十二枚目 烏の住む森
今回はやや短めです。
私がこの部屋に入ってから三日経過した。ご主人様という存在はまだ私の前に姿を現さない。
姿を見せるのは世話役という男のみ。与えられる食事は二人で一人分。パンと粗末なスープのみ。
「ピア、ご飯だよ?」
二人でパンを分け合う。まだ食べ盛りのように見えるピアに、少し大きめに千切って渡す。スープも二人で分け合う。
私はもともと小食だから問題ない。ただ、これから体が作られるであろうピアがこの量だとかわいそうだ。
「さて、ご飯も終わったし、動こうかな?」
いつも通りの日課、体を動かす為、立ち上がって体を伸ばす。これをしてから動くと、翌日に疲れが残らないからいい。
「たしか、『すとれっち』って言うんだっけ?」
リリ様の持っていた本にはそう書いてあったような気がする。
床に座り、体を前に倒す。足を揃えたまま倒して、つま先を手で触る。そのまま足を開いて、できる限り体を倒す。
「んぎぎぎぎぎ……!」
乙女らしからぬ声を出しながら体を倒すも、完全に地面にくっつかない。リリ様はこれで体が地面に着く。それだけ体が
柔らかいのだろう。
私も大分繰り返すことで柔らかくなってはいるけど、あそこまでの領域にたどり着けない。
そうやってしばらく粘っていると、後ろから背中を押される感触。
「ピアちゃん、手伝ってくれるの?」
首だけを後ろにむけて確認すると、頷いてくれた。
「じゃあ、手伝ってくれる?」
その言葉にも頷いてくれる。
三日間、ほとんどをベットの上で膝を抱えて吸っているだけだったので心配だったけど、良かった。
そして『すとれっち』が終わった後の軽い腕立てと腹筋。ピアも真似してやってたけど、すぐに力尽きていた。
それから、槍の鍛錬。いつもの素振りを繰り返し、目標の回数をこなした後、額の汗をぬぐう。
その一連の流れを、ピアはじっと眺めていた。
「やってみる?」
とてとてと駆け寄ってくるピアに、箒を渡してみる。最初は箒の重さに引きずられるようにしていたが、しばらくして箒
を支えにしてへばっていた。
「うーん、今は基礎を固める所からかな?」
荒い息をしながら、親指を立てるピア。今日も、ご主人様と呼ばれる人物はこなかった。
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「仕事?」
「そう、お仕事」
あの日、森の中での質問から三日経った。
謹慎も解かれ、ギルド内の低価格な食事処を利用して会議。なお、私の手元には大量の白紙符が重ねられており、それを
必死に書き上げている最中だ。
「クランの運転資金はこの通りアケノが必死に稼いでいるわけだけどさ、そろそろ大きな仕事をしなくちゃいけないのよ」
確かに、このままだとクランで生活するよりギルド付符術士で生計を立ててしまいそうだ。
それはそれで安定してそうだけど、デスクワークだけは正直キツい。ファンタジーな世界で冒険もしないのはもったいな
いというのもある。
「というわけで、お仕事としてブラックバードの捕獲依頼を受けてきました」
冒険者の本文が冒険とはいえ、相談なしで仕事受けてきやがりますか。
「いいの? あっちでシェーブさんが凄い目で見てるよ」
「気にしないの。ギルドは効果の高い符の供給を絶やしたくないだけだから」
本当に飼い殺しコース一直線である。
「ブラックバードってあれでしょ? ギルド買取の中でも結構高めの素材になってる」
話によると、生息地に行けば結構会えるのだが、空からの攻撃が厄介とのこと。
「で、今回の役目は撃墜させること?」
「そう、雷の魔法ならあいつらを落とすことができる」
「それ魔法使えるならだれでもいいんじゃない?」
たとえばこの間の『炎の巨人』なら全員が魔導士だから適役だろう。
火力もあるから大物狩りにも向いているだろう。
「知ってる、魔導士クランって用途が幅広い分、依頼料が馬鹿みたいに高いのよ?」
リリが提示した金額は、我がクランの主要依頼の桁を一つ跳ね上げたものだった。
「じゃああの時のネズミ退治は」
「領主の依頼で、万単位のクレジが動いてたの」
依頼料の上乗せと言い、羽振りがいいわけだ。
「それにあいつらの得意魔法は炎、見る間にブラックバードの焼き鳥が納品されるわ」
曰く、あのクランは火力偏重なので今回は役に立たないらしい。
「その点私たちは違う。弱小で人数も少ないから安く雇える!」
宣言した直後にリリが自分の発言にへこんでいた。魔法とは本来高給取りなのであるということは嫌でも理解できる。
「それに、これは今後の布石でもあるからね」
それはあの日に話したことの続き。リリが話してくれた、二人目のクラン員の事。黒い髪の槍使いのお話。
「有名になって、お金を溜めて、私たちの仲間を取り戻す。これが、このクラン最初の目標だ」
そう、これはリリの親友、フィアナを取り戻すための戦いだ。
○- - - - - - - ○ - - - - - - ○ - - - - - - ○ - - - - - - ○
「いやあ、なかなか快適な馬車旅になったよ」
「それほどでもないですよ」
「便利なことは否定できないから怒るに怒れない……!」
リリ曰く符の無駄遣いと言われる『ソファ』符の力を最大限に生かした快適な馬車移動を終え、目的地である黒い森へと
降り立っていた。
「それにしても驚いたよ。サポート専門とか言ってたからどんな人たちが来ると思いきやこんなかわいい人たちが来るなん
てさ」
この調子のいい感じの人は、今回の依頼主、個人でハンターをしているミックさんだ。
「マイスのやつも面白い二人って言うだけでほかの事何にも教えてくれなくてさぁ、もう俺両手に花?」
肩に伸ばしてきた手を軽くあしらい、黒の森と呼ばれる場所を見る。
あからさまに日の差し込まない森が眼前に広がっている上、どうも空気が淀んでいる。
これが黒い森の所以なのだろうか?
「リリ、こいつ大丈夫なの?」
「マイスは腕はいいけど言動が軽いって言ってた。手ぇだされそうになったら骨も残さず消滅させればいいんじゃない?」
過激ですね。
「そんなことよりもブラックバードさ! あれを捕まえてくるのが今回のお仕事!」
顔のゆるみが全く隠せていないミックさん。なんというか、目の金の文字にしか見えないくらいとろけた顔をしていらっ
しゃる。
無論、この依頼に赴く前に下調べはしておいた。ブラックバードというのは三つ足の黒い大型カラスの様である。
ギルドにあった生物図鑑によると、小動物を狩って食べるが、それ以上に魔力を主食としており、特に怨念を好んで食べ
るとのこと。
そのことから『冥界の渡り』というあだ名もあるとのこと。地域によっては地獄の使者として恐れられている所や、水先
案内人として冥途への道しるべとしての眷属として敬われていたりもする。
そして、挿絵のブラックバードのスケッチを見て、私はこう思った。まるでヤタガラスのような外見だ、と。
「確かに黒の森は千年前の戦場跡だから怨霊もうようよいるでしょうね」
リリが指先を構える。傍らには三体のリリーズが準備運動をしている。
かく言う私も、行き先が怨霊の住処と聞いて、速攻『破魔』と『悪霊退散』と書いた符を作りまくった。
フェネ君には体に『お清め済み』と書いた符を貼った塩の袋を持たせてある。
効果の程はここで実験するとして、準備は万端だ。
「さあて、それじゃあ行こうか!」
一人軽装で、幽霊対策などをしていないようなミックが戦闘を歩き始める。私たちもそれに続く。
「それにしても、光の差し込まない森だね」
北の大森林はところどころが日の差さない空間が出来ていた。近くに木の折れた後があったから、それが原因かもしれな
いが。
「ダークウッドって呼ばれる分厚い葉が生える木だからね」
日光が遮られるわけか。試しに落ちている葉を拾うと、二センチくらいの厚みがある。
これは確かにすごい。日光が透けても入ってこないわけだ。わずかばかりに差し込む日の光が、この森の照明となってい
る。
「この暗さでどうやって肝心の獲物を探すの?」
「それはさ、この近くに怨霊が集まる場所があるんだ」
つまり彼らの狩場で張り込んで、エサを食べたところで捕獲すると。
「普段なら空中に逃げられないように一撃で仕留めるんだけど、今回は二人もいるから楽だよ」
大まかな作戦としては、ミックさんが麻痺毒付きの第一矢を放つ。当たって倒れればそれでよし、倒れない、もしくは逃
げ出そうとした際は飛び立とうとしたところを私たちの魔法で蓋をする。
シンプルで判りやすい作戦だ。なので、私が唱える魔法はサンダーストーム。リリも雷の矢。
お互いに万が一の時は感電させて動きを止める予定だ。
「しっ、そろそろ怨霊のたまり場だ」
ミックさんの指さした方向を見ると、この森にしては珍しく開けた場所だ。小さいながらも池がある。
「これだけ見るとごく普通なんだけどね……」
リリのk目が緑に揺れる。どうやら妖精の目で何かを見ている様子。ミックさんも目を凝らして泉のあたりを見ている。
リリーズもまた然り。
あれ? 見えていないのは私だけ?
フェネ君を見ると、じっと泉の方を見据えている。
決定、見えてないの私だけ。大慌てで符を取り出し、書く文字を決める。『トワイライトゾーン』と見えないものを見る
イメージで書き、符を目に当てる。
全体的に緑色の視界に、ゆらゆらと揺らめく何か。
「お分かりいただけただろうか?」
「何がよ」
「ではスローでもう一度」
「ふざけてないで、ちょうど泉のあたりにいるでしょ」
泉の方を見ると、泉に口をつけて水を飲む鎧姿の男が見える。
違うのは、その水が腹の穴から出てくること。
『オカシイ、ノンデモノンデモ……』
何か聞こえたが無視する。聞こえない聞こえない。
「まったく、少しタチが悪いわ。あの泉にくくられてる地縛霊ね」
「ま、千年前の怨霊だからね!」
声が大きいですミックさん。怨霊も声のした方を見ようと顔を上げてますから。
「シッ、来たぞ」
自分で騒いどいてそれかい。たそう思った瞬間、泉の上を黒い影が通り過ぎた。サイズから二メートルほどの物が。
それが、ゆっくりと怨霊の横に降り立つ。三本の足を持つ、漆黒の羽を纏った烏が。
「八咫烏だ……それも本物の」
八咫烏の実物が居たら見てみたい。