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 最初の魔物は、なんのチュートリアルかと思ったくらいレベル1の野球ボールが浮いたような物だった。



 なので私は手に持っていたバットを振り下ろした。

 すると地面にめり込んだ魔物第1号は、黒いモヤを白ませながらピクピクと身体? を震わせる。


「お、おう庸子。それでいい。それでいいが、お前……、手際がいいな」

「……初めてとは思えない位鮮やかです」


 と、私の後ろから覗きこんできた2人に褒められた。大人になれば褒められる事なんて滅多にないのだ、照れてしまうじゃないか。

 急いで室長の顔色を伺うと、何やら口を開けたり閉めたりした後、眉間を押さえ、私の顔の前に親指を立てた。


「―――そ、それでいいのだ、ヨーコ君! 素晴らしい縦斬りだ!」

「ありがとうございます。よかったです」

「しかし名乗りを忘れているぞ! 今でいいから言ってあげなさい、魔物が可哀想だろう」


 タイトルコールまでいるのか。どこまで本気でやるのだろう。

 まぁ、色々我侭許して貰ったし、それくらい守ってもいいか。


「正社員庸子です。では」


 まだピクピクと震える魔物に声をかけた。聞こえていないとは思うけど。

 しかし申し訳ないけど、これも私が借金を返済する為―――ではなく、この町の平和を守る為、消えて頂くしかないのだ。

 心の中で合掌し、さて次はどこかと公園の中へと歩き出せば、室長に止められた。


「やけにアッサリ言ったのが気になるが……まぁいい。それよりどこへ行く、ヨーコ君」

「え? 次の魔物待ちですが」

「これを浄化しなければ意味がないぞ」


 浄化?

 ……そう言えば魔法使用時の例であった気が。


「それはどうするんですか?」

「この聖☆シャインキーを持っていたまえ! 勝手に君を主と決めて前借りしてしまっていたが、これは君と私の正式な契約の証だ。これで私は君のもの。魔力(こころ)の扉はいつでも全自動だぞ!」


 それが無くても貯蔵庫は使い放題と言ったのは今日の事なのに。何かと形に拘る人だ。

 室長は嬉しそうに私の手のひらに金色のおもちゃの鍵のような物を乗せる。するとそれはすうっと消えて、手のひらの中へ吸い込まれていってしまった。どうやら無くさずにはすみそうだ。

 しかし、これを持って私はどうすればいいのだろう。

 そこら辺は実践で教えてくれるとの事だったから、特に自習も予習もせずに来たのに。

 すると室長はあのボロステッキを出し、右手に取ってそれを空高く突き上げた。そして肩幅に足を開き、少し曲げて内股になり、腰を左にくねらせた。


「お痛をする悪い子は、私がデリートしちゃうぞ☆ピュアピュアクリアー!」

「…………え……?」


 悪い幻聴が聞こえた気がする。

 聞き返せば地団駄を踏まれた。


「だから! 絶対聞こえているだろう!? ……全く。魔物を浄化するには呪文が必要に決まっている。この“お痛をする悪い子は、私が”―――」


 本当にその呪文を言わなければならないのだろうか。

 そうじゃありませんようにと宮さんを見たのに、まるで親戚の子供のお遊戯を見守るかのような慈愛に満ちた瞳で頷かれた。

 そんなの信じないと佐久間さんに縋ったのに、袖に顔を隠して伏せられてしまった。そのお顔は麗しいけど今はいらなかった……!


「往生際が悪いぞ、ヨーコ君。呪文は魔法が真の力を発揮する為に必要な循環形態。日本にも言霊という物があるだろう? 心が込められた言葉が力を持つ、それと一緒だ。さぁ私と一緒に!」


 再びくねるポーズをとる室長。そういうのは恥ずかしくないらしい。イマイチこの人の羞恥ポイントが分からない。

 いやそんな事考えている場合じゃない。

 バットを握り締め、どうにかならないかと思案した。

 だって現に今、あの衣装を着る事を回避している。なんでも試してみる価値はある筈だ。人間諦めたらそこで終了、可能性を信じろ。

 まだ律儀に地面にめり込んでくれている魔物に近づいてしゃがみ込んだ。


 勿論、示談する為だ。


 先ほど室長が言った言霊があるのならば、効果があってもいい筈だと。

 いざ、と口を開こうとする私の背後に室長が近付いてくるのが分かった。少し位足掻かせてくれてもいいのに!


「ね、ねぇ君、どうにかして……! 私もう24だからあの台詞はキツいの……っ!」

「全くヨーコ君は。最初から躓いていてはこの先が不安だなフフハハハ!」


 この上なく気分がよさそうだ。

 愉快に迫りくる室長の方が、魔物よりよっぽど恐ろしい。


「ひっ。おっ、お願いだから消えてっ!」


 シュンッ。

 めり込んでいた黒い物体は消え、凹んだ地面が見える。

 その上から影が3つ重なり、顔を上げれば3人の大人が目を丸くして私を見ていた。


「……じょ……浄化、出来ただあっ!?」


 宮さんが大口を開けて驚いた。私はその言葉に驚いた。


「え、ほ、本当ですか? あれでいいんですか?」

「はい……。まさか……女性の力という物はこれ程までとは……」


 感心している佐久間さんの横で、室長がステッキを持って震えている。

 何が何だか分からないのだ、早く説明して欲しいと目で訴えればようやく口を開いた。


「……実は呪文と言うのは、気持ちを言葉に現せる為の媒体なのだ。言葉に意味を乗せ、魔力を循環させる。魔力が少ない状態の場合は特に必要なものなのだ。しかし逆に言えば、気持ちが込められてさえいればどんな言葉でも呪文として成立するという事……。それは魔法使いと称される、女性のみ成せる力技だ」

「もう少し分かりやすく」

「ヨーコ君であれば、どんな言葉でも魔法が通ずるという事だ」

「本当ですか!」


 と、いう事はあの呪文を言う必要はない、と……!

 立ち上がってガッツポーズを作る私に対し、ぶつぶつと呟く宮さんと佐久間さん。恐らく室長が作ったであろう、精一杯女子力を上げたと思っているあの呪文を何度も唱えたのだろう。

 その様子を画にする事は私の乏しい想像力では無理だったが、お疲れ様でしたと頭を下げておいた。


「し、しかしだなヨーコ君! あの言い草だと格好がつかないから、やはりここは私が考えたあの呪文を―――」

「確かに……、“消えて”では情緒も言い草も酷いですよね」

「う、うむ! 分かってくれたかヨーコ君……!」


 そこに再び魔物が現れた。

 今度はレベル4らしく少し大きく、私の腰下位までの犬のような風貌だったが、足が2本増えて6本足だった。

 4本だろうが6本だろうが魔物には変わりない。


【グルル……ニンゲン……クラウ……】


 地面を蹴って向かってくる魔物に合わせて腰を落とし、今度こそこのバットに似つかわしいスウイングをすれば、綺麗に吹っ飛んで木にぶつかった。

 倒れ落ちた所に近づいて、白いモヤが出ているのを確認する。


 そして。


「力の加減が出来なくてごめんね。“さようなら”」


 跡形もなく成仏してね、と心の中で願えば、先ほどと同じように一瞬で消えて無くなった。

 よし、使い方は合っている。これならやっていけそうだ。

 知らないうちに凄い力が使えるようになってしまったとホクホクと振り返ると、室長の白衣であろう、ヨレヨレのそれにぶつかった。

 いたたと鼻を押さえると、また室長は膝をつく。


「丁寧に見送っても駄目……っ!」


 どうしてこの人はそこまでロマンを求めるのだろう。

 実際町の平和が守れれば何でもいいじゃないか。長たらしい呪文を唱えるよりも、時間が短縮出来て素晴らしいじゃないか。時間のエコはいらないとは差別だ。

 室長を縋らせたまま立っている私の傍に2人がやって来る。

 宮さんは私の頭の上に手を置いてニカッと笑い、佐久間さんはぽふぽふと拍手をしてくれた。


「初めてにしては貫録ある戦いぶりだ。頼もしい限り」

「ありがとうございます?」

「前任の方達はレベル1でも僕達が補助していたのに、流石ですね庸子さん」

「女子力はその人達の方が高いですけどね」


 2人で私を褒めちぎる。

 その下で恨みがましく見上げる室長。

 なんていう飴と鞭……無恥? ……いや、上司に失礼か。


 と、そんな事は置いておいて。



 こうやって私の初討伐は大成功にて幕を下ろし、魔法少女として夜な夜な徘徊―――暗躍していたのだった。







「―――全く、ヨーコ君は最初から言う事を聞いてくれないな」

「すみません」

「すまないと思っているのなら、この衣装を着てビデオを撮らせ……」

「宮さん、佐久間さん、お茶が入りました」


 お盆に淹れたてのお茶を乗せ、台所での説教から抜け出した。


「おーう。サンキュー」

「ありがとうございます」


 ソファーが定位置の宮さんにお茶を渡してから、窓際にいる佐久間さんにもお茶を渡す。

 今日も通常通り、のんびり仕事中です。

 ……と、随分とこの空間に慣れてしまったようで、自分でも悲しくなる。慣れというのは恐ろしい。




 あれから私は、魔法少女としてしっかり任務を果たすべく、朝1時間程ランニングをする事にしたのだった。



 何故かというと、初日の討伐の次の日、身体中が物凄い筋肉痛に襲われたからだ。

 高校の時から余り使わなくなっていた物を動かした反動だ。やはりジャージを買いに行くのに全力疾走は無謀だった。あとフルスイングも。結構反動が強かったし。

 体力向上に、筋トレも付けた。寝る前に簡単に腹筋と腕立て伏せ等も少々。


 このせいあってか、お陰で逃げる魔物を追って町内を走り回る事になっても、多少の腕比べになっても、身体が悲鳴を上げる事は少なくなった。


 だけど。

 どうしてか、朝のランニングをしていると室長に出くわすのだ。そして何故か私の隣で並走するのだ。


『やあ、ヨーコ君! いい朝だな!』


 などと爽やかに私のコースに侵入して来れば、追い返す事も出来ず。ましてや貯蔵庫のサポート役が自ら努力をしている姿を見せられては無下にする事も出来ず。

 部下の為に己の肉体も改造もするのかと、若干の感動を覚えたのに。



「……ううーん……、ヨーコ君……今の朽木倒(くちきたおし)……いいぞむにゃむにゃ……」


 と、妙な寝言を言いながら、いつの間にかソファーで横になっている室長。毎日の見慣れた光景になった。

 というか、私はまだその技をかけた覚えはないが。


 夢の中で勝手に私に技を使わせている室長は、昼間はこうして寝ていて全然仕事をしていない。ここ2週間で仕事をしている所を見た事はないと言っていい程。

 まぁ、怪しい部屋の室長だから必要ないのかもしれないけど。

 外国人だから仕方ないのかもしれないけど。納得いかない。


 私が淹れたお茶はテーブルに置かれたまま、とうにぬるくなっていた。

 上司を見るような目で見ていないのが分かったのか、宮さんは転がっている室長の足を叩きながら擁護する。


「まぁまぁ。俺達にゃ分からん大変さもあんだろうよ」

「……そういう事にしておきます」


 室長のデスクで会社の伝票をまとめながら頷いた。

 室長がでかい身体をソファーに預けて寝ているので、デスクを持っていない私は、室長が寝ている間席を使わせて貰っている。つまりずっとだ。

 宮さんのデスクもないが、彼は営業に行ったり取り付けに行ったりとで外出をよくしているからいいらしい。いる時はいる時で、デスクの上に座るかソファーの肘掛に座るかちゃんと確保はしている。


「そういや昨日はちゃんと間に合ったか?」


 現にこうやって今、私のいるデスクになんとも自然に腰掛けている。

 そして頭にぼすっと手を置かれ、その重さに上下した。そこから頷くとそのままぐしゃぐしゃと頭をかき回される。

 鳥の巣になった頭を魔の手から救い出し、キッと睨めば悪びれずひょいと肩を上げてみせた。

 外見に似合わず、一番気を使ってくれるのはこの人だ。

 年もそこそこっぽいから、言動の端々に子供扱いをしているのが見受けられるのは仕方ないのかもしれない。

 だからといって。


「でも夜中帰らすのは結構心配してるんだぜ? さっさとこっち越してきちまえよ」

「ここで寝泊りする方がよっぽど心配です。まだ魔物や痴漢の方が楽です」

「ははっ、それも言えてら。上司相手に股間蹴り飛ばす事ぁ難しいからなぁ」


 撮影しようとする室長と共に夜を過ごすなんて事を推奨してくるのは頂けない。

 ちらりと見れば、笑いながらそっと足を組み替える宮さん。失礼な。私だって誰構わず蹴り飛ばしたりしないのに。

 室長の方からも少しむずがる声が聞こえた。


「ま、あれだ。体力的にも精神的にもキツくなったら気軽に言えよ、って事だ。なんだったら俺ん家でよければ泊めてやるし」

「ありがとうございます。いきなり辞めたりしないので安心してください」


 借金はまだまだ残っている事を言えば、バレたか、と頭をかいた。


「だからといって根詰めんじゃねーぞ。じゃ、俺外回ってくるわ」

「はい。行ってらっしゃい。気をつけて」


 ひらひらと手を振って部屋から出て行った。

 例のどこへでも行ける窓は、昼間は出入り禁止だ。というか、使えない。

 前にカーテンを開けた時、見えたのはただの白い壁だった。流石魔法、不思議なものだ。


 宮さんが去った静かになった部屋で、自分のノートパソコンを出してエクセルを立ち上げる。今の自分の借金と魔物討伐数を打ち込んだデータを開いた。

 そこには2週間前から爆発的に増えていく数字の羅列。私が倒してきた魔物達の数。

 それと比例して借金は着実に減っていっている。それでも今日明日には終われそうにないが。


“だからといって根詰めんじゃねーぞ”


 詰めていないけれど。私はいつも通りなのだけれど。

 地獄の修行のような部活時代を生き抜いてきたのだから、これ位なんともないのに。

 ふと周りを見渡して、必死に働くという事をしない光景が目に入ると、打ち出した数字が馬鹿らしくなった。

 ……もっと気楽にいけばいいのかもしれない。


 マウスを動かしフォルダアイコンにカーソルを合わせた。右クリックをすればメニューが出てくる。



 ―――ありがとう魔物達。

 私は貴方達の屍を超えてこの借金地獄を生き抜かせて頂きます。

 貴方達の死は決して忘れません。



 画面に向かって拝んでからキーを押して、ゴミ箱でも同じ操作をすると、パソコンから跡形も無くファイルは消えていった。



 電源を落とし、パソコンを閉じて窓を眺める。

 外は見えないと分かっていても、見てしまうのはクセなのかもしれない。

 すると、ふと顔をあげた佐久間さんと目が合い、目を細められる。そして席を立って私の方に向かってきた。


「どうしました?」


 隣で立って見下ろしてくる佐久間さんに問いかける。

 佐久間さんは袖の長いカーディガンをめくると、腕時計を私に見せて笑った。


「お腹、空きませんか?」


 時計を覗き込めば、もうお昼の2時をさしていた。

 そういえばお腹が空いている気がする。


「じゃあお茶淹れてきますね」


 笑みを浮かべ、こくりと1つ頷いたのを見て台所へ向かった。

 3人分の湯飲みを出し、ポットにあるお湯を急須に注ぐとお腹が小さく鳴る。

 あまりにも普通の事。

 お腹も減れば、お茶を淹れるのも以前と変わらない。


 同じ釜の飯を食らう人達がいる。

 夜はその人達と共に魔物と戦う。



 日常と非日常が交互する。



 出来たお茶をお盆に載せ、既にテーブルに集まっている佐久間さんに出す。

 そしてまだ寝息を立てている布の塊を揺り動かした。




「室長、起きてください。お昼ご飯にしましょう」




 別にそんな日常も、悪くないと思う。





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