02 破廉恥娘じゃないんだ! 突撃、フクロツルタケ!
第一試験が行われるトキポキ林と静峰がいた王国東部の間を行き来するのに一番安全で速い通路はフキヌケ山のアンミン洞窟である。
他にも手段がないわけではないが、フキヌケ山を越えるのは準備があっても危険で迷いやすい。山登りしようとするのは、頂にある幻の料理店で絶品料理を食べようとする娘くらいのものだ。
回り道するにも未だ誰も横断した事のない底なし沼か普通の登山より厳しい雪山しか選択肢がない。
そういうわけで、静峰もアンミン洞窟経由を選んでいる。
そんな彼女がいるコンコン村はフキヌケ山の麓にある小さな宿泊街である。
洞窟に入る前や出た後で休息する娘達で賑わう街だ。
腐女子を倒した静峰は傷ついた心と疲れた身体を癒そうとさっそく宿屋へと向かった。
木と林檎の香りがする宿屋『コンコン宿』。
村名の由来にもなっている宿である。
「たのもー!」
袋鶴茸から拝借した重量感のあるもこもこの服を着ているせいか、静峰は猫背気味だ。
「いらっしゃいませコン」
古き時代の和服姿で出迎えてくれるのは狐野槍。
スニーカーと背中の槍が服に合っていないが、外仕事担当なので仕方ないのかも。
門番や桑の実採集、地域の案内などをやってくれる娘さんだ。
因みに、持ってる槍は飾りだって噂だ。
「お一人です!」
静峰は先回りして宿泊人数を叫ぶ。
狐の耳としっぽをぱたぱたと動かし、来客に狐野は喜んでいる。
「こちらですコン! お客様」
たたたっと走っていく狐野についていく。
もうすぐ部屋だと静峰は浮かれている。
「おお、これが!」
狐野が開いたドアから見えるのは両手両足を伸ばしても余りある広いベッドと桑の実の装飾が豪華さと温かさを感じさせる素晴らしい部屋だった。
「あ、御免なさいコン。こちらは特別客(VIP)様用の部屋でした」
狐野はくすくす笑っている。
お茶目な悪戯だが、静峰はむっとしている。
悪戯をするのは私専用の持ちネタのはずなのに、と。
「特別客(VIP)ね。どんな娘が来るの?」
どこかで言い返したい静峰。
大したことない客だったら嫌味でも言おうと待ち構えている。
そうと知ってか知らずかとことこと歩いて行く狐野。
「女王陛下様とか王族関係ですコン」
「陛下様が、ね……」
悔しいけれど、女王陛下以上の存在はいない。
なんといっても女王を名乗れる娘は唯一無二なのだ。
静峰はがっくり肩を落とす。
「今度は間違いないです。こっちの部屋ですコン」
「そう……」
悪戯っ子で通している私が押され気味なのは疲れているせいだ。
腐女子にやられて疲れてるんだ、と言い聞かす静峰。
「どうですコン?」
普通サイズのベッド、意識しないと気付かない程度の装飾。
清潔で過ごしやすそうだが、あの部屋を見た後では嬉しいはずも――
「お、いいじゃん! わかってるね」
あった。
疲れた時だったら、寝転がれるなら芝生の上でも心地良い。
とりあえず休みたい、そういう事である。
「よ、よかったコン」
少し残念そうなのは狐野の方だが、きっと気のせいだろう。
荷物を置いた静峰はベッドに飛び乗った。
狐野はまだ立っている。
「お客様、お疲れでしたら、培養室もあるコン」
「おお、いいね」
案内された培養室には娘の元気の源である湿気がたっぷり、栄養源もベッドも並んでいる。
培養室に寝転がっている娘は二つ。
赤いロングドレスの少女、なぜか血だらけ。
橙色のロングドレスのお姉さん、なぜか服が傷んで所々素肌が見えている。そして、胸が異様にでかい。
「貴女も一緒にお休みになるの? 嬉しいわ~。こっちの娘さん、血だら真っ赤で怖かったんさ」
横向きに寝転がって既に寄せられた胸をさらに寄せている。
強調されてるみたいでなんかむかつく。
「確かに……」
話題に出された赤い少女は何が嬉しいのか笑っていた。
なんだか可愛い。
静峰は栄養源を一口飲んで、ベッドの縁に座った。
酷使した足を投げ出す。
「ここの培養室の管理人まだ帰ってこないのかしらね。何やっちってるのかなぁ」
なんだか上の空だ。
あまり興味のない静峰はちょびちょび栄養源を飲んでいる。
「私ならここにいるよー」
「ひっ」
白い下着に透け透けのワンピースを着た幼女が立ち上がった。
どうやら最初からいたらしい。
静峰の背後だったので、ビクつくほど驚いてしまっていた。
「おおやだ! いたの!? 小さすぎて気づかなかったわ」
小さすぎて、が強調されている。
因みに、白い幼女に胸はない。
「へー、そーなんだー」
元気いっぱいの返事である。
耳から半分外れた黒い耳当てと独特の髪型のせいで幼女の頭を大きな白魚がぱくついているようだ。
巨乳女は少し残念そうに頭を掻いている。
そして、何かを察知したかのようにいきなり立ち上がる。
「あ、そろそろ行くっぺよ」
慌ただしく巨乳女は窓から外へと抜け出した。
途中、胸がつっかえて出れない等と供述していたが、わざとだと思われる。
「やっと静かになったわねっ」
「あっ、ちょっ……!」
幼女の鼻をツンツン突く静峰。
頬を赤く染めて仰け反る姿も可愛い。
静峰の心も穏やかに落ち着いていく。
「あらあら、ここにいるのもせいぜい食不適程度ですか」
黒い着物姿で現れたのは多くの一族を率いていたかつての名門黒肥地家の跡取り娘である。
黒肥地一夜。
本家と血がつながってないと判明し、傘下が殆ど消えてしまった事でさらに有名になってしまった令嬢である。
食不適とは娘の五つある格の一種で異端な娘の称号でもある。
他の四種は、数多い食適種、クイーンのように数の少ない希少種、特殊能力を有する毒種、そして最上級の特殊能力を誇る猛毒種。
その内、毒種と猛毒種の娘達の眼は赤く輝き、それが能力の証として認知されている。
唖然とする静峰たちを意に介さず、黒肥地はさっさっと培養室を去っていく。
納得いかないのは今日一日悪戯役であるはずなのに、振り回されてばかりの静峰である。
急いで栄養液を飲み干してしまうと、さっと黒肥地を追った。
「ちょっとそこの半毒種のお姉さ~ん」
黒肥地は特殊条件下のみでしか能力を発動できない。
それを揶揄したのだ。
「あら、何かしら異端者の小娘さん」
振り返った黒肥地の黒髪の先から墨汁のように黒い液体が垂れ、着物も半液化している。
彼女の黒い瞳の奥が赤く輝く。
「おいおい、喧嘩か~! 俺も参加いいかな?」
興奮して戦いに行こうとするのは赭熊だ。熊っぽい服の彼女は猛毒種である。
「駄目よ。いけませんよ」
窘めるのは網笠茸と尖網笠茸である。
この二つの娘達は両方毒種だ。
「ふふふ、私が異端者だと! 笑わせるな!」
ゴスロリの娘、静峰が叫んだ。
思わず苦笑する黒肥地。
ごごごご……
「あらあら、なら勝負でもします? 何ならお仲間を呼んでもよろしいですわよ」
ごごごごごご……
「その油断が命取りにならなきゃいいけどね!」
ごごごごごごごごごごごご……
「いきまっごっ」
黒肥地は黒い液体をまき散らしながら吹き飛んで行った。
何が起こったのか、下着姿の娘と衝突したのである。
残った娘もぶつかった部分が赤くなっていて痛々しい。
「はっ、早く私の服を返すっぺ!」
破廉恥な姿の彼女は袋鶴茸である。
腐女子に追われている静峰が服を拝借して、そのままだった。
「あ、うん。ごめん」
静峰はたじたじである。
両手の指を突き合わせて、眼をきょろきょろさせている。
実は悪戯して怒られる瞬間が好きな静峰である。
「ふ、服は?」
ただ、袋鶴茸の蘭々と輝く赤い眼は薄らと開いてるだけなのに見る者を恐怖に落とす。
そう、彼女も猛毒種だ。
「宿、こっち!」
「早く案内すっぺ!」
ここは今日も平和です。