三十六枚目 王都の休日 後編
休日とは、心休まる日であってほしい。
「結界術式起動、『ここをキャンプ地とする!』起動、と」
王都から少し南に離れた平原、そこに私は『ここをキャンプ地とする!』を使って結界を張る。
非常にのどかだ。王都を出るときに尾行してきたと思われる存在は、今頃符で作った偽物、『馬鹿め! そっちはダミーだ!』によって東の方へ誘導されているだろう。
なので、思う存分羽を伸ばせるわけなんだが、
「ねえ、フェネ君、そろそろ話してもらってもいいよね、楔について」
横で果物を齧るフェネ君に、私は問いかける。
軟風が私たちの間を通り過ぎる。お互いに無言だ。聞こえるのは風と、遠くで鳴く鳥の声。
「私の体をこんな風に改造してさ、各地に『抑えの結界』なんてのを打ち込んでさ。一体全体何が目的なの?」
フェネ君は顔を上げない、けど、知れば戻れなくなると言わんばかりに、首をそむけた。
「今の段階でも十分に引くことはできないからさ。それだったら、せめて知っておきたいんだ」
フェネ君の頭をなでる。それをくすぐったそうにして私の首元まで登ってくる。
そして、二人の体は融合した。
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今日も今日とておさんぽ。王都の中はレマの街とちがって、人がいっぱい。でも、みんながいっしょうけんめい生きているのは変わらない。
「南から来たカカオン豆だよ! こいつが滋養強壮、戦う男に欠かせない薬だよ!」
「恋人や家族にこのペンダントはいかがかな!?」
「さあさあ、勇者を助けたクラン・サポーティアの活躍が書いてある瓦版はこちらですよ!」
うん、みんなげんき。手にした飴を舐めようとして。
「いただきっ!」
横から男の子が私の手から飴を取って走って行った。
お姉ちゃんから「大切に使いなさい」って、もらったおこづかいから買った、大切な飴を。
―――ゆるせない。
おしえてもらった通りに足に魔力をこめる。いちにのさん、で走る。
ばごん、という重い音がして、わたしのからだが前に押し出される。ふだんはかんじない空気の重さをかんじる。
やけにおそく走っているどろぼうの子をぜんりょくでおいかける。
「えっ!?」
男の子が声をだしたときには、わたしはもうその子のとなりにいた。
飴を取りかえし、さいきんれんしゅうしている声をちゃんとだすことをじっせんする。
「どろぼうはいけないよ?」
お姉ちゃんやゆうれいの先生が言うには、バンシーの声は発するだけで魔力が乗るらしい。
だから、わたしはあまり声を出さなかった。お姉ちゃんには声を出さなくても通じるし、みんなも同じで魔力をだせば言いたいことは伝わってる。
だけど、しゃべらなくてもいいわけじゃないから、こうやって、ときどきれんしゅう。
「うわっ、うわぁぁぁああああ!!」
あれ、おかしいな? 男の子が泣きさけびながら走っていった。
『姫様、前より加減はうまくなりましたが、あれはリリ様たちの魔法防御の力が強いから成功するのです』
ゆうれい先生がでてきて、おしえてくれる。つまり、どういうこと?
『あの人たちに成功しても、普通の人には刺激が強すぎるのですよ、姫様のお声は』
むぅ、またしっぱいかぁ。
『レマの街と合わせて通算七敗目ですな。もうすこし頑張りましょう』
『めざせ、ふつうのおともだちできるかなけいかく』の道のりはけわしい。
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「お、そこの姉さん、面白い話があるんだ、酒場で盛り上がるいい話題がさ!」
朝起きたら全員がいなくなっていたので、仕方なしに遅めの朝食をギルドの食堂で取っていると、正面に子供が一人座って来た。
「ま、お代は聞いてのお帰りってことで、少し話に付き合っておくれよ」
ま、こういう稼ぎを生業にする子供もいる。面白ければ小遣いでもあげよう。
「じゃあ、今日出会ったばかりの話なんだけどさ、ギルドから南に向かう目抜き通りがあるだろ?」
基本、王都はどこにでもすぐに迎えるよう、各地区と南の中央広場を結ぶ目抜き通りで構成されている。
そこから網目状に細かい路地が入る形で、王都という町が構成されている。
「それでよ、いつものように北の目抜き通りをカモを探していたんだわ、って、頼むからそんな物騒な目をしないでくれよ!」
まあ、今は問うまい。
「そんな時だ、あの女と遭ったのはさ」
「あの女?」
「ちょうど俺と同じくらいの女の子だ。なんとなくだけど白いお嬢様って感じだったな」
それだけ言うと、男の子が少し震える。
「そいつの手にはなかなか美味そうな飴があってさ、ちょいとちょろまかそうとしたのさ」
それ自体は簡単だったさ、手から素早く抜き取って、一目散に逃げようとしたさ。
自信満々といった感じに手口を語るが、表情は青いままだ。
「大体走り出して七秒くらいかな、後ろから何か恐ろしいものが迫ってくるって感じたのは」
……なんだろう、何か、嫌な予感がする。
「その直後に地面が砕ける音が聞こえて、振り向いた瞬間にはその女の子が真横にいてさ、こう言ったんだよ。血も凍るような声で、『ドロボウハイケナイヨ?』ってさあ!」
いつの間にか周りで話を聞いていた男たちが男の子の前に銅貨を積んでいく。
なかなかに鬼気迫る感じが評価されたのだろう。
「なかなかいい話だったろ、信じてもらえねえと思うけどさ、これ実話なんだぜ」
……そんなことが出来そうな女の子を一人、知っている。でも、その子はバンシーなので『女の子』ではないだろう。
「ま、面白かったわ。泥棒やめて、この話で稼いだお金で真っ当に生きてみるのも悪くないと思うよ」
「毎度あり、ま、俺も殺されたくないしな!」
ピアにこの話をしたらどんな反応をするだろうか、今度試してみよう、そう思いながら、ギルドの掲示板に私は向かった。
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「うぉーい、タロ、ジロー! どこ行ったのー?」
二日連続の散歩に連れて行こうとしたところ、あの二頭がいつの間にか姿を消していた。
昨日はしっかりと厩舎で休んでいるように言っておいたから、勝手にいなくなることは考えにくい。
宿屋の人が勝手に放した可能性もあるが、あらかじめ説明しておいたのでそこら辺はきっと大丈夫なはず。
「ひえああああ!」
……きっと大丈夫じゃない事態が発生していると思う。
厩舎から外を見ると、身なりのいい男がタロジロに威嚇されていて、周囲には幾人の男たちが死屍累々と言った感じで倒れ伏していた。
そのタロジロの体には数本のロープが巻き付いていたが、まあ、彼らを拘束するのには足りなかったのだろう。
「どうしましたー?」
「ど、どうしたもこうしたもあるか! あの化け物どもが私を襲ってきたのだ! ほ、褒美は出すからた、退治してくれ!」
……んー、どうだろ?
「くそ! こんな猛獣を街中に入れるなど、やはり冒険者は野蛮だ!」
「おいでー、タロジロ!」
声を掛けると、男に向けた威嚇を解いてこっちに走りこんでくる。で、そのまま私にダイブ。
「よーしよしよし!」
その様子に、威嚇されていた男も唖然とした表情を浮かべている。
「どーした、人間相手には正当防衛しか許可を与えてないけど、何されたー?」
それぞれの額部分に私の額を合わせる。こうすることでゴーレムの見聞きした内容が私の頭の中に入ってくる。すごい便利な機能だと思った。
「ほうほう、あの男の人たちがようやく生えそろった毛皮で立派な絨毯を作ろうとしていたと。それで縄を掛けられて剣を向けられたから、と」
うん、ギルティ。
「な、何をでたらめなことを! そのケダモノと貴族たるこのビレンツ男爵の言葉とどちらが信におけるかなど一目瞭然だろうが!」
「いや、この子たちゴーレムだし」
そういった意味合いでは半生物化しているけれどもこの子たちの方が信用における。
「まあいいや、それじゃあ、ご迷惑をおかけしました、貴族様。何やらあなたに話のありそうな方が後ろにおりますので」
その言葉にビレンツ男爵が振り向くと、やはり身なりのいい男の人が立っていた。心なしか男爵の顔が青ざめているようにも見える。
「ご配慮痛み入ります、クラン・サポーティアのチカ・ワタラセ様」
「様付けで呼ばれるほど大層なことはしてないつもりなのですが……後のことはお任せしてよろしいのでしょうか?」
「ええ、昨日の件も含めてこちらで話をつけさせていただきますので」
彼の言葉をきっかけに、警備隊と思しき人たちが倒れている男たちを手際よく拘束していっている。
これなら大丈夫そうだと一礼し、私はタロジロと共にいったん宿に戻ることにする。
厩舎に戻ってから、一通りなでた後に、二匹をお座りさせて、言い聞かせる。命令ではないのは生物に近くなっているためだ。
「もう、じゃれるときは手加減しないと……ちょっと待って」
タロジロが寝床にしていた藁の中から何かが出てくる。ちょうどタロジロを半分にしたようなサイズの犬が二頭。
「そうか、お前たちはこの子たちを守りたかったんだなぁ」
そう考えると、攻撃性を高めていた理由が分かる。
「これってさ、新たな種族の誕生になるのかな?」
まあいいや、後でリリ先輩に判断してもらおう。もうしっかりと立てる様子である。
なお、子犬をめでようとして手を伸ばしたが、タロの前足ではたき落とされた。おさわりはまだ早い様子だった。
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「うん、ありがとうフェネ君。これで謎が解けた」
脳内花畑の中で説明された内容を反芻し、自身の脳味噌に落とし込む。
まさか、結界の話が魔王と勇者、それどころか世界の成り立ちにまで影響しているとは思わなかった。
あんな大森林で巡り合えたのはおr互いの幸運だけど、あの場にフェネ君がいた理由もわかった。
同時に、私や千果の召喚された理由もフェネ君から語られてはいないけど、推測することができた。
「うん、これで疑問も解けた。だから、約束は守るよ」
いや、約束していなくても、結果として巻き込まれていたかだろう。
「謝らなくていいよ、これが最善の手段で、先代魔王との約束なんでしょ?」
いや、盟約というべきか。
「うん、怖くないといえば嘘になるけどさ」
手をゆっくりと伸ばす。
「それでも、怖くないよ。だって、皆一緒だからね」
フェネ君を首元に乗せる。目を閉じて、息を整える。
「じゃあ、行こうか? 明日は最後の楔を打ち込んで」
私は目を開く。花畑ではなく、現実の視界を取り戻す。
「魔王を、完全に復活させよう」
そして、休日は静かに終わっていく。




