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めぐるラストストップ  作者: ユヅル
かりそめの自由、桜の春
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 時刻は午後三時五十二分。日森楓斗は元同級生の日守李央と共に上野駅公園口の改札付近にいた。

 今は春休み、という区分にあたる時期らしいがそれがどちらに属す休業なのか。ふと浮かんだどうでもいい疑問と欠伸が出る。

「茉央の奴おっせえなあ。」

 李央は駅の改札口にはいささか不釣り合いである彼の相棒キックボードに片足を乗せながら、しきりに折りたたみ形状の携帯電話を開いたり閉じたりして時間を確認していた。

「病み上がりだよ、無理ないよ。」

 楓斗は軽くなだめた。

「病み上がり?そんなの茉央に関係ないって、あいつはもうパーペキのコンディションだっつーの。」

一体どこからそんな根拠が湧いて出るのだろうか。でもこれは李央だけではなく、似たような場面でも茉央にも言えること、むしろ茉央の方がそれは多い。お互い自分の都合のいいことしか考えていないだけのか、それとも双子ならではの以心伝心だからなのかは分からないが、どちらにせよ結果オーライだ。

 そして、多分茉央は時間通りに来る。この兄妹と長く付き合ってると、妙な察知能力がつくような気がして楓斗は少し気味が悪く感じた。

そして、次の電車の到着で茉央は楓斗の予想通り、無事時間通りに駅に着くのであった。

忙しなく改札口を抜ける人々は、せき止められたダムの水が流れる光景を彷彿とさせる。そんな混沌とした流動の群れに茉央はいた。この兄妹の人混みの中でお互いを見つける力は目を見張るものがある。二人とも改札越しで手を振りあうなんてやはり驚きだ。

「おお、茉央。元気してたか!」

電話越しでも騒がしく感じた声がより騒々しさを増して聞こえた。しかし、このごった返しの中では、一瞬目立ちはしたもの刹那に時の流れにかき消されてしまう程度のものだった。

李央は再会に興奮して身振りが過ぎたのか、彼の前髪を止めていたカチューシャが地面に落ちてしまった。茉央は直ぐ様にカチューシャを拾い、同じ背丈の李央の前髪を丁寧に掻き上げた。猫っ毛と天然パーマの中間のようなこの髪質は、茉央の大変好みな手触りなのだ。だからカチューシャを付けてあげたあと、茉央は名残惜しそうに李央の髪から手を離した。

「元気じゃなかったら、こんなとこにわざわざ来ませんよ。見たかったんですよ、ここで桜を。」

茉央は「ここ」をわざとらしいくらいに強調した。

「だよな。そこいらの桜じゃ物足りねえもんな。まあちゃんも見たかったんだよな、この桜を!」

「言っておきますけど、場所がどうこうじゃありませんから。さみしかったんですからね。もうあんな日々は懲り懲りです。」

 無事改札を抜け、合流してすぐにいつものやり取りが始まる。素直になりきれない部分を混ぜつつもそれとなく好意を伝える妹と、聞く耳持たずで目前の興味対象にしか目がない手前勝手な兄。

「さーて、全員集合ってことで、レッツラゴー!」

李央は拳を上げて、意気揚々と階段を駆け下り、駅前の横断歩道を渡る。

「あれ?ぜんぜん桜咲いてねえじゃん。ねえ、まあちゃん桜どこだよ。」

 振り向いて拗ねた顔の李央に茉央は呆れながらも満足げに指をさす。

「毎年毎年同じこと聞いてきて本当に飽きませんね。ずっと真っ直ぐ行けば左手に見えますよ。」

「あっ、そうだったな。いやあ、俺としたことが。ほんじゃお先に。」

 李央は人混みの中を我先にと走り出した。

「ちょっと、李央!」

 楓斗は勝手な行動に困惑したが、茉央は悠然としたまま歩き出した。二人は微妙な距離を取りながら、桜並木までの大通りを歩いていった。

春の風物詩である上野公園の桜はどれも見事な花を咲かせていて、訪れる人々を魅了し続けていた。二人は奇声とも取れる声をあげながら花見を満喫している李央とは対照的に、その美しさにただただ魅せられながら、感無量の思いで歩幅を合わせ歩いていた。特に茉央は恍然自失として、心ここにあらずの状態だった。だから楓斗は足が地に着いてない状態の茉央に眉をひそめた。

「もうインフルエンザは大丈夫なのか?」

 途端、茉央は楓斗の言葉で魔法が解けたかのような感覚がした。そして、夢から覚めた茉央が目を付けた現実的な箇所は先ほどから気になっていた楓斗の服装だった。

 麗らかな春の陽気ではあるが、腕を出すにはまだ少し肌寒い。なのに、楓斗は健康的な半袖半ズボンの少年スタイルと来た。茉央は聞かれたことに軽く頷き、楓斗の服装を指摘した。

「そういえば、楓斗くんはその格好寒くないんですか?」

「ああ、東京だと少し寒いかも。でも、沖縄帰りで冬の服って荷物かさばるし。まあずっとこうだと嫌でも慣れるよ。」

「楓斗くん、先の一件があったので、てっきり寒さに弱いと思っていました。」

先の一件、それは一年前の冬に遡る。楓斗は五年生の十月という中途半端な時期の急な転校から、約三ヶ月後の冬休みに日守兄妹と日守父と共に二泊三日のスキー旅行に来ていた。李央はリフトに乗りは滑りを繰り返し、今と変わらぬ勝手なハイペースとハイテンションでどんどんと進んで行ってしまっていたので、帰るというときに同行していた三人とあっという間に離れてしまった。

場所は一面の銀世界、今にも吹雪が降りそうな暗雲の空の下三人は李央の名前を呼び、探し続けた。しばらくすると、李央はどこからともなく三人の心配をよそに満足気な表情で皆の前に姿を現した。日守家の三人はすぐに合流を果たすことが出来たが、あろうことか今度はスキーに不慣れな楓斗の姿が見えなくなってしまった。

そして、最終的に楓斗を見つけたのが茉央だった。楓斗はスキー初心者にありがちの転んだ状態から起き上がれない事態にはまっていたのだ。そして、翌日にはそれが祟っただろう、高熱を出してしまったのだ。

「ああ、あれか。あれは寒さとかじゃなくて俺のドジと言うか。というか、寒さのレベルも桁違いだし。」

「注意不足とも言いますね。前例も含めて、何はともあれ油断は大敵ですよ。私の二の舞になってしまいますから。」

「うん。茉央さんもぶり返さないようにね。」

楓斗は茉央の名前を言うとき、躊躇ったかのような間を空けた。それは楓斗の癖であり、未だ彼が茉央との距離を掴みきれていないことを意味しているのだろう。つい最近までは茉央の大人びてどこか世間離れした振舞が張る、近寄り難い雰囲気に臆して、彼女の名をフルネームで呼んでいたくらいだ。

「大丈夫ですよ。日が暮れる前には帰れますから。」

 とにかく李央は飽きっぽい。だけどその反動なのか好奇心だけは人一倍あるので、スポーツからゲームと特に選り好みせず、ことあるごとに興味を持つ。その数は今回のバナナボートで記念すべき五十回を迎えた。そして、思い立ったが吉日のモットーでそこに足を踏み込んでは、抜群の器用さを発揮し、なんでもすぐにこなしてみせた。

だが、最後はいつも何か物足りなさそうな表情で同じことを言うのであった。

「なんかビビビってこなかった。

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