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四十四枚目 四つの難題『聖域防衛線』 後編

勇者の伝説がまた一つ刻まれる。

 それは、黒い怨念の塊だった。

 魔力を見ることのできる人間は、その目にこびりつく巨人、いな、怨霊を生涯忘れないだろう、とクラップは言った。


「あれが、黒の森の怨念、その塊……!」


 俺の眼でもわかる。ろくに魔力を見ることのできない目でも、その禍々しさが伝わる。


「実に化け物って感じにゃ」


 はっきり言って、普通の手段じゃ傷一つつきそうにないな、あれ。


「だが、これを乗り切れば後は何とかなるだろ!」


 魔力を剣に込めると同時に、刀身が三メートルほどに伸びる。これでまあ何とか撃ち合うことができるだろう。

 ジャイアントリッチもこちらを認識したようだ。完全に俺を敵として見ている。


「リンクス、クラップ、後ろに下がって援護頼む。できれば強力なのをな」


 そのまま突撃をしようとして、


「あー、待った待った。三十分動き封じるから少し休憩よろしく!」


 次の瞬間、俺の横を誰かが通り過ぎる。その次の瞬間、ジャイアントリッチの体を巨大な槍が何本も突き刺さる。


「大理石の槍……! サポーティアの魔法か」


 さらに相手の顔面めがけて炎の矢が飛び交う。どうやらリリーズが一斉射撃で目をつぶしに行っている様子。


「ロイヤードさぁーん! 右肩の付け根! そこに一撃加えてくださーい!」


 サポーティアのラビィ族の子、クロックが、右肩を指差す。その部分だけが黒の浸食が薄い。

 そこに光の剣を突きこむ。思いのほかあっさりと刺さり、右腕が地面に落ちる。


「おいおい、やけにあっさり落ちたぞ!」

「よかった、あのあたり光ってたから何かあると思ったら……」


 知らんで指差したのか、この子。

 そのラビィ族のこの隣に着地する。


「これからアケノが動きを封じるそうです!」

「何を馬鹿な、と言いたいけどアイツだしなぁ」


 もっともです、とクロックも笑う。


「それじゃ、離脱するぞ」

「はい!」


 そうやってジャイアント立地の足元から急いで撤退する。周辺を見ると、上半身か下半身が存在しないゾンビがゴロゴロと転がっていた。


「なぁ、どうやったんだ?」

「えっと、殴る瞬間に相手の内側を殴る感じでやったらこうなりました」


 どっからどう見ても筋力の無さそうな細腕でこのスプラッターワールドを形成していたのか?


「まだまだ修行が足りなくて、ピンポイントに頭だけ飛ばせなくて」


 なにこの子怖い。サポーティアは本当に常人がいないのか?


「それで、今回どういう作戦で封じるつもりなんだ?」

「なんでも『影縛り』って符を使うって」

「あの時の悪夢が役に立つとは……」


 相手の影に貼り付けることで相手の動きを封じる符だ。相手の魔力や影の大きさによって硬化時間が変わるのだが。


「あの符のせいで俺逃げられなかったんだよなぁ……!」


 酒場に行こうとする前にこれ貼られて連行されたんだよな。加えてあの後もう一つの面白拘束符が飛んできたんだよなぁ……


「あ、『簀巻き』も使うようですね」


 魔力の絨毯でくるんで拘束するガチ拘束用の符だ。逆さ吊りされないだけマシか。


「というわけで三十分は稼げる予定なので、今のうちに休憩を、というのがロイヤードさんへのオーダーです」


 戦いに行こうとしたらこれを使ってください、とラビィ族の子が出した符は『空川コレダー』と書かれている。

 おう、しっかりと休憩しよう。




○ - - - - - - - ○ - - - - - - ○ - - - - - - ○ - - - - - - ○




 すみません、ガス欠です。魔力がすっからかんです。


「死ぬる、あいつに『影縛り』かけるのに『ナイター球場』使って『簀巻き』使ったら死ねる……」


 影を濃くするために『ナイター球場』を使い、さらに簡単に抜け出せないように『簀巻き』まで使った。

 ロイヤードを十分も足止めしたコンボだから十分に効果があるはず。


「やっぱり計算し直したら三十分ぐらいと。ありがとうフェネ君」


 スーツ姿で七三分けのフェネ君がパソコンを使って計算していた。なんかハイテク。

 残っていた魔力を使用したので、今現在私は完全にガス欠、石のタヌキとか木偶の坊とかそういった感じ。

『マジニウム配合』の符を貼ったタンクから水を飲みながら、『アロマの香り』に包まれてひたすら回復に努めている。


「けがした人はこっち、まりょく切れの人はこっちのねっころがりながらゆうがに水のんでる人のところにー」


 リリーズが普通にひどい、間違ってないけど。

 仕方がない、こうなったら見せつけるくらい優雅に水飲んでやる。


 そうやって水を自棄飲みしてたらヒースさんが横に座った。


「残り数時間でこんな敵が出てくるなんて思わないですね」


「ま、サモンリッチの時も同じような感じだったからまたか、とは思ったけどね」


 あの時と違うのは騎士団付きで戦えていることと、市民被害を考えて後退なしの絶対死守を引かなくてもいいこと。

 最終防衛ラインはもっと結界手前に設定している。そこにも『爆導索』をこっそり仕込んである。


「それで、あれを倒す手段はあるのか?」

「何個かあるけど、前回やった手段は使えないと思って」


『超電磁砲』は千果が死にそうになるので避けたいし、使わないと思って準備もしていない。

 私が符を新しく書くという手段も魔力切れのため却下。


「だから、今回はロイヤード、勇者が仕留めるって」




○ - - - - - - - ○ - - - - - - ○ - - - - - - ○ - - - - - - ○




「後方援護のリリーズ以外は全員攻撃準備、敵行動再開まで二十七秒」


 怨霊を騎士団に任せて、こっちはこっちで大型を仕留める準備を整える。


「リリーズ、妖精の眼、起動。攻撃位置は私にリンク、こっちは削りに走る」

「任せた。あそこまで絡みついてる怨霊が多いと一撃で仕留める自身がない」


 妖精の眼で捉えるのは、ジャイアントリッチに絡みついている怨霊、その核だ。


「敵行動開始、一斉射開始!」


 緑色の視界の中に、おびただしいまでの数の光、怨霊の核を捉えている。

 一斉に放たれる雷の矢はすべてがその核を捉える。

 攻撃に対してその場で腕を振り回して振り払うようにするジャイアントリッチ。


「手を緩めないで攻撃を続けるように!」


 ちっとも減らない核の数に辟易しながらもひたすら核を狙い続ける。

 雷の光が、ジャイアントリッチへと大量に降り注ぐ中、ロイヤードが光の剣を構える。


「アケノからもらった奥の手を使うから、正面から意識をそらしてくれ」


 ロイヤードの手にあるのは、二枚の符。それを足に貼り付ける。


「了解!」


 リリーズの位置を調整して左右から挟むように射撃を開始。特に右腕側の傷口に攻撃を集中させる。

 暴れ狂うジャイアントリッチを見据えて、ロイヤードが飛ぶ。

 おそらくだけど、アケノが作った『カタパルト』の符だろう。あんなふうに人間がカッ飛ぶのは、作った本人の実験で見て以来だ。


「最大出力ぅ!」


 ジャイアントリッチの巨体を上回るほどの刀身の剣。それでジャイアントリッチの頭から唐竹割で仕留める。

 その姿は勇者の伝説に出てくるようなものだった。怨霊の黒が払われ、空の青色が目に入るようになる。ジャイアントリッチの体も青空に解けるように消える。


 そして、そのまま地面に向かって落ち、華麗に着陸を決めるロイヤード。


「うん、後世の勇者伝説の一幕になりそうな絵だわ」


 残り時間もわずかで、リッチが消滅したことにより怨霊たちは散り散りになって逃げてゆく。


「それじゃ、気を抜かずに行こう!」




○ - - - - - - - ○ - - - - - - ○ - - - - - - ○ - - - - - - ○




 私は一人、ジャイアントリッチの右腕が落ちている場所へ走っていた。

 私の眼が、あの空へ解けるジャイアントリッチから一つの光がこの右腕に向かっていったのを見た。

 ひとまず偵察だけでも、と思い来てみたところ、落ちた右腕が闇に浸食され、そのまま内側に折りたたまれていく。


「おのれ、勇者め……! まあいい、いずれまた機会はある」


 それが黒い人型を取った瞬間、私はその存在の背後を取り、掌底をかます。

 しっかりと内側に衝撃を届けるように一撃、くの字に曲がる体を見てから、さらにその存在の体中にある光るポイントを殴る。

 最近わかったことだが、その光は相手の急所や弱点など、攻撃を当てたら有利になる点が光っているらしい。


「ガッ! ギエッ! グェ!」


 なので、徹底的にそれを狙う。こういう時にあの本に書いてあった落ちてくる木の葉を拳で打ち据える特訓が役に立つ。

 ひと通り殴った後、胸の中央に強い光が出てきたので、蹴り上げる。


「コォオオオオ……!」


 無意識のうちに出るこの独特な音のする呼吸、どうもこれが出るときは魔力とはまた違った力が出る様子。

 ここ最近、この呼吸が深くできるようになっていて、いつの間にか拳に緑色の光が宿るようになっていた。


 それを落ちてきた人型にぶつける。無論、内側に衝撃を叩き付ける技法でだ。


「ギャバァァアアアアアア!」


 人型の全身が膨らみ、緑色の光をまき散らして破裂した。

 その様子をゆっくりと見届け、息を整えてから構えを解く。この残心というのが結構大事らしい。


 ふと思って、先ほどの呼吸を今度は意識して試してみる。

 全身にみなぎる鼓動と、体から迸る緑色の光。どうやらコツを掴めたみたいだ。


「うーん、後でアケノさんに聞いてみよう」


 事の次第を報告に行こうと思い、この呼吸を維持したまま、私は前線へと戻るのだった。

 なおこの後、アケノさんに見せたところ、フェネ君も知らない謎の力と言われ、アケノさんや宮廷術士のクラップさんに何かよくわからない魔道具を片手に襲撃されるのだった。

 目が血走ってたのでダメージが残らない程度に撃退したけど。




○ - - - - - - - ○ - - - - - - ○ - - - - - - ○ - - - - - - ○




 そして、二十四時間が経過した。あたりに蠢いていた怨霊がその光の力で一掃されていき、代わりに陽の光に満ちた神聖な空気が包み込む。


「終わったか」

「終わりました。これが、『聖域」です」


 フェネ君も脳内でうんうん、と頷いている。


「これで、四つの依頼、オリハルコンの確保、聖域の鍛冶場探し、新術開発、聖域の防衛、全部が終わりました」

「そうだな」

「というわけで経費と報酬をください」


 特にオリハルコンの部分は本気で国を傾けるほど貰わないと割に合わない。


「えっと、勇者に尽くした栄誉」

「それではお腹は膨れないので」


「ま、そのあたりは俺にはあまり関係ないからな、国の連中と相談してくれ」


 それもそうか、とお互いに笑いながら、生きていたことに感謝する。

 そうして、また勇者の歴史が刻まれる。そしてその勇者の陰に隠れて物語は進行する。


「ところで、リンクスはどこ行った?」


そして同時に魔王の伝説も刻まれる。

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