01 私が主役! 美しきツキヨタケ!
きのこ界を騒然とさせた女王の発表。
それは次期女王を決めるというものだった。
女王の出した『強く逞しい』という条件だけでは不十分と焦った宰相達が追加した条件は四つの街の長に認められる事。女王交代に反対の猛毒御三家は第五試験担当になる事を条件に納得していた。
宰相とは国の政治を司る頭のいい娘達。天狗とも呼ばれている。
猛毒御三家は女王直属の護衛であり最強と謳われる側近だ。
それに対して、残る寿命が心配な女王はさらに追加で条件を出す。時間の制約だ。
最終的に、今年の夏が終わるまでに五つの試験で認められた娘の中から女王を決め、秋に正式な女王交代の式典が行われる事が告知された。ただし、合格者が出るとは限らない。
五つの開催地の発表は順番に行われるらしい。
試験内容は伝えられていないが、女王の演説によって腕っぷしが問われる事だけは知られている。その為、多くの娘は肉弾戦で決まると推測していた。
何であれ、突然の事態にきのこ界は慌ただしくなっていた。
◇
最初の試験場所発表の前夜。
ゲンエイ森西部。
真っ暗で夜空の星屑と対をなすように黄色い光が散らばっていた。
地面に広がる光の源は椎の灯火茸。
「本当に行ってしまうの?」
椎野灯は寂しそうに呟いた。
とても小さい少女の鮮やかな緑の瞳には涙が溜まっている。
「ふふふ、私決めたのよ! 女王になってすっごい事しちゃうって!」
悪さする気満々の顔で叫んだのは月夜茸の静峰月夜。
椎野と同じ緑色の眼をした悪戯っ子だ。
黒と緑を基調にしたゴスロリ服で、ドレスと髪の内側が淡く緑に光っている。
「そう……」
無口で他と距離を置いて暮らす椎名にとって静峰は唯一の友達だ。
次期女王に名乗りを上げれば会えない日が増える。もしかしたら、別の場所を気に入るかもしれない。
試験に危険がないとも言えない。
椎名は俯いてカンテラを持っていない左手で白いワンピースを握りしめる。
「辛気臭いな~! また帰ってくるって!」
ぱっつんと切られた長い髪を振り回し、静峰は笑った。
右手の人差し指をちょこちょこ振っている。
「本当?」
不安げに顔を上げる。
溢れていた涙は頬を伝って落ちた。
「うん! この前髪に隠された三日月型の瞳に誓って!」
さっきまで振っていた右手で前髪を掻き上げた。
静峰の左眼が露わになる。
椎名はワンピースの裾を引きずりながら駆けだした。
静峰まで寸前の所で裾を踏んで転びかけてしまったが、そのまま静峰の腰にしがみ付くように抱き付いたので怪我はない。
◇
「んん! もう日があんなに高い!?」
朽ちた木を枕にしていた静峰が頭上の太陽を見つめて嘆いた。
急いで立ち上がり、服についた埃を叩き落とす。
椎名は目をうっすら開けて慌てる静峰を見つめる。
日が出て明るい間は地味で小さい椎名に存在感は全くない。
しかし、今回は椎名の顔にでかでかと書かれた文字『次期女王の親友』のお蔭で、静峰にも簡単に見つける事が出来た。
「灯、行ってくるね。またお月見しに帰ってくるよ!」
椎野はこくりと頷いた。
ゴスロリ娘は手を振って駆けだした。
ゲンエイ森西部から最寄りの人里までは少し距離があった。
直線距離はそれ程でもないが、慣れてなければ確実に迷子になる。
静峰にとっては庭も同然なので、街の掲示板に辿り着くまでには些細な困難もなかった。
「女王になったら床が全部大理石、ぐへへ」
「ほほぉ、最初はトキポキ林か。アンミン洞窟を抜けんといかんの」
街はなかなか娘達で賑わっている。
静峰も掲示板に掲載された地図を見上げ――
「うわっ! 危ないな!」
すごい勢いで駆けて行く何かに衝突されかけた。
「すまねぇ! 急いでてな!」
静峰にぶつかりそうになったのは春のアミガサ三人娘の赭熊網笠茸である。
大きく豪華な白い荷台を引いているのに、物凄く速い。
しかも、荷台には娘も乗せているのでかなり重いはずだ。
ゴスロリ娘はむっと顔を顰めた。
何か言い返そうにも、既に相手の姿はない。
静峰は呆気にとられて見送っただけだ。
「網笠茸! 尖編笠茸! ガンガン飛ばすぜ!」
朝一番に城下町の掲示板を確認した春のアミガサ三人娘は最初の試験が開かれるトキポキ林へと猪突猛進していた。
「頑張って、赭熊網笠茸」
「素晴らしいわ。この調子で進むのですよ。もうすぐコンコン村が見えますからね」
白い豪華な荷台に乗っているのは他の三人娘、網笠茸と尖編笠茸だ。
荷台は激しく上下しているのに、中の娘達は優雅に微笑んでいる。
「今のは一体……」
一難去ってまた一難、呆然とする静峰の周りでは急速に異変が広まっていた。
さっきまで次期女王の話で盛り上がっていたはずの住人達が眼の色が変わったように興奮している。
そして、それは感染するように娘から娘へ伝わっていた。
「ほもほもほもほも……」
「ほもほもほも……」
婦女子入門という本を手に謎の言葉を発する娘達。
「ふふふ、皆が何か変」
悪戯っ子の静峰はいきなり変わり果てた住人を面白がる。
そんな彼女に近づく青い肌の娘……
「あら、貴女はまだお友達になれていないみたい」
静峰と違って前髪ぱっつんの青緑色の少女が立ってる。
この事件の原因だろう。
視線が交差し、静峰は苦笑いする。
周りにはもう彼女以外の全員が腐女子になっているようだった。
「ちょ、ちょっと! そこまで、そこまでよ!」
誰かにちょっかい出すのは好きだが、玩具にされるのは大嫌いなのだ。
そして、腐女子になる気もない。
「大丈夫。一旦こっちの世界に入ったら、もっと早く腐女子になればよかったって思うから」
娘達は不気味に笑っている。
逃げ出す機会を逃してしまった静峰は腐った娘達に囲われてしまった。
雑誌片手にニヤニヤ笑う顔。
興奮して鼻の穴を大きく開いている娘。
そんな彼女らの顔がぐるんとゴスロリ娘の方に向いた。
新世界へ誘う手が伸びてきて……。
「うおりゃあああああ!」
地面を蹴り、静峰は高く高く宙返りした。
今まで静峰がいた所に群がった腐女子でできる娘の山。
「ふっ、ふふふ。それじゃ! さよなら!」
「ま、待ちなさい!」
逃げる静峰を追いかけようとする緑青の少女だが、身長底上げブーツのせいで急な動きに対応しきれず、転倒してしまう。
こうする間にも逃げる静峰。
「同志たち、布教してきなさい!」
「ほもほも!」
「ほもほもほもほも!」
走り出す娘達。
逃げる静峰。
「は、速い!」
ふりふりのスカートを揺らして、たたたっと駆ける静峰が呟く。
猛毒種である静峰に追いつく勢いである。
「ほもほもほもほも」
「こ、これが、腐女子パワー!? もおぉ、ほっといてよぉぉぉお」
追いかけっこする彼女達の走る先に見えるもこもこの物体。
涙目の静峰はきらーんと左眼を輝かせる。
「ふ、ふふふふふ。いいところに!」
悪戯っぽく笑う静峰にもう涙はない。
厚手の手袋に、全身を完全に防備する服……。
露出しているのは顔だけの娘がいた。
「そこのーおーまーえー」
「何かな!?」
叫ぶ静峰。
満面の笑みで振り返るモコモコ服の娘。
そして、すれ違いの一瞬。その僅かの間に勝負は決まった。
静峰が手にしたのは、もちろんモコモコ服である。
ひゅ~、風が吹く。
あとに残ったのは白い下着姿の巨乳っ子。
着太りする娘のようで、脱いだ姿は魅力的だった。
「ふ、これでばっちりね。いくわよ!」
もこもこ装備の静峰は腐女子へと走る向きを変え、次々に娘達を気絶させていく。
「ちっ、数が多い!」
「ほもほもほもほも」
走る静峰、追う腐女子。
「まだまだ!」
「ほもほも」
殴る静峰、飛ばされる腐女子。
「うりゃぁ。」
「ほも……ほ……」
戦闘と退避を繰り返し、最後の腐女子を蹴散らした。
ようやく終結した時にはコンコン村のすぐ前だった。
「つ、ついたわ! 今日はここに一泊しよっと!」
「ほ……も……」
「えっと……。私の服……」
戦いの結果通り道に出来たのは気絶する娘達と下着姿の巨乳娘。
ここは今日も平和です。
※腐女子の娘達は無事です。