四十七枚目 抗う者たち
ここに紡がれるは勇者と、懸命に生きた人間の話。
新たに作られたレマの街北門側要塞、通称北方砦。
一か月という急ピッチで建造されたそれは、ほとんどの手を魔法によって構成された魔力の結晶ともいえるそれは、
「なあヒース、俺たちはいったいここを何周すればいいんだ?」
「ああ、お前が指示された道を外れて探索だといって、脇道に逸れたからだ、マイス」
俺たち二人は完成した要塞へ伝令としてやって来た。
この要塞は全部で三層構造となっており、町の外壁を利用して作られた最後の壁である三層目、そこから二百メートルほど離れた場所
に第二層の壁。
そしてさらに間を空けて最前線の一層目。今俺たちがいるのはこの一層目。
表面は鉄板張り、さらにあのアケノ謹製の符とそれを基に解析した術が縦横無尽に張り巡らされている。
はっきり言おう。第一層は主要部分を覗いてのトラップハウスだ。
「なるほど、これが『無限回廊』という術か。空間と空間をつなげて敵を閉じ込めるわけのわからない術か。つなぎ目がまったくわから
ないのはすごいな」
「いや、俺たち閉じ込められてからすでに三時間閉じ込められてるからな」
「しばらくすれば救助は来るさ」
おそらくだが、そろそろ事態を察知してくれているはず。
「ところで、このもらった説明によると、この空間内の時間は通常の約二百倍で経過しているらしいぞ」
なるほど外ではせいぜい三十秒程度しか経過していないことんあのか。つくづくアケノの符は化け物か。
なるほどなるほど……
「うぉぉおお! どうするんだこれ!?」
「今更その慌て方かよ!」
ぬかった、説明を全部読んでいなかった。これはいろんな意味で不味いぞ。外だとまだこっちが来るとか来ないとかそういう話じゃな
い。
「本当に干からびるな、俺たち」
「だからそう言っているだろう!」
「そうだそうだー!」
ああもうこのバカども!
って! 三人目!
「アケノ!?」
「お前なんでここに!?」
「いや、ここ時間経過遅いからちょっと根を詰めに」
よく見ると女にあるまじきよれよれの格好に、ぼさぼさの髪型。
これ、本当に女という生き物か?
「お前、自分の時間間隔でどれくらいここにいた?」
「ざっと三か月」
「……いったん出ろ。お前が何をしていたのか知らないが、少しは体調を整えろ」
○ - - - - - - - ○ - - - - - - ○ - - - - - - ○ - - - - - - ○
作業場から出て、風呂入って、伸びた髪を整えて、女として最低限の体裁を整える。
向かうのは第一層に準備してある発令所、というか監視所。第一層をトラップにしている関係上、
「うーんリフレッシュ」
「先輩! 一体どこ行ってたんですか!?」
時間圧縮した空間で作業を。
「まったく、完璧にできたの?」
フェネ君仕込みの最後の仕上げを。
「では、この第一層は予定通りになっているんですか?」
『だろうな、懐かしき気配を感じる。かつて何度も経験した気配だ』
まあ、トライにはバレバレだろう。それに、反対をする様子もない。
『当然だ。魔王の軍勢にはさぞかし効くだろう』
「……ああ! 思い出した!」
千果、前に説明してた内容、やっと思い出したな。
「うん、そうなるように石も配置しておいたし、設計段階から口挟んでおいたからね」
仕掛けはばっちり、魔王の侵攻があっても、十分対処ができるはず。対処できない内容に関しては私たちがアドリブで対応するのみ。
「それで、これが終わったらアケノたちは帰るの?」
「成功すればね」
失敗すればこの世界に残留になる可能性が高い。どちらにせよ、魔王の軍勢は消える。
「まあ、結果はすべて、この戦いが終わるときにわかるよ」
私は、外を見ながらゆっくりと符を構える。
「さて、開幕の狼煙を上げましょう。世界の命運をかけた、最後の戦いを」
○ - - - - - - - ○ - - - - - - ○ - - - - - - ○ - - - - - - ○
第一層の側から光の球が空から上がる。色は青。
「敵襲来、か」
第三層にある俺の控室、体を起こして窓の外を眺める。このレマの街の喉元にまで迫った魔王の傘。魔王という存在に、勇者という存
在。
それらを記した符、『睡眠学習』の符は、もう何度も確認した。
世界を循環させる仕組み、世界を一つの時計とみなした時の、俺たちは世界を動かすための歯車。
それがしっかりと理解できた。そしてその機構を止めることも、流れを変えることもできない。
それほどにまで精巧に、緻密に練り上げられた物。
「だからこそ、世界は続いていたんだな」
かつての勇者と魔王は、何を思っていたのだろうか?
それは悲劇だったのか、喜劇だったのか、世界を巻き込んだ喧嘩だったのか?
物語を紐解いても、伝承を語り継いでも、結論はその二者の間でのみ成立する話。
あいつは、アケノはこの機会に何かをするつもりらしい。騎士団は魔王を打ち取り、名声を得ようと躍起で、冒険者やレマの街に住む
人は街を守るので必死だ。
全員が全員、できることをしようとして、その結果世界を救うのだろう。
「だったら、俺もできることをしようか。おせっかいすぎだ、あの女」
アケノに渡された符、それは『睡眠学習』だけではなかった。
その符を眺め、懐に仕舞ったところで部屋の扉をノックされる。
「ロイヤード様、全騎士団、第一層後方の中間戦場に集まっております」
「わかった」
俺付の侍女たちが手早く俺に鎧を着せていく。そして、恭しく俺の前に跪いた少年騎士が鞘に納められた剣を差し出す。
俺用に作られたオリハルコン製の鎧に、同じオリハルコン製の剣。それぞれが白金のごとく輝く。
そのまま控室を出て、徒歩で騎士団の終結している中間地点に向かう。
「総員傾注! 勇者様より訓示だ!」
覚醒の魔法が込められた魔道具を手に取り、それに向かって俺は声を出す。
「ロイヤードだ。周囲からは勇者としてもてはやされているが、俺自身はそんなことを一度も思ったことはない」
騎士団長が驚いたこちらを向き、クラップが頭に手をやっている。当然だ、最初に渡された演説用の原稿、それを丸無視しているから
だ。
「だけど、勇者と思われる力を得て、そうあるように自分で振る舞うように努力を続けてきた。それが人の望みならば、と」
冒険者として活躍するにつれて膨れ上がる自分の力におびえながらも、ひたすら前へ。
「だが、それも今日できっと終わるだろう」
だから、勇者だと言われたとき、俺はひそかに安堵した。自分は化け物ではなく、勇者という存在だからこうなっているのだと。
「なぜならば、誰もが勇気ある者として認められるものを勇者というのであれば、この場に集っている者は一大決戦を前に逃げぬ者。そ
れをなんと呼ぶ?」
でも、そんな俺にずっとついてきた奴がいる、引き離そうとしてもいつの間にか隣にいるあいつを。
「人、それを勇者と呼ぶ!」
だから、この戦い、どんな思惑で勇者の伝説を刻みたい人たちが異様とも、それは果たされることはない。
「この場に集うすべての勇士を、勇者と呼ぶのだ!」
すべての男たちが湧き上がる。各方面から集められた騎士団の精鋭に、近衛騎士団の一部、それに冒険者や町の有志たちが声を上げた
。
「総員、武器を掲げろ! 魔王に、その軍勢に見せつけてやれ! 我ら、勇者の力を!」
沸き立つすべての人たちに背を向け、俺は剣を抜く。
このオリハルコン製の剣に光の剣を纏わせる。そして、そこで気が付く。
「そういえば予定では後四時間は敵は第一層にすらたどり着けないんだよなぁ」
その答えは非常に単純だ。あのアケノが事前準備できる環境で自重をするはずがない。
俺のつぶやきは、遠くから響く爆音によってかき消された。
○ - - - - - - - ○ - - - - - - ○ - - - - - - ○ - - - - - - ○
「第一列目、これで壊滅かな?」
「リリーズの報告によるとファイヤリザードやマグマゴーレムとか火耐性をもつ奴らは生きてるけど、全体の十分の一にも満たないって
」
とりあえず仕掛けるとしたらこれでしょう、という『爆導索』をもって最前列を焼き払う。
「で、まさか『爆導索』だけじゃないんでしょ?」
「もちろんです、リリ先輩。パンジステークって素敵ですよね?」
オーケー、今のでこの後輩が何を仕掛けたのか分かった。
「でもそれだけじゃ寂しいので、所定の場所を踏むと」
遠くで、数メートルの高さの土の槍がそびえたち、そのまま砕ける。
「地雷ならぬ地烈槍です!」
こうやって踏んだ奴を確殺、ついでに瓦礫で攻撃して、副次効果で瓦礫を撒いて移動阻害。
「なかなかにえげつない戦術取るよね、チカは」
「いやいや、それほどでも」
褒めていない、と言いたいところだけどこの場では役に立っているので不問とする。
日常生活ではまったく役に立たないスキルだろうけどさ!
「こうやって敵を少しでも倒して、第一層の仕掛けを動かすんですね?」
「魂のよどみをそのまま燃料して動かす。そうでもしてやらないと……」
世界がよどみで詰まってしまう。だから、何とかしないといけない。
それだけじゃないけど、真の目的は黙っておく。
「さてさて、リンクスに関してはロイヤードに任せるとして、私たちは、勇者様の道を切り開くとしますか」
○ - - - - - - - ○ - - - - - - ○ - - - - - - ○ - - - - - - ○
この戦闘の始まりは、勇者の演説、それを受けて騎士団が勇猛に敵に突撃、敵の出鼻をくじくことから始まったとされている。
ただ、これは王立図書館に残っていた騎士団としての公式書類であり、その後数多く発見された、不特定多数の手記や記録では第一撃
は要塞防衛線に設置された連鎖爆裂符によるものだったとある。
現在でこそメジャーな符術による攻撃だが、当時の符術士というのはあくまでも回復補助や攻撃補助、
いわゆるバッファーやデバッファー、それも主だったところでは戦闘外の役割が多く割り振られており、到底戦闘職とは呼べなかった
。
ちょうどこのころの魔王侵攻から、符術の攻撃利用が行われるようになった。
符術の教科書にはこの出来事のことを、符術の大革命と言われた。その鬼才とも言える始祖は符を用いて世界の書き換えていたと。
始祖の残した符の効果はそうやって世界自体に干渉して効果を巻き起こすものだというのが、現在までのレマ符術研究所によって明ら
かにされている。
ほとんどの符がすでに使用済みで効果を失っているが、現存する未使用の符を解析した結果としてそういった趣旨の論文が残されてい
る。
結論から言うと、歴史の転換点とも言えるこの戦いは、様々な意味で転換期であったと。
―――北方魔王戦役考察 第一章『ある男の手記から読み解く』より抜粋。
そして、その狭間に生きる異郷の人間の話。




