十八枚目 怨霊たち
戦いは次の段階へ。
全員が一斉に『ギルバート』符の効果範囲を出る。先頭は私、千果とピア、殿にフィアナと続く。
「ほかのところで貴族たちと戦闘が始まったみたいですね」
チカが鼻をひくひくさせている。私もリリーズとの感覚共有で撃ち合いが始まったことが分かる。
リリーズは物陰に隠れながら散発的に攻撃して注意をひきつけている。無理な攻撃は命じていない。
彼女たちはやられても私の魔力として還元される。
それでも自我を持った存在が消されるのは堪える。徐々に後退をしながら、損耗を回避する方向で進める。
「前方にオーク二匹とオーガが睨み合ってますけど、攻撃しますか?」
「お願い!」
千果の手元に球が出現し、三発の投擲で三匹とも仕留める。倒した死体には目もくれず、出口に向かって突き進む。
今回は遠慮なしに、小型の魔物がいても容赦なく突き破って進む。私の魔法の矢はもちろん、千果の投擲にフィアナの槍も唸る。
しかし、そこで違和感に気が付く。
「妙ですね。いくら魔物を捕えていたといっても数が多すぎます」
「そうね、それに小型のゴブリンやスライムは人の気配の多い場所を目指す習性があるから、
本来地上を目指していないとおかしいはず」
だから小型種は地下よりも地上を目指す。明確に何かを狙ってるとしか思えない。
「案外魔物を生み出す魔物がいたりして」
千果の一言に、頭が真っ白になる。
「どういうこと、千果?」
「いや、魔物を召喚する魔物くらいなら居そうだなって。それに何か私たちが敵にとって大事なものとか、貴重なものを持ってたらそれ
を追うと思いまして」
「察しのいい小娘だな」
背後から聞こえる声に一斉に振り返る。
暗闇から足音を立てて現れるのは、貴族の男。いや、ただの貴族ではない。
「シリオニス・レマ伯爵……」
「ああ、そういう名前だったなぁ、この体。リリ・ハートラよ」
容赦なく炎の矢を撃ち込むと、彼の前にゴブリンが現れ盾となる。焼け焦げ落ちるゴブリンはそのまま泥のような魔力となり、伯爵の
中へと戻る。
「怨霊に喰われたみたいね、伯爵」
伯爵が笑う。心底楽しそうに。
「いやいや、彼は我らが同朋になっただけだよ。まあ、扱いは小間使いのようなものだけどね」
元伯爵の手からあふれ出た魔力が、彼の後ろに大きな穴を作り上げる。
「こうでもしないと僕のような存在は表に出られないからね」
穴から出てくるのはゴブリンやスライム。ただ普通の個体と違い、黒いラインが体を走っている。
「私がほしいのはそこにいる『無色の姫君』だけなんだ。彼女の、バンシーの力があればリッチサモナーとしてさらに上の階梯に上るこ
とができる」
負の集合体、怨霊の王、リッチ。
バンシーと同じく幽霊を束ねる存在だけど、こっちは怨霊を束ねて人に襲い掛かる。
大抵は戦場跡から生まれ、町を襲い、その身に怨霊を蓄えて強く強大な存在へ変貌する。
「差し出したとして、穏便に私たちの安全に対する保証は?」
「ああ、絶対に安全を保障できるようにしよう」
その言葉に、私はピアの方を向く。その表情は、ただ恐怖に震えるものだ。
「それじゃあ、私からプレゼントをあげるわ」
アケノからもらった緊急用の符に魔力を通して床に叩き付ける。
そう、『マグネシウムリボン』と書かれた、閃光のでる符を。
「あんたの言う安全って怨霊の中に捕えて安全だって言いたいんでしょ! 逃げるよみんな!」
「はい、リリ様!」
「待ってくださいよ、リリ先輩!」
全員で一斉に駆け出す。同時にもらった符のうち、『囮のお鳥』という符をあるだけばらまく。
一斉に私たちの魔力波長を模した鳥が飛び立ち、四方八方に散る。
「チカ、あとどれくらい!?」
「そこの角を右に行けばあとは直線です!」
全力で走る。リリーズを先行させ、露払いをする。後ろから迫る召喚された雑魚たちを魔法で仕留める。
そうして見えてきた出口の光に全員が飛び出す。私たちが飛び出て、先行していたリリーズたちが後に飛び出す。
そこから出入り口めがけてありったけの魔法を叩き込み、アケノの光属性と火属性の合成魔法でさらに焼き払う。
「と、ここまでがことのあらましよ」
アケノからもらった『マジニウム配合』符を貼られた水筒から水を飲み、大きく息を吐いた。
○ - - - - - - - ○ - - - - - - ○ - - - - - - ○ - - - - - - ○
「はい、並んで。まだまだ数はあるから!」
「予測される敵は怨霊とそれに呼び出された下位のゴブリンなどです。今のうちにしっかり食べてください」
あちらこちらでギルドの事務担当の人が声を張り上げる。来るべき決戦に備えるためだ。
話を聞いた後、ギルドからサポーティアに正式な依頼が入った。内容は一時的な地下出入り口の封鎖。およびその維持。
相手にも準備の時間を与えてしまうが、それ以上にこちらの状況が芳しくなかった。
「武器に光属性の加護を与えられる方は救護テント付近に!」
「幸いなのは相手がアイアンモールとかを呼び出せない様子なところかな?」
私が結界を二重に貼り直し、さらに地下への穴を『通行止め』の符で通れなくしてある。
しばらくは問題ないが、リッチという存在が問題だ。どうも知識ごと体を乗っ取っている様子なので、符の防御を無効化するかもしれ
ない。
リリとフィアナさんは今現在、武具屋へ駆け込み、装備を調整してもらっている。千果はというと、
「秘技、レンガの防壁!」
各地下の出入り口に対してレンガでコの字の壁を作り、侵攻方向を一か所にするようにしている。
「さて、フェネ君。リッチってどんな存在?」
脳内花畑で私の魔力をかじっているフェネ君に問いかけてみる。
「ふむ、怨霊の集合体。死者の持つ恨みなどのエネルギーを物理現象に転嫁させて戦うのが得意と」
ゲームに登場する奴らと大きな差はない様子。違うのは生物に憑りついて肉体を得るとのこと。場合によっては腐乱死体でもいいとの
こと。
「注意点は呪殺と呼ばれる恨みの力で命を刈り取る技と憑りついた肉体が持っている技術を駆使してくること、と」
厄介としか言えない。魔法を使える貴族に憑りついたことで魔法を放ってくるようになるということ。
それ以上に問題なのは、トカゲの尻尾切りをされること。
「そこは問題ない? もともと狐火は霊体や魂にダメージを与える技術であるのと、その乗っ取られた貴族が注文したブラックバードが
切り札になる?」
そういえば馬車の中にまだ転がしたままだった。
「説得はこっちでするから、しばらく独力でお願い……って、フェネ君?」
言うや否や、フェネ君が私との融合を解除し、馬車に向かって走ってゆく。
「それにもうすでに使いこなせるって、何が?」
フェネ君の言葉に首をかしげる。しばらく考えてもわからなかったので、狐火をイメージしながら符を作り続ける。
ある程度の枚数が整ったところで、千果が横に座る。
「お疲れ、はいこれ」
「ありがとうございます、先輩」
千果に水筒を渡し、私は符作りに没頭する。
水筒の水を飲みながら、千果が呟く。
「ねえ、先輩」
「どしたの?」
「私たち、何やってるんでしょうね?」
「私にもわからないよ。ただ、生きるために必死になってることだけは確かね」
「……そうですね」
それきり、千果は黙ってしまう。手には白く丸い石の球。光属性の加護を受けた球を土魔法で作りだしては消してゆく。
私の符入れと同じように、投げようと思うと手の中に球が出てくるとのこと。
「私たちをここに送り込んだ人たちはいったい何がしたいんでしょうね?」
「それはわからない。何かをさせたいのかもしれないし、ただ面白がっていいるだけかもしれない」
千果に出来上がった符を渡す。それを懐にしまうと、私に白い石を渡してくる。
「一回くらいなら邪気を防げるはずなんで、お守りです」
「まったく、死を覚悟する人生になるなんてね」
「終わったらみんなでピクニックでも行きましょう。別にあれを倒してしまっても構わないですし、もう何も怖くないです」
いきなり死亡フラグのオンパレードを立て始める後輩を必死で止める。
「大丈夫です、立てすぎれば裏返ります。だから私が死んだら家族に愛しているって伝えてください」
「そういうのは自分で言うこと。それにふざけ半分でも言わないの」
私は大きくて可愛い後輩にデコピンをかますのだった。
○ - - - - - - - ○ - - - - - - ○ - - - - - - ○ - - - - - - ○
「こちらのミスリルプレートはいかがでしょうか?」
「頑丈だけどサイズが合わないわね。あっちの闇耐性付与のハードレザーは?」
今、私はリリ様の着せ替え人形と化している。
さすがに襤褸切れ一枚で戦場へ行くわけにもいかず、こうしてお色直しをさせてもらっているのだが、
「うーん、ちょっとゴツいわね。もうちょっと良いのない?」
「あの、リリ様? 私はそこにある胸当てだけで大丈夫ですが」
「おバカ! こういう時に装備を買わないでどうするの!」
ちなみに、ピアはというと、首から下げている簡素なお守りの効果で一般人にも見えるようにしてあり、
今は買ってもらった串焼きを食べている。
「では、こちらのチェインメイルはいかがでしょうか?」
「仕方がない、これで妥協しよう。というわけでこれを着て頂戴」
結構作りのしっかりしたチェインメイルを渡されたので、着替える。
しっかりとした造りであり、いい素材を使っているのか思ったよりも軽い。
「どう、動きやすい?」
「ええ、これなら内側にもらった符も仕込めますから問題ないです」
もらった符の一つ、『お祓い済み』の符を貼りつけると、チェインメイル全体に薄い光が宿るようになった。
「符一つでここまでの加護がかけられるから反則よね」
アケノ様の巫術は、一介の符術士の域を超えている。この生活を始める前、領内の魔物討伐に出たことがあり、符も支給されたことが
ある。
その時の符と今手元にある府は、秘められた魔力の桁が違う。
「何者なんでしょうね、彼女たち?」
「まあ、いつか話してくれるでしょ? 今は目の前の問題に集中しよう」
そう言われても、従者としてはちゃんと知っておかなければなるまい。後日しっかりと確認をしよう。
「お待たせしました、リリ様、ピア」
私が着替え終わる頃には、リリ様はいつも通りの戦闘用の格好に、ピアも子供用の魔道師ローブを着ている。
「本当にいいんですね?」
それは、先ほどピアが私に伝えてきたこと。自分も防御くらいならできるということ。
「大丈夫です。先ほどは後れを取りましたが、今度はしっかりと守りますよ?」
「私は?」
「もちろんお守りいたします、リリ様」
よろしい、と頷くリリ様。ピアの周りには光の粒が、ウィルオウィスプが浮き始める。
「それじゃあ、行こうか。この町の命運をかけた決戦場へ」
リリ様が高らかに、宣言をした。
いざ、決戦のバトルフィールドへ。