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「もう一度確認するがヨーコ君、本当に着ないのか? こんなに素敵なのだぞ?」

「何度確認してもはいですよ室長」



 私の衣装を持って何度目かの質問をする室長に対し、何度めかの同じ答えを返す。

 鍋戦争に負けたから意固地な訳ではない。



 残念だと肩を落とす室長を尻目に、戦闘の準備を始める午後9時過ぎ。


 紙袋に洗濯しておいたジャージと運動に適したシューズ。不評だった鼻メガネから一新して通気性抜群の花粉症用(じゃないかもしれないけれど)マスク、タオルとスポーツ飲料が入った水筒。勿論粉を薄く溶かして大量生産。

 そして高山さん―――と手をやった所で空を切る。


 いつもロッカーの前に置いてある筈なのに、あの輝かしい御神体が忽然と消えている。

 辺りを見回せば、室長の手に収まっているのが目に入った。


「室長それ―――」

「見てくれヨーコ君! こうすれば、バットも素敵に可愛くなっていいと思わないか!?」


 天井高く掲げた高山さんには、ピンクと白の紙テープの帯がいくつも巻かれ、グリップ部分にはもこもこのファーまでついていた。

 天辺には星がついており、テーブルの上には星がもぎ取られ丸裸になった最早ただの棒と化したステッキ(だった気がする)があった。


「そして見るがいい! ここのボタンを押すとこの星が光―――」

「高山さんに可愛さなんていらないんです!」


 室長の元へ駆け寄り、無残な姿になってしまった高山さんを救うべく手を伸ばす。が、リーチの差がありすぎて届かない。

 頭上にはひらひらと帯を揺らす高山さんの姿。


 ああああ、なんて嘆かわしい姿にされてしまったのか……! 金色のボディと黒いグリップが絶妙なコントラストを与えていたのに……近寄ったら殴られそうなあの雰囲気が素敵だったのに……堅く凛々しかった姿がふんわりキュートだなんて、許せない……!



 許すまじ、室長!



「タカヤマサン? ヨーコ君、何だそれは」

「……」


 しまった。

 あまりの衝撃に心の中の声が出てしまっていた。

 何の事だとしらばっくれてみても、私を凝視している3人の目は逃がしてはくれない。


「もしかしてお前、バットに名前つけてんのか?」

「いえ、別にそういう訳では」

「……庸子さん。その名前ってもしかして……金髪のプロレ―――」

「他人のそら似です」


 室長の腕にしがみつき、痺れて腕を降ろした隙に高山さんを取り返す。

 急いで余計なオプションを剥がしている間も、背中に3方向から視線が突き刺さって離れなかったのだった。







 今日はレベル3が6匹と、レベル5が2匹、レベル9が1匹らしい。

 いつものようにどこへでもウィンドウで町外れにある小学校の体育館へ侵入すると、既に魔物は手持無沙汰に待機していた。

 それもそうだろう、夜の学校はおろか、体育館など人っ子1人いる訳がない。襲う相手もいなければ戦う相手もいなかったのだ、かなり暇だったろう。


 私達が現れると、嬉しそうにこちらを襲って来る魔物達計9匹、その待ち遠しさを全身から現していた。私の主観だけれど。

 しかし私はまだ着替えていないので、壇上に登ってカーテンの裏へと着替えに向かった。


「宮さん佐久間さん、レベル9は残しておいて下さいね」


 金額的にレベル3を6匹でもいいけれど、どう薄目で見ても大きい台所害虫に見えるのだ。勘弁願いたい。

 既に鳥肌が総立ちになっている腕を擦り、いつものジャージへと着替えていく。

 その間に何回か悲鳴が上がったが、どれも室長のものだったので特に気にはしなかった。


 いつもより比較的ゆっくり着替え、そそくさと壇上に出るも着替える前とあまり変わらない光景が目に入る。

 つまりはまだ1匹たりとも倒れていないという事。何故!


「どうしたんですか?」

「このレベル3の魔物が鈍重のくせに硬くてだな、中々倒せられないのだ……! くっ、どうしてこんなに強いのだ……っ!!」


 と、かっこよく歯を軋ませているが、相手はアイツらなのだ、しぶといのも納得出来てしまった。

 室長の世界にはいないのか、地球でのヤツらの特徴的な生命力とその脅威を懇々とを説明してあげると、ぶるりと身体を震わせた。


「不死身……、なのかヤツらは……っ!」

「圧力にも水力にも分断にも負けず、結構伝説的な生き物です」


 太古の昔から姿形があまり変わっていないって聞くしね。

 そんな魔物と戦ってくれている宮さんと佐久間さんには頭が上がらない。特に宮さん。涙目になってるのは見ないふりをしてあげよう。


 そして私は視界に入らないよう迂回し、レベル5の1メートルはありそうな二又の巨大な毛虫のような魔物と、レベル9の足が太めの3メートルくらいありそうな大きいカトンボみたいな魔物を前に、いつもの素敵な姿に戻った高山さんを構え、名乗りを終わらせる。


【やるムワー!】

【いくムワー!】


 突進してくる毛虫×2をバットで叩くと、緑の液体をぶちまけて転がっていくものの、直ぐに起き上がってくる様子を見てダメージはあまりないとみた。

 しかしジャージを見れば、袖が一部が溶けてなくなっているのが見えてぞっとした。


「ヨーコ君……! 大丈夫か……!?」

「肌にかかってないので大丈夫です。厄介ではありますが」


 ならば、と小学校の体育館を懐かしむ暇もなく走り抜け、追いかけてくる毛虫を確認して壁にかかっているネットを引っ張り出す。

 それを広げ、真っ直ぐ突進してきた毛虫2匹を避けてネットにかけた。

 ぐるぐると巻き付けてしまえばこちらのものだ。


「1度で終わらせてあげるからね」


 ギチギチに向かい合ってくっついている毛虫の背中を、ネット越しに思いっきり叩くと液体が出てくる。


【ムワーーッ!】

【ム、ムワッフ……】


 それはもう1体の毛虫にかかり、苦しそうな鳴き声をあげる。反対に殴られた方は申し訳無さげな声をあげた。

 自分の液体に外壁までは対処できないみたいで、計画通り上手くいったようでよかった。

 まぁ駄目だったらそのまま袋叩きにする気満々だったけれど。飛び散る範囲を限定出来ればなんとかなった筈。


 反対側からも叩けば、あっという間に白いモヤを出した。


「ごめんね、さようなら」


 私が呟くと、2匹は仲良く消えていく。

 残ったのは液体によりぐちゃぐちゃになって溶けたネットと、少し溶けた私。

 ……ネットも緑色だからバレない……なんて事はないか。


「室長……備品壊してしまいました……」

「うむ。私が何とかしておこう。して、ヨーコ君は無事なのか?」

「無事じゃ駄目ですか?」


 ジャージだって高いのだ。

 そう簡単に買い替えたりしたくないからと必死に戦ったのに。何を期待していたのだ全く。


「! ヨーコ君、次行ったぞ!」


 室長の声に振り返れば、足を振りかぶった魔物が迫っていた。

 6本あるうちの前2本の足が降り下ろされ、その大きな身体の下にぽっかり空いた空間に逃げ込んだ。


【ちょこまか逃げるな、ずる賢い人間よ!】

「ありがとうございます」

【褒めてない!】


 これまたノリのいい魔物だ。

 こうも話が通じると、魔物だという事も忘れてしまいそうになる。

 怒りを滲ませた台詞を吐いた魔物は、ブブブと背中の6枚の悪そうな羽をしきりに震わせジャンプをするが、そのまま落ちてくる。少し対空時間が長いかな、くらいの飛翔だった。


「飛ばないんですか?」

【……】


 黙秘権を施行された。

 もしや、重くて飛べないのだろうか。

 カトンボ故の細い貧弱な足は改善され、屈強になったものの、という事か。

 魔法やら魔力やらで飛んでいるものだと思っていたが、個体差があるのだろうか、この魔物は物理的らしい。なら何故羽があるのだろうと思ったが、きっと飛べない鳥と同じ理論なのだろう。事情があるのだ。

 飛んで行けないならと試しに太い足へとバットを打ち込んでみるも、やはりというか残念ながら折れそうになかった。


【―――な】


 だからと言って、大きすぎて先程のネットを使って蜘蛛の巣作戦も出来ない。

 ついでに溶けて穴だらけだし、これ以上備品を壊す事に抵抗がある。


【―――おい!】


 ならやはり身一つで挑むしかない。

 こうなったら昔虫取りくらいした事あるだろう宮さんと佐久間さんに、弱点がないか聞いてみよ―――


【おい人間! 折角ワシが喋っているんだ! 無視するな!】

「虫だけに?」

【それが言いたかったのか!?】


 本当になんてノリのいい魔物だ。

 なんか憎めないけれど、相手はレベル9なのだ。危険だから排除しなければならない。

 足が駄目なら身体は―――と上を見ても、手を伸ばして届く距離ではなかった。

 どうしようかと考えていると、地団太を踏む魔物の足が見える。その足先は長く床に接着しており、もしやと考えを巡らせた。


「……いえいえ。こんな風に楽しく魔物と会話が出来るなんて思わなかったので、ちょっと感動していました」

【…………。そ……、そうか? 楽しいとか……。嬉しい、ものなのか?】

「はい」

【ふ、ふん……。ならもう少し喋ってやっても構わ―――ぐべあっ!?】


 魔物の足と床スレスレの所にバットを叩きこめば、つるんとその先に滑ってゆき、バランスを失った身体は床に倒れ込んだ。

 その隙に身体へ上ると、足に対して思っていたよりも細い身体。


【ひ、卑怯だぞ人間……! 騙し討ちとは外道な……っ! それでも正義の魔法少女のやる事か!!】

「そもそも正義のつもりでやり始めた訳じゃないので……。すみません」

【なっ、なんだってーー!?】

「皆が皆綺麗な訳じゃないですよ。先入観だけで物事を見るのは偏ってしまうから危険です」


 バタバタと暴れる魔物の上をどっしりと跨いで、これからどうしようかと考えていると。

 壇上にある校長の特等席に立った室長がマイクを握り締めながら叫んだ。


「いいぞヨーコ君! そこで締めのキャメルクラッチだ!!」

「無理です。体格差見て分からないですか?」

「何事も経験だ! それに今君も言ったろう? 先入観は可能性を潰すと!」


 言葉の挙げ足をとられてしまっては仕方がない。

 足に力を入れてを絞めていくと、やめろともがく魔物。足をじたばたするも、身体は全ての軸だ、とても安定している。

 どう考えてもこのチョロさはレベル9には見えないが、お喋りがなければ強かったのだろう。



 ノリ心地がよかったのが敗因だ。



 両腕を伸ばし、身体の先にある矮小な頭を掴んで少し手前に引けば。

 簡単に取れ……ダウンした。


「おおおーー! いいぞヨーコ君、ナイス一本! カッコよかったぞ!!」


 はしゃぐ室長の声が聞こえれば、無事に終えたのだとほっと息をつけた。

 一本取った後の声援は嫌いではない。


 魔物の身体から退くと白いモヤが出てくる。

 無事に浄化を終えて宮さんと佐久間さんの方を見ると、まだレベル3の魔物と戦っていた。その数は4匹に減っていたけれども。


「まだあと4匹……」


 私が終る頃には終ってたらいいなと思っていたけれど、どうやら甘かったようだ。

 再び立つ鳥肌全開の腕を擦り、2人の傍へ駆け寄る。

 すると佐久間さんが私の前に立ち、両腕を伸ばして来た。


「僕……虫は駄目なんです……っ」

「奇遇ですね、私もです」


 それを受け止め草食系2人で慰めあっていると、こちらを見た宮さんが怒鳴った。


「俺も得意じゃねぇよ! ていうか誰も得意じゃねえだろゴ―――」

「言っちゃ駄目!」

「言わないで!」


 慌てて2人で遮る。

 言葉も聞きたくない、それは世の人間ならば共感せざるを得ないだろう。

 それ程までに強力なのだ、ヤツというものは!


 それなのに何故レベル3という低ランクに甘んじていているのだ!

 1匹3万円と言われてもこの私が躊躇うくらいなのに!


「攻撃性がないからだな」


 超納得の理由です室長。

 しかし、しかしだ。


 この虫パラダイスに終りは来るのか。


 気が遠くなった視界に、魔物がこちらへ向かってくるのが見えた。


「ひっ」

「うわっ」


 遠くから見ているだけでも死にたくなるのに、それが真正面から向かってくるのだ。堪らない。

 一応構えてみたものの、高山さんをヤツにぶつける事もはばかられる。

 高山さんを、そんじょそこらの新聞紙や雑誌と同じ扱いにしていい筈がない。


 それに。

 気持ち悪い、なんてものではなかった。


 ○○(ピー)○○○○(ピー)して○○○(ピー)っているものがバッチリ見え、形容し難い恐怖に佐久間さんと共にガタガタ震えていると、宮さんが前に飛び出してそいつを蹴り払ってくれた。

 が、その効果音と宮さんの靴についた何かに目を奪われ、再び気が遠くなる。

 相変わらずまごまごしている私達に、痺れを切らした宮さんが振り返って叫んだ。


「っ前ら、やらねぇなら端っこ行ってろ!」

「はい!」

「はい!」

「ああ!」


 何故か室長も一緒になって宮さんから離れるよう逃げた。

 1番離れられそうなうんていあたりに逃げようとすると、何故か皆ついて来た。どうして同じ方向に逃げる。

 しかしツッコんでも時既に遅し。

 相手は1匹じゃない上に皮肉にも数は同じなので、残りの3匹はそれぞれ逃げる私達に向かってタイマン張りに来た。当然の事だ。


「室長! 魔法は駄目ですか!?」

「む、仕方あるまい……! タカヤマサンを魔剣にでも……して、みるか!」

「それは嫌です!」


 斬った後の事を考えると、とてもじゃないが出来ない。やりたくない。穢したくない。

 魔法で、手を汚さず、跡形も無く葬り去る方法がいい。

 しかし既に息を切らしている室長は無常にも首を横に振る。どうやらそういう技は魔力をかなり消費するらしい。


「そうだ庸子さん……! 動きを止める事は出来ますか!? とりあえず動きだけでも……!」

「成程、佐久間さん流石です。やってみます。“止まってください!”」


 心から念じると、本当に心から念じると、一番足の遅い私の目の前まで来ていた魔物が止まった。

 しかし。


「す、すまな……ヨーコ君! 魔力がも……足らないかもしれない……っ!」


 残り2匹が、その動きを止めた魔物を乗り越えてやって来る。


「魔力が足らないってどういう事ですか!? ていうか前はもっと使えましたよね!?」

「い、色々ある……だよ……大人の世界は……!」

「何この回数券!」


 元気に動く残り2匹に追いかけられる3人は、捕まっては堪らないと、高い所へ逃げようとうんていに登り始めた。

 十数年前の穢れの知らない純粋だったあの頃は、こんな一生懸命必死になって登る物だとは思いもしなかっただろう。

 大人3人で必死になって登るとか、きっと宮さんからすると滑稽な様子だろうと思う。


 それでも相手はヤツらだ。

 

 高いところへ逃げようが、勿論ブーンと追って来る訳で。

 ここまで来たらせめて登頂しなければと先を急いでいる時、ふと視界から室長が消えた。そして床に響く鈍い音。


「室長!」


 こんな時にドジをやるとかシャレにならない。

 慌てて下を見ると、そんなに高い場所からではないから直ぐに起き上がれる筈なのに、ぐったりと倒れたままの室長。肩を揺らしながら吐く息が荒く、顔色も失って青白くなっていた。

 流れる汗が、ふざけているのではないと教えてくれる。


「室長っ!!」


 もう一度名前を呼んでみるも、瞳は固く閉じられたまま。

 そして室長に迫る魔物。

 黒い物体。光るボディ。2本の触覚。沢山の足。


 そんなの気にしている場合じゃないと、飛び降りようと身体を向き直した時。



 耳をつんざく様な音が、静かな体育館に響き渡った。



 そっとその音の方を見ると、体育館2階のガラスが割れ、下に破片が落ちているのが見える。

 開いている窓から白い煙がもうもうと立っていて、一瞬にして全てを飲みこみ周囲が見えなくなった。あの魔物も見えない。

 もしかしてブラック様が来てくれたのだろうかと、目を凝らしながら辺りを伺う。


 すると、頭上(・・)から声が降ってきた。



「あらー? ちょっとやりすぎちゃったかしら? 前が全然見えないわ」



 ブラック様ではない、女の人の声が。




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