夫婦
ジャンル【恋愛】王道です
10月31日
外が真っ暗になった頃、部屋のチャイムが鳴り、見た目は20代前半くらいで、目がぱっちり二重の小柄なボブカットの女性が玄関の扉を勢いよく開ける。
「トリックオアトリート!」
「うおっ!」
そして、玄関から現れたよれよれのスーツ姿の男性に抱きつく。女性の名前は岸谷 由紀、男性の名前は岸谷 裕人。そう、同じ名字と2人の薬指にはめている指輪からして、由紀と裕人は夫婦なのだ。
「今日はテンション高いな」
裕人は自分の腰に抱きつく自分よりも1回りも2回りよりも小さな由紀を引きずるように歩きながらリビングのソファに座る。そして、当たり前のように裕人の隣に座った由紀は両手を胸の前で水をすくうような形にし、笑顔で首を傾げた。
「その前にその手はなんだ?」
「裕人、今日は何の日か知ってる?」
「大家の坂上さんが趣味のゴルフに行く日」
真顔でしれっと、答える裕人の頭に由紀は軽くチョップを入れる。
「分かってるって、ハロウィンだろ」
「もう、裕人のボケは分かりにくいよ」
「で、ハロウィンだからお菓子をくれと?」
「そうそう〜。さっき私が、トリックオアトリートって言ったから裕人はお菓子くれなきゃダメなんだよ」
唇を尖らし子供っぽい口調で訴える由紀の手に小さな白い箱が乗せられた。その箱から僅かながらクリームの甘い香りがする。
「これはケーキではありませんか!しかも、私が好きなケーキ!」
「中身、開けるの早いな」
ケーキでこんなにも喜び無邪気に笑う由紀を見た裕人の頭の中は『かわいい』という単語で埋め尽くされ自然と笑みがこぼれた。
「ねねっ!早く食べよう」
「分かったから、まずは風呂に入らせてくれ」
「りょーかいです」
風呂場に行くためリビングから出て行った裕人を見送った後、上機嫌な由紀はケーキを冷蔵庫に入れ気合を入れて夕飯の支度をした。
* * *
裕人が風呂から上がり、由紀が作ったお世辞にも美味しいとは言えない夕飯を2人で食べ終えた後、ソファの前にある簡易テーブルに座り、2人寄り添いながら裕人が買ってきたケーキを食べる。
「裕人のケーキちょーだい」
裕人は自分が使っていたプラスチックのスプーンで目の前にあるショコラ・スフレを掬うと小さな口を大きく開けて待つ由紀の口の中に入れる。まるで、その様子は付き合い始めたばかりのカップルのようだ。
「チョコも良いね」
「じゃぁ、由紀のケー」
「ダメ!絶対にダメ!一口もあげないんだからね」
由紀が自分のケーキを死守するように皿を簡易テーブルの端へ追いやったその瞬間、由紀の顔の前に裕人の顔が近づき・・・
「んぅ」
由紀の柔らかな唇の端に付いていたショートケーキのクリームを舐め、そのまま流れるような動作で由紀の口内に侵入し、甘い時間を過ごす。
「ごちそうさま」
由紀の口から離れた裕人はいつもより甘めの声で由紀の耳元で囁いた。