三十五枚目 王都の休日 前編
アケノがヒーコラ言っている間、リリ、フィアナ、クロックは何をしているのでしょうか?
「結界術式起動、『ここをキャンプ地とする!』発動……っと」
王都地下下水道の大広間。大体王都中心から南側に離れたあたりにある子kの場所で私は『ここをキャンプ地とする!』を敷く。
全身からかなりの魔力が抜かれる。小規模ならいいんだけどさすがにしんどいこれ。
「フェネ君、これでいい?」
フェネ君も何かの作業をしていたらしく、やや疲れ気味の様子。楔とはいったい何なのだろうか?
「残り二つ、その楔を打ち終えたら話す、ね」
王立図書館で魔法に関することを調べたとき、この陣に似た結界、その名も『抑えの結界』なるものを発見した。
どうも王城の地下にあるらしいのだが、今は機能していない模様。それに、正式な陣の文字は遺失しているらしく、記載内容も欠けたものが記載されていた。
なので、こっそり正式な陣を描いた紙を挟んでおいた。
「まあ、あれだけじゃ起動できないし、だれも見ないでしょ、ねぇフェネ君」
フェネ君は何も言わない。ただ干しぶどうを齧っている。
「今頃みんなはどうしてるかなぁ?」
私が結界を張りに歩いている間、皆は王都をそれぞれ散策するようだ。
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ひじ打ち、裏拳、正拳、膝蹴り、中段蹴り、体に染みつけた動きを確かめるように巻き藁に向かって技を放つ。
ここ最近ずっと感じているのは私には、筋力が足りないということ。荒くなった息を整え、拳を構える。
ラビィ族は、獣人種の中で筋力が秀でているわけではない。その生まれ持つ異能をもって生きる種族だ。
だから、大抵は弓矢であったり素質ある人は魔法であったりと、近接戦闘をする人は少なかった。
少なくとも、私の住んでいた村では一人もいなかった。
「この符だけじゃだめだよね……」
前回の戦いで『反応装甲』を手甲に貼って攻撃をしたが、こうでもしないと攻撃力を稼げない。
だから、そういったものがないと私は戦うことが難しい。だからこそ、何か私だけの戦闘能力がほしい。
「しかし、異世界の拳法書なんて言ってるけど、結局これ本物なのかな?」
五年ほど前、冒険者駆け出しの私が手に入れた本。その厳しすぎる内容に誰も修行を成し遂げることが出来ず、郵便配達の依頼料の足しに受け取ったそれ。
書いてある文字はわからないが、風景をそのまま切り取ったかのような絵の載ったそれを私は眺めていた。
「濡れた麻紙の上に微動だにせず立つ、指先の一点に気を集中させて岩を突く、手のひらを壁に密着させた状態で力を入れて、壁の向こうにある的を壊す……」
五年でなんとかこれらを形になるまで鍛え上げることはできたけど、
「一撃必殺には程遠いからなぁ……」
今は地面に立てた棒の上に、左足の親指だけで立つという修行法に挑戦中だ。少しでもバランスを崩すと倒れてしまうが、今のところ問題なし。
次はこの隣のページに載っている、遠くの的に対して拳を振るって破壊する技に挑戦しよう。
昔から何度やってもうまくいかないけど、最低限これくらいできるようにならないと。
左足から右足に入れ替えて、私はしっかりと呼吸を整えた。
それからみっちり三時間ほど訓練を重ねる。残念ながら、的を揺らす程度しかできなかった。
訓練を終えて酒場で簡単な食事をしていると、訓練所に拳聖が現れたと、ある冒険者は語った。
その話を聞いた私はその人物に会ってみたいな、と思うのだった。
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「ああ、勇者よ! 私が命を懸けて古代遺跡より持ってきたこの光の剣を使い、かの邪悪な魔物を退治してくださいまし!」
「助かった、勇者の名に懸けて君と世界のため力を振るおうではないか!」
現在地店、王都劇場。演目、勇者ロイヤードの伝説・王都編。
「こりゃフィアナ連れてこなくて正解だったわ」
はっきり言おう。事実を知る私だからこそ、滑稽に見えて仕方がない。
「大体アケノと私が勇者の愛に報いるために戦うことになってるのよ」
大まかなストーリーとしては、私とアケノ役の人が魔物に襲われているところを助けられ、チカと思しき人物から魔物が地下に潜んでいると啓示を受ける。
戦いの準備をしながら勇者たちとラブロマンスを繰り広げた後、勇者からの愛に報いるため魔物と戦っているところをさらに勇者が助ける。
鳥肌が立って仕方がない。
「純然たる第三者なら楽しめただろうけどさ……」
王家からの褒賞の一つに劇場招待券があったので、行かないでいるのも悪いと思い今に至る。
数合わせのために出しておいたリリーズも騒がない程度に遊んでいたりしている。
「司令官、終わったらどうするの?」
「とりあえず思ってもいない歯が浮きそうなくらい甘い美辞麗句を主演者に言ってから何か甘いものでも食べましょ?」
リリーズの中で即座に会議が行われ、満場一致で賛成と声を上げた。
その間、わずか三十秒の出来事だった。
リリーズたちの歓声が上がると同時に、舞台上ではクライマックスのキスシーンが繰り広げられていた。
「早く終わればいいのに」
私は一人、ため息をついた。
「まったくにゃ」
いつの間にか隣にはリンクスが座っていた。というか神出鬼没だなこの子。
「王都の警備隊がこんなところで油売ってていいのかしら?」
「ま、これも一種の護衛と思ってくれるとうれしいにゃ」
ため息をつきながら、売店で買ってきたであろう菓子を摘まんでいるリンクス。
「勇者のお付きは大変かしら?」
「まあね」
今までの行動から考えても、こいつは王都の警備隊ではない。しらを切るかと思ったけど、存外素直に認めた。
「隠す必要もにゃいしにゃ。ねえ、ハートラ家の鬼才さん」
「隠してるつもりないけどね」
ギルドの登録名もしっかりとフルネームだ。別に隠していない。苗字を言っていないだけだし。
「ま、お互い振り回される立場だし仕方がないわね」
「そういう星回りにゃ」
お互いに、小さく笑う。舞台はいつの間にかカーテンコールを迎えていた。
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外の喧騒が遠い。目の前にあるのは、一冊の本。
タイトルは『勇者リードの冒険』という、冒険物。
「……」
今日はピアもトライもいない、純粋に私一人だ。だから、たまにはこういう休日もいいだろう。
王都図書館の中は静かだ。程よい明かりと、静かな環境。本を読むのに最適な環境。
南の方から入って来た飲み物、コーヒーという物を嗜みながら読書。従士時代からの贅沢。
「おい、そこの女」
ふむ、よくある勇者物をコミカルに描くとは、かなり度胸のある作者だ。勇者リードといえば武勇にはすぐれないけど、魔法の才に恵まれた勇者と聞く。
その勇者を呪文適当に唱えたら魔法出たという謎なキャラ付けをし、のちの結婚相手である王女にセクハラ三昧だったとか、当時の本人が見たら怒りそうだ。
「聞いているのか! そこの下賤な女よ!」
とりあえず視線を向けると、豚のような男が立っていた。
「何かご用でしょうか?」
「貴様、サポーティアの女だな」
あ、すごく面倒臭い予感。
「私はビレンツ男爵という。貴様らサポーティアに私に仕える栄誉を与えてやろう」
さて、続き続き、なかなかに独特な文章だけど読んでると癖になる。引き込む文章とでも言うのだろうか、こういうの。
コーヒーに手を付けようとして、その手が払われる。その勢いでコーヒーが本に掛かる。
「人の話を聞け、平民風情が! 跪け! 貴様らの下賤な血を我が男爵家に迎えてやるという栄誉が分からんか!?」
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「ところであんたのところの従者だけどさ、あれなんなんにゃ?」
「何がー?」
現在は劇場近くのオープンテラスカフェで優雅にお茶を楽しんでいる。無論、リンクスも話し相手として座らせている。
「一応私たちも精鋭なんだけど、遠目で視線向けただけで反応するとか正直異常にゃ」
おかげで遠見の魔法を使って監視することぐらいしかできないって嘆いていたにゃ、と紅茶をすするリンクス。
「ああ、あれは従者の家系に生まれた麒麟児、というか化け物」
私も紅茶を一口飲み、お茶請けの菓子を齧る。
「初代のドライ・ハートラを知る先々代従者から、その才能を見込まれて持てる技術をすべて叩き込まれた、言うなればエリート従者」
爺様は特に厳しい人で、礼儀作法から戦場の作法まで、ありとあらゆることを叩き込まれた。
「でも、一番怖いのは、彼女が怒った時」
今でも思い出す。
子供のころ、家を抜け出して森に入った時、ゴブリンの集団に囲まれてしまったことがあった。お互い武器もなく魔力も尽きたときた。
「その時、私がゴブリンに殴られたのね。で、それでフィアナが切れた」
その場にいたゴブリンを素手で叩きのめし首の骨を折って絶命させる、なんてのは序の口。
手刀で腹を抜き、内臓を抉り出す、首を掻っ切る、骨という骨を折る。
「気が付いたら辺り一面ゴブリンの血で染まってた」
で、それを見て私が気絶してね、と笑う。
「あとで理由聞いたら、『私の友達を殴ったんだもん』って、怒った理由を言っていたけどさ」
そのことは非常にうれしかったけど、同時にその赤く染まった世界を思い出してしまう。
あれ以来怒らせないように努めてきた。まあ、フィアナ自身もその性格を表面上しっかりと整えられたので、あの悪鬼羅刹が出てくることもなくなった。
「ああ、平和だなぁ」
○ - - - - - - - ○ - - - - - - ○ - - - - - - ○ - - - - - - ○
「それで、何か言いたいことはございましょうか?」
「う……うああ、ば、ばかな…………」
地面にはいつくばる男爵様に槍を突き付け、宣言する。
あの後別の貴族、おそらく勇者と王族の息のかかった人物がやってきて私たちとの間をとりなそうとしたが、相手の男爵は聞く耳持たず。
「だったら力づくで言うこと聞かせてみてはどうでしょう」
穏便な提案を行い、男爵の配下二十七名と私一人での決闘を開始。
結果は、今この図書館前広場に転がる瀕死の兵隊が物語っている。
「……いけない、つい激情に流されました」
最初は気絶させる程度で済まそうと思ったけど、あまりにも下種だったので、つい本気で再起不能一歩手前までやってしまった。
「……おい、あれ……」
「サポーティアの、投槍使いだよな」
「近接でもあれだけ強いのかよ……」
よく見ると周りに下水道で仲良くなった人たちもいた。笑顔で手を振ると、皆引きつった笑顔を返してくれた。なぜだろうか?
「では男爵様、先ほどの本の補修費用の支払いと、この件の迷惑料についてはギルドの方へお支払いをお願いします」
それじゃあ、後は任せました、と仲裁役の貴族様と、王都警備隊、いや、王族直轄の影の部隊の皆さんに目を向けて言う。
「さて、午後からどうしましょうか?」
ほんの少しだけ血の付いた槍を布でぬぐいながら、私は午後の予定を立てるのであった。
明日もアケノがヒーコラ言っている間にほかの人たちが何をしていることやら。




