タイムトリップ
※SFというには拙いかもしれません、ご容赦ください。
「大人はさあ、もっとこどもをほめるべきだよなあ」
ぼくの隣にいる男は呟いた。
「だってそうだろ、テストの点が前回より良いってことはそれだけ頑張ったんだよ、それがたとえ一点ぽっちだってさ」
その男はジョッキのビールにくちをつけながらテーブルにもう片方の腕の肘をついてそうだろ、と続けた。
ぼくとこのひとはたまたま隣に座っただけの他人だ。
上司でもなんでもないからてきとうにあしらってもよかったけれど、なんだか話している内容に妙に納得してしまって「そうですねえ」と肯定した。
そのひとは「だろぉ?」とろれつのまわらなくなってきた口でまた一口ビールをのんだ。
「だいたいよお、やる気ってえのは元来褒めて出すもんだろうよ。褒めねえでやる気なんてでるわけねえよ。」
この人に何が起きてこういう話をしだしたのかはわからないけれど、多分今日褒められるべきたころでほめられなかったのだろうなというところまで想像した。
だから立派にそだってほしいなら厳しいしつけだけじゃなくて褒めることも大事だと、この人は熱くかたっているのだ。
正直ぼくにはその理屈が正しいのかはわからない。
僕は産まれてこのかた望まれも疎まれもせずに生きてきたからだ。
特に目立った良いこともせず、問題行動もおこさず、成績も中の中、ルックスも中の中、なんとか就職したものの、やはりよくもわるくもない。平々凡々を絵に書いたような男なのだ。
さらにいえばまだ独り身で子どももいないから子育ての話はよくわからない。
「兄ちゃん、嫁や子供はいねえのかい?いてもいい歳だろ」
脳内でも覗き込まれたかのようなストレートな質問にぼくは少し固まった。
欲しいけどできないというのも何だか悔しくて答えを探しあぐねた僕はビールを一口飲んで間を持たせた。
そしていままで生きてきて重宝してきた愛想笑いで応対すると、胡散臭そうな顔をしたその人はいつのまにか新しくなっているビールをあおって空にした。
そしてぼくに「独り身ならちょっとつきあえよ」と言った。
明日は休日で、彼女もいないぼくはとくに断る理由もないのでついていくことにした。
ついていったさきは、なんだか怪しい路地裏のお店。
時刻は夜11時をまわっているのにあかりはついていて、お店のなまえの看板は見当たらなかった。
どうしてお店かわかったかというと、扉に営業中と札がかかっていたからだ。
なんだか不気味だったが、興味もわいた。
さきゆく男について扉をくぐる。
老舗の駄菓子屋のような店内で、玄関先に足の短い長づくえがあり、帳簿のような本が二三冊つんである。だれもいない。
ぼくをつれてきた男は、おおいとおくに呼び掛けた。
すると奥から返事が聞こえて、間もなく着物姿で狐面をつけた男が出てきた。
長づくえについた姿は時代劇のワンシーンのよう。おめんいがい。
ぼくをつれてきた男は、軽く談笑をして客を連れてきたぞとぼくをさした。
なんのおみせかわからない僕は、うろたえることしかできない。
「ちょっとジンさん、説明もなしに連れてきたんですか」
そこで僕は、初めて僕を連れてきた男のなまえをしったのである。
「いいじゃねえかよぉ、どうせここでもっかい話聞かなきゃなんねえんだから」
ジンさんは真っ赤な顔でそう言った。
そしてそのジンさんはじゃああとはよろしくなとぼくを置いて帰ってしまった。
狐面の主人は、はぁとため息をついて僕に向き直り、説明しますからおかけくださいと玄関のいわゆる靴履き台を指した。今座布団を持ってきますから。とも。
本来座って何かをする店じゃないのだろうなとぼんやりぼくは思って腰を下ろした。
「まずはこのお店がどういうお店なのかですが」
狐面の主人は座布団と共に持ってきたお茶を入れつつ話始めた。
「端的にいうとタイムトリップできます。」
「はぁ…」
よくわからない。
「タイムトリップというと何を思い浮かべますか?」
突然質問を飛ばされてぼくの止まっていた思考が動き出した。
「ええと、過去の過ちや後悔をなんとかしたりとか、未来を覗いたりとかですかね…?」
「そうですねえ、まぁだいたいそんな感じです」
「でもそういうのって今現在が変わっちゃうからしちゃいけないんですよね?」
「たしかに変わってしまいますね」
「そもそもタイムトリップなんで出来るわけないじゃないですか」
できたらそれはそれはすごいことだろうけど。
ぼくは今更ながら怪しげなお店に入ってしまったと後悔しはじめていた。
「それができるからこのお店があるんです。」
人差し指をたてて主人は言う。
狐面の主人のこもった声が嬉しそうに弾んだ。
「そんなことができたらこの店はとっくに有名でしょう。テレビとか取り上げられちゃったりとか・・・」
「ははは、それもそうですねえ。でも普通はお客さんみたいに信じてもらえないんですよ、でも裏では人気ですよ」
愉快そうに狐面の主人は言った。
裏、とは一体なんの裏なのか。
知りたいような知りたくないような、そんなジレンマをぼくは持て余した。
「まあ、端的に言いすぎたところもありますがね、大まかには似たようなものなんですよ。要は過去の自分が選ばなかった選択の結果を見ることができるんです。大きな選択の場面へ一旦戻り、そこから分岐先の未来を見ると。そういう感じですね。ただ、今現在に至る選択は選べないので現在が変わることもありません。さらに言うと、現在の軸の未来の選択は見ることができませんから、未来を先取りしてかえるなんてこともできません。もしもの世界を見て楽しむっていう娯楽ですよ。」
すこしややこしかったが、ぼくは素直に面白そうだと思った。
もし、自分が天才だったら。なんて誰もが一度は想像するだろう。
この「もしも」の世界は少々現実的で人間の根本的性質をかえることはできないというわけらしい。
つまりこの場合、先天的な「天才である自分」というもしもは見ることはできないわけだ。
ゲームの選択肢の分岐を確かめるように行き来出来るという。
にわかには信じられない話だ。
「理屈はまぁ、なんとなくわかりましたが、どうやって行き来するんです?タイムマシンなんてありゃしないでしょう」
「企業秘密ってやつですよ、まぁ企業というほど大それたものじゃないですけどね。どうです、やってみますか?」
嘘くさいように思える話だが、不思議と信じてしまえた。
それは単に現実的な線をゆく制限かかった内容のせいだろう。
酔った頭に好奇心も手伝って、ぼくはタイムトリップしてみることにした。
口をつけられず放置されたお茶はぬるくなっていた。
「でしたら、奥へどうぞ」
玄関から奥へと進んで大きな部屋に通された。
真ん中には座布団が二つ向かい合うようにある。
そして天井付近の周りには何やら綱がかかっていた。
余りにも儀式めいた部屋にやっぱり帰ろうかな…と不安を覚えたがもはや言い出せる雰囲気ではなかった。
「まぁそう緊張しないで。そちらにお座りください」
狐面の主人は当たり前のように入口から置くの座布団へ座った。ぼくはその向かいに。
「さて、これから行うことは他言無用、さっきも言ったとおり企業秘密なので目隠しをさせていただきます。良いと言うまで外してはだめですよ。」
言われるままぼくは渡された布で目隠しをした。
人間見るなと言われると見たくなるものだが、どうも何かをはじめてからぼくの両手は主人と思われる手にしっかりと握られていて、目隠しをずらす事はおろか指一つ動かすこともも出来なかった。
手を握られてからじんわりと、世界が歪む、めまいのような感覚でぐらぐらした。
「はい、はずしていいですよ」
言葉と同時に手は解放された。
手を拘束されてから目隠しを外すまでそんなに時間は立っていないように思う。
目隠しを外してから目をゆっくりと開けるとぼくは立っていて、それでいてぐらぐらとした感覚が尾を引いて残っていた。
「ここは…」
ゆっくりと見渡すとそこは公園のようだった。
「まず一番最初の選択の場所のようですね。覚えありますか?」
狐面の主人に問われてぼくは必死に思い出そうとした。
何しろ平々凡々を絵にかいたような男のぼくは、人生の起伏も本当に小さい。
思い出せずに唸っていると、狐面の主人があれじゃないですか?と指差した。
指の先には小さな子供がダンボールを覗き込んでいた。
どうもこの世界ではぼくたちは見えないらしく、近づいてみましょうという狐面の主人につられて覗き込んでみると、ダンボールには小さな子犬が入っていた。
「こんなことあったっけなあ」
ぼくは鮮明には思い出せずにいたけれど、なんとなく子犬は見覚えがあるような気がした。
しばらく子供のぼくは子犬に給食の残りと思われるパンをあげたり遊んだりしたあと、小走りで帰っていった。
公園は夕焼け色になっていた。
しばらくすると、なんだかやさぐれたサラリーマンがやってきた。
サラリーマンは鬱憤がたまっていたのか、子犬を執拗に蹴りまわし殺してしまった。
翌日の子供の僕は子犬を見つけて、泣きながら墓を作っていた。
そこまで見ても僕はまだ、思い出せずにいた。
「こんなことあったら忘れるはずないのに・・・。」
「ふむ。もしかしたらここで連れて帰るかどうかが分岐なのかもしれないですね」
ぼくはもちろん連れて帰るのを選んだ。
するとまた目隠しをされて、数分して外すと時間が戻り、子供の僕が連れて帰った子犬は無事に飼われることになったようだ。
「とまあ、最初はお試し的にここにきましたが、いきたいところがあればいけますよ。次はどこに行きましょうか」
ぼくはさっきから何どもかき回している記憶の引き出しを、さらにかき回した。
かき回すうちに時間軸が曖昧になってきた記憶から、飲み屋で聞いた子供の話を思い出した。
過去に付き合った女の子と結婚して子供がいたら、僕はどうしていただろうと、思ったのだ。
「なるほど、ではいってみましょうか」
狐面の主人はまた目隠しを差し出した。ぼくは期待に胸をふくらませて目隠しをした。
平凡なぼくのことだ、きっと普通に幸せに暮らしているんだろう。
「さあ、つきましたよ。」
着いたのはアパートの一室だった。
ぼくが今住んでいる部屋よりも大きな、いかにも家族が住んでいる感じのところ。
女性のセンスで選ばれたような小奇麗な家具と、子供用のぬいぐるみが置いてあるリビングだ。
今のぼくと比較してやっぱり家族持ちって憧れるなあと思っていたところで、子供の泣き声が聞こえた。
聞こえた声をたどって現場に行くと、もしものぼくが妻と子供を殴っていた。
ぼくは言葉をなくした。
もしものぼくは子供を平手打ちし、止めに入った妻をも蹴り声にならない声で叫んでいた。
ぼくは止めに入ろうとしたけれど、狐面の主人に止められてしまった。
「あなたはここで見ることしかできないのです。大丈夫ですよこれは“もしも”の世界ですから、気に止むことはない。今のアナタの子と妻ではないでしょう?」
「でも…!」
「しかたありません、もう違うところへ行きましょうか」
狐面の主人はぼくに無理やり目隠しをした。またぐらぐらと歪む感覚がして、外された時また同じアパートのリビングにいた。
「同じアパートじゃないか」
「今度は違いますよ」
狐面の主人の言葉に首をかしげていると小学生位の子供がリビングに入ってきた。
学校帰りのようでランドセルを背負ってただいまとよく通る大きな声で叫んでいた。
よく見るとさっき殴られていた子供だった。
子供の声を聞いて家の奥からはさっきと同じ彼女が出て来た。
先程ぼくに暴行を受けていた時とは程遠いやさしい顔をしている。
「どういうことだ…?」
ぼくは混乱していた。
「見ての通りです、さっきのところも“虐待するかしないか”の選択だったわけです」
「じゃあなんで最初からこっちにこなかったんだよ」
「私にもそこまで正確にトリップする力はないんですよ、可能性の高い方に引っ張られてしまうんです」
「可能性の高い方?それって」
「そうです、“虐待をする”という道を選ぶ可能性が高かった訳です。まぁ何か会社で良くないことでも起きるんでしょう。人間何が起こるかわかりませんからねぇ」
まぁこの軸自体がIFですから心配いりませんよ、と狐面の主人は付け加えた。
ぼくは彼女とわかれてよかったのかもしれない。
「さて、次はどこへいきましょうか、まだこの世界を見ますか?」
「そうだなあ、この彼女以外に付き合った女性もいないし…この子の将来も気になるな」
「一生を見るのは少し時間がかかりますから、ポイントだけ見ていきましょうか」
そうしてぼくは、この子の将来を見てみる事した。未来の育児の参考に。
狐面の主人が言ったポイントは、本当にポイントだった。
ぼくの“もしも”の子供はあっという間に中学生になり初恋を散らせた。
そして次の瞬間には高校生になり大人の階段を上った。成績は僕に似て平凡だった。
就活は難航していた。時代が悪く氷河期。ぼくの今勤めている企業にすら入れないようだった。
“もしも”の時代は大卒でも就職がむつかしいらしい。ぼくは本当の子を大学に行かせようときめた。
狐面の主人はまあ、時代の波も“もしも”ですからあまり信じない方がいいですよ。と言った。
小さな会社に就職した“もしも”の子は、これまた平凡な女性と結婚して子を授かった。
そこで僕の最初のタイムトリップは終わった。
「“もしも”の世界とはいえ二世帯分の未来は無理ですから」
と言って狐面の主人に止められたのだ。
たしかにずっと先を見るのはきりがないと思った。
また目隠しをして数分、もとの部屋に帰ってきた。
時計を見ると1時を回っている。道理で足もしびれるわけだ。
それになんだか体がだるい気がする。
「どうでした?なかなか良い娯楽でしょう。足崩してもいいですよ」
狐面の主人は楽しそうに言った。
お言葉に甘えて足を崩して、立てるまで軽い雑談をした。
ぼくはそういえばここがお店だったことを思い出し財布の中身が少ないことを思い出して肝を冷やして謝った。
「今回はお試しですから、お代は結構ですよ。次はいただきますけどね」
なんとも良心的で助かる。
タイムトリップはたしかに楽しかったし、同じくらいショッキングなこともあった。
何よりもしもとはいえ自分の子供の一生を見れるとはなかなかに興味深かった。
お礼を言って店をあとにした。狐面の主人は「またどうぞ」と見送ってくれた。
その日はそのまま家に帰り休日は寝て潰した。
それから仕事が忙しくなりその店のことをすっかり忘れてすごした。
あれよあれよと月日がたち、ぼくにもお付き合いする人ができ、そのままあっという間に結婚できた。
子供は大学に行かせる固い決意があったので、学費のための貯金もばっちりだった。なにしろ独り身の頃から積み立てたのだ、準備万端だ。
さらに結婚してからもこつこつ積み上げて小学校から私立へ上げた。
ぼくの親はそんなことしなかったけれど、ぼくは子供には立派な大人へなって欲しかった。ぼくのように平々凡々でも幸せになれたのだから、昔ぼくが憧れた優等生の彼らはもっと幸せになっているはずだ。
子供にはそうなって欲しかった。
妻は子供の成績に関してスパルタだった。常にトップじゃなければ叱っていた。
甘やかすのはぼくの親がやってくれたから、バランスは取れてると思った。
ぼくはすべてを妻とぼくの両親に委ねて貯金だけに専念した。
子供の成績は知らなかった、ただ将来は大学にいっていい会社に就職するんだよと言い聞かせて、ただ働いた。
気がつけばぼくの子供は大学生になっていた。
ぼくの知らないあいだにぼくの決意は成就されていた。
時代は就職氷河期だった。ぼくはぼんやりと、なんだか覚えがあるような気がするなあと思った。
なかなか我が子の就職は決まらなかった。
でもなぜだか、大卒なら大丈夫だろうという思いがあった。
それでも就職は決まらなかった。
大企業は諦めた。
平凡なぼくの勤めている会社にも入れなかった。
それでもぼくは大丈夫だろうと思っていた。
ぼくの両親は他界し、残るのはスパルタの妻だけだった。
就職できないことをずっとずっと妻は愚痴っていた。
子供はだんだんとふさぎこんでいった。
ぼくは、まぁなんとかなるだろうと無関心を決め込んだ。
ある日、子供は飛び降りた。
ビルの屋上からだったから即死だった。
ぼくの30年近い働きも無駄になった。
何よりも驚いたのは涙も出なかったことだ。それほどまでにぼくは無関心だったのである。
妻は精神を病んでしまった。誰よりも入れ込んでいたから当然だろう。
妻は入院して、ぼくは酒にいれこんだ。
どうしてもっと関心を持たなかったんだろう、どうして助けてやれなかったんだろうと後悔をして、ぼくはあの路地裏の店を思い出した。
もしもの世界を覗きたくなって、僕は財布にめいっぱいのお金を入れてもう一度あの店へ足を運んだ。
「おや、懐かしい顔ですね。お久しぶりです」
あの時と変わらぬ主人が出迎えてくれた。
ぼくは子供のことや妻のことを全部話してタイムトリップさせてくれとお願いした。
主人は快く受け入れてくれて、またあの部屋へ通された。
目隠しをして、手を握られて、めまいがして、ぼくはタイムトリップした。
まず最初に、ぼくがもっと子供に関心をもったらという“もしも”をみた。
スパルタの妻に加えぼくが口を入れることだ更なるストレスを背負った子供は、高校生で飛び降りた。
次に、ぼくがもっと甘やかしていたらの“もしも”をみた。
妻とぼくは不仲になり、子供に悪影響が出た。
それをさらに妻が責め、子供は病んで家出して、事故にあった。中学生だった。
その次は、ぼくも妻もどちらも甘やかしていたらの“もしも”
とてもわがままな子に育った。わがままさゆえに友達をなくし、ニートになって孤独死。
最後に、ぼくも妻も平々凡々に接していたらの“もしも”
とても幸せそうな家族がそこにいた。平凡で良かったのだ。ぼくらが幸せになるには。
そうしてぼくは選択を誤ったことを知った。
ぼくは財布の中身をすべて主人に渡して、踏切へ飛び込んだ。
気分が落ち込んで仕方なかった時に思いついたやつです。
書いてたら気づけば四時間経ってました。
誤字とかあったらごめんなさい。
読んでくださってありがとうございます。