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三十八枚目 準備期間

何事も準備が大切である。

「勇者と、魔王、か」


 光の剣を握り、軽く魔力を込める。淡い光の刃が静かに現れる。

 アケノという女が作り上げた光の剣というのは、その者の魔力の色をそのまま反映させるということだ。


 俺が使ったときは、真っ白な光。宮廷術士の人が使ったときは深い青。そうやって千差万別に色を変える万華鏡。

 グラスに注いだワインを煽る。そのまま胃の腑へ酒精を流し込み、焼けるような感覚を楽しむ。


「つまみも明かりもなしにそんなもの一人で煽ってるにゃよ」


 暗がりから、そっと一人の影が現れる。そいつはそのまま、俺の開けたワインをグラスに注ぎなおして、一気に煽る。


「さすが王族御用達。酒も味が違うにゃ」

「俺としては気おくれするんだがな」


 勇者でなくなった時に、俺は元の酒を楽しむことをできるのだろうか?


「どうしたにゃ?」

「最近、体に流れ込んでくる力が多くなった」

「となると魔王の復活が近いのかもにゃ」


 伝承によると魔王の力が強くなれば、勇者の力もそれに合わせて強くなると。そう文献にあった。


「なあ、リンクス……俺はいつまで人間としていられるだろうかな?」

「それこそ神のみぞ知るにゃ」


 この体に流れ込んでくる力が強くなればなるほど、体の能力は人間を超え、その力に精神が押しつぶされそうになる。


「手厳しい」

「私がやさしかったことなんてあったかにゃ?」


 それもそうか、と笑いあう。なんだか、気が楽になった。


「すまんな、少し弱気になってたみたいだ。じゃあ、明日に備えて寝るか。宮廷術士殿によると、北の大森林のあたりから魔王の力があふれてきているらしい」


 一級の魔術師の占いは、よく当たる。宮廷術士の売らないならなおさらだろう。


「明日から馬車と騎士団に揺られてレマ行きだ」


 今から移動が面倒だと思いつつ、俺はリンクスを追い出して布団にもぐるのだった。




○ - - - - - - - ○ - - - - - - ○ - - - - - - ○ - - - - - - ○




 ロイヤードの部屋を追い出され、私も部屋に戻る。水差しから水を飲もうとして、膝から力が抜ける。


「まだ、まだ早いにゃ……」


 自分自身を抱きしめるように、自分の体の中から現れそうになるものを押さえつける。


「まったく、今までの魔王と勇者もそんな関係だったのかにゃ……!」


 私は一人、その内側からの力を押さえつけるのだった。




○ - - - - - - - ○ - - - - - - ○ - - - - - - ○ - - - - - - ○




「北方都市レマよ、私は帰って来たぁ!」

「やかましいわ!」


 後ろからリリにどつかれる。普通に痛い。


「いやいや、なんかもう実家のような安心感があってさ」


 王都を出発してから三日、ゆったりとした馬車旅も素敵だったが、やはり人間は室内に籠らず外で活動するのが自然。


「というわけで、外の空気サイコー!」

「昨日までベッドに引きこもって一日ぐーたらしていたとは思えませんね、先輩!」


 無言で千果にアイアンクローを掛ける。ギブギブと騒いでいるが気にせず力を籠める。


「さてさて、それじゃあ一応検査のためにチェースト工房に持っていこうか」


 レマクラフトの全力運転とかも試したので、細かい部分も確認しておきたい。

 ゆっくりと街中をチェースト工房へ向けて走っていると、街中をせわしなく走る警備の人たちが多く見受けられた。


「いったい何があったんだろうか?」

「さあ?」


 速攻で串焼きを買って食べているリリ。というか、うちら全員が街に入ると必ず露店で串焼きを買ってるよな、とどうでもいいことを思う。


「で、今回は何の串焼き?」

「ワイルドボア。今日のはあたりかな?」


 そんなことをやりながら、あっという間に工房へとたどり着く。


「お、でかい図体が帰って来たぞ!」

「おっちゃん、全力運転したから点検よろしく!」


 おう、入れろ入れろ、と誘導されるままに車庫へとレマクラフトを納める。納めた横のスペースには、普通の馬車サイズのレマクラフトが建造されていた。


「おう、あれを作ってから王都から注文があってな。サイズを小さくすれば馬でも簡単に動かせるしな」


 これもお前たちが乗り回してくれたおかげだ、と親方は笑う。貴族様方にはせいぜい高値を付けてもらうさ、と息巻いている。


「ところで、なんか街中が騒がしかったけど、何かあったの

「ああ、なんでも魔王の討伐のため、勇者がこっちに来るんだと。おとといあたりに布告があってから街中もう大騒ぎさ」


 街中お祭り騒ぎで、それに便乗した商人たちが盛大に騒ぎだして、さらにそれに便乗した奴らが暴れる。

 その対応に終始追われるという状況であるらしい。


「ああ、そういえばシェーブの野郎がこっちにお前らが来たらギルドに来いって言ってたな。後で行っておけ」

「それじゃあ、私行ってくるわ」


 リリが手を上げて、そのまま工房の外へと向かっていく。


「あ、じゃあ私も」

「貴様は逃がさん。この馬車の心臓部を知る人間がまさか整備から逃げられるとでも?」


 ですよね。筋骨隆々のチェーストさんに首根っこを掴まれ、私はそのままレマクラフトの中へと戻っていくのだった。




○ - - - - - - - ○ - - - - - - ○ - - - - - - ○ - - - - - - ○




「はい、次の奴、早く来ないと後回しにすっぞ」

「久しぶり、どう、元気?」


 なんだわがまま姫か露骨にため息を付かれる。脳天ぶち抜いてやろうかしら。


「伝言聞いてきたのか?」

「まあね、用件は?」


 シェーブがカウンター下から取り出したのは依頼書。全部で四枚、そのすべてが緊急を示す印が押されている。


「緊急指名依頼なんて穏やかじゃないわね」


 依頼人がクランを指名することはよくある。また、この間の王都下水道の時のように緊急招集がかかることもまあ、頻度は高くないがある。


「両方まとめてっていうのは前代未聞じゃないの?」

「ま、これに関してはお前らの名が有名になったってことだな」


 改めて依頼状を眺める。指名クラン名は当然ながら全件サポーティア。


「王家からの依頼、実質的な勅令ね」

「こっちも依頼を受け取らんわけにもいかんし、お前らも拒否権はないな」


 有名になったというか、勇者様に関わったことからだろう。私個人としては悪くないが。


「一つ目、オリハルコンの調達……のっけから殺しに来てる難易度ね」

「まず、量が足りないそうだ。何とか確保できないかということだ」


 人それを無理難題という。一枚目の時点で全力で雲隠れしたい。


「二つ目、、『聖域の鍛冶場』の用意と『神の炎』の確保」

「……『神の炎』は心当たりがあるけど、『聖域』か」


 確認する必要はあるけど、『神の炎』は問題ないはず。問題は『聖域の鍛冶場』だ。

 邪悪なものを一切排した究極の光とも言うべき空間が『聖域』となる。聖域となるような場所自体が少ないうえに、そこに偶然にも鍛冶場がないといけない。


 これはもう駄目かもしれない。


「三つ目、新型術式の開発」


 これだけ誰をターゲットにしてるのか一発で分かる。


「これ絶対にアケノ目当てだよな」

「どう考えてもそうとしか考えられないでしょ」


 ここまで材料が出そろえばわかる。


「これ、勇者のための装備を作ろうとしてるでしょ」

「だろうな。どうやら騎士団が買い集めたミスリルじゃお話にならなかったんだろうさ」


 あの勇者の規格外なところを考えると、それが正解だろう。光の剣でも十分だと思うが、おそらく符が魔力に耐えられなかったんだろう。


「あの『光の剣』だけだと駄目だってことなんだろう。それと古代遺産ではなく今作り上げたもので魔王を仕留めたいんだろうよ」


 公式には古代遺産となっている『光の剣』も立派な現代魔法、しかも符術だ。


「そして四つ目、『聖域の鍛冶場』の防衛」


 剣が出来上がるまでの間の防衛ということだろう。それに極力情報を外に出したくないのだろう。


「まあ、お前に依頼書ごと預ける。ギルド長もできる限り便宜を図ってくれって言ってるからな。助力は惜しまない」

「ギルド長には感謝するって伝えといて。それと、こっそり紛れているこの五枚目の依頼は何かな?」


 その五枚目の内容、それはサポーティア指名でもなく、私単体の指名依頼。


「何々、ギルド事務処理手続きの補助と」

「前回で決着ついたと思ったら今回のこの騒動、ぶっちゃけギルドの人出が足りなくて業務が死にかけてる」


 そっと奥の方を覗くと、死んだ魚のような目をしながら必死に書類を片づけている人たちが何人か。

 加えて裏口から入って来た事務員が、皆に弁当と紫色の小瓶を配っている。


「ねえ、あれってもしかして」

「言うな、俺たちも死活問題なんだ」


 小瓶の中身はいわゆる『元気の出るお薬』だろう、おそらく禁制一歩手前のグレーなタイプ。

 それだけこのギルドも追い込まれているということだろう。 


 いまだこの町の新領主は決まっておらず、早急の決定を求めているが、勇者騒動で王都側のレスポンスも弱い。

 必然的にギルド印が限定的にだが代理統治をおこなっている状況である。

 今までギルドの事務処理しかしていない人たちが、領地関連の事務処理を行うことは可能か?


 答えは、メインどころが元領主の部下が実施すれば何とか行えるということ。


 そのかわり通常ギルド業務と二足の草鞋を履くことになるので、死ぬほどつらい目に合っている、というのが現状。


「頼む、このままだとギルドの業務が完全に停止する。人助けと思ってくれ」

「……わかったから、その死んだ魚のような目をこっちに向けるのやめなさいよ、怖すぎて夢に出てきそう」


 仕方がないので、前回ギルド手伝いを行ったときのようにリリーズを呼び出す。呼び出す人数は総計二十人。


「前回事務処理を手伝った子を中心に集めておいたから。定期的に甘いものを与えること。これはこの子たちの直接報酬だと思っておいて」


 甘味与えないとストライキするかもよ、と釘を刺しておく。


「それは大丈夫だ」


 手には甘草の茎や甘草を煮詰めたシロップ、またはそれで作ったお菓子や水あめなど、甘味が大量に準備されていた。


「この通り、準備は万端だ。早速だが、頼む」


 おー、という声を上げながら事務所内に入っていくリリーズ。作業を知っているリリーズに、作業が初めてのリリーズがついて作業する。


 これで明日には参加させたリリーズ全員が事務作業できるようになっているだろう。


「じゃ、私はこれで。ちゃんと休みなさいよ?」

「おう、やっと、休めるぜ……」


 その言葉を最後に、シェーブが崩れ落ちる。そのシェーブを四人がかりでどかして、リリーズの一人が受け付け席に座る。


「つぎのかた、どうぞー」


 そのまま業務を引き継ぎ、ギルド窓口としての対応を始めだす。

 頑張るのよ、と声を掛けると、はい! と元気な声で返してくる。堪えに満足しつつ、私はそっとギルドを後にすることにした。


倒れるときは計画的に倒れましょう。

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