四十六枚目 乗り越えるため
目の前に苦難があれば乗り越えるしかない。
「お、おいおい、それはさすがに冗談だろう?」
同じ村に生まれて、同じ釜の飯を食って、同じ冒険者として生きて、勇者になってからもなんでか離れない馬鹿野郎。
「そんなことがあって、たまるかよ!」
壁を叩く、その壁に特大のヒビが入る。
「そんなことがあるから、話しているの」
俺はアケノの襟首を掴む。そのまま揺さぶる。
「嘘だって、嘘だって言ってくれよ!」
「言って、それがなんになるの?」
徹底的に、感情を表に出すまいとするアケノの顔に、俺の手の力が抜ける。
「ほんと、なんでなんだよ」
「勇者と魔王なんていう構造を考えた奴に言って」
アケノは、それだけ言って、俺の頭に一枚の符を貼る。
「フェネ君が知る、この世界の、勇者と魔王という世界を循環させる方法をその符の中に刻んでおいたから、詳しくはそれを見て」
それだけ言って、アケノは去っていった。
「はは、本当にあいつの符はわけが分からんな」
剥がした符には『睡眠学習』と書いてあった。
寝ながら勉強なんてさ、ギルドの昇格試験とか貴族の礼儀作法叩き込まれたときに欲しかった。
「本当、二人で死にそうになりながら覚えたってのになぁ」
視界が少し揺れる。どうやら、ここ数日の無茶がたたって来たか。
「仕方がない、か」
符を握り、ギルドへと向かう。あそこに行けば俺が眠るベッドくらいあるだろう。
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「まったく、馬鹿力なんだから」
少しだけ呼吸を整えるために咳をして、首に後が残らないように『ばんそうこう』の符で治療を促進する。
苦しい思いをした甲斐あって、ロイヤードに対してのタネは仕込めた。後は彼が結論を出すのだろう。
「それで、魔王がリンクスっていうのは本当に?」
「それは本当」
後ろからリリーズとリリが現れる。
「ま、後で話すつもりだったけどね」
「どうせフェネ君情報だろうから、確定情報だろうけど」
私自身よりフェネ君の信用の方が高いのはこれいかに?
「それよりも、そうなるとリンクスは倒すべき敵になるの?」
「そうなるとは限らないよ。たぶんだけどね」
さて、現段階で勇者と魔王、そして私たちが打てるべき手は打った。後はこの町における準備を整える、そのためにやることは山積みだ。
「リリも私もやることあるからさ、まずは目の前の問題を片づけよう」
リリはやれやれといった表情を浮かべる。
「とりあえずは今の話はギルド長だけには通しておきなさいよ?」
「了解、リーダー」
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原因があって、結果が生まれる。今私が引き起こしている巨大な石を地面から取り出す作業は、土から魔力で作った石を地表に出すという作業を行っている。
「大きさはそれくらいで。もう少し右にももう一本」
「了解です、ストーンランス!」
地面から飛び出すのは大きな石の槍。ただし形状は六角形の棒、先端も平面の物を何本も出している。
「やっぱり高位レベルの魔導士がいると建築がはかどるわ」
「それはあっちで石材用の石を作ってるピアちゃんにもお願いしますね」
石切り場ではピアが魔導士の幽霊から教わりながら、真四角な石を作っている。ああやって形を整えるのは非常にいい訓練になるんだとか。
「だから私もこの柱を立ててるわけなんだけど」
毎回同じ形になるようしっかり集中し、同じ高さまで作り上げる。
「おう姉ちゃん、精が出るな!」
「親方! 今日はこっちの監督ですか?」
あたぼうよ、と腕を振るのは、防壁の作業監督、通称親方。この工事の一切を取り仕切っている。
「相変わらずヒゲモジャですね、一回剃ったらどうですか?」
「てやんでい! 俺かrあこのひげを取ったらナイスミドルしか残らねぇじゃねえか!」
「残るのは筋肉くらいじゃないんですか?」
いいやがる、と笑っている親方。
「ところで、姉ちゃん、魔力残ってるか?」
「ええ、後七本くらいなら柱立てられますけど」
「そいつは好都合。お前石剣って作れるか?」
セッケン? 灰と苛性ソーダと油で作るあれ?
「あれってその辺に売ってませんか? ちょっと値が張りますけどバラの花びら入りとか結構バリエーションありましたよ?」
私も時々買ってるけど、正直質自体は元の世界の方がいいからあまり好きじゃないけど。
「その石鹸じゃなくて、石でできた剣だ!」
「ああ、そっちでしたか」
しかし、石の剣なんて某サンドボックスゲームの序盤で使うような程度でしかないはず。
「親方ぐらいならハンマーとかの方が似合っていそうですけど」
「俺はそれでいいんだが、最近魔王の軍勢に追い立てられた一部の魔物がこっちにやってきてな」
その迎撃のために必要なんだとか。
「暖炉の灰を集めて固めた物を封入した石剣とかは魔法の触媒にも使えるんだが、いかんせん数が少なくてな」
ただの石の剣でも土属性との相性も高く、土属性の魔法剣士においての基本装備にあげられるほどだ。
「それで俺の知り合いのクランがこのあたりの警備を行ってるんだが、メンツの魔法剣士が手持ちの石剣を折っちまってな。代わりはないかって言ってるんだけど」
何とかならねぇかい? と親方。
「そうですね、料金は後で請求するので、どこまで作ればいいですか?」
「柄は自前で何とかするから、刀身だけ作ってくれって」
そうと決まれば地面に手を当てる。
「ところで親方、水晶って属性的には何に当たるんですか?」
「すべての属性に親和性がある感じだな」
ならちょうどいい。地中奥深くに水晶の鉱脈が通っているので、それを刺激してこちらに呼び出す。その過程で形を整える。
「いやー、一度やってみたかったんですね、クリスタルソード」
「おい、姉ちゃん、お前何言って」
地面から飛び出すのは透き通った刀身。ゲームで見るような感じに仕上がった。
「いや、面白くない。だったらこうして、と」
中で水晶とガラスを使って区切りをつけ、内部で光が乱反射するようにしてみる。
「すげえ、剣の中に虹が……!」
「完成、これぞまさしく『石の剣』バージョンプリズム!」
簡単に石の鞘を作ってやり、納める。
「それじゃあ、よろしくお願いしますね!」
「あ、ああ、倒れないようにな」
この近くの柱は立て終わったので、次の場所へ移動する。
今日は後四本ほど立てればいいので、ゆっくり休みながらやろう。
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余談だけど、このときに作った石の剣バージョンプリズム、七色の光がすべての属性を司っているという水晶以上の親和性を誇る武器として世に知られることになる。
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ここは地の獄、人類がいずれ到達すべき場所。
地上に現出したそれは私たちすべてにその世界の恐ろしさをまざまざと見せつけている。
つまり、何が言いたいか?
「はい、本日のほうしゅううけとりの方はさんばんへどーぞ!」
「ギルドへのいらいのかたはよんばんへどーぞ!」
「ななばんのふだをもってるひと、そうだんまどぐちへどうそ!」
夕方過ぎのギルドは、地獄だ。
リリーズが懸命に声を上げながら、窓口に殺到するする人を捌く。
「はい、りょうりはもうちょっとまってください」
「ななばんさんのやきにくせっとあがりました!」
「わたしもってくね!」
外壁建造の日雇いの報酬支払いに、その支払いで食事していく人たち、それ以外にも依頼持ち込みや依頼完了報告、とにかく手が足りない。
「ファイト、司令官!」
「ひぃひぃふぅ!」
「頑張ってください!」
ギルドで足りない分の人ではほとんどすべて、私が賄っている。
「頼むリリ、お前が頑張ってくれないとこのギルドは破たんする!」
シェーブさんからの声が聞こえる。
「出した後の魔力供給は、そっちで賄って、くださいね!?」
もうこっちは普段の最大人数である百三十人を超えて出しているのだ。これでも足りないというのだから、ギルドの手の足りなさは本格的にやばい。
「領主のバカヤロー!」
ギルド長から供給された魔力を使って新たに十人のリリーズが生まれる。
「ふぅ、まったく、本来こういった作業は全部領主の仕事でしょうに!」
「そこは仕方がない、領主が死に、領主の構成していた騎士団も解散になったからな」
ギルドの代理統治は苦肉の策であり、家臣団もほとんどが雲隠れしている。
あの領主の元で働いていたのだ。その大半は指名手配されているのは言うまでもない。
「それに、生半な領主だとまた同じことが起こるんじゃないかっていうのがあるうえ、今回の魔王侵攻だもんな」
いてしまえばここは曰く付きの物件ということになる。しかも今は別なところからくる騒動もセットの。
「どこの領地なし貴族も二の足を踏んでいる、と」
「ついでにこのあたり近隣の領主も統合を見送っているんだとか」
そりゃそうだ。今のところ消える可能性が高い都市など誰が領地に置きたいか。
「よしんば防衛成功してからおいしくパイを切り分ける予定なんだろうな」
「ま、そう簡単にいかないだろうけど」
「お前、いったい何仕込んだんだ?」
秘密、とはぐらかしながら、『アロマの香り』の効いた席でおとなしく魔力回復に努める。
「ところで、アケノの符術を特産品として売りに出してるんだって?」
「まあな、作り方を教わった符はみんなで量産してる」
異世界人、アケノ・ソラカワとチカ・ワタラセ。
彼女たちはこの世界、勇者と魔王の騒乱に現れ、そして何を成していくのか?
「結局は出た目次第ってところかな」
無論、私は最初から最後まであの二人に全掛けだ。誰が欠けなくても、あの二人は私のクランの一員なのだから。
「しっかし、本当に事務用員の育成をお勧めするわ」
「俺もそう思うよ。追加給金じゃ足りないくらいに働いてるわ俺ら」
違いない、と私も、ギルドのメンバーも、そしてリリーズも笑う。
「今の俺たちなら魔王も怖くないな」
「それ以上に怖いのは書類の山ってな!」
みんなが笑いながら、必死で書類を片づける。この馬鹿騒ぎも、避難が完了して要塞の建築が終われば見れなくなる。
名残惜しむように、修羅場を楽しむのだった。
後に思い返して、笑い飛ばせるように。
乗り越えた先で笑えることが一番幸せなのかもしれない。




