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「カンパーイ!」



 12月24日午後6時。世間は恋人達のクリスマスイブ。

 しかし偶然にもフリーである特別研究室の私達4人は、こぞっていつもの居酒屋にいた。


「いやー! あん時の庸子にはビビったぜー!」

「まさかドラゴン相手に脛叩いて泣かすとは思いませんでしたねぇ……」


 ひと足早くクリスマスパーティが開かれ、目の前の色とりどりのご馳走に一同箸が止まらない。

 マスターのご厚意で出てくるメニューにはない料理の数々、ホールのケーキまで持ち込んでしまっている。

 感謝の言葉を述べれば、マスターは優しそうな笑みを見せて頭を振ってくれた。


「あれは背中で語るような後ろ姿だった! 最終回のような気がしてゾクッとしてしまったぞ!!」

「あそこで終れればよかったんですけどね、まだまだ借金はあるので終われません―――って、宮さんそれ私の唐揚げ」


 隣にいる室長に気がやられていたせいで、目の前に寄せておいた唐揚げが大きな口に吸い込まれていってしまった。


「ん? おお、悪ぃ悪ぃ。残してあるもんだとばかりんおうめぇなコレ」

「大人げない……」

「ほ、ほらヨーコ君。代わりに私のピーマンをあげるぞ!」

「やめて下さい好き嫌いは」


 之幸と顔に書きながら寄って来る室長のピーマンを、そのまま持ち主の口の中へ押し戻す。


「熱々ですね……」


 悶絶する室長の前にいる佐久間さんがぼそりと呟いた。

 見れば黙々とグラタンを食べている。


「火傷には気を付けてくださいね、佐久間さん」

「……は……あちっ」

「……」

「……」


 顔をしかめ、舌をべっと出す佐久間さん。

 少し赤くなった頬に眉を寄せて瞳を閏わせるその姿に、思わず食い入るように見てしまった。麗しい。

 そんな不埒な目で見ている時、自分の鞄の中からメールの着信が鳴った。


 取って確認をすると、響子さんからのものだった。


 あの日、接触禁止と言われていた私達だけれど、『結局会ってしまったのだからメールでの交流くらいいいわよね』という響子さんの言い分で、こうして連絡を取り合う仲になったのだ。

 “今日の魔物超気持ち悪い!ノ)゜Д゜(ヽ”とか“いいお店あった!Ψ(`∀´)Ψ”とか“寒くて死にそう!( ´・_・`)”とか、とても他愛ない響子さんの近況報告用になっているけれど。


 そんな一面を持つナイスバディの響子さんからのメール。今日はクリスマスデートの話だろうかと半ば楽しみに開ければ。


“こんな日に風邪ひいちゃって最悪ーお粥以外食べたいー(∩ω∩) 熱のせいか分からないけれど、ここ最近イヤな感じがするの。モヤモヤ。|ω・`) 特定が出来ないから滅多な事言えないけれど、周りには気をつけてねo(;>△<)o”


 と、珍しく残業についての事だった。


「室長」

「む?」

「これ、響子さんからのメールです」


 そう言って室長にメールを見せると、顎に手をやり、少し考えた風に目を細めた。


「ヨーコ君」

「はい」

「この顔文字私も欲し―――」

「室長」

「うむ。私の方には特に何も情報は入ってきていないが、彼女がそう言うなら気を付けるのだぞ、皆」


 室長の呼びかけに皆コクリと頷くも、宮さんと佐久間さんの頬は膨れているのでシリアス感はゼロである。タイミングが悪かった。

 言っている室長だって、ピーマンの苦みに歪んでいた。


 そんな3人を見て不穏な未来を感じて身体が震える。

 するともう1通響子さんからのメールが入ってきた。


“PS よいクリスマスナイトをσ(≧ε≦o)”


 嫌な予感がもう到着したようだ。


「……」


 私はスマホの電源を落とし、御馳走を貪る事を再開した。

 既に佐久間さんによって大半は無くなっていたが、負けてはならぬと箸を伸ばす。


 視界に入る室長の顔がだらしなくゆるんでいるのが見え、何故だろうと首を傾げながら佐久間さんとの攻防を続けていると、ふと違和感を感じた。

 ケーキの上に乗っていた砂糖で出来たサンタの首が消えていたのだった。







 午後11時前。

 町はいよいよ盛り上がってきたクリスマスナイト。外は赤と緑のライトが眩しくちかちかと輝いている。

 街灯から店のディスプレイ、公園のイルミネーションもバッチリで、人の往来もいつもより激しい。

 道端で最後のケーキの売り込みをしているサンタの女の子。どこかお洒落なお店の温かいオレンジ色の光、その前には美味しそうなクリスマス限定のメニューやお酒などが飾られている。


「おうおう。ウヨウヨいるなぁ全く」

「これは予想外だぞ!?」


 広場には大きなツリーが煌々と輝き、その木の下では人目をはばかる事を忘れた男女が乳繰り合っている。

 かと思いきや、喧嘩勃発でギスギスしている男女もいれば、暴れ出す人もいる。


「ほんと……こんな所で迷惑ですね……」

「こっちの身にもなって欲しいですよね」


 その幸せオーラは目に毒だが、煌びやかなライトに照らされる中、黒いモヤを纏ったぷよぷよしている魔物がそこら中に蠢いていた。



 私達は華やかな舞台からとりあえず路地裏に逃げ込み、大小順にトーテムポールを作り町の様子を伺っているのだった。



 今回の出現ポイントに来たはいいが、如何せん一般人が多すぎる。

 そしてぷよぷよした魔物が近くをうようよしているのだ、危険だけれど、行くのも危険なのだ。また新聞掲載とか勘弁願いたい。

 ピンクジャージの金属バットを持った私など、とてもじゃないけれどお呼びでは無い雰囲気だ。


「室長、どうしますか? あの魔物が人に乗り移る前に倒すべきですが、人が多すぎて見られてしまいます」

「うむ……」


 私の2つ上で唸る室長。


「レベル不明なのが気になるが……既に乗り移られた人もいるのだ、ぐずぐずしてはいられん。それに、まだ他にも来るとの情報―――だ……」


 と室長が言い終わらないうちに、沢山の悲鳴が聞こえてきた。

 その方を見れば、先程キラキラと輝いていたツリーが鉢を抜け出して2足歩行しているのが見える。

 足から伸びた根っこで人を掴まえ、自身に付いている装飾品やディスプレイされていたプレゼントを投げつけていた。


「室長。あのプレゼントは私が頂いて来ま―――」


 路地裏から出て行こうとする私を誰かが引きとめた。

 振り返るとその腕の主は佐久間さんで、私の顔に手を伸ばして一山いくらのマスクを取った。


「何をするんですか……っ」

「その格好では、素面の人に見られては混乱が起きる。ここはやはり夢と希望を与えるサンタコスを、ミャー君!」

「おう」

「そう来ると思って新しい小道具仕入れて来ましたよ」


 佐久間さんの上から商品を紹介している室長、そしてどこからか赤い服をビラッと出して来る至って真面目な顔の宮さんの次の言葉と行動をキャンセルし、自分の着替えの中から新品の白いふさふさを取り出した。


「これで大丈夫でしょうか、室長?」


 赤い帽子をかぶり、ゴムでついている白い髭をセットすれば、どこからどう見ても怪しい人ではない。

 聖夜に練り歩く事を許されたサンタさんである。


 腰から下のスカートが明らかに短い赤いワンピースを握り締める男性陣が悔しそうに唇を歪めているのを見届けて、細い路地裏から光の元へと飛び出した。




 逃げまどう人々。

 それを追いかけていく魔物。

 現場はとても混乱していた。


「とりあえず、痴話喧嘩は後回しでいいか」


 魔物に操られる事により、恋人達の間に亀裂が見える。だけどそれよりも魔物に襲われている人の命が優先だ。決して私情は入っていない。

 未だ好きに暴れている魔物の後ろを回り込み、下から垂れ流している根っこを踏みつけ、根元の太い所を高山さんで思い切り叩き潰す。


【ぎぃやぁぁあああ!! 痛い痛い痛い!!! 誰やんさワシの足潰してるやっちゃ!!?】


 するとぐるりと何メートルもあるその巨大な身体を動かし、私の方へ顔を向けた。

 殴った衝撃で根っこから人々は開放され、無事に受け止めた室長達が安全な所へ移動してくれている。


【なんやお前さん、こっちの人間のくせにやけに魔力くさいわー】

「正社員庸子です。一応この町の魔法少女やってます」

【ん? 返り血浴びに行くサンタの出で立ちしてるのはワシの見間違いか?】


 そう言いながら私の足元にある根っこを引き抜き、しならせながら頭上に振り上げ、私目掛けて振り下ろしてきた。


「っ!」


 間一髪で避けたものの、数本ある根っこの追撃がくる。

 結構気性の荒い魔物だ。

 今までののほほんとしていた魔物とは大違い。

 木の中で風が通るような仄暗い音の声が不気味に響く。だけどゆったりダルそうに喋るその口調が、凶暴な性格に殊更合わない。


【邪魔しくさんな。あーもう。浮かれた人間が仰山いててほんま嫌ーんなるわー。ヘラヘラわろて楽しそー。わーマジ鬱いわー】

「……」

【だからスッキリしたいねーん。ワシの心もこの町もー。―――余計な茶々入れんで、大人しゅう家帰っとき?】


 ディスプレイも、イルミネーションも、うねる根っこによって破壊させられてゆく。

 中心に目と口の付いた木がニヤリと笑った。


「残念ながら家に帰ってもやる事はないので、こうやって貴方の相手をしているんです」

【ふーん。それは御愁傷サマー?】

「お気遣いどうもありがとうございま、すっ」


 根っこをかい潜って本体へと高山さんを叩き込むも、やはりというか、凹んでいるだけであまりダメージは無さそうだった。

 どうしたものか。

 考えながらなるべく人のいない方へ逃げていると、いきなり横から室長が現れた。全力疾走で並走している。


「ヨーコ君……、聞いてくれ! 今ミャー君とチヒロ君達が……乗り移られた人の……相手を……しているのだが……っ」

「室長、息切らしてないで早く続き教えてください」


 並走する室長に気付いたのか、魔物は室長目がけてプレゼントを投げつけてくる。


【ほーら、プレゼント。くれてやんでえっ!】

「室長っ!」


 気付いていない室長に、身体ごとぶつかってプレゼントから避ければ地面に2人で転んでしまう。

 お陰で上手くプレゼントから避けられたが、人のいない方に飛んでいったプレゼントは、地面に当たるなり弾けて無くなった。


「……か、間一髪だったな……!」

「さっき爆発していなかったのに。差別とは酷いですね」

【一般人に力使うん勿体無いやろー】


 何て物騒なプレゼントだ。

 あんな物が当ったら赤い身弾けてしまう。

 今更だが、油断してはいけない相手だと気を引き締めた。

 肩で息をする室長に先程何を言いかけたのか聞けば、遥か遠くに見える人の影を指差した。


「……乗り移った魔物が落ちないのだ」

「え……それはどういう……」


 再び襲って来る魔物から逃げながら室長の話を聞けば、どうやら前みたいに単体ずつ乗り移っている訳ではなく、どこか元になる親がいて、それが全ての個体を操っているという事らしい。

 だから全ての元凶の親元を断たなければ意味がない。

 それ故に全然事態が鎮静化せず苦戦している、と。

 室長は目撃者が逃げないよう少しずつ記憶操作をしつつこの周辺に限定して2つ目の結界を張り、とりあえず物理的に拘束した人達と素面の人達を安全な所へ集めたと言っていた。


【何ごちゃごちゃ抜かしてんねんー。真面目に戦いーやー?】


 ―――となると、一番怪しいのは目の前のこいつだ。


「室長、あいつ燃やします。なので魔法の許可をお願いします」

「―――今、君の日頃の頑張りのお陰で魔法使用可能量は格段に増えている。だがあの大きな木を一瞬で灰にするだけの力は無い上に酷く扱い辛いのだ。―――そう、今はせいぜいコンロの強くらいしか出せない!」


 スチャッと手を上げて戻って行く室長。

 今回は呪文の受け継ぎはない。……もしかして作ってなかったのだろうか。

 逃げた室長を探すと、相変わらずの応援要員、しっかり物陰に隠れていてどこにも見当たらない。


 しかし。

 やはり実用的な魔法(もの)は一朝一夕では出来ないのか。


 少しガックリしながらも、飾り付けがまばらになっている魔物を目の前にする。


【んん? そんなショッボイ魔力でワシに勝てると思うてるんー?】

「……色々駆使してみます」


 増えた根っこが宙で収束して、先端を向けながら私の頭上に落ちてくる。

 それを避けつつ、脇から来た追手を高山さんでいなしつつ走った。


 人がいなくなった店の前にあるケーキの屋台、ガラスが飛び散る道路。

 目当ての物はどこだと目を凝らせば、ずるっと滑って顔からいってしまった。


「痛て……」


 むくりと起き上がると、下は水溜りだったのか白いもこもこの髭がべたべたに汚れてしまい、顔に貼りついて息が出来ない。全身もずぶ濡れだ。

 しかしガラスの絨毯の上でなくてよかった。

 ほっと安心しつつ気道は確保をしないとと、髭を顎の下にずらすと視界がくんと上がった。

 夜空に浮かんだ足に、絡みついた根っこが見える。


「……しまった……」


 また捕まった。今度は根っこだけれど。

 ぶらぶらと揺れる身体は魔物の目の前に持っていかれ、逆さに見える魔物の顔はとても愉快そうだ。


【口程にもないやんけー。あっけないわーほんま】

「すみません。もう1度をチャンスくれませんか?」

【こ・と・わ・る】


 うねうねと集まって来る根っこが身体に巻きつき、あの触手(とき)の格好再びとなる。

 今回はぬめりはないので、その分心に余裕は持てた。


【さあて、どうしてやろうかなぁ?】


 愉悦が滲む声に目を向ければ、うねる根っこは私のジャージに向かっていく。

 そして、それはそれは器用に破いていくのだった。


【ほらほらー。どこかにいる1人身の(ヤツ)にご褒美ーってな。ほら、もっと嫌がって泣きーや】


 ぐちょぐちょに汚れたジャージを破り、それを私の目の前で振る魔物。

 だけどご丁寧に1枚ずつ破いてくれるお陰で、下のトレーナーは無事だから特に泣く要素はない。ジャージを破った事に怒りは沸くが。



 しかし、こうやって魔物自ら罠を手伝ってくれるとは有り難い。



 楽しそうにジャージを剥いでいくのをじっと見ていた。


【……なーんやねーん。あんたには羞恥ってもんがないねんかー? ……はああ、なんやめっちゃ白けるわー。あ、あれか、もしやあそこのイケメン達に助けて貰えると思てんの? どっかのお姫さんのつもり? うっわサムイわー。萎える萎れるー】

「ほんと寒いですよね。じゃあ熱くいきましょう、“燃えよ闘魂”―――あ、間違えた。“闘根”」

【え―――】


 私のジャージを持ってうねる根っこ。

 そこから発火させれば、炎が勢いよくあがった。

 消そうと根っこを振り回して暴れるものの、消える気配はなく次々に燃え移っていく。


【な、なんでや……!? そんなちっぽけな火ぃでなんでワシが燃えてるっちゅうねん!!?】

「貴方が破いた私のジャージには、お酒がたっぷり染み込んでいるんですよ」


 さっきこけた時、地面にあったのは酒だった。

 こけたのは、あれはワザとなのだ。魔物に気づかれないように酒を手に入れる為の。ジャージに染み込ませる為にだ。決してもつれたりなどしていない。

 ディスプレイされていたのか、普通に飲んでいたのかは分からないけれど、割れて地面に広がっていたのがまた丁度良かった。

 お陰で髭も酒臭くて早く帰って飲みたくなってしまうのが難点だが。


「クリスマス夜だからですかね、色んなお酒が散らばっていまして。―――私のしょぼい魔法の炎が弱くても、導火線があるなら大丈夫みたいですね?」


 だけどこうも上手くいくとは思わなかった。

 みるみる広がっていく炎に仕掛けた自分がビックリする位だ。

 火種はある、なら次は火に注ぐ()だ。


【あつ……っ! やべ、水、水……っ!!】


 焦る魔物の拘束が無くなり、しばらくぶりの地面へ着地すれば、水を求め逃げて行こうとする魔物。

 逃げる木の背後へ地面に落ちているブランデー系を重点に投げつけていくと、火は葉の方まで上がり、更にぼうぼうと燃えあがってゆく。


 それはさながらキャンプファイヤーのようで、夜空が赤く光っていた。



 燃える。非常に燃える。



【燃える! 燃え……っ  ―――んで……  なんでこん―――事ニなっ……」


 炎の中燃える魔物の姿形が、木のそれとは変わってきた事に気付いた。

 黒い影は段々と小さくなっていって、人と変わらない姿をとっていく。


 何故だか炎は弱くなっていき、赤々と燃えていた夜空は静けさを取り戻した。

 しかしそこに先程の魔物の姿はなく、その代わり、見知った姿が私の前に歩いて来る。



 ―――1歩、また1歩。


 足元がおぼつかないながらも。

 少し窪んだ目元、どこかを見ている淀んだ瞳。

 歪む口元、血色はない。



 だけどやっぱり知っている人で。



 少し離れた場所で立ち止まり、顔を上げて私と視線を絡める。

 そして少し笑ったのだ。



「…………雅人……」



 私の前に現れたのは、1週間前にいなくなった雅人だった。




 ―――2度ある事は、3度ある。

 そんな諺が頭の中をかすめていった。





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