十枚目 諦めないための力
接射はロマン。
動きは一瞬だった。
両手が一瞬でブレる。怪我をしているはずの左手を動かし、同時に放たれる魔弾の雨が眼前に迫るソルジャーラットを全
て撃ち抜いていた。
負けじとジェネラルラットもコマンダーラットとソルジャーラットを繰り出す。
四方八方から襲い掛かろうとするラットたちを前に、リリは一切慌てない。
「八時、六時、同時に三時九時、零時仰角四十五度」
一瞬で動かされる手と、魔弾。貫くべき対象を捉え、真後ろにすら
制止する間もなく、目の前のジェネラルラットに向かって飛び込むリリ。
その巨躯に向けて両手が閃く。人差し指の先端には鋭い刺のような魔法の矢。
そのっまあ、指が、ジェネラルラットの胴体に突き刺さる。
そして接射で放つ。今まで以上に圧縮された矢なのか、容易く胴体を貫通する。
もがくジェネラルラットが増殖で生み出したソルジャーラットがリリに殺到するが、それに一切ひるまず接射で何発も矢
を打ち込み続けるリリ。
「フェネ君!」
狐火がリリを避けるようにラットを焼く。もはやリリが居る場所はラットと青い炎の塊と化している。
ソルジャーラットはリリを離さないし、リリも指を突き立てたままひたすら矢を撃ちこみ続けている。
キツネツキ状態じゃないので狐火は使えない。なら、それらしく援護するまで。
周辺に指先に符を二枚構え、投擲。現状サポートなしで合成魔法は難しいけど、同時に起動ならできる。
更に自身の魔法を合わせて、炸裂するのは三連のサンダーストーム。
リリに群がろうとするラットを減らす事に成功するが、リリを取り巻く環境は変わらない。
もうすでにリリの部分が見えない肉団子と化している。
「弾け飛べぇ!」
声と共にその塊が、炸裂する。
満身創痍のリリに、同じくいたるところに矢の貫通痕が見えるジェネラルラット。
その炸裂した衝撃で、ジェネラルラットが後ろへたたらを踏む。わずかばかりの移動だが、それだけあれば十分。
『プロテイン』符で強化した私の体がその隙間に潜り込み、結界符を貼りつける。
「六芒星式結界起動!」
それっぽい名前をイメージして、符と符を魔力の線で結ぶ。その線はソルジャーラットやコマンダーラットの体を容易に
撃ち抜き、広間の中に巨大な六芒星を描く。
「接続、中央起点に送信!」
魔力が接続された符から、天井に向かって光が飛ぶ。天井の一点で線がぶつかり、さらに空中に陣を描く。
ゲームのイベントCGのような光景に、一瞬だけ心を奪われる。
「これで、良し!」
出来上がった陣が、この洞窟の陣を上書きする。アドミラルラットの方を見て、鑑定を使う。
『アドミラルラット・状態:怒り』
成功だ。少なくとも相手は地脈接続を失った。ここから無理に増殖しようものなら魔力切れで相手の手詰まりになる。
「って、リリ!」
結界の結果を見届けた後、大急ぎでリリに駆け寄る。
「任務、遂行、成功……」
先ほどから様子がおかしかったが、今はそれどころではない。
『リリ 状態:猛毒 瀕死』
残り少ない魔力をかき集め、解毒の符をカード化で作り上げる。それを張り付けるも猛毒が消えてくれない。
『ばんそうこう』の符もすでに三枚張り付けているが、とても追いつかない。
「あー、アケノ?」
リリの目に、光が戻る。
「大丈夫、なんとかなるから、大丈夫だって!」
抱きかかえたリリからどんどん熱と血が失われる。包帯で止血を行いながら、『マジニウム配合』の符が貼られたリリの
水筒をひったくってがぶ飲みする。
得られた魔力を使って、新たな符を作ろうとしたところ、手を握られる。
「まったく、目の前の力に流されて、そのまま意識持ってかれちゃった……」
弱い力で握られているはずなのに、なぜか離せない。こうしている間にもどんどんリリが弱っているのに。手を施さない
といけないのに。
「大丈夫。あんたなら一人でもやっていけるって。だから自分の力の無さを恨むんじゃないの」
符の力は効いているのに、足りない。
基礎体力の低いリリじゃこの符の恩恵を受けにくい。
「あ、出来ればさ、フィアナって私の友達がいるんだ。ちょっとばかり大変なことになってるからさ、なんとかしてくれる
とうれしいな」
「弱気になりすぎ! まだ助かるから!」
私はこの状態だから動くに動けないし、と笑いかけてくる。
「うん、だんだん静かになってきた。お母さん、久しぶりに会えるといいな」
リリの手から力が抜ける。同時に目も静かに閉じられる。
「リリ! リリ!?」
慌てて首に手を当てて脈を取る。
……命の灯は、まだある。
「諦めない……! 諦めてたまるもんか!」
こっちに来て、初めての人間の友達で、命を預ける仲間だ。
何もせずに引き下がっていいものか。
今の自分に出来る事。とにかく考えるんだ!
治療と解毒の符。ダメだ、すでに使ってるし精々延命にしかならない。
それに解毒も即効性がないから精々伸ばせても五分が精一杯。
手持ちの魔法、これもダメだ。攻撃と鑑定ではこの場を救うことはできない。
凍結させて仮死状態にするのも考えたが、到底間に合わないし、復活できるだけの体力が今のリリにない。
なら、カード化? この世界で唯一と言っていいかもしれない能力だ。
でも、生物はカード化できないし、仮にできたとしてもそれはリリそのものに作用させる物だ。
私の予想だとリリの力をカードに込めるだけになりそう……
「生物そのものは無理、でも力のカード化は可能?」
私が同じような状況に陥った時、フェネ君は何をした?
「それしか、無い! フェネ君!」
同じく瀕死で倒れているジェネラルラットの方を向き、強面戦士さんと一緒に警戒を続けているフェネ君を呼ぶ。
駆け寄ってくるフェネ君の頭を撫でる。
「ごめん、その余剰魔力を頂戴!」
私の真剣な目に納得したのか、頷く。同時に淡い桜色の光が私の胸に飛び込んでくる。
その光を受け取ると同時に、フェネ君が森の中で出会った時の幼体モードに戻った。
「ダメ押し! みなぎるパワー!」
『みなぎるパワー』の符を貼って起動、無理やり魔力の総量を引き上げる。
目標はそこにいるジェネラルラット。
「狙うのは、お前の力だ!」
―――能力カード化を習得しました。瀕死の敵から能力のカードを作ることができます。
今しがたブーストした魔力が根こそぎ奪われる。
そのおかげで奪うべき能力を私の手に掴む。
「いけぇ!」
そのまま、掴んだカードを引き抜くように掲げる。
手にしたカードは、『ジェネラルラット』と書かれている。
奪った力は、魔物としての力。増殖の能力と生物としての遺伝子。すなわち相手のすべてだ。
肝心のジェネラルラットは存在の大半異常を奪われ、そのまま解けるように消失する。
一か八かだったが、上手くいってよかった。
代償でこっちの頭が割れそうだし、少しでも気を抜くと倒れそうだ。
「カード化、憑依!」
さらに現れたカードを掴む。フェネ君のキツネツキ状態になる際の動きを再現したカードだ。
イメージだけ考えていたけど、何が起こるか判らないことを考えると使うことが出来なかったカード。
今は後先を考える暇はない。
二枚のカードをリリの胸に押し当てる。二つのカードは光と共に体内へと消える。
そこからは、あの時の再現だ。
リリの頭に大きな丸い耳が生え、お尻からは細長い尻尾が生える。
「さしずめ、ネズミツキ、状態かな?」
リリの傷がきれいに消えている。ジェネラルラットが内包している力だから、きっと毒に対する免疫も出来ているはず。
首に指を当てて、脈拍を確認すると静かに脈打ってる。顔色も悪くない。
「よかった、本当によかった……」
安堵から意識が遠くなる。広間の中央付近で勝どきが聞こえる。
マイスさんたちがアドミラルラットを討伐したのだろう。
とりあえず、限界だ。親元が倒されればそのほかのラットもじきに消える。後は起きた後のリリが何を言ってくるかだけ
ど、今は命を助けられたことを喜ぼう。
「皆、ちょっとだけ眠るわ……」
意識は静かに、そして速やかに闇へと落ちていった。
○- - - - - - - ○ - - - - - - ○ - - - - - - ○ - - - - - - ○
目が覚める。視界に移るのは洞窟の天井。
確かあの時、よくわからない声に従って行動して、普段の自分じゃ考えられないような特攻して、その結果死んだはず。
「~~~っ!」
全身から走る痛みと、毒の気だるさがまだ生きていることを告げる。
「起きたか、リリ」
横に座っているのはヒース。
「どれくらい寝てた?」
「ざっと三時間ほどか。まったく、サポートクランに被害を出すとか笑い話だ」
「ま、多少報酬に上乗せで勘弁したげる」
サポートクランは、前線クランの保護があって初めて活きる。後方に敵を通すということ自体が前衛クランの評判に直結
する。
今回の状況を加味するとどうしようもない奇襲だったと思うから、せいぜい運が悪かった程度の認識でいいだろう。
貰う物は貰うが。
「しかしリリ。君、獣人だったんだな」
「え?」
今、なんと?
「では、私はみんなにリリが起きたことを報告してくるよ」
ヒースが去り、私が一人取り残される。
あたりを見渡して、自分の荷物を見つけ、中から解体用のナイフを取り出す。
よく磨かれたそれが私の頭を、そこについた大きな丸い耳を映し出す。
ゆっくりと手を頭に持っていき、触る。感触は何か薄い膜のようなものを触っている感じ。その部分を触られている感触
も伝わってくる。
「い、一体どういうこと?」
隣を見ると、アケノが眠っている。あの時見せた、黒い髪の状態。キツネツキ状態を解除したのだろう。
そして彼女の横ではフェネ君と呼ばれていたフェネックが寝ている。しかし、あの時の大きさではなく、幼い姿でだ。
「何が、起きたの?」
目からと思われる声を聴いて、そのまま自分の中にある戦う意識以外が全部消えてしまったように体が動いて、そこから
……
「で、いつまで寝たふりを続けてるの?」
「ば、ばれてた?」
なんだか耳がよく聞こえる。意識すれば心臓が脈打つ音も聞こえる。
途中から寝息の音がわずかに大きくなって、一定間隔になった。
ネタばらしはしないで、本題に入ることにする。
「それで、どういうことなの?」
事と次第によってはこいつをシバキ倒さないといけなくなる。
「話せば長い話になるのですが……」
そして語られるあの後の顛末。死にかけた私の体にネズミを憑依させたと。
「つまり、死にかけた体にネズミの力を加えてなんとか生きながらえさせたと」
「事後承諾になるけど、これしか手段がなかったから……」
足元に絡む細長い尻尾を触りながら、つくづくアケノがとんでもない存在だと思った。
「それで、これって戻せるの?」
使用したのはジェネラルラットの力を封印した符と『憑依』の符を使ったとのこと。
「憑依自体はフェネ君のキツネツキを参考にして作ったから分離もできる……」
おや、フェネ君がちょいちょい前足を振っている。なるほど、これはかわいい。
「……マジで?」
「どうしたの?」
アケノが目を逸らしながら答える。
「フェネ君からキツネツキの簡単なメカニズムを聞いたんだけど、体を融合させて、意識だけを憑依させる、らしい」
ほう、キツネツキでフェネックの体が消えるのはそう言った理屈なのか。
学者たちが聞いたら目の色を変えそうな話だ。
「それで、融合を解除するのに、意識側で融合した体を引き離す処置をする必要があるとも」
つまり、いつ引きはがすかは憑依側が決める事と。
「それで、ジェネラルラットの力を符に封印して、それをフェネ君の術式で融合させたから、
意志の存在しない、もしくは非常に薄いからそう言った作業が出来ない状態の可能性が高いと」
「くどいから短く纏めて」
「ずっとそのままの可能性が高い」
とりあえずチョップを入れておいた。
しかし、人生とは何が起こるのかがわからないという言葉を思い出す。
誰が予想できただろうか、貴族の妾の子として生まれ、没落して、冒険者として旅をしていたら死にかけて、獣人になっ
てしまうなんて。
三文小説でも見かけないようなミラクルだ。
でも、いいや。今はこれで。このまま、少しだけ眠らせてもらおう。後のことは後で考えよう。
あ、でも、この一言だけは、今言わなきゃ。
「ありがと、アケノ」
そのまま、意識は吸い込まれるように闇へと融けた。
死を乗り越えるには代償はつきものです。
追伸・5/23時点より。
続きを書いている最中に右目のコンタクトがどっかに飛んでいきました。
次回以降の更新に影響が出る可能性が高いです。