06 またまた親戚? ヤマドリタケ!
受験者の半数を落としたという知能の試練。
その合格者発表が行われた。
静峰は発表を見て号泣している。
対する隣の袋鶴茸はにこやかだ。
澄み切った笑顔とはこの顔を示す言葉だろう。
「やっただー!」
静峰に強引に参加させられた袋鶴茸は記念受験のつもりだったのだが合格した。
しかし、問題から考えると当然である。
対するめそめそ泣いている静峰は……
「うぇぇぇん。(ちらっ)うぇぇぇん。(ちらちらっ)」
「嬉し泣きだかー?」
合格しているのである。
そして、バレバレの嘘泣きだった。簡単に見抜かれるのは予想外だったのか、身体がびくついた時に目薬が落ちた。
「嘘泣きで感動の最後を演出しようなんて……だっさーい」
四肢に鋼鉄の防具をつけた幼女。
かつてアンミン洞窟前で眞白に質問攻撃していた素直女子だ。
「……」
「さて、合格者の皆さんには次の試験会場までの船を用意しました。さっそく乗り込んでもらいます」
トキポキ村を抜けるとポッコリ池がある。
かつては池という名の通りの大きさだたのだが、次第に大きく深く広がり今では湖というか海の一部になっている。
そして、そこには一隻しかないという巨大な豪華客船。
「でっか!」
「大きいっぺー」
木製の豪華客船は真っ白で、それ一隻がまるでお城のようだった。
静峰も袋鶴茸も初めて見る大きさだ。
王国の公式発表ではなんと千の娘が乗っても大丈夫らしい。
「皆様、お乗りくださいませ」
紫の掛け声で意気揚々と入船していく娘達。
さすがの猛毒種も興奮したように乗り込んでいく。
「静峰様、袋鶴茸様もどうぞ」
鹿執事である。
船へと通じる階段を登って入ってみると、四階まで吹き抜けの広々とした空間にど肝を抜かれる。
黄色い木材と白い壁が織りなす絶対的な高級感。
「す、すごいね! 驚愕しちゃったよ!」
「なんか場違いな気がするだー」
「さーてそろそろ出向しちゃ~うよっ!」
天井から声が、いや、四階から料理長帽子を被った娘から出発の合図が聞こえた。
「あ、あれは……や、や」
「ヤマドリ・B・ポルチーニ。超一流の料理人ですわね」
食適種にも関わらず、その類稀な食への拘りと努力で脅威の料理技術を得るに至った娘である。
普段はフキヌケ山の頂上の料亭まで過酷な道を登らねば味わえない料理を楽しめるという事だろう。
因みに、フキヌケ山は別名アンミン山とも呼ばれている。山登り中に永眠してしまう娘がいる事と、アンミン洞窟が通っている事で覚えやすいのが理由だろう。
「俺、あの味が忘れられないんだよな!」
「素晴らしい! あの料理をまた経験できるなんて!」
「感激ですわ! 胸が高鳴りますの」
春のアミガサ三人娘は興奮している。
彼女達でさえ、あの難攻不落と言われる山登りは苦しく何度も行ける場所ではない。
それにしても、ここにいるという事は叩き割った机で試験合格したという事だ。
「あ、静峰さん。宜しかったら、料理長の所までご一緒しませんか?」
紫が提案した。
鹿執事は目を丸くしたものの黙っている。
どうやら一緒に船旅するらしい。
眞白と毒美は見当たらない。
人付き合いの嫌いなあの娘達ならトキポキ林の豪邸で寛いでいそうだ。
静峰は腕を組んでうんうん唸った後で人差し指を立てた。
「ふふふ、わかったわ! 私も料理手伝います!」
悪戯っぽい笑顔の静峰。
快諾してもらえて喜び微笑む紫。
調理室のある四階までは二階の見世物広間と三階の運動場を抜ける必要がある。
紫、鹿執事、静峰、そして袋鶴茸は揃って木製の階段を登っていく。
二階では一流の踊り子として知られる水楢舞が舞茸らしいぴらぴらの茶色いスカートと髪をはためかせ踊っている。
華麗に駆け、重力を感じさせないふわりとした跳躍を魅せる。
またある時は頭をぐぐっと後ろに反らせて、柔らかな身体で楽しませてくれる。
娘の中にはつられて踊り始める者までいる。
なんだか見ているだけで心身の疲れが取れて元気になってくるから不思議だ。
髪も衣装も裏が白地なので動きの躍動感より一層伝わってきて、静峰も体がうずうずしてきたが、ここは我慢だ。
料理人が待っているのだ。
カンカンカンカンッ
ぐつぐつぐつぐつ
しゅーーーーー!
調理室からは美味しそうな匂いが漂っている。
出来た料理から食堂に運ばれているが、昼食まではまだ時間があるはずだ。
そもそも娘に必要なのは水と少しの栄養なので、律儀に毎日食べる必要はないのだが。
「ああ、昼食の用意で忙しいみたいですわ。もう少し後にしましょう」
「残念だー」
肩を落とす紫と袋鶴茸。
一方で、にやりと笑うのは静峰と鹿執事だ。
「先に宿泊室でお休みになられますか?」
司会役などで疲れているであろう主の身体が心配だったのだ。
船旅位ゆっくりさせてあげたい執事心である。
「そうだねー。少し休憩しよ! 昼食の時に集合って事で!」
静峰も鹿執事の案に同調する。
もっとも彼女の賛同理由は別にあるのだが……。
揃ってぞろぞろと五階の客室へと向かう。
ここには水分たっぷり保湿部屋もある。ガラス張りで中には、小さな苗木、ベッドや椅子が見えている。
「私の部屋はここですわ。何かあったら気軽にドアを叩いて呼んでください」
しかし、紫はまだ自室に戻らず、静峰と袋鶴茸の部屋の案内をしてくれるのだった。
彼らと別れた静峰は眼を輝かせて階段を降りる。
◇
食べ放題形式になっている。
立ち並ぶ数々の料理はポルチーニ自慢のクリームソースパスタと野菜たっぷりシチューを始め、お粥、筍と春野菜のおひたし、ふきのとうの煮物、シーザーサラダ、小籠包、八宝菜、中華スープ、杏仁豆腐……多岐にわたる。
少し遅れた静峰が円卓につく。
「よく来てくれました。こちらが料理人のポルチーニ。そして、こちらの御二方は以前眞白を助けてくれた静峰様と袋鶴茸様です」
「初めますてー。こんな美味しそうな料理嬉しいだー」
「ふふっ、楽しみね。きっと皆びっくりして喜ぶわ!」
「ありが~と。嬉し~いよ」
鹿執事は後ろに立っている。
「このお粥とっても美味しい! 頬がとろけちゃいそう!」
「このパスタも最高だー。 私生きててよかっただよー」
しかし、和やかに楽しまれるかと思われた昼食は突然終わってしまう……。
「きゃーーーー!」
あがった悲鳴、運ばれて行く娘達。
額に汗するポルチーニ。食事中に何かあれば、料理人の不安を掻きたてるのは仕方ない。
「どうし~たの? 何があ~ったの?」
培養室で見たのは苦しむ娘の姿だった。
彼女らは『ま、まずい……』等と供述しており、ポルチーニは衝撃で固まっていた。
ポルチーニが料理に失敗?
それとも女王候補を狙った事件か!?
ここは今日も…… 今日は事件です。
※娘達はあまりの不味さに気持ち悪くなっただけで健康です。