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 風に揺れる黒の髪、

 目元を隠す白の仮面、

 身体を覆う黒のマント。


 私を抱きかかえる人からは、バラの香りがした。



「大丈夫かと聞いている」


 低くぶっきらぼうな声で、安否を確認される。


「……あ、は、はい。大丈夫です」

「それならいい。さっさと奴の浄化を」


 男の視線を辿れば大量に白いモヤを出している魔物、その地面にはバラバラになっている触手。

 モヤの隙間から他の3人はまだ触手に絡まっているのが見えた。

 あの一瞬でここまで出来た事にもだけど、この大きな魔物をアッサリと倒してしまうその強さに驚いた。

 

「さようなら」


 私が呟けば魔物が廃墟から消える。

 モヤがはれ、静かになった空間にドサドサと皆の落ちる音が木霊した。


「大丈夫ですか庸子さん……!」

「無事か庸子!」

「ほーほふん! ふひへほはっは!」


 疲労困憊といった様子で地面と仲良くしている3人は、それでも私を心配してくれる。

 そして私の置かれている状況を見て目を丸くした。私も驚いている。

 でもこの腕の中から逃げ出せられないのは、恐らくあの触手の副作用だろう、身体が麻痺して動かないのだ。

 室長の言葉が不自由なのは直に突っ込まれたせいだ。よかった、口を閉じといて。


「―――お前の名はヨウコと言うのか」


 名前を呼ばれ、ドキリとした。

 その仮面の奥の赤色の瞳に、私の顔が見える。

 肩と足裏に回されている手から手袋越しに熱が伝わってきて、その温かみが、真っ黒の男が人間だという事を教えてくれた。


 私が返事をすると、室長達に背を向け離れていく。

 そして壁際にたどり着けば、そっと膝をついた。私は男の膝の上に座る事になり、男を見上げると顔に手が伸ばされる。

 そして覆うようにするりと頬を撫でてきた。


「濡れてい―――」

「ほはーー! ほーほふんひ、ははふあーー!」

「室長ちょっと黙っててください」


 台詞キャンセルとかやめて欲しい。魔物だってちゃんと守っているのに。


「……さて、行くかな」


 ほらみろ、やっぱり気を悪くしちゃったじゃないか。

 見かけからしてあんまり喋るタイプじゃないと思っていたのに、恐らく貴重であろう折角の台詞のチャンスを逃してしまった。

 私を下ろし壁に預ける男に謝った。


「あ、あの……すみません、室長が失礼を……」

「いや、いい。それより」


 私の目の前に手が迫る。

 ぎゅっと目を瞑るとバラの香りが乗った風が顔を撫でてゆく。

 戸惑いながらも閉じていた目をそっと開ければ、吹き抜けの窓の桟に足をかけている漆黒のマントをはためかせた男の姿。

 手には私のふさふさの仮面。それを私に見せつけるかのようにピラピラと振った。


「―――これは似合わないぞ、ヨウコ」


 そう言って飛び立つ男の後ろ姿に声をかけるも1歩遅く、あっという間に闇に消えて行ってしまった。


「私のじゃないですよ!」


 今更言っても遅い。のは分かっていても言わざるを得なかった。私の沽券にも関わるのに。


 弁明する余地を与えてくれないとは。

 私が室長に貰った仮面を好きでしてると誤解されては困るじゃないか。



 動けない身体を怠惰に床へ投げ出して、視界に入る空を見れば、どんよりと曇った夜空と光のない暗闇しかなかった。




「一体あの人は誰だったんでしょうか」


 私が壁際から声をかけると、男衆は芋虫のようにうごうごと動き出す。

 まだ痺れから回復出来ていない4人である。こんな危機感のない番組見た事ない。空気読んでくれる後をつかえる魔物達に感謝しなければならない。


「……僕達も、初めて見ましたよ。素晴らしい太刀さばきで、今度教授願いたいくらいでした」

「そんなに凄かったんですか……。私は魔物の喉ちんこしか見えなかったので残念です」

「女の子がちんこ言うな!」


 宮さんが反応した。

 他の名称知らないから仕方ないじゃないか。


「あー……まぁ、ヨーコ君。とりあえず敵ではないようだが、警戒するに越した事はないぞ」

「何でですか? あの人ってきっとあれですよね、ピンチになるとかけつけるブラック的な存在の」

「我々は戦隊物じゃないからイケメン仮面的な存在だろう!? ……って、ま、まさかヨーコ君……、あいつに惚れたのか……!?」


 ガクガクと揺さぶってくる室長。私は反撃出来ないと分かっていてなんて一方的な仕打ちだ。

 ならば私は口で対抗せざるを得ない。


「強い人は素敵ですよね」


 見事なエビ反りを披露した室長には耳が痛いだろう。

 そう思っていたのに。


「ヨーコ君! 君には使命があるのだ、う、現を抜かすのはいかんぞ!?」


 完璧にスルーした。

 気が付いていないのかもしれない。ジャンルは天然でいいだろうか。


 しかしあの人はやはりそういう立ち位置の人だと認識していいようだったようだが、室長のあの無碍な態度はいただけない。

 認めたくないのは分かる。

 ブラックもイケメン仮面も、主役より強く、オイシイ所を全て持っていくのだから。馴れ合いをしないと更に高感度は増し増しなのだから。イケメンなのだから。(※全て私個人の感想です)

 一視聴者の時は強いカッコイイと思っていただけの存在だったが、実際助けて貰うと本当にあのありがたみがよく分かる。やはり必要な存在だ。ブラック様様。


 いや、ブラック様を褒め称える前に気になる事が1つ。


「室長、どうしてもう回復しているんです?」


 私の前に来て、自然にぺたぺたと手や首筋を触っている室長に声をかける。

 振り払いたくても動けないから口を出すしかない。


「私は耐性があるからな。それより身体に問題はないか?」

「大丈夫です……って流しませんよ。耐性があるって宮さん達はまだ回復しては……、ってもしかして、あっちの世界で何度も餌食になってるんですか?」

「ふっ。媚薬じゃないのが救いだな」


 確かに。

 そんな作用があったら今頃地獄絵図だったろう。考えるだけでも恐ろしい。

 私はようやく思い知ったのだ。



 魔物というものは、恐ろしい物だったと―――



 これからは気を引き締めて戦おうと固く心に誓った。 

 そしてようやく身体の自由が戻った頃、顔を覆うものが無くなった事を思い出す。これが無いと私のアイデンティティが崩壊してしまう。


「室長。室長の仮面が奪われてしまいました」

「奪われたのはそれだけじゃないだろう!?」

「うまい事言ったつもりですか?」


 全く、私はそう易々と惚れたりしないのに失礼な。


 だけど室長、鋭い。

 誰にも言ってないが実は私、戦隊物ではブラックが一番好きなのだ。

 あの戦隊5人をアッサリと救うクールなチートさがたまらなく、小学6年頃までのなりたいものランキング第1位だった。第2位はブルーだった。

 それを周りのガキ大将達に(絶対なってぶっ飛ばしてやるからなと)言うと、


『お前にはむりだ。せいぜいベージュだろうな!』


 赤でも青でも緑でも黄でも桃でもない色を言われたのも懐かしい思い出だ。

 その当時は小首を傾げていたが、大人になってようやくその意味が分かった。

 黒(最強)を目指す桃(美女)でもない黄(優男)にもなれない中途半端な奴だ、という事。小学生の癖になんて的を得た事を言うんだろうと、大人な私は感心までした。


 そんな私の前にブラック―――憧れの人が現れてしまっては無視は出来ない。



 もう1度会いたい。ブラック様。



 そして雄雄しいであろうその勇姿を拝んで、佐久間さんと共に技の教授を願いたい。


 次こそはとそう使命に燃える私に、くいくいと服を引っ張ってくる室長。

 なんだと見やれば、眼鏡のブリッジに指をかけ、少し頬を赤らめてこう言った。


「……とりあえず……私の眼鏡を貸そうか?」

「いりません」


 そんなノンフレーム、魔物に知的に見せてやる意味が分からない。

 素顔を曝してしまうキャッ恥ずかしい的な室長の恥じらいも意味が分からない。



 仕方ないので上ジャージのチャックを限界まで上げ、せめてもの意地で顔にハンカチを巻いて夜の街へと飛び出した私であった。







 あれから3日、ブラック様はやって来なかった。



「やっぱり……ピンチにならないとやって来ないか」


 そこもセオリー通りにいってしまっているのが悔しい。

 フルーツジュレのぷるぷるをスプーンでつつきながら、ため息ばかりが出ていく。

 そんな私の前に、フルーツジュレを与えてくれた宮さんが来た。


「まぁ庸子にゃ、ピンチがあったあの日の方が珍しかったもんなぁ。普段俺らのサポートあんま必要としねぇし」


 ケラケラと笑う宮さんの手の中には中身の無い包み。

 見回せば他の2人はまだケーキを1口2口フォークを刺している所。ホールではないといえ、ケーキを1口でいってない事を願いたい。


「それはやっぱり、戦闘着の変更があったせいではないでしょうか」


 女子力が上がった私に魔物が本気を出したのだ。

 そんないらん本気を受けて、危うく18禁展開になるなんて誰得だ全く。

 私は得をする所か、色んなものを大量に無くすしかない。そんな汚れた私じゃもう夢見せる少女ではいられない。それでもいいというのか。

 それは駄目だろうと現状維持の意地が張れると気持ちも大きくなったのに、宮さんは屈んで私の耳元で囁いた。


「それってよ、裏を返せばアッチ(・・・)の方だとピンチになるって事だろ?」

「……!」


 宮さんの方を見れば悪い笑みを浮かべていた。

 それは考えたくもない一案だった。


 しかし、その可能性も否めないのが現状。

 物は試していないから結果はまだ分からない。


 だけど。


「そこまでしてピンチになりたくありません。今のままで十分です」

「ははっ。そうか」

「そうです」


 ぷるぷるつついていたフルーツジュレの真中にスプーンを突き刺す。

 ゴロゴロのフルーツごと口の中へ運べば、歯ごたえのあるオレンジの感触と柔らかいジュレの感触。

 楽しんでいると、2つ目を取り出した宮さんのショートケーキが目に入り、苺に目を奪われる。


 ブラック様の赤い瞳を思い出した。


 日本人には有り得ない配色に、きっとこちらの人ではないのだろうと結論が出る。

 しかしそれ以上の情報はまだ無い。知りたいようで、知りたくない。

 いや、謎のままでいいのだ。……だ。


 謎めくブラック様に、私の決意がグラグラに揺さぶられる。

 私の乙女心を弄ぶとは。これだから罪な人なんだ、昔からブラック様というのは。全く。


 もやもやしている私の眼前に近づく赤い苺。

 少し身体を引けば、その持ち主の宮さんが苺を差し出しているのが見えた。


「なんですか?」

「そんな物欲しげに見てるなって。―――好きなんだろ?」


 私にだけ聞こえるような声で囁いた。

 口の端を上げ、薄く笑う。


 ……この人も、食えない。

 年を食っているだけあって、小娘を手の上で転がすのはお手の物って事か。

 あれだけ普段軽くふわふわもりもりしているのに。ちんこに食いつくのに。


 宮さんの手からフォークを奪う。

 でも相変わらずニヤニヤしている宮さんに、見せつけるように食べてやった。


「……嫌いじゃないですけど? だけど、あの2人みたいに餌付けして、懐柔しようとしないでくださいね」

「くくっ。そんなつもりはないぜー?」


 何を言う。

 佐久間さんの好きなブルーベリーが乗ったチーズケーキと、室長の好きなザッハトルテとクラシックショコラを買い付けてきたくせに。

 佐久間さんの間食好きは分かっていたけど、室長の甘いもの好きを知った瞬間だった。


『あちらには甘いものがなくてね、こちらに来てなんて素晴らしい物があるんだと感激したぞ!』


 などと昔の人のような事を言っていた。

 くそ甘いザッハトルテを持って喜ぶオッサンを目の当たりにして、喜びの最中にいる室長の耳に『ジム行ってきていい?』と囁いていたのを目の当たりにして、これが餌付けではないだのとどの口が言う。


 私も連れていって欲しい。


 ……ではなく。

 室長には甘いものかとメモに付け加えておいた。後々役に立つ日が来ればいいと。

 秘密のメモを書き終えた私の前に、私用なのか、コーヒープリンを置く宮さん。

 ケーキの甘さが得意ではない私へ配慮されたチョイス達。この会社はプライバシーというものはどこへ置いてきたのだ。


 まだ食べさせる気かと顔を上げると。


「それに庸子」

「え?」

「お前随分痩せたろ。肉つけろ肉」


 スーツの上からなのに、自分の体系にツッコまれるとは思わなくて普通に驚いた。

 よく見ている。

 やはりその筋肉もりもりの身体を維持しているからなのか、人のものにもうるさいのだろうか。


 実は残業初めてから3週間弱で、3キロ落ちていたのだ。

 ついでに乳も。あ、ここの事か?

 じとりと睨むと、違うと手を振って下半身を指した。


「あ、分かりますか? 見て下さい。最近腹筋が薄っすら付いてきたんですよ。こんなの学生の時以来です」

「へぇ。どれどれ」


 ポンポンと腹を叩いて自慢をしていると、宮さんは私の腹に拳を数度当ててきた。


「成程。よく出来てきてるじゃねぇか。背筋は?」

「……最近……割るのが楽しみで、前とサイドばかり気にして疎かになってます……」

「やっぱり。まぁ分からんでもないがな」


 宮さんに駄目出しを食らい、2、3背筋についての注意時点を貰ってメモをした。

 帰ったら早速実践してこの筋肉もりもりを見返さないとと計画を立てていると、ソファから身を乗り出した室長が口を挟んできた。


「こらヨーコ君! 魔法少女じゃなくて筋肉少女目指してどうするのだ!」

「この仕事は体力勝負ですよ。仕事の為なので仕方ないんです室長」

「むっ」


 抗議をした室長が一瞬で口を噤む。

 どうやら私が誰の為に何の為に肉体改造をしているのか分かって貰えたらしい。

 まぁ半分は大義名分が出来た趣味なんだけれども。


「……じゃあ僕も腹筋割りたいです」


 今まで真剣にケーキを貪っていた佐久間さんが参入。とても満足そうな顔をしていて何より。


「んじゃ今から皆でジム行っか」

「なんでそうなるんですか」


 そう来ないとみたいな感じで扉へ向かう宮さんを止める。

 おかしい。

 就業中に己の肉体を鍛えに行くとか聞いた事がない。


「だって俺らはそれも仕事のうちだって言ったのは庸子だろ?」

「む……」

「大丈夫ですよ、庸子さん。うちの社長は寛容なんです」


 それは知ってる。

 むしろ進んで住処を与えた人だからね。


 どうやらこの誰もやりたがりそうにもない残業をやり続けられる背景には、このゆるさが根っこにあったという訳だ。

 絶妙なバランスで成り立っている雇用の形態。

 また1つ賢くなった。


「私は寝るから……皆で行ってくるがぃ……」


 言いながら室長はソファに落ちていった。

 仕方ないので毛布を出して、室長の身体にかけてやる。


 床を眼鏡が落ちていたので、拾ってテーブルの上に乗せ、ふと顔を上げれば室長の顔が近くに見えた。

 瞼を閉じた目元には黒じゃない睫毛。窪んだそこには薄っすらクマが出来ている。


 見る度寝ているのにクマをこさえているとは変な人だ。


 異世界の人とは身体の作りが違うのだろうか。

 じっくり観察していると、用意を整えた2人に声をかけられた。

 立ち上がろうとすればくん、と室長に腕をとられ、動けない。


「室長?」

「ヨーコ君……」


 少しかすれた声で私の名前を呼ぶ。

 腕の拘束は緩まない。


「……なんですか」


 私が問えば、室長の薄い唇が開く。


「……もっと……」

「もっと?」

「もっと! そうやって私を詰るがいい……っ! ふふっ!」


 力いっぱい変態の腕を振り払った。

 その腕はテーブルへ直下し鈍い音を響かせたが、持ち主の男の顔には更に深い笑みが浮かべられていたので凄く後悔した。

 夢の中での私は何をしているんだ。

 現実無視して勝手に私のSM像を作らないで欲しい。


 室長に印象を覆すべく、これからなるべく丁寧に接する事を心がけよう。

 ここに来てから、目上の者に対して目に余るものがあったのは自覚はしていたし。


 デスクに戻り、鞄を持って扉へ向かった。

 そこでふと気付く。



 いつの間にかブラック様の事が頭から離れていたという事。



 乙女な私はどこへいったのだ。


 腹筋1つで連れジムするなんて展開。

 ついに私もこの一味に染まってしまったのかと思うと、形容しがたい不安に襲われる。




 町の平和を守っている私達が、一番平和なのかもしれない。





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