十四枚目 再会の人
暴走系後輩の登場です。
森の入口を見ると、ものすごい勢いで走る少女、その後ろを怨霊の集団、さらに後方からブラックバードが最後尾で様子
をうかがっている感じだ。
「どう思いますか、解説のリリさん」
「先頭の少女の体や生気が欲しい怨霊と、その怨霊をエサにするブラックバード、見事に喰う者と喰われるものの関係を示
していますね」
意外にもノッてきたリリに驚く。
「いや、このままこの子が直進すればこっちに直撃するでしょ?」
確かに、進路上に『ここをキャンプ地とする!』結界が待ち構えている。ミックさんは大慌てで矢じりに聖水を掛けてい
る。
そうすることで怨霊にもダメージを与えられるそうな。生活の知恵ですね。
「アケノの結界は封印球の洞窟で十分に知ってるし」
ありがとうございます。
さて、件の少女も大分近くまで走ってきた。そろそろ顔を、
「って、千果!?」
そこにいたのは、高校生時代の後輩、渡良瀬千果の姿だった。
あの時と変わらず、やたらとデカい百七十の長身に、大きい胸の物とどこか人懐っこい顔立ちが特徴だ。
少し困ったところを上げるとすればなぜか私に懐きすぎており、
「この微妙にスゥィートボイスは先輩!?」
なんか速度が上がった。具体的には五割増しくらいで。
「せんぱーい!」
そのままの勢いで飛び込んでくる懐かしき後輩を、
「あ、靴紐が」
しゃがむことで回避する。
「べっしゃ!」
背後で草地を擦る音が響き、止まる。振り向くと顔面からスライディングしている後輩の姿が。
あまりの事態にリリとミックさんが固まっている。
「何で避けるんですか!?」
起き上がり、健常をアピールしながら怒る後輩。だが私は謝らない。
「身長差約二十センチで運動部バリバリのラガーマンタックルを受け止める力は私にはない!」
軽く死ねる。それだけは間違いない。
しかしこの子学習しない。このやり取りは高校にいた間、幾度となく繰り広げている。
「ええと、アケノ、このミックくらいの身長があるこの子は?」
リリが反応に困っている。千果、恐ろしい子。
「初めまして! アケノ先輩の一番弟子の渡良瀬千果です!」
「一番弟子云々は聞き流して。同郷の子。この通りだけど悪い子ではないから」
微妙に形の崩れた敬礼を決める千果に、こっちとしてはなぜここにいると頭を抱えたい。
そうしていると、千果が抱き付いてくる。
「うーん、先輩のグッドスメルがここで堪能できるなんて……!」
「あがががが! 折れる軋む割れる!」
完全にお気に入りの人形を抱きしめる子供状態。ただし相応に力があるので、こちらの骨が軋む。
「いい加減、それをやめんかい!」
肘をみぞおちに入れて、拘束から逃れる。なお、私の全力ひじ打ちの直撃でも千果はぴんぴんしている。
「……なんかアケノの後輩っていう意味がよく判るわ」
リリにとって、私はどう見えているのかわからない。
「いやー、たぶん一月振りくらい人に合わなかったからつい。周りはお化けとゾンビとゾンヴィーヌと骨人間ばっかりだっ
たから寂しくて寂しくて」
一か月前、というと、大体私が来たのと同じくらいのはず。白い世界での質問は同時に送られた人数は教えていないらし
い。
少し、きな臭くなった感じだ。
「……あんたたちの故郷って森に迷う習性でもあるの?」
「自然の恵みが豊富だったから助かりました!」
「私はフェネ君がいたから」
回答になっていない回答で相手をはぐらかすのはやめましょう。相手の怒りに火を注ぐだけです。
千果は絶対に判ってないでやってるだろうけど。
「で、そろそろ突っ込みたいんだけど、千果、頭のそれなに?」
千果の頭には、ピンと立った犬耳が存在した。
「話せば長い話になるのですが……」
リリと私が固唾を呑んで千果を見る。そして千果はそその口を開く。
「犬の幽霊に取りつかれてはがれないの」
あまりの短さにリリが頭にチョップを入れるが、びくともしない。
とりあえず『お祓い』と書いた符を作り、張り付ける。
ほどなくして黒い靄のようなものが千果の体の外に出る。しかし耳は残ったままだ。
「おお、全身の微妙な気だるさが取れました」
気だるさは取れても耳取れてないけどね。
「うーん、どうも幽霊に取りつかれている期間が長くて体が造り替えられたみたいね」
「知っているのかリリ!?」
「乗っ取ろうとする幽霊に憑かれると、そういう風になることがあるらしい、って聞いたことがある。実物を見るのは初め
てだけど」
つまり、犬が千果を乗っ取るつもり満々で改造していたと。お祓いは成功したようだからこれ以上は進行しないけど、人
間じゃなくなっているということなのか?
「まあ、いいか。これはこれで便利だし。それに先輩とお揃いであれば良し」
千果は楽天的な思考をしていました。そして私のは狐耳です。
「ところで先輩、私、でっかいカラスとスピリチュアル的な怨霊に追われてたんですけど……」
私とリリは無言で結界の外を指さす。そこには結界を家に入れていない猫のようにひっかく怨霊と、
その怨霊を嬉々として喰らっているブラックバードと。
一部の怨霊に関しては食われまいと徒党を組んでブラックバードに対抗している。
「あのように外は地獄絵図というかスーパー妖怪大戦になっているので、白い線より外に出ないように」
私たちも出られないが、もともとここで野宿する予定だったから問題なし。
「じゃあ、私が今から家作りますね!」
千果がおもむろに地面に手を当て、魔力を集中させる。
もしかして私と同じように、千果も何か能力をもらっているのではないか?
そう思った瞬間、光が奔る。
「行きますよう、『末っ子レンガハウス』!」
魔力を受けた地面がせりあがるように動く。それらは唯の土くれから、赤いレンガの色に一瞬で変わり、気が付いた時に
は大き目のレンガ造りの家が完成していた。
「ふー、これが私の必殺、おうち建築魔法です!」
土木業者いらずな点は評価したい。
「やっぱあれあんたの後輩だわ」
失礼な、私はあそこまで非常識じゃない。やらかしたとしたら精々『ソファー』程度だ。
「まあいいや、とにかく疲れたし、私もう休むわ」
「先輩はどうします? 積もる話もありますし」
リリはもういろいろ諦めて千果の作ったレンガの家へ入っていく。ミックさんも呆然としながら続いていく。
少し考える。怨霊は結界を超えてこれないことは判明しているので、一つ試したい。
「先に寝床整えてて。試したいものがあるから」
○ - - - - - - - ○ - - - - - - ○ - - - - - - ○ - - - - - - ○
目の前には結界をひっかく怨霊。手に構えるのは、『破魔』と『悪霊退散』の二枚。
ちょうど安全に試せるから、結界の内側から『悪霊退散』の符を投げつける。
するとどうだろう、張り付いていた怨霊の半分以上が光に包まれて消えた。
残った怨霊、というか幽霊は結界をひっかくのを止めてブラックバードを見ている。
なんというか、毒気が抜かれたというか、無理やり戦わされていたのが、リーダーが居なくなって止まったような、そん
な感じ。
それじゃあ次は、と残った幽霊に向かって『破魔』の符を投げつけると、直撃した幽霊を中心に光が発生し、そのまま消
えた。
「悪意があれば『悪霊退散』で消し飛ばせて、『破魔』は問答無用で消し去る効果があると」
もう少し使ってみないとわからないけど、残念ながら近場の怨霊は終わってしまったので、これ以上はあちらの絶賛戦闘
中の怨霊たちに向かって投げないといけない。
「ま、いいか」
無理するより、奇跡の再会を喜び合おう。千果を見て、変わらないあの子に少しだけ泣きそうになったのは、私の胸の中
に収めておこう。
○- - - - - - - ○ - - - - - - ○ - - - - - - ○ - - - - - - ○
レンガハウスに戻った私は、千果との再会を祝し、手持ちの食料でささやかなパーティーを行った。
そして全員が寝静まった夜、私は千果が寝ている隣に座った。
「先輩?」
「ごめん、起こした?」
いえ、と言ってくる千果の頭を撫でる。
「ねえ、千果。あなたがここに来た直前って何をやってた?」
唯一共有できそうな仲間を見つけ、私は問いかける。
「サークルの人と軽い飲み会をした後、そのまま寝て、起きたら真っ白な部屋にいました」
この子もお酒を飲んでたようだ。そして白い部屋まで一緒の様だ。
「そこで生き残るための術という技とこの土魔法っていうものを練習しました」
私にとってはそんなに長い時間ではなかったけど、千果は魔法を覚えるのに時間がかかり、体感で一週間くらいは居たと
言っている。
「白い部屋が終わった後、いきなり真っ暗な森の中に立ってました」
そこからは、私とおんなじだ。死に物狂いで戦って生き延びて、太陽もろくに見えないから出口も分からず迷ってたとの
こと。
ようやく出口を見つけたと思った瞬間、油断して怨霊たちとそれを食べようとしていたブラックバードに見つかり、出口
までの大脱走だったとのこと。
「……お疲れ様」
ゆっくりと、頭を撫でてやると、ゆっくり目を瞑りながら泣いていた。そのまま抱きしめるようにして、私は千果を抱き
枕にしてゆっくりと眠りについた。
「先輩、ありがとう……」
○- - - - - - - ○ - - - - - - ○ - - - - - - ○ - - - - - - ○
「あー、ひどい目に遭った」
時は昼過ぎ、私たち三人は馬車に揺られていた。
あの後、迎えの馬車で獲物のブラックバードを運び、納品。とすんなりいけばよかった。
現実は迎えの馬車が見知らぬ建物が一夜で出来ている事を不審がり、急きょ冒険者たちによる偵察隊が編成。
ちょうどリリが朝の鍛錬をすると言ってレンガハウスから出た際にエンカウント。
そこからすったもんだの説明が始まり、最終的にギルドに戻ってからも事情聴取という名の尋問会を繰り広げ、やっと解
放された、というのが現時点までの流れ。
「種族の欄に獣人って記載されてますよ先輩!」
その際にもらったギルドカードを見てはしゃぐ千果。それはそうだろう。どっからどう見ても立派な獣人です。
フェネ君曰く魔力で構成されている耳ということなので、練習して引っ込めることはできたとのこと。
それでも基本の体内構造は書き換えられているのでこうなったらしい。
「それにしても、納品先が領主の館ね……」
本来であればギルドに納品して、はいお仕舞でよかったはずなのだが、受け取りの使者が来ないで手紙だけが届いた。
「直接届けてくれ、って何か胡散臭いわ」
リリも乗り気ではない。が、報酬が上乗せされると聞いて相談なしで即決したのはほかならぬリリだ。
ミックさんは早々に辞退して次の狩りに向かって行った。そういう意味では鋭い人なのかもしれない。
馬車は町の中央にある領主の館の裏手へ進み、裏門から敷地内へ入る。
そして入った瞬間にフェネ君が唸る。リリも目を細め、千果もはしゃぐのをやめる。
「……どうしたの?」
「怨霊の臭いがします、先輩」
「何か、暴れている?」
フェネ君も屋敷の入口を見据えている。
全員の尋常ならざる気配に、私も符を構える。
次の瞬間、屋敷が光に包まれ、爆発した。
その時、屋敷に閃光走る。