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「もう大丈夫よ。怖い魔物ちゃんは、お姉さんが全部やっつけてあげるから」



 どこかで聞いた事のある声に、胸が騒いだ。


 パチンという軽い音の後に、白い煙が一瞬にして消え去る。

 いきなり広く拓ける視界。迫っていた魔物は、少し離れた場所で宙に浮いてその動きを止めていた。

 見えるのは私と同じ位置にまでうんていを上り詰めた佐久間さん、床で倒れている室長、そして体育館の真中に立っている宮さんだけ。


 とりあえず室長の所へ行かねばとうんていの棒から足を降ろすと、緊張が解けたのか踏み外してしまう。

 次来る衝撃に目を瞑ると身体が浮遊感に包まれた。

 恐る恐る目を開ければ、直ぐ前に昼間見た美女の顔。


「うふふ、大丈夫? 意外とおっちょこちょいなのね、庸子ちゃん。それに、とても面白い格好ね」

「どうして名前……っ」


 驚いて顔をひくと、鉄の骨組に挟まったバスケットボールが視界に入る。恐らくどこの体育館の天井にも1つや2つはある、体育の授業に何故か上げてしまって取れなくなるアレだ。

 その哀れなボールを見てもしやと下に視線を移すと案の定体育館の床が見え、くらりとした。

 最早格好にツッコまれた事に言い返すどころではなかった。


「庸子!」

「庸子さん!」


 集まったのか、心配そうに皆で私を見上げている姿があり、宮さんの腕の中には室長が抱き起こされていた。その瞳は苦しげに歪みながらも私を写していた。


「もう。そんなに心配しなくても、取って食いやしないのにねぇ」


 仕方ないわと言って、ふわりと下降を始める。

 その自由な緩やかさに、マジックのような芸でもなく、紛れも無く魔法(・・)を使っているのだとありありと感じさせられた。

 そして無事に地上へ着いて皆の元へ駆け寄れば、腕を取られてもみくちゃに無事を確かめられる。

 一緒になって私を心配する室長だが、痛々しい程青い顔をしているそっちの方が無事かと言いたい。


「……あんた、もしかして―――」

「しっ」


 宮さんが口を開こうとして、その美女の指のひと振りに黙らされてしまった。


「先に魔物(アレ)倒してからにするわ」


 そう言って宙に浮いている魔物の元へ向かうと、どこにいたのか、あのホスト風の秘書さんが現れて美女の背後にぴたりと寄り添いつく。

 彼は当然といったように腰元に腕を回し、もう片方の手で緩やかな髪をひと束掬うと、そこに恭しく口付けた。


 それはどこか、映画のワンシーンを見ているようだった。


 美女が右手を掲げれば、その手の中に細い棒から紐のような物がぶら下がった物―――鞭が現れ、その先端には赤いハートの飾りが炎を纏っている。

 宙で止まっている魔物3匹に向かってそれを振り上げ、ひゅんひゅんと唸る鞭の先から現れた竜巻のようなものに魔物が巻き込まれていった。


「―――お痛をする貴方達には、私がお仕置きしてあげる。そして」


 ―――逝っちゃいなさい?

 語尾にハートが見えそうなくらい甘い声で囁けば、ポンッと軽快な音がして弾け、跡形も無く魔物が消え去った。


 ごしごしと目を擦ってもう1度確認しても、浮いている女神の如き美女が、魔法を使ってあっという間に魔物を退治したという光景は消せはしない。

 皆を見れば、ポカンと口を開けて動けずにいた。

 そんな私達の前に、浄化を終えた美女が降りてくる。


 そして。



「初めまして、私は水澤(みずさわ)響子(きょうこ)。隣町で魔法少女をやっているわ。どうぞよろしく」



 “取締役”と書かれた名刺を手渡してくれた。



 だけど、黒のボンテージに網タイツ、極めつけの赤い鞭を振り回す姿は、どう見ても魔法少女より女王様だった。







 私達は今、水澤さんに連れられて空の上にいます。



「やあねぇ庸子ちゃん。響子って呼んでっていったじゃない」

「え……でも水澤さ―――」

「名字で呼ばれると一気に老ける気がして嫌なの」

「……はい、響子さん」


 うふふ、と頭を撫でられる。

 凄く子供扱いされている気がする。しかしそれよりも、今自分達がいる場所の方が凄く気になる。


 だってここは、響子さんが魔法で作った絨毯の上なのだ。


 女子の憧れよね、と言って作った絨毯。

 それは是と言わざるを得なかった。とても魅力的で激しく同意した。

 しかし作られた大きい絨毯の上に6人で輪になって座れば話は別だ。

 何の抵抗も無く直ぐに上昇して暗い夜空に入っていけば、あまり喜んでばかりではいられなかった。当然周りは落下防止の柵などなく、吹き抜けの吹きさらしなのだ。普通に怖い。

 まぁ魔法で飛んでいる訳だから、落ちる心配も冷たい風の心配もないと思うのだけれど、下に見える町には肝を冷やされる。


 それで、どうしてこんな場所に皆連れて来たのかと聞けば。


「折角捕まえたのに、逃げられたら困るでしょう?」


 との事。

 ぐったりと寝転ぶ室長を見て。

 視線を逸らす室長に、私と宮さんと佐久間さんは訳が分からないと困惑気味だった。

 響子さんの秘書さん(じゃないと思うけれど)は、相変わらずニコニコ笑みを浮かべているだけ。


「大丈夫、室長さんは死にはしないわ。あっちの人は中々頑丈なのよ」

「……響子さん。すみませんが、早くどういう事なのかを教えて頂けませんか?」

「あらやだ庸子ちゃん。そんな他人行儀にしなくても。同じ境遇同士、仲良くしましょうよ」


 こんなお色気お姉さんに仲良くしましょうとキャピキャピ言われても、こんな汗臭いガキではとてもじゃないけれど釣り合わない。

 ピンクのジャージ(一応マスクは外したけれど)と黒のボンテージでは同じ舞台にも立てやしない。

 立場は弁えて続きを問えば、返って来た答えは私と似たような物だった。



 1年前にやってきた秘書さん―――と思っていた人は室長と同じ魔法少女スカウトマンで、魔力保持者。

 名前は西城(さいじょう)春人(はると)さん。

 彼に言われ魔法少女として目覚めた響子さんは、昼は清掃会社の社長、夜は魔法少女とその力を存分に発揮し、今日までやってきたのだという。



「……あれ、3行で終り?」

「え?」

「あ、いえ……」


 私と同じだけれど、どこかあっけない。ていうか隣町も大変な事になっていたんだな。知らなかった。

 それよりもそのあっけなさは何なのだろう考えていると、夜風を気持ちよく受けている響子さんと隣に寄りそう西城さんの姿を見てはっと気付いた。


「どうして響子さんは、魔法少女になれって言われて了承したんですか?」

「あ、俺もそれ気になる」 


 宮さんが同調してくれれば、隣で佐久間さんも頷いているのが見える。

 どう見ても西城さんは、室長みたいに強引でもなければ、社長でありなんでも持っていそうな響子さんを落とす程計算が出来るとは思えない。初対面に近いのに失礼だとは思うけれど、私の個人的な第一印象なのだ。

 ましてや私みたいに借金なんてある筈もない響子さんを落とすのだ、私と違う条件とか何かしらある筈。

 私と同じ気持ちなのか、宮さんと一緒に響子さんをじっと見つめる。


 すると響子さんは一瞬目を丸くした後、睫毛が縁どる目を細めた。


「どうしてって。魔法が使えて、イイ男がいる。それだけで最高じゃない?」


 まぁ、時々魔物退治が面倒な時もあるけれど、と西城さんの肩をばしばしと叩きながらカラカラと笑う。


「あ、それもです。どうしてこんなに魔法が使えるんですか? 時間外でも大丈夫なんですか?」


 私が言えば、今度はお腹を抱えて笑い始める響子さん。

 すると何故か室長が慌てて私の方へ来て、後ろから被さって口を塞いで来た。いつの間にスリーパーホールドを覚えたのだ室長め。


「ちょ、ちょっと……待つのだヨーコ君……っ! 今その話は―――」

「もう、室長(・・)さん。庸子ちゃんのお話の邪魔をするのは野暮よ―――?」


 人差し指をくるりと回してニッコリと笑った。

 瞬間、室長は離れて西城さんの前に引きずられていき、両腕が後ろに回され口が封じられた。後半は西城さんによる人為的なものだけれど。

 2人の息の合う姿を目にしていると、どうやら響子さんと西城さんの関係は私と室長のそれとは違うのだと分かった。


 室長は静かになり、私と宮さんと佐久間さんは響子さんの方へ身体を向ける。

 それを見て響子さんは目を細め、紅をひいた唇を上げた。


「じゃあ私も聞いていい? 庸子ちゃん」

「はい」


 なんだろうと首を傾げると。



「魔法が使えないって事は、室長サンとまだヤッてないって事よね?」

「―――はい?」



 不穏な言葉が聞こえた気がした。







「いやいやいや。庸子。そこで終らせる事ぁ出来ねぇって。気持ちは分からんでもないが頑張れ、最後まで聞け庸子!」

「無理です宮さん。私これ以上聞かない方がいいと身体が言うんです」


 宮さんが絨毯の端で通せんぼする。


「その“ヤッて”には違う漢字が当てはまるかもしれないですよ。“殺る”とか……ね?」

「どっちにしろ私の何かが失う気がするんですが」


 ぐいぐいと肩を掴んで私を元の位置に戻そうとする佐久間さん。

 ガッチリ両腕を取られ、響子さんの前に改めて座らされる。まるで連れ去られるグレイのようだ。


 相変わらずニコニコとしている西城さんの隣で、響子さんも笑顔になっていくのが凄く怖い。

 室長はと言えば、西城さんの膝元で膝を抱えて丸くなっていた。

 顔を手で覆っていて見えないからどういう表情なのかは分からないけれど、私に聞かれたく無い話だと言っているのは身体全体から伝わってきた。


「逃がさないって言ったでしょう、庸子ちゃん?」

「う……」

「自分の質問の答え、聞きたくないのかしら?」


 顎を取られて上を向かされる。

 むせ返るような甘い香りに、頭がくらくらしてくる。


「ではその……、やる、っていうのは……」

「やあねぇ。男と女がする事って言ったら1つでしょう?」


 にべも無く言われ、頭が痛くなる。

 どうして魔法を使うのに、室長とそういう関係にならなければならないのだ。むしろ室長は魔法を使う為にはヤッたらいけないんじゃないのか。

 私がぐるぐる考えていると、響子さんがもしかして、と呟く。


「もしかしてって?」


 聞き返すと、再び笑う響子さんと目が合った。


「肝心な事どころか基本も何も聞かされていないようね、貴女」

「……」

「昨日……もう一昨日かしら、この町の結界が完全に穴が開いていたから、そうかもしれないとは思っていたけれど。貴女達がプラトニックな関係なら、室長さんに限界が来たのも当たり前の事だわ」

「……よく、話が見えないので、やっぱりお願いします、響子さん」


 室長の体調不良に心当たりがある風な響子さんに、全てを聞くしかない。

 今まで言ってこなかった室長なのだ、きっと聞いてもはぐらかすだろうから。


 隣の宮さんと佐久間さんを見れば、頷いてくれた。







 響子さん曰く。


 彼らの世界の女神様は女性に優しく、魔力を持っている男性を側に置く事で魔法少女にしてくれる。

 だけど、それだけでは魔法少女としての力は最大限引き出せないらしい。

 本来の力を引き出すには、パートナーと決めた男性との身体の交渉が必要だという。


 ―――というのは結果論で、実際は男性に愛される事によってもたらされる女心(しあわせ)、もといキュンキュンの増加が決め手となる。

 勿論、交わる事によって魔力の受け渡しがやり易いのもあると。凹凸の原理ですね。


 結局のところ、全ては蝶よ花よと女性が慈しみ愛される事を望んだ女神の願いだという事。


 ―――全ての女性に愛ある幸福な時間を。

 そして、2人の愛のパワーで数多の困難を乗り超えていって欲しい―――


 そう世界を人を愛した女神の夢が、今もなお絶える事なく受け継がれていっているのだという。



「…………きゅんきゅん……。……つまり、私が室長とそういう関係ではないから、魔法が制限されていて、こんなに節約退治という訳なんですか?」

「そうよ。女神好みの女子力をもっともっと高めるには、ヤるしかないのよ。ほら、男の手で女が綺麗になったとか言うじゃない?」

「世の処女厨が発狂しそうなシステムですね」


 本当に何も知らなかったのねぇと目を丸くしている響子さん。

 その側に寄りそう西城さんを見れば、にこりと1つ頷かれた。響子さんのあの凄い魔法少女っぷりを見れば、2人もそういう関係なのだろうと容易に予想出来た。


 何やらアダルトな会話になってきたが大丈夫だろうか。

 もう0時過ぎているから大丈夫か。


 こっそり宮さんと佐久間さんの顔を盗み見るも、向こうもこちらを見ていたようで曖昧に笑われた。


「思ったよりも爽やかじゃねぇ内容だな」

「はい。まさか魔法少女にそんなエロスな部分があるとは。流石18禁なだけあります」

「庸子さん……大丈夫ですか?」

「大丈夫ですよ」


 2人で気を使ってくれるので思わず笑ってしまった。

 だけどそんな事でいちいち恥じらう程初心でも可愛くもない。

 それよりも気になるのは室長の事だ。


「室長がさっき倒れたのと、もしかして昼間寝てばかりいる事も……、結界がどうのという事と関係があるんですか?」


 私が響子さんに聞けば、俯いていた室長の顔が上がる。

 久しぶりに見る室長の顔は血色が少し戻っていた。西城さんが治癒してくれたのだろうと思う。

 だけど私を見る瞳に動揺が映り、唇を噛み締めているのが見える。

 聞かれたくないようだけれど、そうは問屋が卸さない。


「勿論。貴女が魔法を使うには、彼の中から魔力を貰って発動するのは知っているわよね? だけどまだ初期段階の貴女には、彼の膨大な魔力の一部しか使えていない。それは彼も同様―――つまり、おこぼれも少ない筈。貴女に魔力を与える他、その限られた中で魔物退治した後の周囲の後始末を、魔物を逃さないよう、且つ町の人々の疑念を覚えないよう少しの暗示をかけながら、町全体の結界を張り続けていくのは相当身体に負担がかかる事。魔力というものは命と隣接している大切な物。針でその命袋に穴を開けて、その小さな穴を無理矢理こじ開けて引きずり出すように魔力を使っているのだから、当然穴は軋んでひび割れ、負荷をかけられた身体や命にも支障をきたすわ」

「!」

「1年前のあの日から、ここで魔力の開放は感じられなかったわ。お陰で彼の結界が段々と弱まっていっていっている上に、無いに等しい魔力で戦う貴女が心配で無理矢理呼んじゃったの。室長さんに警告する為に。本当なら、同業者は接触禁止なんだけれどね。……ごめんなさいね?」


 呼ぶ、という事は、あの会社に行った事は響子さんの力によるものか。

 道理で簡単であっけないお使いだった訳だ。

 頭を振り、私を心配してくれた響子さんに感謝の意を述べて頭を下げた。



『こんな匂いをさせて、君は一体どこへ行ってきたのだ?』



 あの室長の言葉。

 気付いていたのだろう。

 匂いとは、響子さんの魔法の匂い。すっかり勘違いをしていた。


 それにしても。

 魔力は無限にあって、室長がケチってエコをしているのかと思っていたのに、命にまで及ぼす危険な事をしていたとは思いもしなかった。

 でもうちの会社の人妻に手を出すなんて事をしなくてよかった。そこは褒められるべき所だ。


 だけど私は?


 独身で彼氏に振られていた筈なのだが。

 趣味じゃなかったのだろうか? それならば仕方ないけれど。


 ―――スカウトしたくせに?


 室長を見ると、ふいっと視線を逸らされた。

 両腕も開放され、口も聞ける筈なのに室長は私に何も言わない。


 響子さんと西城さんを見れば、そう悪くは無い関係に見える。

 魔物退治もすこぶる良好そうでとても羨ましい。


「庸子。頬が膨れているぞ」

「膨れていません」

「口もツンツン尖っていますよ庸子さん……」

「尖っていません」


 心外だ。私の顔は変わらない。

 立ち上がって室長の元へ行く前に2人を振り返ると、その2人の顔にも若干怒りが……いや、呆れか、それが現れていた。


「室長」


 とりあえず私が代表して声をかけると、室長はへらっと笑い、ぽりぽりと頬をかく。


 どうしてこの人はそんな大切な事を私に言わなかったのだろう。

 どうして私も変だと思いながらも何も聞かなかったのだろう。


 だから私に室長を責める資格はない。



 それならば―――と。



「ヨ、ヨーコ君……これは、その……。あー……」

「室長」


 室長の前に屈み、顔色を伺う。

 さっきまでよりは随分よくなっているけれど、まだ目の下にはクマがあった。



「今すぐホテル行きますよ―――って、あ、やっぱりお金無いんで私の部屋で。響子さん、送って頂く事ってできますか?」



 私がその負担を減らせるというのなら、その方法を取るべきだ。

 いつか私が倒れた日に、癒して貰ったように。



 響子さんは一瞬目を見開いたけれど、直ぐに微笑んでくれた。





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