三十二枚目 王都アンダー下水道
地下探索は冒険者のロマン。
「すでに潜り込んでるとしたら、どういう可能性が考えられるかな?」
「楽観的なのと悲観的なのとどっちを聞きたいですか、勇者様」
「悲観的なので頼む。ついでに敬語と勇者様は不要だ。名前で呼んでくれればいい」
勇者様もといロイヤードがお茶を一口すする。私も同じく一口飲んでのどを湿らせる。
「ま、最初に説明すると、あっちで子供たちと戯れている仲間の言葉を細くするけど―――」
とあるゲームにて、乾燥地帯に生息する巨大アリを退治するという内容の戦いがある。
無論、アリなので地下に巣を作っている。千果にいる女王アリを倒せばその話は終了なのだが、恐ろしいのはここからだ。
「そのアリを倒した皇帝に付着したわずかな卵が、都の地下で何百年もかけて繁殖。最終的には人に卵を植え付けて、人をアリに変えてしまうということがあってね」
いや、話しかける人話しかける人がアリに変化して襲いかかてくるのは本気で怖かった。
「そ、その、アリはどうなったにゃ!?」
顔面を蒼白にしたリンクスさんが問うてきたので、答える。
「その時の皇帝がきっちりトドメ刺してたから大丈夫、なはず」
「つまり、最悪な想像というのが、その内容に当たるのか……」
さしものロイヤードもやや顔色が悪い。
「くそう、なんでこんな面倒なことが舞い込むんだ……!」
聞かなかったことにしよう。
「まあ、一番最悪な予想はそうなるけど、トカゲだから卵生で植え付ける習性とかないはずだから、あくまでも最悪だけど」
あからさまにほっとしている二人。
「でも、奴らのコロニーができていて、そのあたり一帯が完全に占拠されてるってパターンも」
「わかった、最悪な想定はもういい! 一番怪しいのは地下なんだな?」
勇者様は最悪な想定が苦手なようです。
「確かに、地下なんかが分かりやすいね。下水道とかそういうところ」
まさしくセオリー通りというべきか。
「ここ最近でそういう噂とかないの?」
「あんまり聞かないにゃあ」
少しでも噂があればそこを中心に探すことはできるけど……
三人そろって頭を抱えていると、リリが横に座る。
「勇者様、私たちを雇わない?」
なんか、爆弾を放り込みに来ましたよこの人。
「騎士団を準備するにも時間が必要でしょ? 先行して私たちが偵察して、本命を勇者様が仕留める。どう?」
人を動かすってお金がかかるからね。仕方ないね。でもその騎士団を動かすお金をさらっとこっちでもらおうとするあたり、リリもしたたかだと思う。
「たしかににゃあ、騎士団動員して空振りってことを考えるとここで冒険者を使うのもいい考えかもにゃあ」
「君のその小さい連中を動員すれば見つけられるかもしれないが、危険じゃないか? それに王都地下は広いぞ?」
「子供みたいと思うだろうけど、結構強いよこの子たち? ある程度の時間は仕方がないと思うよ?」
やられても魔力に戻るだけだからある意味で死なないし。リリが明かしてないから言わないけど。
「ま、サポーティアは裏方のクラン。報酬次第で頑張り度合いが変わるよ?」
まあ、メイン探索はリリーズだから、リリのテンションでだいぶ変わるだろうさ。
「わかった、いいだろう」
「じゃあ、依頼料の交渉をするにゃ」
リリとリンクス、ロイヤードさんに案内され、奥に引っ込んでいく。私は残ったお茶を、一気に飲み干した。
○ - - - - - - - ○ - - - - - - ○ - - - - - - ○ - - - - - - ○
そんなやり取りを行ったのは三日前。
地上に比べて生暖かく、湿気が多く、鼻が曲がるような臭いに包まれての探索が続いている状況。
「見つからないわね、ピア」
ピアも鼻を抑えながら周囲を見渡している。
実体化していないから臭い感じないはずだけど、まあ、可愛いから深く突っ込まないでおこう。
『まったく、なぜ我がこんなどぶに顔を突っ込むような真似を……』
トライが文句を言っているが、彼は彼で重要な役割がある。
「追加報酬上乗せがあるから、浄化の炎で焼きながら進まないと」
『本当に果物の追加一か月なんだろうな』
意外にちょろいとか思ってはいけない。コケや溜った汚濁を焼き払うようにして進む。
炎を使いながら進むことにアケノ様は危険視していたが、魔力で燃やす炎なので酸欠などにはならないことを説明すると、納得してくれた。
今頃別の場所探索の最中、狐火で焼いて浄化しながら進んでいることだろう。
「えっと、定期連絡、『こちら異常なし』送れ」
もらった符の中にある相互連絡用の『こちら異常なし』を起動する。緊急事態には『緊急招集』の符を使うことで決めている。
「しかし、王都の地下下水道は広いね」
この間の領主館地下も結構広かったが、これは王都全域に広がっていることを考えると、面倒なことこの上ない。
それに、
「おう、お疲れ様」
「そちらこそ、どうでしたか?」
「いや、こっちは空振りだな。まったく、地下は広いな」
そう、この依頼はサポーティアだけでなく、王都の冒険者たちに緊急招集がかかることになったのだ。
「そっちはどうだい?」
「空振りですけど、浄化しながら進んでますので」
「おお、いい稼ぎになるな、それ」
しばらく別クランの人と話をしてから別れる。
「さて、リリ様はどうしているか……」
○ - - - - - - - ○ - - - - - - ○ - - - - - - ○ - - - - - - ○
「第七班から十五班、目標地点までの掃除完了。現在帰還中です」
「帰還完了次第、十六班から二十五班と交代。ひとまず地図を埋めること優先で」
適度に休憩をはさみながら、三交代制で制圧をしていく。
「えっと、リリ先輩、いいんですか? 私まだ何もしてないですけど……」
休憩中のリリーズに飲み物を配っているチカが聞いてくる。
「いいのよ。むしろある程度範囲が絞られてからが仕事だからしっかりと休んでおいて」
彼女の仕事は、闇雲に探す段階ではまったくない。
ある程度範囲が絞れた後に、その鼻を使って探知するという最終確認のためにある。
とはいえ何もさせないのはさすがにあれなので、リリーズの世話をさせている。
「確かに、下水道の臭いってきついからあまり長時間は居たくないなぁ」
犬の嗅覚がものすごいことはアケノからも聞いている。
なんでも人間の約一万倍というでたらめな数値を出しているらしい。どうやって測ったのかは知らないが、
そんな鼻をチカは持っているとのことなので、それはデリケートに扱わなければいけないのだろう。
「さて、第七班たちがそろそろ戻ってくるから次の準備、皆急ぐ!」
「はーい」
「おー」
気の抜けるような声で掛け声をあげるリリーズ。現在は探索開始から四日目。ギルドの地図でも未踏破の部分が少なくなってきている。
「さて、張り切っていきましょうか!」
○ - - - - - - - ○ - - - - - - ○ - - - - - - ○ - - - - - - ○
「おかしい」
「どうしたアケノさん?」
探索開始から五日目。トカゲの気配はない。
「見つからないことがおかしいんじゃないの」
そう、あくまでもあの予測はありそうな内容を言っただけである。だから、実際にいなくても問題はない。
「地図も大分埋まったはずなのに、あれを見かけたって話を全然聞かない」
「あれって?」
周辺のクランやリリ、フィアナにまで聞いたのに、いないという話。
「ネズミとか、小動物全般」
こういった地下は人間に邪魔されない環境になるため、そういった小動物が住み着くのにはもってこいだ。
「それって、下水道が清潔ってことなんじゃ」
「それはない。どんなふうにしていても、奴らはこういったところで繁殖するから」
やや偏見が混ざった発言だけど、まったくの根拠がないわけではない。
「今さっきから下水道地図に『生体検知器』って符を貼って、生物を探しているけど人間くらいの大きさの物体しか反応しないの」
生き物がいれば地図に光点を表示させて反応するようにした符なのだが、小動物系の小さな反応を確認しようにも検出されない。
そのうえ、未踏破の部分にも現れないのだ。
「アケノさん、今思ったんですけど、あいつ等って人間に完璧に擬態しているって話でしたよね?」
「そうだけど……」
「擬態した人間がギルドに出入りして、地図を見て動いているんじゃ……」
うかつだった。その可能性を忘れていた。
「それと、冒険者の中にもそのトカゲが潜んでいれば嘘の報告だって……」
「……『緊急招集』の符を使うわ。話を聞かれないためにも、ここに全員集めよう」
「わかった」
『緊急招集』の符に魔力を通す。赤い光を一瞬はなって燃え尽きる。これで全員にこの場所が伝わったので、会場の設営に入る。
えっと、あんまり長居したくないけど、まずこの臭いを何とかしないと。
符に書きとめる言葉は『浄化』『消臭』『除菌』『立入禁止』の四枚。
一気に魔力を通し、このあたり全体を一種のセーフゾーンにする。結界の範囲内は水はまるで清流のようにきれいで、臭いもなく、悪性病原体も居ない。
元が下水道ということを除けば好立地だろう。
「それでも住みたくはないけどね」
「同感だわ」
さて、みんなが集合するまで大体三十分か。少しだけ歩き回って疲れた体を癒しておこう。
でも下水道は少し嫌だ。




