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「もう1度お願いします室長」
「絶対聞こえていただろう、ヨーコ君!?」
ばっと顔を覆う室長。涙が見えたのは気のせいだという事にしておくべきか。
それよりも。
“我々は着ていたのだ”
肩を震わす室長から視線を外し、ソファの背から身を乗り出している宮さんに振り向けば顔を逸らされ。お菓子を摘まんでいた佐久間さんは目を閉じた。手からお菓子が転げ落ちている。
本当らしい。
確かに、3つのそれぞれの大きさの衣装を見れば、各々の物だと分かる。私の物にしては大きすぎる。
しかしロリータシューズまでどこから見つけたのだろう。
もしやこれのせいで予算オーバーして繕う事になったのかと、勝手な推測をしながら大人しく待ってみるも、誰も何も喋ってくれない。
なので、私から切り出してみる事にした。
「……あの。もしかして皆さん女装へ―――」
「庸子!」
「庸子さん!」
「ヨーコ君!」
「ですよね」
がばっと一斉に詰め寄られたので、すみません、と口を噤んだ。
渋々書類に目を通せば、“魔法は基本女子しか使えない”という文字が見える。
「そう……魔法はな、女の子しか使えないのだ」
「どうしてですか?」
さっきも火を出していたし、私の動きを止めたのは、紛れもなく室長だというのに。
「それは最初から説明が必要だな。実はな、この町に現れる魔物達は地球とは異なる世界の、私の国から流れてしまったものなのだ」
「……。あれ、じゃあ室長って日本人じゃないんですか? 名前は……」
「適当につけた」
頷く室長。衝撃の事実。
思わず室長の顔をまじまじと見つめてしまった。
ヨレヨレの印象とセクハラのせいで極力見ようとしなかったせいか、少し堀が深い事にようやく気付いた。
濃いブラウンの髪だが、根元から若干覗く金髪。眼鏡の奥の瞳は薄い茶色かと思えば金にも見える黄色。角度によってオレンジが入る。
あらなんて不思議な事……今まで全然気付かなかった。
「……宮さんと佐久間さんは?」
「俺らはれっきとした日本人。庸子と同じただの社員だぜ」
よかった。ニッと笑う宮さんを見て、一気に現実に戻ってこれた気がする。
室長は眼鏡を直し、書類の文字をなぞる。
「私の国は男がちょっとばかり粋がり過ぎてね、その度の過ぎ具合に女神が怒ってしまって。虐げられていた女性を優位にしようと、自らの力を与えた。それが魔力を扱えるようになる事だったのだ」
「その結果、男性は女性に頭があがらない地位に格下げと」
「そうそう、男は体のいい魔力貯蔵庫……ってそんな事言わせるんじゃない!」
「してません」
変なの。魔力を持つ事と使用する事は別なのか。
室長の話によると、女性に負担をかけないよう貯蔵庫を傍に置き、かつ危ない時はその身を呈しって事―――……?
「あれ、でもそれだと男性は女性に従いたくないんじゃないですか?」
「貯蔵庫は主に逆らえないのだ。それに開け閉めは自由。……まぁ、その革命が起こったのが大分昔だから、今は我先にと女性に従う男ばかりになっているが」
「成程……M男が繁殖している訳ですか」
「目覚めたんじゃないから! 目が覚めただけだから!」
必死で言い訳をしている室長を置いといて、もう一度書類に目を通す。
だけどまだ不透明の部分がある。
「でも室長、それがこの女装……いえ、着ていた事とどう関連が?」
私が質問すれば、室長が重い口を開いた。
それは女の子しか魔法を使えないけど、仕える主を決めれば少しそのお零れを与れるという事だった。これが男が付き従うもう1つの理由でもあるらしい。
そして異世界……地球に流れた魔物を退治すべく室長と共に魔法使いが送られた訳だが、どうやら土地に身体が合わなかったらしく、無力に近かった彼女を還し、女子は現地調達という処置をとったと。女子は繊細だから仕方ないね。
私がここに来るまでに何回かこの会社から抜擢したけど、皆長く続かなく辞めていったとの事。
しかし“女子”にしか魔法が使えないのにどうしようと模索した結果、あの衣装が役に立つ訳だ。
少しでも女子力を感じるのか、微力ながら室長の持つ魔力が反応したという。どうして。凄い不思議。女神様も女子範囲に寛容すぎる。
それに気付いた彼らは、まるで罰ゲームのような地獄の羞恥プレイをなすりつけ合い、今まで過ごして来たという。
魔物も恐ろしいが、夜の街にそんなオッサン共も現れてみろ、何て恐ろしい。惨劇じゃないか。佐久間さんは似合いそうだけど。
それで皆のあの歓迎っぷりだったのか、と理解した。
「……ん?」
面倒くさい社会の裏事情を知ってしまった私の前に、同じ衣装の小さいサイズが置かれた。
お陰でまだ理解出来ない事がある事に気付いた。
「これは昨日、私が君の為に徹夜で作った物だ!」
ヨレヨレはその為だったのか。ジャジャーンと胸を張る室長。
「……衣装って……魔法で着替えるものじゃないんですか?」
目の前にある衣装。
よく見れば糸が解れて見えたり裁断が甘いような気もする。
魔法のステッキなんて、ただの棒にクリスマスのあのてっぺんのヤツが接着剤でくっついているだけだった。
低予算番組のようなシビアな現実が脳裏を過ぎり、酷く眩暈がする。
これならガチでシャラランお洒落に華麗にメイクアップでもしてくれた方がマシだと思わせてくれる。
「必要最低限以外、魔法は使えなくてな。さっきは君を信じさせる為に使ったが。君もなるべく使わないようにしてくれ。まぁ、今の世の中エコるのが当たり前だろう?」
「そうですね……」
成程、夢見る少女にはこの現実は見せられないな。
だから夢も希望もない、金に目が眩む大人に白羽の矢が立ったのか。ありがたすぎて涙が出そう。
乾いた視界で書類を見れば、箇条書きで、
・魔法使用可能時
その①浄化時
その②治癒
その③身体強化(必要時のみ)
と書いてあった。
徹底して削減されている。
魔法少女になるのも楽ではないのだなと、しみじみ感じた。
「だいたいそんな所だ。後は実践あるのみだぜ」
「そうですね……」
頭をポンと叩いてくる宮さん。
「心配はいりません。皆で頑張りましょう」
「そうですね……」
今日1番のいい笑顔の佐久間さん。
「ではヨーコ君。何か質問や疑問が他になければ、早速歓迎パーティといこうか!」
「何で今から!?」
「だって我々は夜忙しいのだぞ、今行かなくてどうする」
さも当然といった感じで見てくるもんだからタチが悪い。それも3人で。
私はこれからやっていけるのだろうか。本当心配になってきた。
「室長、パーティの前に1つ改定案です」
「何だ?」
「魔法“少女”はやめてください。どう考えても無理があります」
と、かねてからツッコミたかった事を言った。
だがしかし。
「大丈夫! ヨーコ君はどこからどう見ても少女だぞ!」
さて行こうかと意気揚々と扉を開けてさっさと出て行く室長に、軽く怒りを覚えた。どうやらサバ読んで150センチである私を素で馬鹿にしたらしい。
外人からしたら仕方ないのかもしれないと、宮さんと佐久間さんに慰められた。
……だけど借金返済の為……、私は頑張るしかないのだ。
*
あれから室長が懇意にしている店に入り、起こしたオーナーに無理難題を言ってご飯とお酒を出して貰っていた。本当すいませんと何度も謝った。
プラス昼間から飲んでかっ食らうのも気が引けて、私は終始大人しくしていた。
そして結局自分らが飲みたかっただけの宴が終わった頃には、日も暮れ始めた午後5時。
急いで会社に帰り、夜までの空いた時間、いつもやっていた仕事を簡単に片付けている間、やはり気になるのは壁にかけられた私用の衣装だ。
あれが目の前にあるせいで仕事がはかどらない。
数時間後にはアレを着る運命とか、なんて無常な。
もし、会社の人や知り合いに見られたとしたらどうしよう。
いや、他人でも絶対ガン見される。
そして室長らとまではいかないが、どう見ても乙女としてのフレッシュさはない私にドン引きする筈だろう。だって女ゴリラだし?
そんなプレッシャーから伝票を打つ手が止まり、動悸が激しくなる。こんな緊張、柔道の試合の時以来だ。
手の平に握る汗を見て、どうにかこの運命を断ち切れないかと思考を巡らせた結果、いい案が浮かんだ。
しかし時刻は既に20時を過ぎ、ついに私の初出動になってしまった。
「さて、ヨーコ君、君の出番だ! 場所は……この座標は2丁目の公園だな。そこでレベル1が1匹、レベル4が1匹との事だ、この窓から出て行くがいい!」
ファックス用紙みたいな紙に、見覚えのない文字がかかれたものを左手に持っている。
確か向こうの国でも本家魔法少女が魔物と戦っているようなのだが、取りこぼしてしまって流れてきた魔物を退治する為、数と大体の出現場所が教えられるらしい。時間というかタイミングは室長の腕にかかっているらしいが。
遥か異世界からの魔法通信技術は、なんとも謎めいている。
紙をくしゃりと丸めてゴミ箱に捨て、鼻息荒くした室長は右手を窓に指した。
そこは佐久間さんがいたデスクの上にある窓。
どう考えてもおかしい。どうして今まで気づかなかったのだろう。
ここは地下2階だ。
立ち止まる私に室長は続けた。
「これは“どこへでもウィンドウ”と言って、魔物出現ポイントに出れてしまう不思議な窓なのだ!」
「スレスレで怖いです。ていうかやっぱり室長はアニオタなんですか? そこら辺の外人と同じなんですか?」
違うのは魔法を持っている所くらいか。
「失礼なヨーコ君! 素晴らしい発明は取り入れていかないと、発展は望めないのだぞ」
もっともらしく言う室長に適当に相槌を返し、着替えを紙袋に入れて窓の前に立つ。カーテンを開けると公園が見え、くらりと思わず眩暈がした。
恐る恐る窓を開け、窓の桟に手をかければ平面だと思っていた外側に空間がある。すこし生ぬるい風が顔を撫でたと思えば、肩を掴まれる。
「さぁ、行くぞ。聖☆シャイン ヨーコ」
もしかしてタイトルにも使われる私の名前か?
しかしダサイ。正社員とかなんて捻りのない。
思わず身震いした。
「―――怖がる必要はない。これからどんな困難が待ち受けているかは分からんが、常に我々はいる。君は1人で戦うのではなないからな」
そう言って私の肩を抱いたままにっこりと笑う。それはふざけていない、大人の笑顔。
なんか勘違いをさせてしまった。
だけど口を開く前に身体が更に引き寄せられ、有無を言わさないそれと肩に室長の手の平を感じながら、落下の浮遊に身を任せた。
一瞬の酔いから目を開ければ、会社の近くの公園に立っていた。
横には室長、反対側には宮さんと佐久間さんが立っている。
「よし。魔物はまだ現れていないようだ。ヨーコ君、着替えてくるがいい」
と、トイレの個室を指差した。なんてリアル。まぁ、流石にあの筒抜けの研究室じゃ着替えられなかったけれども。
「室長、魔物が来るまでに時間ってありますか?」
「そうだな、今回は珍しく気配を事前に察知出来たから運がよかったぞ。10分くらいは余裕ありそうだ」
「そうですか」
私は紙袋を持ってトイレへ向かった―――と見せかけて脇へ逸れ、木の陰に隠れながら目的地を目指した。
「ヨーコ君? 準備はまだ整わないのか?」
室長の呼ぶ声が聞こえ個室から姿を現せば、驚く室長の声が耳に届く。次いで宮さんと佐久間さんの声。
「庸子!?」
「庸子さん……ですか? どうしたんですか、その服」
3人の下へスキップして行きたくなるのを堪え、おずおずといった風に向かえば、思いっきり室長に肩を掴まれ揺さぶられた。
「何故そんな服を着ているのだヨーコ君……! 私が夜鍋して苦労して作った衣装はどうしたのだっ!!」
室長は膝をついて私の腰に咽び泣き縋り付いたと思う。と、言うのは、あまり視界が良好じゃないからだ。
上下ピンクのジャージに、赤の目だし帽、これが少し大きくて穴が合わない。
白のスニーカーに履き替え、手には公園に落ちていた金属バットを持っている。
これなら完全に私だと分かるまいて。
ピンク色なぞ、知人なら私が着るとは誰も思わないて。
「なんでも売ってますね、しかも安くてお買い得」
公園の近くにある雑貨店に拍手を送った。
「ヨーコ君!!」
室長が再び立ち上がり、私の前にはだかる。
その目はとても真剣で、こんな目が出来るんだなと頭の隅で思った。
「だって室長。運動する時にスカートなんて穿いていたら、中身が見えちゃわないか心配で全力でいけないじゃないですか」
「む……っ!?」
「靴も厚底だと走れないし、顔がばれちゃ身元が割れてしまいます」
「むう……っ!」
「魔法も使えないのにステッキを持ってどうするんですか。ステッキで魔法少女の体裁を繕うより確実に撲さ……殴れた方が実用的でいいと思います」
私の肩に乗る手が微かに震えている。顔を見れば唇を噛んでいる。
その姿は嫌いじゃない。
ではなく、どうやらもう少しのようだ。
「それに」
「む」
「一応私は女なので、衣装にはあまり意味がないと思われますが」
室長が再び膝をついた。
私の勝ちだ。女神は私の味方だった。
小さくガッツポーズをすれば、笑っている宮さんに肩を叩かれた。
「ははっ! お前、そこまで嫌だったのか! 気づかなかったぜ」
「無駄な露出は控えないと、猥褻物陳列罪で捕まりますので」
「僕らでも捕まってないのだからそこは大丈夫だと思うんですが……」
と真面目に佐久間さんに返されてしまった。そう言えば皆さん経験済みでしたっけ。
でもそれは必要にかられていたから出来た所業。
私は出来る事なら避けたいので許して欲しい。
「そんなんじゃ……つまらないぞ……っ!!!」
室長の本音が出た。
引っ剥がされるのは困ると一歩引けば、腕を捕られた。そしてぐいっと引っ張られて辿り着いた先は、室長の腕の中。
背中に腕が回り、腰が密着させられる。
意外といいガタイをしていた室長との身体の間に腕を割り込ませて、思い切り突っぱねて上半身を逸らせば、目だし帽が取られて視界が広がる。
その先には室長の堀の深い顔。
「っ!」
息のかかる距離に驚いて顔を逸らしても、距離はあまり広がらず、腰にある腕のお陰で全然逃げられない。じたばたもがいているうちに私の顔に何かがかけられる。
もがくのをやめて顔に手をやれば、仮面らしきものが目元にあった。
「せめてこちらにしてくれ……! そんな今から誰かを殴りに行こうか的な色気もクソもないフルフェイスマスクなど頂けない! それも聞かないというのならば、今すぐこの場で私の全魔力を使ってでもあの衣装+αにしてやる!」
「今その話題デリケートですけど分かりましたつけさせてください」
形をなぞれば、仮面舞踏会につけるような羽のついた仮面だった。
どうしてこれを白衣の中から出せたのかなど、もう聞くまい。
涙目になりながら頷いている室長に、これ以上個人的な迷惑をかけてはいけないと自分を律した。
それに、
私と室長の周りに始めての魔物さんが浮遊していたから、ふざけている場合じゃない、と。