラウマレというのはよくわからないけど、『気』を体の外に出すのは試してみたい。
「ちょっとやってみる」
体から吹き上げる気の量を多くし、手もとに集めるようにイメージ。まだスムーズに動かせないけど、それでも五秒あれば手のひらに十分な『気』を集められた。
「破ぁ!」
それを魔導士がやるように打ち出す。光線のように緑色の光が奔り、目標にしていたワイバーンに突き刺さる。
しかし、バランスを崩して地面に向かって落ちていくだけで、貫くには至らない。
「有効射程は十メートルほどかな? 消費も激しいし」
「なんでこの人今まで活躍できなかったんだろう……?」
私もそう思う。
しっかりと『気』を練り、こっちに飛び込んでくる魔物を迎撃する。まだまだ、戦いは続きそうだ。
この『気』という技術を極めるまでは、死ねそうにもないな、と柄にもなく思った。
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この世の地獄とは、まさにこのことを言うのだろう。
真っ暗で狭い場所に押し込められ、普通の人間だと絶対に耐えられない圧力と、着弾の瞬間の衝撃。
「アケノ達には安全性って言葉は存在しないのかよ!」
申し訳程度に渡された衝撃吸収用の符に全力で魔力を流し、そのうえで身体強化に魔力を流さないときっとこのオリハルコン球の中身は真っ赤に染まってただろう。
主に俺の血液と肉で。
「さて、外に出ますかね……あれ?」
出入り口のハッチ部分が思いっきり歪んでいる。試しに全力で押してみる。開かない。
……出られなくね? これ?
「うぉっ! 衝撃でドアが歪んで開かないぞ!?」
俺の全力を受けても割れないところからオリハルコンがいかにすごい金属化がよくわかる。
こうなったらもったいないけど切って出よう。
同じオリハルコン製の剣を構え、魔力を込める。何度かしっかりと振ってみたりもしたが、俺の全力を余すことなく伝えられるいい剣だ。
だが、念には念を入れて光の剣を発動させて、この窮屈な球体を切る。あっさりと切れた球体をよけながら、外へとはい出る。
「あー、死ぬかと思った。移動手段をあいつらに頼むのだけは今後絶対にやめよう」
レマクラフトみたいな馬車に関しては大歓迎だが。
ちょうど、視界の先には、闇色の泥のようなものに包まれた大馬鹿野郎がいた。
「よーし、とっとと終わらせて、帰るぞ? この酒飲み猫」
リンクスに向かって、笑ってみせると同時に、黒い泥が鞭のようにしなって襲い掛かってくるが、軽く剣で切り落とす。
切った時の感触から、おそらくミスリルとかそういった金属クラスの方さは保持している模様。
加えてよどみともいうべき、深い闇がまとわりついてきているので、魔力を持って焼き殺す。
「いやはや、これだけ深かったら聖水撒いても逆に浸食されるのがオチだろうな」
それだけ、よどみが強烈であり、勇者でもない限りこんなよどみの中に立っては居られないんだろう。
「ところで、いつからこんな風に耐えてた?」
返答は多量の泥の鞭。それらをすべて切り落としながら徐々に前進する。
切り落とした泥が大気に融けるのを構わず、火rタスら距離を詰める。後のことは考えない。今考えても意味がない。
「だんまりはさすがにきついな、少しは喋れよ」
目はこちらを向いているが、そこに思考の色は見えない。いや、あいつのことだから、意図的に思考を閉ざして逃げているんだろう。
「まったく、しょうがねぇな」
光の剣を最大出力にしてから構える。身長のざっと数倍の刃が出来上がるのを確認してから振り下ろす。
そうすると今度は鞭ではなく壁上になって俺の斬撃を防ぐ。そのまま力を
「いっちょ行きますか!」
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勇者と魔王の戦場跡は、現在時点でも立入禁止となっている。
理由は単純で、いまだに戦闘の際に出た濃密な魔力が、安全基準の三倍ほど漂っている重魔力汚染区画だからだ。
私も上空から少し見た事はあるが、闇と光の力が混ざり合い、草木の生えない焦土となっている。
どれだけ激しい戦いが行われたかは、様々な手記を紐解いても、騎士団資料をいくら探しても載っていない。
しかし、この痕跡を見れば誰もが納得してしまうものがある。
戦闘時間に関しても謎となっており、現在の技術でこの環境を再現すると、銃汚染区画に達するまで魔力放出を続けたとして、最低でも一週間はかかるとのこと。
しかし、北方魔王戦役の戦闘時間を考えると、最大でも三日か四日ほどという計算になる。
勇者と魔王がどれだけ規格外な存在かがよくわかる。
一方で北方要塞では徹底的な籠城戦術が取られており、勇者という存在が魔王と一騎打ち状態になってもなお、魔王の軍勢は北方要塞をひたすらに攻め続けていた。
思考もなく、重度の魔力汚染に犯された体で前進する姿は、当時の人間にも影響を与えている。
歌劇に出てくる黒い軍勢とは重度の魔力汚染によって生成された魔物たちのことだろう。
当初の予定ではある程度の時間を稼いだ後、第二層は破壊しての第三層への籠城へ移行する予定だったのだが、それが実施されることはなかった。
実施されなかった理由については諸説あるが、今のところ一番有力なのは、重装騎士団による蓋が出来なくなるという戦術上の判断があったと言われている。
―――北方魔王戦役考察第四章『第二層』より抜粋。
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『勇者とは、光の道を示す者。魔王とは、闇の中に深い闇を溜め込む者なり』
―――ある墓に刻まれた言葉より。
魔王を前にした勇者はなにを思うか?




