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めぐるラストストップ  作者: ユヅル
かりそめの自由、桜の春
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 全くもって散々な春休みでした。

 朝日の光で目が覚めてすぐに日守茉央は心の声で毒付いた。茉央をそうさせたのは起きてすぐに目に入った机の上のデジタル時計だ。

 そこに示された月は四月だというのに、同じく机に置かれた卓上カレンダーと机の向かい側に飾られたカレンダーは未だに三月のままだった。

 人は誰でも許せないことが一つや二つあると言うが、自分にとってのその一つがこのカレンダーと現実で進行している時間とのズレだと思った。

 とは言え、許せないと言いつつも、事実許してしまった期間があった。

 何故ならその期間、茉央はインフルエンザと名の付く抗うことの出来ない冬の病に六日間苦しめられていた。そして今日、茉央は自分の体が嘘みたいに軽くなったことを感じていた。

 茉央はベッドから降りると、直ぐ様にカレンダーをめくった。卓上カレンダーの色は桃色から黄緑に、壁掛けのカレンダーの写真は梅の花から桜の花に変わった。

 そのとき、部屋をノックする音が聞こえた。どうぞと言うと、そこには心配から安堵へ表情が変わっていく母親の姿があった。

「まあちゃん、顔色随分よくなったわね。吐き気とかはないの?怠くはないの?」

 安堵へ変わったもの、そう聞く母の表情は再び心配へと変わる。

「おはようございます、お母さん。はい、随分よくなったと思いますよ。」

「本当?よかったわ。まあちゃんが寝込むことなんて今まで数えたことしか無かったから。」

 そしてまたその表情は安堵へ変わる。心配と安堵を繰り返す母親の姿は自分への愛そのものだと分かっている上で、茉央はそこに潜むもう一つの意味を薄っすらと読み取る。それは母親としてではなく、働く女としての日守飛鳥の心配と安堵の訳だ。

「お母さん、お仕事は大丈夫なのですか?」

 茉央の予想通り、飛鳥は気が気でない様子で頬に手を当てた。

「うん、今全部助手の子に任せちゃってるから。本当は今日までお休みいただこうって思ったけど、もう大丈夫そうよね。今日は青梅さんくる日だから、何かあったら彼女に言うのよ。」

 だんだんと母としての彼女から、働く女としての彼女へ推移していくことを茉央は感じ取っていた。けれども、茉央はそこに寂寥を感じる程幼くはない。むしろ、理解を示すために気を利かせようと試みていた。

「はい、分かりました。お母さん、もう八時過ぎてますよ。時間大丈夫ですか?」

「なーに、大急ぎで準備すればノープロブレムだって。そう言えば、今日父さん達帰ってくるのよね。沖縄だっけ?お土産期待しなくちゃね。」

 一瞬、慌てはしたものピースサインを掲げる母の余裕に茉央は思わず笑みが零れた。

「そうですね。ではいってらっしゃい。」

「はい、はい。まあちゃん、大人しくしてるんだよ。」

 飛鳥は人差し指を突き出して、娘に念を押してから、ドアを開けたまま部屋を直ぐに出て行ってしまった。

 飛鳥は所謂フリージャーナリストだ。国内はもちろん、海外だってそこに目的さえあれば彼女の仕事場所になり得る。ただ、海外と言うのは茉央が生まれる以前の話だと父から聞いている。もっとも、彼女は日本とタイのハーフであるのだが。そんな父は大学で動物行動学の教授を勤めている。父もまた母と同じく目的さえあれば国内海外飛び回る人だ。

だが、彼は各地を飛び回るより、ある一定の場所に留まる期間の方が遥かに長い。その場所とは彼の第一の居場所であり、第二の家である大学の研究室だ。

 縁は異なもの味なもの、とは言うが茉央は世界を飛び回ってる母親と大学に引きこもってばかりいる父親が何故出会い、何故惹かれあったのかが不思議だった。

 しばらくすると、いってきます、と挨拶にふさわしい明朗快活な声が聞こえた。

 窓を開けて母親に手を振ると、彼女はその倍の振り幅で手を振り返し、飛ぶ鳥を落とす勢いで門を出て、そのまま一気に走り出した。その走りっぷりはまさに全力疾走だ。走る母を見ていると特に、つくづく自分の中には一滴も存在しない類のエネルギーに満ち満ちた人間だと茉央は思う。

 そのとき、家の電話が鳴った。茉央はそれが誰からなのかをすぐに察知した。もっとも茉央はその人物のことは大体察知することができると自負していた。

 恐らく恋しいからだろう。自然と駆け足で階段を降り、リビングの親機の受話器を取った。

 そして、開口一番に聞こえた声が予想通りの自分とよく似た声であることに、安堵とより一層の自信を感じずにはいられなかった。

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