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 簡単に言えば昨日、2年付き合っていた彼氏に借金をなすりつけられたのだ。



 会社が終り、家に帰ろうと駅に向かっている私の前に、珍しく彼氏(1個年下)が迎えに現れた。

 身長もそこまで高くなく中性的な顔で整っていて、人懐こい笑顔で大人のお姉さん達のハートをわし掴みする風貌の彼は、中身も見合ったちょっと抜けているのんびり屋さんだ。

 いつもならまだ会社にいるか、家でごろごろとご飯を待っているかなのに、何故か私の迎えに来ているという。

 こんなマメな事初めてだ、明日は雪でも降るのかと、変だと思いつつも当社比3割減で歩幅を小さくして彼の傍にかけ寄る。


「あれー? まあ君どうしたのー?」

「ようちゃん仕事お疲れサマー☆」


 自分の声に鳥肌が立つのを感じつつ、対彼氏用の声と面を作り、手招きされるがまま歩道の隅に寄った。

 可愛げのないスーツに、精一杯可愛く見せようと内股気味に佇まいを直す。

 立ち辛いけど、つま先が着く位がよく見えると誰かが言っていたので、ここぞとばかりに取り入れている。


「こんな端っこ寄って変ー。あ、そこに美味しいご飯屋さんあるから、そこ行こっか?」

「ううん、今日はまだご飯いいよぉ。それよりようちゃん、コレなんだけどー」


 そう言ってへらっと笑い、私に出してきたのは紙切れ。

 何かと手に取って見れば、催促状の文字。

 理解が追い付かず、まだ巨大な猫を被っている私は大げさに首を傾げてみせた。


「まあ君、何これ?」

「ホントはねー、倍にして返すつもりだったんだよー。あ、だけど安心して! 先輩がいい台教えてくれたから、今度こそ俺、ちゃあんと稼いでくるからさ☆」


 私の手を取って何かを手渡してくれた。通帳と見覚えのある私のカードだ。いつの間に。

 一緒に住み始めて1年経った頃、将来の事を視野に入れて一緒に(という名目でほぼ私が)貯め初めた筈の通帳を、恐る恐る覗いてみれば、桁が3つ程減っている。

 通帳から顔を上げると、既に彼の背中が遠く小さくなっていた。


 ぶちん、と私の中のなにかが切れ、全速力でヤツを追いかけた。

 そしてヤツの背中を照準に捉えた時、巨大な猫を脱ぎ捨て地面を蹴った。


「……ねぇ雅人ぉ……、ふざけんな、よっ!」

「げふっ」


 まあ君の背中、広くて素敵っ(ハート)とか言っていた背中に、5歳の頃から高校卒業するまでやっていた柔道で鍛えた蹴りを叩きこんだ。まぁ実際柔道はあまり関係ないけど。

 地面に突っ伏した雅人を跨いで見下ろせば、顎と背中を押えた雅人が私を見て頬を引き攣らせる。


「よ……ようちゃん……? ふざけ……え、今何……」

「そんな事はどうでもいいの。え、何、借金? 私のお金使い込んだ上に? どういう事? んん? このパチンカスのクズが?」


 ヤツが立っていたならば技の1つや2つ叩き込んでいただろう。倒れているのと人通りがあるのとで手を出さずに済めてよかった。

 固まって答えない雅人に、もう一度笑って首を傾げてみせる。

 雅人は一瞬ビクッとしたものの、勢いよくその場を立ち、道路側に走っていく。その素早さにヒールの私は出遅れた。

 あっと思った時には止まっていたタクシーに乗り込んで、『暴力女! ゴリラ!』と叫び、私を置いてその場から消えた。


「ちょっと雅人……! そのタクシー代どっから出したのよっ!!」


 きっと最初からとんずらこくつもりだったのだろう。なんて用意周到。そこまでよく悪知恵が働くな。くそ!

 スマホを取り出し、雅人に電話をにかけてみたが繋がらず、とりあえず集まった視線から逃れるべく自分の部屋に帰れば。

 同じ部屋に住んでいたヤツの痕跡は既に無く、実家にでも電話かけてやれと思っても、場所も番号も知らなかった事に気付かされ。会社にはとうに辞表が出されていたと答えられる。

 頭を抱え、広くなった空間にへたり込んだ。


 自分を偽り、雅人を甘やかしていたせいで招いた現実。

 私が女ゴリラ全開でいたならば、ここまで悪化はしなかっただろうと思うと胸を……違った、頭を掻き毟りたい衝動に駆られる。



 へたり込んだ真っ暗な部屋で、そこでようやくお先真っ暗な現実を思い知ったのだ。




 結局呆然とあのまま夜が明けてしまい、何も解決していないまま出社しての左遷だった訳だから、きっと室長はあの修羅場を見ていたのだろう。

 昨日起こった一連の悪い記憶の淵から現実に目を向ければ、目の前には室長のドアップがあった。


「な……っ、近っ!」

「―――いい蹴りだったぞ、ヨーコ君!」

「へ……?」


 何か褒められたと目を瞬かせると、更に目を煌めかせた室長に手を握られた。


「あの瞬発力、地面を蹴る時のしなる身体、そして華麗に空を跳んだ後、繰り出されたしなやかで鋭い鞭のような蹴り―――……! 全てが美しすぎて素晴らしかった! そして格好いい!」

「……」

「あ、勿論着地した時の仁王立ちも痺れたぞ!!」


 忘れてないって☆みたいな感じに親指を立てられた。

 ぐぐぐと更に興奮した室長に近寄られ暑苦しい。離して欲しいと頼めば否と返される。

 首を動かして、背後にいる宮さんに助けを求めた。


「宮さん、あの。何ですかこれは」

「残念ながら俺達の上司だ」

「いやそうじゃなくてですね」


 背中に宮さんのもりもりの身体を感じながら、ギリギリと指に力を入れながら目の前の上司を押しやる。

 すると更に嬉しそうに目を細めるから気持ち悪……腹が立つ。


「うむ、いい力だ! 益々いいね、最高だ……っ! 君の力はそれだけではないだろう!? もっとこう、軋む位込められる筈だ!!」

「そういう事に興味ありませんが」

「ははは、それは残念だな!」


 不穏な言葉が聞こえ、背筋が寒くなって無礼千万思いっきり手を払って宮さんに縋りついた。

 初対面だろうが関係ない。

 逃げられないならば変態より近くの筋肉だ。


「……室長、いきなり距離詰め過ぎです。折角の新人さんなのに逃げられます」


 佐久間さんの声により室長の動きが止まった。

 そしてヨレヨレの白衣のポケットに手を入れ、何かを机に置いた。


「ああ、すまないねヨーコ君。ちょっとテンションが上がってしまって本題を忘れる所だった。私が言いたいのはだね―――」


 大きな手がどけられて視界に映ったのは、今は喉から手が出る程欲しい万冊の束だった。

 白い帯が付いているのが4つ。

 その束から室長に視線を移せば、バチンとウインクが飛ばされた。



()が欲しいという事だよ」







 テーブルの上には“契約書”と書かれたA4の紙。

 つらつらと書かれた内容の下には自分で書いた名前があり、隣にある拇印は一際紅く映えている。



「魔物というものはだな、基本夜の闇に紛れて出現する。そして姿形は決まってなく個々それぞれだが、身体の周囲には黒いモヤがかかっている。時々人に乗り移ったりする類の魔物もいるが、それ故に直ぐに分かるのだ」

「魔物……夜……種類過多……」


 私はここに勤め出した時から使っていたメモ帳を久しぶりに取り出し、声高々に言う室長の台詞を書き出していった。

 “伝票はいついつまでに”と書いてある隣の“魔物”の文字に違和感しかない。“魔”なんてそう滅多に書かないから書き方を忘れていたくらいだ。



 無事室長の犬となった私は、魔物を倒すべく講習を受けているのである。



 あれから直ぐに室長からお金を前借りし、ものの数時間で借金返済を書類上終えた私は、嘆き休む間もなく仕事にとりかかった。

 ……と言っても内容は通常の業務ではなく、今夜から始まるであろう魔物退治のレクチャーだ。


 ソファーに室長と並んで座り、“魔法少女になるには☆”と書いてあるマニュアル本の表紙をめくり、中の内容に目を通す。

 そこには細かく金額の詳細が書かれていた。どうやら出来高制らしい。


「やる気は出るシステムですね」

「誰もボランティアで重労働したくはないだろう?」

「確かに」


 納得の理由に私は深く頷いた。

 そして再び書類に目を通す。


 魔物はレベル1からレベル10まで分かれており、レベル1で雑魚らしく野球ボール大のものから始まり、レベル10になると2、3メートル位の巨大なものになる。

 金額的には1000円から始まって、2000円、3000円……とレベルが上がる事に増えていく。

 だけどレベル10になると、金額が30000円と跳ね上がった。それを見て私の鼓動も跳ね上がった。


「ボスだからな。時間と労力を考えればそれが少ない位だがな、今は不景気だから許してくれ」


 いえいえ恐縮です。

 室長が書類に指を走らせ、行き着いた先にある写真には、禍々しく屈強な姿の怪獣がいた。

 成程、これは難しそうだ。

 仮にこいつを重点的にやって行けば130回強くらいか……と考えて改めてその数の多さに撃沈した。

 毎日出現しても4ヶ月はかかる。無論休日出勤計算。

 いや……まぁ普通に働いていくよりも断然オイシイ話なんだろうけど……!


「なぁ、庸子はこの近くに住んでんのか?」


 宮さんが私の後ろから身を乗り出してきた。ソファーが軋む。


「いえ。1駅先ですが。それが何か?」

「ちっと遠いな。あ、そうだ、ここに越して来れば? 稀~にテッペン過ぎる事もあるからよ」

「え」


 そんなに遅くまであるのだろうか。

 出現したら出動して、ぱぱっとやって終りじゃないのか?


「たまに出現反応があっても、微弱すぎたり隠れるのが上手かったりで、見つけるのに苦労したりするんです」

「そうなんですか……」


 佐久間さんがテーブルの脇にしゃがんで座り、お菓子を食べながら言った。

 どうやらここはお菓子も常時オッケーらしい。本当に会社なのだろうか、ここ。 


「だからここに住みたまえ、ヨーコ君!」

「お断りします」

「何故! こんな所だが私も住めているのだから心配はいらないぞ!?」

「それがとてつもなく心配です」


 室長が本当に驚いている風なので、逆に恐怖を感じた。

 ていうか彼氏と悲惨な別れ方をした私にフランク過ぎる。

 すすっと室長から離れ、テッペン過ぎた時用に自転車を持ってこようと誓った。


「あれ……でもどこに部屋があるんですか?」


 ここへ来るまでの廊下にも他に扉はなかったし、部屋を見回してもそれらしきものは見当らない。


「ああ、ヨーコ君が来るのならば、今すぐにでも新しく作るぞ」


 今すぐに作れるという事は、魔法で作るのか。

 魔法を使える事をすっかり忘れていた。魔法って便利だなぁ。


 ……。


 あれ。

 室長が魔法を使えるって事は、自分が行けばいいんじゃないのか?

 別に私がやる必要ないじゃないのではないか?


「室長」

「なんだい、ヨーコ君。次の頁は私のプロフィールだぞ、早くめく―――」

「どうして私が“魔法少女”にならなければならないんですか? 魔法を使えるのは室長なのに」


 私が質問をすると、一気に部屋の空気がどんよりした気がした。いや、気のせいではないかもしれない。

 だって3人とも肩を落として項垂れているのだから。


「あの……ごめん、なさい? 何か……悪い事言いました……?」


 大の男3人が、周りでずーんと効果音が見えそうな位項垂れている光景は、非常に居たたまれない。思わず謝ってしまう程だ。

 するといち早く復活した室長がソファーから腰を上げ、後ろに向かった。見ればデスクがあり、その後ろにロッカーがあった。

 ロッカーの中から洋服数着を手に取り、戻って私の前に広げる。


 それはピンク色のセーラー服にも似た衣装だった。


 胸元と腰元には赤のフリフリリボン。

 ピンクのヒラヒラスカートの中にはレースがふんだんに使われている。

 髪留めには丸いボンボリがあり、ツヤめいていて綺麗。

 ピンクと白のロリータシューズ(5センチヒール)。

 極めつけの白のニーハイ。

 ついでにとコロリと置かれた魔法のステッキらしきものが1つ。


「……」


 ……まさかこれが正装なのかと気が遠くなった。

 こんなブリブリ、10年前でも猫を被っていた昨日までの私でも無理だ。


「室長、まだ間に合います。そこら辺の小学生や中学生をひっかけましょう。ただ働きだろうがなんだろうが魔法を使えると言えば多少の危険があっても食いつきますって」

「いや、駄目なのだ。この世界には青少年保護育成条例というものがあるのだろう? 22時以降は外出禁止だと聞いた」

「いや知ってますけど……」


 駄目だ。

 法律が邪魔をする。国単位で私の逃げ道を塞いできた。


 逃れる術がないのかと静かに顔を覆っていると、室長に肩を叩かれビクッと上がる。

 ああ、死刑宣告が来るのか―――そう覚悟を決めかけていると。


「……それ以前に、幼子達に任せてはいけないのだ。その理由は―――我々のプロフィール頁の次を……めくるがいい」


 何故かプロフィールを飛ばして読んでいいとのお達しが来る。

 大人しく言われた通りめくれば、“魔物と戦うその前に♪”と書いてあるのが見えた。

 旅の栞みたいなゆるさに、一気に肩の力が抜け脱力する。

 魔法うんぬん書いてあるのをぼんやり眺めていると、静かになった部屋にため息と共に室長の声が響き。


「……これを……我々は着ていたのだ」

「…………はい……?」



 耳も疑うような言葉が聞こえてきたのだった。




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