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 遠くでどたばたと慌しい足音が聞こえる。

 それは段々と大きくなり、次に乱暴に扉を開ける音が聞こえたと思ったら、それよりも更に大きい声が部屋に響き渡った。



「ちょっとちょっとちょっと有希ちゃーんっ!? これなんなのどういう事な―――っって、ええええっ!!?」


 何事だとまだスッキリ明瞭とまではいかない頭と眼を扉の方へ向け……ようと思ったけど身体が動かない。

 その原因を見れば、ソファに寝ている私の毛布に群がる3人の男衆のせいだという事が分かった。


 丸まって寝る習性のある私の足元には宮さんが座って寝ており、足が膝枕されている。

 お腹当りには佐久間さんが昨日の体勢のまま覆いかぶさっていて、室長は私の顔の前で毛布に必死にしがみついていた。


 己らは猫かとツッコみたくなった。

 いや、猿か?

 毛布はそれぞれにかかっているというのに、暖を求めてくるとは。


 地べたが寒いのは分かるけど、まるで男子高校生の合宿のような光景に、自身のいるポジションに苦虫を噛み潰すしかない。


「ちょっと庸子ぉぉおおお!!? なに野獣に色々埋もれてマッタリのんびりしてるのぉぉぉおおおおっっ!!! 駄目だよ離れなさい不潔よっ!!!」

「そう言われても……」


 時計を見ればまだ8時。

 さっき寝たばかりだし、何より暖かいのが覚醒を渋らせる。


 しかしズカズカと入ってきた兄によって、湯たんぽは取り払われた。


「……んあ? あんだぁ……もう朝かぁ?」


 兄に場所を奪われた宮さんが1番先に覚醒。

 佐久間さんはのろのろと身体をテーブルに預け、室長は無残にも床に転がっていた。それでも起きない2人に拍手を送りたくなる。


「って社長っ!?」


 あくびをしながら首をポキポキと鳴らしていた宮さんだったが、私の隣に座る人物を目にして驚いた声をあげた。

 それを聞いた兄は1つ頷き、私の背に腕を回してソファを軋ませる。


「……庸子……もしかして……社長って…………」

「兄ですが。あれ、知らなかったんですか?」


 私のプロフィールは筒抜けだと思っていたけれど。

 どうやら個人情報にも穴があるみたいだ。


庸子(・・)の兄の、渡辺庸平(ようへい)だ。いつも妹が世話になっている」

「いえ……。庸……妹さんのご活躍ぶりには一同助けられております」

「そうか仲良くやっているか。それはよかった」


 寝起き数分でのハハハと声が聞こえそうな程爽やかに対応する宮さんに、思わず心の中で拍手を送った。流石宮さん。筋肉もりもりなだけではない。

 足元にいる室長に毛布をかけていると、兄はその毛布を剥ぎ取り、室長の腕を取って揺さぶった。


「じゃなくて! 有希ちゃん、ほら起きて! 寝てる場合じゃないから!」


 そう言ってテーブルに手をつく。

 兄の手元には広げられた新聞紙。の下に佐久間さんが寝ていらっしゃるけど。


「……む? ヨウちゃんかい……? どうしたのだ珍しい……ここに来るとは」


 のろのろと起き上がり、眼鏡を直しながら新聞紙に目をやる室長。

 私と宮さんも気になって覗きこむ。

 皆でテーブルを囲んで新聞を見る様子は、作戦会議のようで柄にもなくワクワクしてしまった。


「ここを見てごらん」


 そう言って兄は下の方にある小さな記事を指す。

 それを皆で追っていけば、1つの小さな写真。

 白黒で、ところどころぼやけていて見辛いが、見てしまった。その人物を。


「私だ」

「庸子だ」

「ヨーコ君だ」


 私が昨日の怪獣相手に、エベレスト・ノーテン・カラタケワリを食らわしている様がありありと写っていた。


 この年になって新聞に載るとは思わなかった。

 しかし感慨深く思ったのも一瞬で、写真の横を見れば、“誰だ!? 撮影か!? 撲殺鼻眼鏡マン参上!!”と見出しが書かれているのを見て少しガッカリした。全く、失礼な見出しだ。

 一応世を忍びながらの魔法少女(多分)なのだから、この見出し……ではなく、新聞に載るとか大丈夫なのかと聞けば。


「いや、駄目だろ」

「まずいぞ」

「駄目に決まっている! 俺の庸子がこんなに素晴らしい龍槌(りゅうつい)せ―――」


 皆口々に言う。だろうと思っていたけど。

 改めて自分が写っている新聞紙に目をやる。

 今までやってきたけれど、特に撮られたり人に見られて騒がれたりした事はなかった。

 だから一般人(まわり)の目なんて気にしていなかった。

 動きを重視し、身バレを防止する為の重装備をした完全武装の私。


 それを公共の場を通して見て、少し……罪悪感が胸を締めつけた。鼻メガネて……。


 何故だかとても無性に恥ずかしくなって、佐久間さんの毛布に隠れた。


「それで、有希ちゃん。最初に言ってたよね? 庸子に危険な事は無いって」

「ああ、言ったぞ」


 兄と室長が会話をしだしたので、雲行きが怪しいと毛布の中から聞き耳を立てれば。


「それがどうしてこうなってるの! こんなでっかい怪獣なんかと戦って……! 火も出てるし……! どうせ今の映画みたいにCGじゃないんでしょ!? それにこんな姿がデカデカと新聞に載っちゃったら、うちの庸子なんか直ぐスカウトとか取材とか色々来ちゃうじゃん!! そんでなんやかんやあって庸子が違う世界の人間になってしまうじゃないかそんなの俺許さないぞっ!!」

「むっ!? 新聞とはそんな力があるのかっ!?」

「まずそれを私だと分かる人がいたらその人の方がビックリ人間で取材オファー殺到だからね兄さん」


 案の定恐ろしい会話を繰り広げた。類友すぎる。

 毛布の中から顔を出せば、それはすまないと真剣な目をした室長が兄の手を取りながら会話が進んでゆくのが見えた。

 その向こうから宮さんが憐みの篭った目で私を見てきたので、いつもの事ですと視線で返しておいた。

 こんな騒がしい中、悠長に寝ていられる佐久間さんがとても羨ましい。


「ところで室長、それは魔法で消したり色々細工出来たりしないんですか?」


 時計を見れば、兄が来て既に30分が経っている。

 さっさと終って貰おうと私が言うと、兄と肩を組んで頷き合っていた室長はピタリと動きを止めた。


「室長?」

「有希ちゃん?」


 兄妹で様子を伺うと、眉を寄せた室長が口を開く動作をした後、再びそれを引き結ぶ。

 そしていつもの軽い笑顔を見せたかと思うと、その場に立ち、眼鏡をくいっとあげた。


「……すまない……実は記憶系の魔法は時間が命なのだ。素早くその瞬間にかけねばならない。あれからもう時間が経ち過ぎているし、それ以上にこの新聞は既に人の目に触れすぎているだろうからかなり難しい! いや無理だ! すまん!」


 わははと高らかに笑う。

 どうやら記憶操作の魔法はタイミングが重要らしい。新情報だ。

 そんな室長を見て兄がよれよれの白衣をバシバシと叩く。


「もう有希ちゃん! 魔法ってそんな不便な物なの!? ちょっと俺ショック!」

「すまないヨウちゃん! だが次から気をつけるよ、な、ヨーコ君?」

「なんで私にふるんですか」


 とんだ会話の暴投だ。

 というか今まで見つからなかったのが不思議でならないのに、どう対処しろというのだ。


 室長を睨めば、そそくさと自分のロッカーへ向かってお風呂セットを取り出している所だった。


「じゃあ有希ちゃん、これは任せていいんだね?」


 ヒヨコちゃんを手にしている室長の背に、兄が声をかける。


「勿論だとも。もうこんなヘマはしないさ!」

「よし、信じるよ親友!」

「ああ!」

「―――だけど……今度庸子を倒れさせたら、いくら有希ちゃんでも許さないからね?」


 冷やりとしたものが部屋を流れ、室長の背がしゃんと伸びた。

 バレている。どうして。にっこりと笑う兄の顔が怖い。

 その視線の先にはタオルが入ったボウル。それを見て、この状況を計算し、答えを導き出したのか。


 やはり私より兄の方がスカウトにオファーに忙しいように思う。


 兄の嗅覚に怖気付いて動けない私達3人をよそに、そのまま兄はにっこり笑いかけ、何も言わず私の頭を撫でる。

 そして今日も仕事頑張ってと労いの言葉を置いて颯爽と部屋を出ていったのだった。


 広がる静寂。

 とても申し訳なく思う。


「…………すみません、私のせいで……その……何もかも」

「い、いやいやいや……! あ、そ、それより銭湯へ行かないか!? もうそろそろ支度をせねばまずいぞ!」


 室長の言葉に、わざとらしくうごうごと動き出す3人。

 ちらりと宮さんを見れば、『お前も大変だな』という言葉と乾いた笑いを頂いた。

 流石に24にもなるとこの会話は恥ずかしい。

 だけど奮闘実らず数年が経つ。この場合の私はどうすればいいのだろうか。


 がっくり項垂れながら準備をしていると、新聞紙の下でむずがる声が聞こえる。ふああ、とようやくお起きになった佐久間さん。


「……行くー…………。って、あれ……。皆、どうしたんですか……?」


 あくびをしながら不思議そうに問われ、なんともいえない微妙な空気が広がったのは言うまでもない。



 過保護の兄の監視があるという事をすっかり忘れていた私の過失。

 これ以上兄に心配させる訳にもいかないし、あれ以上兄の残念な姿を社員に見せる訳にはいかない。


 自分の体調は今まで以上にしっかり管理しないと。

 行動1つ1つに責任を持たないと。



 もう自分1人の身体ではないのだ。




 私は心に固く誓った。







「俺ん時はよ、会社終ってジムでバーベル上げてる時に、室長サンが来たのよ。“鍛えるだけ鍛えてそれを使わず腐らすなんて勿体無いとは思わないか!?”って」

「僕の時は……仕事中こっそり寝ている時に、耳元で“昼寝オーケーお菓子付き”と囁いてきました」



 無事に朝の入浴を終え、その間に洗濯して乾かしておいた昨日のシャツと下着をつけてスーツに着替え、鞄に予備で入れていた試供品オンリーで適当にし終えた化粧でデスクにつけば。

 どこかの弁当が4つ届いており、中を開ければこれまた美味しそうなもので、とりあえず“栄養入ってます!”的な数々のおかずに思わず涎が出かけた。


 室長の奢りらしく遠慮なく皆で頂いていると、食事の合間に宮さんと佐久間さんが己を語り出したのだった。



 そして遅ればせながら彼らのプロフィールを入手すれば、こんな感じだった。


 宮さんは37歳身長189センチ、趣味は野球観戦と筋トレ、特技は飛び後ろ回し蹴り。

 実は少し借金があるそうで、趣味と実益と兼ね揃えていた。思わず親近感が倍増したのは言うまでもなく。


 佐久間さんは24歳身長171センチ、趣味・特技はどこでも寝る事らしい。

 剣道はどこいったのかと思ったけど、本人が言うなら仕方がない。同い年だった事に親近感以下略。


「次は私の番だな! そうだな、まず私が地球に初めて来―――」


 室長は31歳くらいで180センチ、趣味は宮さんのお土産食べ比べ(自分で外出しない為)、特技は痛みに強い事だそうで。

 薄々感じてはいたけれど、はっきりと聞かなかった方がよかったかもしれないと、少し後悔した。


 そして誰も彼女の話はしなかったので気にしない事にした。自分もいないし、お互い傷つけ合うのは生産的ではない。


「ほらほら、遠慮する事はないぞ。もっと聞きたい事を聞くがいい。こうやって仲間は親睦を深め、信頼と絆を強くしていくのだ!」


 早く早くと3人で私を見てくるが、特に今すぐ知りたい事はないと言ったらきっと場の空気を悪くするだろう。

 まぁ、これが彼らの絆の深め方なのだ。

 仮にも私もここの一員なのだ、乗る事にしよう。



「そうですね……。好きな料理は何ですか?」



 数年ぶりのこそばゆい感じに若干の照れを感じながらも、当たり障りのない事を聞く事にしたのだった。







 その日の夜、試しに件の広場へ皆で覗きに行くと、一部の熱狂的(?)であろうカメコ達がたむろしていた。

 撮られた写真の位置に堂々と立っている人や、木の上や植え込みの陰に隠れてカメラを構えている人もいる。何がそんなにそそられたのだろうか。どう見ても画ヅラ的に苦笑したくなるようなものだと自負していたのに。

 本気の人達に混じって、不自然にいちゃつくカップルや友人同士で来ている人もちらほらいた。

 その様子に、思ったよりも人の目に触れていたようで、小さな記事の影響力に私は大層な衝撃を受けた。


 しかし残念ながら魔物は色んな場所に現れる。その日の出現場所はそこから10分程離れたショッピングセンターの駐車場。

 会社着そのままの4人は、疑われる事なく広場を通過できたのだった。


 時刻は午後10時半を過ぎていたので、辺りには誰もおらず、いつも通り快適に魔物退治に精を出せた。

 勿論カメコに遭遇する事もなく、目撃者も幸いにもいなかった。


 そこは問題ない。問題は無かったのだ。



 問題なのは―――



「ヨーコ君、ヨーコ君。私今凄く肩が凝っているのだが、腕挫十字固うでひしぎじゅうじがためをやってくれないか! 思いっきり!」



 そう言って両手を広げて受け入れ態勢を取るという、訳の分からないセクハラをしてくるようになったという事。



 しかし根本的に室長は外人だし、生まれ星も違うから文化のすれ違いがあるかもしれない。

 変態の室長の事だ。

 自分の快感を得る為に言っているのかもしれないし、もしかしたら私の技術力向上の為に言っているのかもしれない。


 実はここだけの話、技を決めさせてくれるという逸材は、しかも思いっきりOKと言う人は、学校卒業してからというもの中々見当らないのだ。


 だから最近腕を鈍らせている私的にそこは凄くありがたい申し出だったんだけれど、どちらにしろ相手をして本気にとられてしまうと面倒なので、とりあえず無難に返す事にしたのである。


「仮にやるなら袖車絞(そでぐるまじめ)だと思いますが、それよりコブラツイストやフェイスロックの方がいいかもしれませんよ」


 すると室長は白衣からメモ帳を取り出し、何かをメモした後パソコンに向かうというのが通例になった。

 上手くあしらえた私の前に、小さな紙袋が置かれる。

 見上げれば持ち主は宮さんで、紙袋の中を覗けばあんみつが入っていた。


「くくっ。庸子が室長サンにコブラツイストかけてもただのおんぶになっ―――」

「何か言いましたか?」


 あれからお土産の回数も増え、隙あらば肥えさせようとする宮さんの優しさも困っている。

 下腹部に直撃しているお陰で、私の優しさがどこかへいってしまうのだ。

 心配かけた自分が悪いのだけど、それと贅肉は別問題だ。

 腹筋の回数を増やしても微妙に追いつけていない。


「庸子さん、今日は新商品のポッキーがあるんですよ」


 あんみつを食べている私の前で、ソファーでまったりしながらお菓子を勧めてくる佐久間さんにも以下略。……まぁ佐久間さんは平常運転だけれども。

 折角勧められたのだから食べない訳にもいかず、新商品というゴテゴテナッツのついたポッキーを数本貰い、あんみつの中にぶっ刺した。


「それ……美味しそうですね……」

「では佐久間さんもどうぞ」


 パフェにでも見えたのだろうか。

 宮さんのお土産のあんみつを開け、じっと私の手元を見ていた佐久間さんの所へ持っていくと、嬉しそうにポッキーを1袋分刺した。

 店のは2本しかないから豪華だ、と言って嬉しそうに笑う。

 ふにゃりと締まりのない笑顔を見て、それはよかったと、あげた甲斐があるってものだと胸がほっこりした。宮さんがくれた物だけど。


 合流した宮さんと共に、そのままソファーで一緒に貪りながら思った。



 社長である兄の影響力という物は凄いのだと、改めて。



 徹底して管理&監視されている。私24なのに。

 やはり1度落ちた信用を取り戻すのは難しいらしい。何も信用されない。徹底的に絡まれる。


 帰りは駅まで送迎があるし、部屋に着いたら連絡(メール)の義務、朝のマラソンは中止を言い渡されるし、昼間でさえも1人で外出は駄目だと言われた。

 だけどそこまでガチガチに言われ周囲を固められると、どこの深窓のお嬢だと反抗したくなるというものが人の性だと思うのだが。


 私は固められるより固める方が好きなのに。



 そんな学生時代より厳しいスケジュールが2週間も続いた頃、転機を迎える出来事は起きた。




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