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十五枚目 幽霊の女王

再び始まる戦いの火蓋が切って落とされます。

 ピアが運動を終えて汗を拭っている横で、私は箒を振る。こうやって振って思うのはリリに預けた槍の事だ。


 気にならないかと言われれば嘘になる。家族との唯一の絆だったから、愛着もあるが、一番の理由は武器の感覚が違うか


ら振っていてズレが出ることだ。


 それでも一通り振り終えて箒を元の場所に戻す。ピアが駆け寄ってきて汗を拭いてくれる。


「私にも妹が居たらこんな感じなのでしょうか?」


 ピアは何も言わない。でも、一生懸命汗を拭いてくれる。少しだけ目を閉じて思いを馳せる。


「ほらフィアナ、あっちにおいしい食堂があるんだって!」


 ちょっとわがままだけど頼りになる一番上のご主人様に、


「お待ちください、リリ様。急がなくても食堂は逃げませんよ?」


 私がその後を追いかけて、ピアがさらに私の手を握りながら着いてくる。

 席は埋まるわよ、とその場で回りながら笑顔を向けるリリ様に、私とピアが笑いながら着いていく。

 きっと、途中でアケノ様とも合流して、楽しい食事となるだろう。


 でも、それは単なる夢でしかなくて。


「おい、ご主人様がお呼びだ。着いて来い」


 儚いものでしかないことを、私は知っている。


「あの、お着替えはした方がよろしいでしょうか?」

「いらん、必要ない」


 世話役の男に着いて、薄暗い廊下を歩く。ピアも一緒だ。


「この部屋に入れ。そしてお前の一番得意な武器を選んで奥の扉へ行け」


 昔、リリ様に聞かされたことがある。それは、貴族の中には魔物と奴隷を戦わせる人たちがいるということ。

 用途は主に二つで、一つは強い奴隷から兵士に取り立てるためと、殺されるのを眺めて楽しむのと。


 女子供に戦いを強要させる、そのことから後者の可能性が非常に高い。

 体の内側で、身体強化の魔法を走らせる。魔力を活性化させ、いつでも動けるようにする。


「大丈夫、ピア。私こう見えても強いんですから」


 立てかけてあった武器の中から小さめの槍を渡す。私は眺めの槍と、短い投擲槍を数本背中に括り付ける。

 奥の扉を開けると、そこは大き目の部屋だ。右側の壁には鉄格子がはめられた覗き窓がしつらえられている。

 その向こうに見える身なりのいい男、きっとご主人さまという存在。身なりと立ち振る舞いから上位貴族あたりだろう。


 そして正面に鉄製の門。いや、檻と言った方が正しいか。それがゆっくりと開く。

 のしのしと巨体が部屋の中に侵入してくる。灰色の鱗に包まれた、牙をもつ者。


「……ドードラゴン」


 眠り竜と呼ばれ、普段は温厚でおとなしく、一日の大半を眠って過ごす竜。しかし、その眠りを妨げる物には一切の容赦


をしない、暴竜としての性質も秘めている。

 大きさは成竜の一歩手前、それでも十分脅威になるだろう。


「グルルルルゥ……!」


 どうやら、無理やり起こされた様子。明日の日を拝むことはきっと、できない。

 それに、生き残ったとしても再びこの場で、今度はもっと強大な魔物と戦わされるかもしれない。


「でも、同じ空の下にいるって約束しちゃったから」


 約束がある。後ろには守るべきものも存在する。なら単純だ。貴族は領民を守るために存在し、その従者はその貴族の手

助けをすること。


 私の場合は、ただ一本の槍であればいい。かつて誰かがそうしたように。リリ様にとってかけがえのない一本であればい


いと思う。


 ゆえに、怒り狂うドードラゴンを前に、先制攻撃を仕掛ける。


「セット、チャージ!」


 魔力で槍を最大限の強化を行う。身体能力も強化したいが、この槍では鱗を貫く以前に折れてしまうので、槍の強化を優


先。

 これ以上魔力の消費をすると、切り札が出せなくなる。

 

 槍全体に光が灯った瞬間に、私は跳んだ。

 そのまま天井に着地、さらに足に力を入れて天井からドードラゴンへ向かって飛び込む。

 勢いを殺さず背中に槍を突き立てる。室内で上からの奇襲ということにドードラゴンが驚き、暴れる。槍を離さないよう


に乗りこなし、えぐるように槍をねじる。


「ガァアアアアアアアアアアア!」


 さらに傷口に背中から抜いた投槍を突き立てる。そのままメインの槍を抜いてから投槍を奥まで突き立ててからわざと弾


き飛ばされる。


 無論、位置調整をしてピアを庇う位置に。怒り狂いながら、口に魔力を溜めるドードラゴン。


 次に来る攻撃は読める。ブレス攻撃。ドードラゴンのブレスは知識にないが、何をすればいいかぐらいは分かる、

 口元に魔法陣が広がり、魔力が収束されるタイミング。その一点が重要。


 ―――ドラゴンってね、ブレスの前に魔力を収束させるんだけど、その瞬間が一番無防備なんだって。


 背中から抜いた投槍を全力強化。狙うのはただ一点。

 魔力の大半をつぎ込んだ槍が深い紅に染まる。残る魔力を総動員して全力の投擲を放つ。


「マルルス流槍術・投げの型・アハトアハト!」


 先々代のおじいさまが、同じく先々代の当主様に授けられた由緒正しき技。初代当主の伝説に出てきた武器の名を授かっ


た技。

 幾万と体に刻んできた技だ。外すことは考えられない。寸分過たず、ドラゴンの魔法陣を砕き、その先に有る体内へと潜


る。


「ギャアアアアアアアアアア!?」


 魔法陣から魔力が暴走、咆哮が周囲一帯に魔力を散らす。ブレスの対処法自体は間違ってないけど、放とうとしたブレス


の性質が悪かった。


「ソニックブレス!?」


 魔力によって強化した咆哮を衝撃波として飛ばすタイプ。

 判断した瞬間に体が動く。ピアを抱きかかえて、そのままドラゴンに背中を向ける。


 次の瞬間には、魔力が咆哮に反応し、周囲に音の衝撃波が散った。


 槍を地面に突き立てて踏ん張る。衝撃に背中と耳がやられる。だけど抱きかかえているピアの温かさは消えない。

 数秒ほどで音と衝撃の洪水は止む。ピアをゆっくりと降ろし、ドラゴンの居た場所を見る。


 ―――まだ、生きている。


 アハトアハトを受け、天井に大穴を開けるような力の本流を受けて、なお生きている。


「これが、ドラゴンの生命力。リリお嬢様の言ってた通りですね……」


 ドードラゴンの尻尾が振るわれる。体が痛くて仕方がないが、反射で防御を行う。いなすことに成功するが、二撃目の攻


撃で槍の穂先が折れる。


 一撃一撃をいなすたびに、槍が壊れる。私の体も痛みが体を蝕み、死に一歩一歩近づく。


 もう限界だと体が叫んでも、攻撃をいなす。体は折れても、心だけは絶対に折れるなという家訓のおかげだろう。


 五撃目から先は覚えていない。ただ手元にある何かで、悪意をいなしていただけだ。


 だから、気が付いたら床に倒れていて、目の前には口を開けたドードラゴンが居た。


「ピア、ごめんね」


 薄れる意識の中でつぶやいた言葉は、静かにすすり泣く声でかき消された。

 音の方へ顔を向けると、ピアが泣いていた。ただ泣いているのではない。周りに白い光が舞っている。


「……ウィルオウィスプ?」


 死んだ者たちの魂と呼ばれる、燐光。何らかの要因で天に召されない魂がこうやって光となって現れるとされている物。

 黒の森のように恨みに染まれば怨霊として、光に染まれば精霊としての祝福を受ける存在。


「ピア?」


 泣きじゃくるピアの鳴き方が激しくなる。同時にウィルオウィスプの数が爆発的に増える。

 あまりの光景にドードラゴンも数歩後ずさる。


「アアアアアアアアアアアアアアアアァァァ!!」


 ピアの鳴き声が、光の本流を生む。ウィルオウィスプがその力の流れに従い、魔法陣を書き上げる。

 光の群れがドードラゴンを壁に叩きつける。私も床に伏せたまま動けない。


「バンシー……」


 幽霊の女王、泣き濡れる魂。様々な呼び名は有れど、幽霊を束ね、その身に背負った悲しみに泣き続ける魔物。

 怨霊になれず成仏できない、迷う幽霊たちを束ねる存在。それが、ピアという存在の正体だった。


 だからだ。食事が一人前しか与えられなかったのは。あの世話役にはピアが見えていなかったんだ。


 幽霊たちの魂が、幽霊の女王に力を与える。そうしてできるのは、先ほどドードラゴンが使った魔法陣と同じもの。


 すなわち、ソニックブレスの魔法陣。大量の魔法陣が展開される。このままでは本気でまずい。そう思った瞬間、ウィル


オウィスプが私を包む。


 そして、音の大爆発が周辺を包み込んだ。




○ - - - - - - - ○ - - - - - - ○ - - - - - - ○ - - - - - - ○




「な、なになに、なんですか!?」


 千果が完全に慌てている。こういう時はまず安全に備えて頭に柔らかいものを被って避難しないと!


「ああもう、あんた達落ち着きなさい!」


 リリが手を銃のように構えるのを見たので、いったん動きを止める。


「まず必要なのは情報収集! チカ、あんたの鼻で何か感じる!?」


 我に返った千果が鼻を嗅ぎ出す。数秒そうした後、嫌そうに顔をしかめる。


「リリ先輩、これマズいです。血の臭いと魔物の臭いが充満してます。少なくともブラックバード位のが数匹は居ます」

「アケノ、フェネ君憑依させて気配察知お願い。私は偵察を出すから」


 血の臭いに顔を青くしながら千果が報告する。

 それを受けて、リリの陰からリリーズが五人ほど飛び出して屋敷跡地へと進む。


「フェネ君、お願い」


 首元から頭の上に移動したフェネ君が私の体の中に入り込んでくる。そのまま耳と尻尾が現れ、キツネツキ状態が完成す


る。

 そのまま意識を集中させ、気配察知で内部の気配を探る。


 大きい気配が三体ほど、小さい気配はそれこそ無数。

 千果が顔を青くしていたのも判るという位にする血の臭い。キツネツキ状態になるとある程度の嗅覚強化もされるが、


「染みついた血の臭い……一体どれだけの血が流されたの!?」


 建物全体、特に地下から湧き出る臭い。空気も淀んでおり、いつ怨霊が出てきてもおかしくない空間になっている。


「どうやら結界で抑えていたみたい。辺り一面に結界用の魔道具や符の残骸がいっぱい出てきてる」


 リリが指さした方向には何かの器具と、符の残骸が散らばっており、わずかばかりの魔力の残滓と符の文字が結界用の物


と教えてくれている。


 フェネ君曰く、この地下には地脈は通っておらず、これだけの規模を抑え込むなら結界符だけで五十枚は必要とのこと。

 それに魔道具を加えて効果を増幅させて使っていると推測。魔法陣を組むとかそう言った工夫のない配置の様だ。


「……マズい、偵察隊からの報告でゴブリンとかスライムが地上を目指しているみたい」


 町のど真ん中でドンパチ始まるというのだろうか?


「って、ここってメインストリートに超近い場所じゃないですか! 魔物なんか現れたらすごい被害出ますよ!」

「だから、今この場で対処しないと!」


 思った以上の事態に、リリの表情にも焦りが見られる。


「リリ、まずは援軍を要請しよう。リリーズを使って、一人はギルドに行ってかき集められるだけ冒険者をかき集める」


 早速リリが影から一人伝令役を呼ぶ。もったいないが、符に私がことのあらましを書いて伝令役に渡す。


「ついで外にこいつらが出ないように私が一時的な結界を張る」


 その言葉に、フェネ君が脳内花畑で魔法陣を作成しだす。なぜか用意されている図面台でコンパスと定規を使いながら素


早く線を引いている。


「後は地上に出てきそうな大物をなんとか叩くだけ……!」


 リリが作戦を考えている間、フェネ君が魔法陣の設計を完了させる。結界符に必要な枚数は七枚、手持ちでは足りないの


で急ぎで書き上げようとして、


「―――フィアナ!」

「えっ、ちょ!?」

「リリ先輩!?」


 声と共に、倒壊した屋敷の中へと突撃していく。


「まさか、、フィアナさんがここに!?」

「先輩! 私リリ先輩を追いかけます!」


 言うや否や、千果も走り出す。


「ああもう、合流したらリリの指示に従いなさい!」


 わかりましたー! と凄い勢いで駆け抜けていく千果。あのペースだとすぐ追い付くだろう。

 では、私の仕事は単純。結界を張り、この場から雑魚を出さないこと。それに、手数の足りなさはすぐに来てくれるはずの応援に任せよう。


「貧乏クジひいちゃったな……!」


 書きあがった符をリリの真似をして作った『氷の矢』符に括り付けて目標地点に投げつける。

 出来上がった氷の矢が結界符を張り付けたまま飛翔し、所定地点に七枚の符が無事に貼りつく。

『起動用』と書いた符を構えて魔力を通す。


「えー、ここからは関係者以外の立ち入りを禁止します!」


 起動に必要な魔力を込めて、握りつぶす。

 魔力の線が縦横無尽に走り、結界を完成させる。人間は出入りできるが、魔物は出られない渾身の術式。


「任せたよ、千果、リリ」


 ここに、私達の戦いが始まる。

状況開始。


※先日総合PVが5000、UAが1000人を超えました。

 読んでくださっている皆様、またブックマークしてくれている皆様に御礼申し上げます。、

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