二枚目 サバイバル生活のすゝめ
森をさまよう20代。
緑色の世界、それはどこかの森の中といった感じ。
「なんですと?」
混乱しながらあたりを見渡す。森が広がっている。足元も草が生い茂っている。そして自分の格好を見る。
動きやすいよう選んだいつものパーカーにショートパンツ、頭にはお気に入りの白い大き目のベレー帽。腰にはポーチも巻いてある。
すぐ近くに水たまりがあったので覗き込んでみると、
20代とは思えない155cmのやや小さめボディに肩までかかる髪、そして幼さが残る顔立ち。
うむ、いつも通りだが何がなんだかさっぱりわからない。
そして右ももには先ほど入手したカードホルダー。
「夢だけど、夢じゃなかった系?」
現実からフライアウェイしたい気持ちを抑えて、あたりをさらに確認する。
見通しが悪く、若干じめじめした感触。そして、足元には、
「きつね?」
何かモフモフした白っぽい物体が一匹。銀色の毛でできた毛玉といった感じか?
「注目の、鑑定結果は!?」
小声で叫ぶという技術を駆使し、鑑定魔法を発動させる。
『フェネク幼体 魔獣族フェネクの幼体。 状態・懐き』
どうやらキツネっぽい生き物はフェネクというらしい。そしてどうも懐いているっぽい。
試しに撫でてみると尻尾をピコピコ振っている。そしてそのまま私の体をよじ登って肩に乗る。そしてそのまま首に体を擦りつける。マーキングだろうか?
「まあいいや、とりあえず道か何か探さないと」
だが、かわいいもの好きの女の子が見たら卒倒しそうな光景も私には無関係だ。でも頭は撫でておく。
「行こうか、フェネ君」
名前を付けると愛着の元になるが、ひとりだと心細いのでついてきてもらおう。そのまま森の中を適当に歩く。
「ところで、フェネ君は街道とか森の出口は知ってる?」
その言葉に首を振るフェネ君。ふむ、知能は高そうだ。
「じゃあ、森の中心はどっち?」
前足を右側に振るフェネ君。なるほど、彼が正しければ左に行けば出口ということか。
なら左に進もう。フェネ君を撫でながら一歩踏み出そうとすると、木の枝から何かが降ってきた。
ゲル状のそれがうねりながら形を作る姿を見て、ゲームでよくあるあいつの名前を連想する。
「スライム!?」
と、とにかく素手の私では分が悪い。何か武器を、と思ったときに先ほど作りまくった存在を思い出す。
カードホルダーからカードを取り出し、手前に構える。何のカードかも見ていないのに、唱えるべき言葉は浮かぶ。
「ファイア!」
声と共に現れる火炎放射。思った以上に強い勢いで少し引いてしまう。
「GYAAAAAAAA!」
スライムらしき物体が炎で焼かれ、そのまま黒ずんだ塊になる。動く気配もない。
「えっと、勝利?」
フェネ君が頷く。ちょっと和んだ。
「ともかく、注目の鑑定結果は!?」
『スライム結晶。スライムを高温で処理した際に出来上がる結晶。武器に加工できる』
やはりあれはスライムらしかった。スライム結晶を拾い、ポーチにしまい込む。
「とりあえず、静かに行こう」
何かもっとヤバいものが生息している可能性も否めないため、警戒して進むことにする。
しかし、スライムなんて現実でどこにも生息していないはずだ。現状がものすごくヤバい予感がする。
「前途多難、なのかな?」
首を傾げるフェネ君を撫でる。和む。
ともかく、そのまま歩き続ければ、何か新しい発見があるかもしれない。できる限り気配を殺しながら進むことにした。
○ - - - - - - - ○ - - - - - - ○ - - - - - - ○ - - - - - - ○
人間が生活するにあたって必要なものは結構あるが、最低限必要なのは食だろう。
文化的な生活をするのであればそこに衣を加えて、安全を求めるのであればそこに住が加わる。こうして人はその三つを束ねて文明を作り、一つの集団として生きる。
何が言いたいかというと、
「フェネ君、これは食べられる?」
目についたところに生えていた地味な色のキノコを見せると首を振った。次いで真っ赤なキノコを見せると首を縦に二回振る。和む。
このように、食の問題はフェネ君が居るおかげで何とかなっている。次いでの問題は住というか安全な場所の確保。
森を抜けるという選択肢を取っている以上、どこかの洞穴を拠点にして、という戦術を取ることができない。できたとしてもそんなサバイバル真っ盛りの暮らしは御免被る。文化的な生活がしたい。
森の陰から見える光が夕日色を帯びてきた。そろそろなんとかして今夜を安全で過ごせる場所を確保しなくては。
そう思った瞬間にフェネ君が方から飛び降りる。そしてふさっとした尻尾で私を中心とした地面に、大体一メートルくらいの円と文様を書き込んでいく。
そして、出来上がった陣の上でコンと一鳴き。それだけで円の線にそって銀色の光が現れる。
「この中なら安全ってこと?」
フェネ君が頷く。とりあえず円の中に座り込む。そしてその様子を眺めていたのだろうか、スライムがゆっくりとこちらに向かってくる。
完全にこちらを獲物として認識したのか、ゆっくりと這ってきて、
「GYAAAAAA!?」
陣から出る光に触れた途端に溶けて消えてしまった。どうやら強固な攻勢結界でもあるようだ。
「偉いぞフェネ君!」
頭を撫でてやると、嬉しそうに手に頭をこすりつける。和む。
しかしこれは非常に便利なのだが、問題は範囲が狭いこと。このまま夜を越すことはできそうだが、少々窮屈そうだ。
「じゃあ、現在有る物を強化するイメージで……結界強化のカード―!」
説明しよう! 結界のカードとはフェネ君の結界をベースに、指定した空間を結界の力場強化して区切ることにより怪物に襲われなくなるのだ!
自分で解説を入れて、すぐ近くにあった小川とその周辺大体五十メートルを結界で区切る。これだけあれば寝返りどころかトレーニングも問題ない。
身の安全も確保できそうなので、乾燥した木の枝を使って魔法で火をつけてキノコを焼く。魚がほしいので川に手を突っ込んで雷の魔法を使う。
魚を気絶させて確保。よい子は絶対に真似しないように。
捕まえた魚を手さばきで開き、内臓の処理をして同じくキノコと一緒に焼き上げる。塩が、ほしいです。
火が通った頃合いで引き揚げ、齧る。取れたて出来立てはやはり味を左右する重要な要素だと思う。
横ではフェネ君が生魚をかじっている。ちまちま食べる姿にかわいさを覚えつつ、着る物とかをどうしようかと考えるのだった。
なお、モンスターなどには襲われなかったが、ゾンビが結界にへばりついて唸り声を上げていたので、浄化のイメージで作ったカードで焼いておいた。南無。
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朝、目が覚める。
森林の湿気を孕んだ清浄な空気。日本の都会じゃ絶対に味わえないだろう大自然の息吹。
「それもこれが無ければなぁ……」
あたりに散らばっているのはゾンビの死骸。いや、ゾンビ自体が元から死んでるからゾンビの死骸という表現はおかしいだろうか。
哲学のゾンビになる前に今日これからどうするか考えないと。
「とりあえず、これどうにかしないとね」
朝日を浴びて崩れ落ちているゾンビと、骨も転がっている。昨日は見かけなかったがスケルトンみたいなものもいたらしい。
とりあえず浄化しようと思い、一か所に集める。死んでいる人を触るのは初めてだった。
普通の人と違って、ひやりとした感触。それでいて、なぜか重さが普通の人と同じくらいのはずなのに、それ以上に重く感じる。
「南無阿弥陀仏、宗教わからないからこれで勘弁してね」
手を合わせ、気休めの経を唱えた後、集まった名も分からぬ人たち十数人に浄化の符を張る。
白い光が奔り、そのまま彼らの肉体ごと、
「あれ?」
天に召さなかった。そのまま天使が連れていくか、光によって灰になる物だと思ったのに。
―――浄化ではゾンビなどのアンデットの原因となる魔力を取り除き、魂を天に還す効果があります。加えて毒素を分解する効果もあります。
なるほど、魂を解放するためであり、肉体自体は滅びないのか。
よし、ファイヤで燃やそう。
しかし、ちまちま燃やしてもらちが明かない。ここは一気に燃やす手段を身に着けたほうがいいのではと思い、ファイヤを唱えてみる。
ひとまず指定した地点に火柱が上がる、がそれだけだ。
次に指先から炎が噴き出るイメージで使ってみると、その通りに出た。ただし魔力をケチっているのでライター程度の火力だ。
今度は渦を巻く炎のイメージ。ついでにもうちょっと魔力を強めで出してみよう。
「ファイヤストーム!」
ついでなので新しく名前も付けてみた。
並べられた死体はそのまま渦巻く火炎が舐めるように焼いていき、最終的には灰すら残さず消し飛ばした。
しかしながら、魔力は多めに消費したものの、結構な範囲を焼くことができたのは収穫だ。
それに魔法はイメージである程度作ることができるというのも分かった。カード化と併せて使えば応用の効く物が出来上がりそうだ。
夢の広がりそうな話を考え、自身の生存にむけて思考を切り替えよう。
と、ここでふと気が付く。
「フェネ君はいずこ?」
昨日まで首元でモフモフしていたフェネ君が消えております。どうりで首元が寒いと思った。
やはり野生動物だからそのまま去ってしまったんだろうか、だとしたら少し寂しい。
「しょうがないか……ご飯にしよう」
そう思い、小川で魚でも取ろうと思ったところで、茂みから銀色の物体が出てくる。
陽の光を浴びてキラキラと輝く狐っぽい生き物、フェネ君だった。
「あー、どこ行ってたの?」
その口には昨日も食べた大き目のキノコが二本咥えられている。どうやら取ってきたらしい。
「ありがとう。それじゃ魚取ってくるからご飯にしようか?」
コン、と一声鳴いて、嬉しそうに首を縦に振る。
それを見てから、私は小川に手を突っ込み、
「サンダー!」
電撃漁法で魚を確保するのだった。
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そうやってサバイバルをすること早三日。森の中にある泉のほとり、飲み水として使えるそこのほど近くにキャンプをしている人がいた。
ぶっちゃけ私だ。
あたりに獣やモンスターの気配がないかフェネ君が警戒している中、私はある一枚のカードを取り出す。
「きれいになーれ!」
使用するのは浄化のカード。ゾンビ対策で作ったカードだが、昨日新しい発見をした。
それは体の汚れを取り除く、だ。
乙女といえどこちとら人間。アイドルクラスになれば制御できるらしいが、臭くもなるし、乙女の秘密だってある。
すなわち、浄化のカードで服の汚れごと自身をきれいにしている最中である。
欠点があるとすれば、服の修繕までは行わないので、そこはそこで自前で修繕するなどの対処しなければいけない。
「うーむ、なかなかたどり着けないな……」
もう三日も歩いているが、まだ出口は見えない。出てくる化け物をやり過ごしたりと奪うしたり、肉を得るために狩りをしたりと大忙しだった三日間、環境の変化も手伝ってなかなか熟眠できない日々が続く。
フェネ君の結界を参考に新たに開発した結界のカードで、モンスターが近寄れない空間は作成できる。
が、草のベッドに木の根の枕はもう飽きた。
いい加減アイダーダウンの羽毛布団に包まれながら低反発枕に頭をゆだねて眠りたい。
そんな高級品で一度も寝たことはないが。精々そば殻枕とグースの羽毛布団が精いっぱいだ。
そうやって体を清めた後には先ほど仕留めてから焼いておいた小さいイノシシみたいな魔物、フォレストボアの肉を丸かぶりする。乙女のプライドなど食欲の前には消え失せる。
横ではフェネ君が生肉をかじっている。後で口を拭いてあげないと横に乗った時血生臭い感じでげんなりするだろう。
ともかく、この野生児のような現代的生活を繰り返しながら、森をひたすら進んでいた。
「そろそろ出られるといいね?」
フェネ君が首を縦に振る。でも肉を咥えたまま振るのはやめてほしい。モツから血が飛び散って怖いです。
そうやって後始末を終え、ポーチの中にあった水筒に水を詰めてから再び森をさまよう。
方向感覚が狂いそうになるとフェネ君が訂正してくれるので非常に助かる。
森の出口まであと少し、とはフェネ君の反応。ようやくこの緑色の地獄から抜け出せる。
しっかり休息を取っているとはいえ、消耗している体力を振り絞って前に出ることにしよう。
フェネ君が少々便利です。森の中の話はこの次で終わります。
―――たぶん。




