四十八枚目 北方都市レマを救え!
勇者とはいついかなる時代でも、魔王と対峙する物である。
『神様を見なかったかって? あの人は見つけようと思っても見つからないさ。見つけようと思うなら、カラスを探すといいさ』
―――鍛冶場の聖地に伝わる伝承より。
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今しがた、防壁前に設置した、最後のトラップゾーンが突破された。
魔王の傘は、すでに要塞の真上にまでかかってきている。しかし、魔王の傘の侵攻速度に比べて魔物たちが遅れてきている。
「足止めは少しはできたけど、結局焼け石に水ね」
「ごもっともで。まさしく黒一色の絶望的な風景……」
監視所から見える風景は、夜よりも深い闇の空に、大地を埋め尽くす圧倒的な数の黒い魔物たち。
すべてのトラップを駆使して、おそらく十万単位で敵戦力を削ったはずだけど、それすら霞む。
「で、十分な力は集まったの?」
「そっちは十分すぎるほどに。おかげで余力分をロイヤードの道を開くために使うことが出来そう」
私がロイヤードとクラップに依頼されて作った符がある。
「誰にも邪魔されない様、俺を一瞬で魔王のところまで移動させてくれ」
ロイヤードはそう言った。
「あいつを、少しでも安全に送り届けるために、力を貸してくれ」
クラップはそう言った。だったら、手を貸してやるのがいい女というものだと思う。
「で、わざわざ門を開けているのはその準備?」
その通りでございます。
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「なあ、俺はあいつのところに一瞬で送ってくれって頼んだよな?」
「先輩の話だとそうですね」
私はロイヤードさんを固定用のベルトでしっかりと固定する。
「そして私の依頼は安全に送り込んでくれって話でしたね」
「それも話は聞いています」
魔王の周りは力が強すぎて転移術は無理、ロイヤードさんが全力を出して無理やり飛べばいけるかも、と言っていたので、無理をすればできる。
でもそれで力尽きてしまえば元の木阿弥だそうで。
「で、結論はこれか?」
用意したのは私が調達したオリハルコンの余りを使って作った巨大な球体。大きさは約二メートルくらいか。
内部にはソファが一脚置かれており、そこに体を固定するためのベルトがいくつもついている。
「うん、この『加速』の符をこれでもかってくらいに貼って、内側に気休めの『衝撃吸収』と『超伝導体』を貼って……」
私も全身に圧縮した鉱石で作った鎧を着こみ、『装甲プロテクター』と『衝撃吸収』をセットで貼りまくる。
そしてその腕には幾重にも張り巡らせた『プロテイン』と『リニアレール』の符。
「なあ、やっぱり嫌な予感がするんだけど」
「ロイヤード、惜しい奴を亡くした」
勝手に殺すなと喚くロイヤードだが、時間がないのでそのまま入り口を閉じる。しっかりと『隔壁閉鎖』で途中で開かないようにロック。
「それじゃあクラップさん、事前の予定通りに符の起動よろしくお願いします」
基本は、あの時の焼き直しだ。
最初に起動するのは『探知』と『以心伝心』の二枚。
「見つけた、この位置に魔王がいる」
「お願いします!」
次に起動する符は、『ガイドビーコン』で、私とその目標地点の間に光の点線が奔る。
こちらも準備する。先輩に教わった手順で私の鎧と球体に貼られた符に魔力を通す。
符に込められる魔力が多く、余剰魔力があたりに紫電を走らせる。
「受け止める側だったら何十回とやってようやくクリアしたんだけどなぁ」
キャッチのタイミングと角度調整、そして何よりもその後のボタン連打。今回投げるこれが見たまんまあの衛星型爆弾そっくりになったのがいけない。
「目標はスポーツマン・シップ……じゃなくて、魔王の、いや、ロイヤードさんの仲間のところ!」
燃え上がれ、私のスポーツマンパワー! 今私は最高の一投を目指す。
「普段絶対やらないようなオーバースローだけど!」
球がでかくてウィンドミルが出来ない、けどそれでも!
「かっ飛べ! オリハルコン球勇者一号!」
『リニアレール』の符が貼られた要塞門を通り、放たれたオリハルコン玉は要塞の外へ。
ついでに進路上にいた魔物をなぎ倒し、闇色の空へと消えていった。
「リンクスさん取り戻すついでに、世界でも救ってきてください!」
土の鎧が砕ける中、私はそんなことを、叫んでいた。
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「まあ、あんな感じで勇者様には吹っ飛んでもらいました」
……アケノお姉ちゃんはすがすがしいまでに効率的だとおもう。
一瞬で遥か彼方まで飛んで行ったオリハルコンの球を見て、思わず祈らずにはいられなかった。
『ひめさま、ぼくたちみんなゆうれいだし』
たしかに。なににいのればいいんだろうか?
『こういうときは相手の無事を祈ればいいんですよ。その無事を願う相手に対して』
なるほど。でもロイヤードさんは死にそうにもないからあんまりいみないかも。
『逆に考えるんです、姫様。あの男が幽霊になったら姫様の能力はけた違いに跳ね上がりますぞ』
それはいいことを聞いたかも。
「それは同意を得てからにしましょう、翁」
お姉ちゃんがおじいさんになにかふきこんでいます。きてくれるにしても、こんなにはやくは来てほしくないと思う。
「ええ、そうですね。やっぱりちゃんと人生を全うしてから来てほしいですね」
本当にそう思う。
「さて、それじゃあ、開けた門は閉じてからもう一回開け直しで」
アケノお姉ちゃんが言うには、開け直すことでこの第一層のわなべやの中に魔物をほうりこむことができるようになると。
「罠部屋がうまく起動すれば後五時間は持つはずですね」
五時間、それだけあればご飯くらいできるはず。
「うん、今日はクロック様がおいしいごはん作ってくれるって」
みんなご飯作るのうまいけど、クロックがご飯作るときが一番ハラハラする。
ちゃんとさぎょうしてるんだけど、なんかあわただしい。
ふと、第一層のうちがわにあるきしだんがまってる場所を見る。
みんながいのるようにロイヤードが飛んで行った方向を見ている。わたしもすこしだけ祈っておく。
どうか、またみんなでたのしくすごせるように。
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見知らぬ森。昏く沈んだ闇。闇の中に浮かぶ森。初めて見たこの場所の印象がまさにそれだった。
本能で理解した。この闇が人が持ちうる悪しき感情の渦だと。
憎悪、嫉妬、恐怖、悪意、人間の言葉では到底表現できない原初の闇。
勇者に与えられるものが無限の光だとすれば、魔王に与えられるのは覗きこめもしないほどの深淵。
「―――寒い」
物理的にではない。精神がこの闇を拒否している。
人間の精神がこんな汚濁に触れて無事でいられるはずがない。無事でいられるのはひとえに、長くあいつのそばにいたから。
その深淵に対抗できる光を知っているから。だから、私にできることはただ一つ。
―――この闇を抱えて、その光に身を焼かれること。
そうすれば、この身に抱えた闇を世界に拡散させることなく終わることができる。
「歴代の魔王たちも、この寒さに身を委ねてきたのかにゃ……」
ああ、寒い。
森の木々が、闇に浸食される。黒い氷が、私と世界を包む。
「さしずめ、氷の魔王って感じかにゃ」
それはいいかもしれない。あいつが光の剣の勇者なら、魔王もそれらしくしないと。
「そうだにゃ、あいつ、絶対最後の最後で躊躇うにゃ」
肝心なところでヘタレなあいつのことを思い、演技の練習もしよう。どうせこの深淵に飲み込まれるんだ。
魂の流れにいけないこの身だからこそ、最後は好き勝手やろう。
漏れ出る力はいずれ魔王の軍勢を作るだろう。でもその程度の力じゃあの馬鹿を止められるはずがない。
だから、最後はふてぶてしく、魔王と化した私をかっこよく倒してもらわないと困る。
「よく来たな、勇者よ……いやいや、もう少し威厳ある感じで」
こうやって何度もリテイクをしながら、思う。私一人の命で世界が救えるなら、安いものだと。
深淵の底で、猫の獣人は一人思った。
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巨大鉄球投げはレマの街で花開いたとするスポーツである。
原点は勇者を魔王の元へ送り届けるために、ある符術士と土魔法使いが全身全霊、文字通り命を懸けて編み出した技だと言われている。
その命がけの一投は目前に迫っていた魔王の軍勢をなぎ倒し、勇者を魔王の元へ送り届けた。
しかし、その代償は深く、符術士は符に込める魔力を命を懸けて捻出し、土魔法使いはその符の力を持って勇者を送り出し、その投擲姿勢のままに命を散らした。
その姿に魔王侵攻を生き延びた者たちが敬意を表し、その雄姿を忘れないためにこうやって競技として名を遺した。
今や世界的な競技であるこの巨大鉄球投げから紐解くと、魔王の軍勢は推定でも二、三十万はいたものと思われる。
当時の騎士団を動員してもせいぜい五万人を集めるのが精いっぱいだと思われるのでこういった方法で勇者を送り届けたのだと思われる。
しかしこの巨大鉄球投げ協会が公式の内容としているものも、様々な記録から読み解けば細部が異なる。
まず、符術士も土魔法使いも死んでないのだ。
何度か引用している手記では魔物の軍勢を倒した際に発生した負の魔力を利用して符術を起動し、
土魔法使いも全身を装着型ゴーレムという鎧を纏い、硬度のわりに軽いオリハルコンの球を投げているとのこと。
そして投げた本人も鎧が剥がれただけで別に死んでいないとのこと。
歴史とは美談にするか悲劇を持ち込むかということらしい。
しかし、検証すると、この時のオリハルコン球は少なくとも百キロ近く離れた場所に着弾したとのこと。
稀代の符術士はいったいどのような符を使ったのかは不明だが、それを可能にした土魔法使いの能力もすごいと思われる。
この攻撃の後、レマの街防衛側は要塞内部にて籠城戦を開始。
戦いは直接戦闘のない序盤から、徐々に中盤へと移っていった。
―――北方魔王戦役考察 第二章『北方都市』より抜粋。
ただ、対峙するまでの方法は選べない。




