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 私の1日のスケジュールは、詰まっているようでそうでもない。



 朝6時に目が覚めて、着替えて6時半に家を出る。

 車通りが少ない公園や脇道をメインにブラブラと1時間程走る(with室長)。


 7時半に家に帰って風呂に入り、汗を流すついでに1時間ぐだぐだと浸かっていると、あがってご飯を食べ終える頃には9時を過ぎてしまう。

 それから急いで準備をして、10時15分前に室長しかいない特別研究室に着く。

 10時5分前に宮さんと佐久間さんが来るまで1人で10分間室長の相手を努め、10時になれば延々と伝票打ちの鬼となる。

 

 14時の昼休憩時には、弁当(おにぎり)を持ってきて佐久間さんとランチ(時々室長)。

 終れば再び通常の業務に戻る。内容は専ら伝票打ち。

 18時になれば佐久間さんの頭が舟をこぎ出し、視界の端でそれを見ながらひたすら伝票を打つ。


 19時過ぎ、宮さんもようやく腰を落ちつける。

 そして晩御飯。

 皆が言うには“コンビニには飽きた”という事らしく、部屋の隅にある広くした台所で私が作る事になっている。残り物を持って帰れると思っていたが、それは甘かったようで、皆出来たら出来た分だけ食べるのでその夢は潰えた。

 あ、晩御飯前に何度か間食タイムがあったのを忘れていた。


 そして20時就業を迎えて直ぐ出動する時もあれば、23時になっても現れない時もある。こればかりは異世界(むこう)の防衛次第だから。

 だからテーブル近くには待機用の娯楽が沢山あるのだ。


 部屋に帰って電気を付ける頃には1時前になっていて、それからささっとシャワーに入り、そのままベッドへダイブすれば泥のように眠る。

 2時前には寝るように心がけている。



 これが私の1日のスケジュール。

 もう少し時間を有効に使えればいいのだが、如何せん不器用なもので無駄が多い。器用だったならば、借金400万も作るハメにはならなかったのだが。



 まぁそんな過去の事は置いておいて。

 今日は土曜日、上のスケジュールは20時以降のものを残し、全て真っ白になる。




「……あんた、バカ?」



 3週間ぶりに会った小学以来の友人である飛鳥(あすか)に言われた。


 昨日電話でランチに誘われ、お金が無いと断ろうとすればどうしてだと電話口で叫ばれた。

 軽く事情を説明しようとすると、何かを察知したのか会って話を聞くと言われ、飛鳥の奢りだという豪気にほいほいと乗せられて、こうして近場のイタリアンレストランで会う事になったのだ。


 そして3週間前にあった出来事をファンタジー抜きで話してみたところ、感想は上記との事だった。


「分かってるよ。通帳も面倒くさがらず3つ4つに分けておけばよかったって」

「はいバカ追加。問題はそれだけじゃない」


 和風パスタのきのこを私の皿に乗せながら飛鳥が言った。

 どうやら私に同情して栄養をくれるらしい。あれ、でも昔きのこ類が嫌いだと言っていた気がする。


「ほんっと……あんたは昔から碌な男寄って来ないね」

「確かに」


 飛鳥の言葉に、歴代の彼氏を頭に浮かべた。

 記念すべき1人目の彼氏は5個年上で、付き合って3ヶ月目で彼女(妊娠中)がいると判明。

 2人目の人はタメで、マザコンで母様の許可がないと動けない人だった。

 3人目のヤツは身体目当てで。


 そして最後の雅人がパチンカス。

 こうやって並べてみると、この履歴に雅人が加えられても別段違和感はないかもしれない。

 むしろ老婆になった時の昔話のネタにもってこいではないのか。残業含め。


「もういい加減その猫被るのやめればいいのに。それだから男は付け上がるんだよ」


 食べながら呆れたように飛鳥は言うが、彼氏が出来ないと嘆いていた私に、


“可愛いくぶらないと男は手に入らないよ。内股で小首かしげてちょっと愛想よくニコニコ笑っていれば簡単よ”


 と助言したのは目の前の彼女だというのに。

 私の猫は彼女から借りたというのに。

 なんていう手の平返し。


「でも結局最後蹴り入れたらゴリラ言われたけど」

「じゃあ蹴るゴリラを調教する慈愛に溢れた飼育員的ハートを持った男性を探せばいいじゃない」


 そんな糠の中で米粒探すようなものじゃないか。奇特すぎる。

 奇特といえば若干1名頭に浮かんだけど、あの人は蹴られたい人だった。


「それで? 蹴って逃げられたあんたは、律儀にそのクズの借金を返済しているという訳だ。使いこまれた上に」

「だって雅人と連絡つかないからどうしようもないし……。それに、今の上司と兄さんが補助してくれたからいいかなって」

「軽っ! 軽いよ考え方! 普通使い込まれたらその時点でぶっちんしてキレてボコるでしょう!? プラス借金! 泣いて叫びたくなるよ私だったら!!」


 机を叩いて飛鳥が叫ぶ。そう言われても。

 だってあの日、見えない借金をどうしようかと結論が出るより早く、現金を前にしてしまったのだからグラつかない訳がない。

 そして今の残業があるから返せない額ではないと言うと、飛鳥はため息をついてワインをかきこんだ。

 昼間とか関係はない。

 柔道仲間である彼女は、見た目こそ可憐なゆるふわ系だが、昔から中身は豪胆なのだ。


「……ほんと柔軟というか、冷静というか。いや、流され体質か……。昔っからほんと、適当だなぁー」

「ごめん」


 自分のカルボナーラをかきこむ。

 肉厚のベーコンが凄く美味しい。こってりのクリームソースが、白米(兄支給品)プラス何かしか入れられなかった胃に染み渡る。晩御飯以外のご馳走だ、しっかり噛み締めた。


「今のその残業、本当に大丈夫なの? そんな旨い話、危ないんじゃないの? それにその男3人にこう……」


 飛鳥に言われ、夜の仕事を思い出すが、命の危険も貞操の危険も特に無さそうだとは思う。

 私の性癖に勝手に横槍が入る危険は今まさにあるが。

 恐らく、あの3人の中にいるから更に危機感がなくなっている気がする。悩みのなさそうな明るく楽しい人達に囲まれて、夜中バットを振り回していれば、苛々も溜まらないってもの。


 そう思うと、今いる環境はとてもいいものだと感謝しなければならないかもしれない。


「大丈夫。どうも女に見られてないようだし、皆普通にいい人達なんだよねぇ。それになんていうか、私らの高校時代のあんな感じでかなり楽」

「あはは! それは楽だわ! っていうかなんなのその仕事、部活なの!? ふふ、まぁ庸子が楽しんでるならいいんだけど。そこらの男よりは強いから、実際あまりそういう方面は心配していないんだけどね!」

「うん、ありがとう。そんな優しい飛鳥に、これどうぞ」


 スマホのカメラフォルダを出し、中の写真を見せてあげると、前のめりになった飛鳥が叫ぶ。


「何このイケメン……! めっちゃ可愛い……っ!!!」


 ご飯を奢って貰うからせめてもの感謝の印にと、以前毛布に包まって寝ている佐久間さんを盗撮させて貰ったやつを披露した。


 昔から可愛い物には目がない飛鳥サン。佐久間さんを気に入ると思っていた。

 激しくテンションがあがった飛鳥は、店を出るとすぐさまカフェに入り、美味しいケーキを奢ってくれたのだった。



 盗撮してごめんなさい佐久間さん。

 でもありがとう佐久間さん。

 お金がない私にはこれしか術がないのです。

 折角月額払っているのだから、スマホも有効活用しないと勿体無いのです。



 次合う約束をしてくれた飛鳥が望むので、次なるショットも頂きたいなぁと思っています。







「……僕、今日何故かずっと寒気が止まらなかったんです」

「風邪かチヒロ君!? 段々冷えてきている、身体には気をつけないといけないぞ」


 私の白衣をと言っている室長から身を捩る佐久間さん。

 こんな時にまで呑気だな、室長は。



 今私達4人は周囲を囲まれている。

 そうしているのは無数の一般人達。150から200人程といった所だろうか。


「困りましたね……これじゃあバットは使えないじゃないですか」

「やったら確実に死亡コースだな」


 しかし彼らには黒いモヤがかかっている。


「そう、魔物が乗り移っているただの人の身体なのだ、何とかお手柔らかに頼むぞ。遅くなったが、いつも休日出勤ご苦労」


 私達の真ん中で室長が言う。

 丸腰で引け腰の室長に言われたくない。



『こちらへついてきて下さい』


 と、微弱な魔法を使ってなんとか広々とした工場跡地に誘導したはいいものの、一撃必殺のバットが使えないとは、なんて手を煩わせる魔物達だ。

 腕時計を見れば、午後11時。誘導に時間がかかり過ぎた。

 1人少なくても50人強。5万円。おお。

 しかし少々骨が折れる気がする。物理的にも折れそうだ。


 でもうだうだ言っている場合じゃない。

 こういう時の柔道だ。

 スカウトだろう私。



 世の乙女共より秀でている力を今使わないでいつ使う。



 相変わらずヨレヨレで頼りのない室長に高山さんを預け、いざとなったら自分の身を守るようにと言い聞かせる。

 彼はあくまでもただの魔力保持者、応援・叱咤・激励するマスコット的ポジションなのだ。

 それ以上の期待はしないがバットを振り回すくらい出来るだろう。


 頷いたのを確認して、宮さんと佐久間さんに目配せをした。

 2人は頷き、室長を中心に背を向け合い、魔物達に向かって3方向へと拳と木刀(手加減すると言っていた)を振り上げた。


「レベル1の魔物だが、断然数は多い。油断してはいけないぞ」


 室長の声に頷きだけで返し、私が1人目に掴みかかる時、後ろから魔物の断末魔が聞こえた。

 振り返れば宮さんが右脚をあげてる姿が目に入る。


「おっし、1人目」


 そして長い足を下ろしたかと思うと、地面に着いていた脚が横に切られる。

 瞬く間に2人をのした所を見て、どうしようもなく血が滾るのが自分でも分かった。



 宮さんは空手の黒帯で、接近戦を得意としていた。

 あの巨体から繰り出される拳や蹴りなど最早凶器。殺戮兵器。

 私の高山さんが優しく撫でているのかと思える程、食い込む音の鈍さが違う。


 着地して構えをとる気迫ある姿には、思わず息を飲んだ。


 今回は手加減して1割程度であろう宮さんの猛攻を目にしながら負けまいと、目の前にいる人の襟を掴み投げ捨てる。

 女性だったので隅落(すみおとし)で寝て貰った。

 対する男性には、とりあえず重たいので出足払(であしはらい)で倒してからの鳩尾に肘鉄で、魔物を出して貰う。


 レベル1の魔物だからか、少し叩けば布団のように白いモヤを出しながらポロポロ出てくる。

 そしてなるべく魔法を使う回数を減らせるように、数匹まとめた所ですかさず浄化をしていく。宮さんと佐久間さんの出した魔物も同様に。

 そして正気に戻って地面に眠り込む人達に治癒も忘れずにかけていく。

 起きたら節々が痛いとか青アザが出来ているとか、申し訳なさすぎる。


 そしてすっかり魔物が堕ちて眠りこけている人達を、室長が一生懸命安置へと移動させていた。



 しかし、いちいち人に掴んで千切っては投げ千切っては投げしている私とは反対に、一瞬で勝負をつける宮さんと佐久間さんが羨ましかった。

 そんな私の物欲しげな目に気付いたのか、大男を落とした宮さんが構えのまま首だけこちらへ向けた。


「どうした、なんかあったか?」

「あ、いえ。やっぱり空手っていいなぁと思いまして」


 どうしてもクセで襟を掴みに行ってしまうから、そのまま蹴ったり殴ったり出来る技がある空手が羨ましいと言うと、自分の拳を見て、もう1度私の方へ視線を寄こした。


「空手、教えてやろうか?」

「え!」


 すっかり自分の持ち場を地に鎮めた宮さんが私の方に来て、近くにいた1人の男性に向かって華麗に回し蹴りをかました。


「……っと、こうやるんだ。手ぇ痛めるといけねぇから蹴りでいった方がいいぜ」

「…………」


 宮さんに期待した私が愚かだったかもしれない。脳みそまで筋肉に侵されていた。


 折角空手の技も身につけられると思ったのに。ぬか喜びしてしまった。

 私が動かないのを見て、首を傾げ子供を諭すように肩に手を置いてゆっくり喋る。


「うーん、要はな。彼氏蹴った時の要領で、それをこう、するんだ」


 すると再び違う男性に向かい、私が蹴った真似をし、そこから思いっきり上に振り上げて落とす。踵落としの完成。私の別れの現場を見ていた発言にはもうツッコむまい。

 な?と体操のお兄さんのように爽やかに笑ってくるので、園児よろしく後について演技をしてみる事にした。


「……こう、ですか?」


 ガタイのよさそうな男性を探し、言われた通りしてみる。

 身体は柔らかい方だから角度は問題ない筈だが、しかし首に届かず胸に入っただけで、無事でいる首を傾げられるだけに終わった。


「……」

「……」


 物凄く格好悪かったといのは言うまでもなく、あれは手足の長い宮さんだから格好よかったのだと身に染みた。


「こらミャー君、ヨーコ君! 善良な市民を実験台にして技研究しない!」

「へーい」

「はい」

「やるなら私にしなさい全く……いつでも君達の力になってやるというのに……!」


 せっせと人を運ぶ室長に怒られてしまった。

 しかしやはり付け焼刃はいけない。そして個人の個性を大切にしなければ。

 同じ技を使う人がいるグループとか聞いた事がない。


 黙々と木刀を打ち込んでいる佐久間さんを見習って、目の前の魔物退治に精を出した。



 しかし数分後。

 自分の武器を使ったからといって、消耗しないわけがない。

 たかだか3週間前から鍛えているだけでは、30人程倒した所で息も絶え絶えになった。

 目の前にはまだ20人程の操られている人達。依然数はあちらの方が多く、ヤンキー達も吼えて熱くなる泥仕合と化していた。


 流石の宮さんにも疲れが見え始め、佐久間さんは珍しく腕を晒し、左手に木刀を持ち替えている。


「し、しつちょ……、魔法で……、パパッと出来な……ですか……?」


 これはいけないと息荒く室長に提案するも、少し考えた顔をして首を横に振った。


「すま……ない。浄化と治癒の乱発で……肉体強化も出来ない状態だ……」

「……エコも……考え物……すね……っ」


 室長も室長で気を失った沢山の人を運んだのだ。眉間に皺を寄せているのが見え、疲れているのが分かる。

 肩で息をする4人組。

 寄る年波には勝てない。老いというものをありありと感じさせられた。

 やはり体力なんてものを忘れてしまった今より、10代の頃にスカウトをするべきだと異世界の魔法少女スカウト組合に物申したい。


 ていうか魔法で楽させて欲しい。

 ここに来て心から魔法を使いたいと思った。


 目に汗が入って視界が滲み、顔にかけているハンカチが息を吸うたびにはりついて息がし辛い。

 取ろうと構えを解くと、横から佐久間さんの声がかかる。


「庸子さん……! 後ろっ!」


 振り向いた時には既に遅く、女の人に被さられた。

 両腕を抱えられるようにホールドされてしまったので、身動きがとれず地面に顔からいってしまった。

 とんとご無沙汰だった痛みに、思考がぶれる。

 ハンカチのお陰で、口の中砂まみれになる事は回避出来たのはせめてもの救いか。

 地面にすりおろされているその隙に、周りの人が次々と私の上にのしかかってくるので、口から晩御飯が出てきそうになるのをぐっと堪えた。

 ギリギリ見える視界の端で、室長が運んでる途中の人を放り投げて私の方へかけ寄ってくるのが見える。

 宮さんと佐久間さんは見えないけど、きっと残った魔物の相手をしてくれているのだろう。


 圧迫されて身動きのとれない身体、地面に吸い込まれていく汗を見て、漬物の気分てこんな感じなのかと身につまされていると、辺りが目映く光った。


 そして聞こえる太刀筋。

 軽くなる背中。


 視界が開けた先に見える姿は―――



「―――随分と、重い荷物だな。ヨウコ」



 黒いマントをはためかす、ブラック様だった。




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